たいてい今頃は長期の撮影旅に出ていたので、この時期に日本にいると新鮮である。7月~9月の雨季のインドはもっときつかったが、早めに行って良かったと思う。旅に出ている毎年2,3ヶ月間の日本の情報は12年間空白である。たまに~年の~月の音楽ランキングを見るが、たまに浦島太郎状態になる。

この時期に日本にいたお蔭で、中日の日本シリーズ進出がテレビで見れた。最近はプロ野球はあまり見なくなったが、野球もサッカーも地元チームを影ながら応援している。立浪、パウエル、落合、山崎の時代も最高だった。今のチームは知らない人もいるが、落合は監督だし、堂上は昔の堂上選手の息子さんだし、時代の巡り合わせを感じる。是非、日本シリーズでも勝って欲しいものだ。

最近気になっている人は、戦場カメラマンの渡部陽一さんだ。とにかく最近良くテレビで見る。旅に出る前は顔ぐらいだけだったが、戻って来てわずか2,3ヶ月間でブレイクしている。今年一番のブレイクした人だと思う。

今日、「ウチくる」を見たが、もっと濃い内容で素直に面白かった。もっと好感が持てた。気を使ったり、物腰が柔らかかったり、腰が低い人は好きだ。部類は違うけれど、同じ写真に人生を賭けている者にとっては、(賛否両論もあるだろうが、)僕の場合は多様性のある生き方があればいいと思うので、有りだと思う。

最初テレビで見た時や、戦場でのエピソードは、自分と似ている部分もあると思った。とても共感できる所だろう。東南アジアに嵌っていた前まではベレー帽を必ず被って毎年2,3ヶ月の撮影旅に望んでいたし、絵画をやっていた祖父の形見のハンチング帽を被って写真を撮っていたこともある。短期決戦の戦場のことはよく分からないが、長期決戦のアジアの撮影旅では、2,3ヶ月もすると日本から被っていた帽子がすぐに駄目になる。眼鏡などの身に付けるものは1度の旅で黴が生えやすくなる。イスラム圏、シーク圏の街では髪の毛を覆うものは必需品であるが、イスラム帽か、臨機応変にバンダナを身に付けるのがベストだ。目立たなくするなら何も被らないのもいいし、インド圏の人達はとにかくよく気付くし、自然なスナップを狙いたい時は苦労する。毎回長期の撮影旅に出る前は、遺書めいたものを書いている。当時好意を抱いていた人に遺書めいた手紙を送ったこともある。もうそれは戻って来るとかなり恥ずかしいので止めにしているが。

戦場カメラマンと旅を主体とする写真家は素人から見たら同じ様だが、いろいろと違うことも多い。まずは旅の長さとスタイル、考えと求めている被写体、金銭とリスクなどだろう。写真家は、2,3ヶ月の長期の旅を続けて、理想の写真を撮り続けていく。たった2,3週間だと撮りにくい。長期になれば自然とバックッパッカーの様になるし、もっと生活や現地の人の表情に入っていく。構図や色や魅力的な写真に気を付ける。ガイドは付けないし、極力陸路で向かう、基本は一人だ、群れない。自分の理想の行動と写真が撮れない様な戦場なら今は行きたくない。

戦場カメラマン(戦場写真家とまた違うと思うが)だと恐らく数週間だろうし、求めるものももっと激しくニュース性のあるものだ。瞬間の心構えもリスクも上がるし、必要な一日の経費も上がる。コネなども必要だし、時に危険がお金で買えたりする。欧米の戦場カメラマンは選球眼も構図なども上手いが、日本の戦場カメラマン一般はいまいちという印象もある。

戦場カメラマンはその場所に行くだけでも今の自分にないことだし尊敬するが、広いスパンで見れば、あまり変わらない気もする。旅が数ヶ月に及べば本人の心構え次第で、金銭もリスクも覚悟も戦場の様になる。時代や運命によっては、パキスタンなどのその時行った所が戦場の様になる。アフガニスタンは旅の写真家でもいつか避けて通れない道だが、従軍しないと行きにくい現実がある。最近はアメリカ兵しか写っていない写真がほとんどだ。

結局は、撮り手の性格や今の思想やスタイルであって、どんな写真の道があってもいい。自分が納得するかだ。

写真家として冷静に見ると、たとえ戦場カメラマンでも、雑誌媒体は不況で動画やテレビなどの他の媒体に行かないとそれだけでは食っていけないということだ。日本はフリーの形態で得体の知れない者だとあまり好ましく思われたりしないが、何かに所属していると、好転したりするからくりがある。

残念なのは、本人の個性が際立つだけで、写真は広まっていかないという日本の土壌がある。そこら辺が写真家としてはもどかしい。「目立ちたいけれど、目立ちたくない」こういう自分はどうしたらいいか迷ってしまう。

恐らく、年相応のものやその時背負っているものもあると思う。もっと旅や写真を続けていたり、結婚や子供も出来ると、別の世界も考えたりすると思う。結婚や子供を作ると、大衆の人気以外の写真そのものの出来は落ちていくというのは少し持っている。難しい所だ。

もう1つ気がかりなのは、渡部さんの様な戦場カメラマンだと、テレビで写真家として第三者で見ていても、バラエティーと戦場という表と裏の過酷な現場の繰り返しだと、本人がよほどしっかりしていたりコントロールしないと、いつか崩れたり思わぬ落とし穴が潜んでいる気もする。渡部さんがいい人で今頑張っているだけに気がかりなのである。次回の戦場の時に、別の厳しさの反面甘い蜜を吸うと判断が誤ったり、時に命に関わらないか心配なのである。逆に戦場に行きたいという信念がブレないか心配なのである。何か、どうも今の勢いを見ていると、いつか戦場で散ろうという覚悟を感じてしまうのは自分だけか?

長期の撮影旅と実社会でもだんだん整理が付かない時があるのは、僕が小さすぎる人間なのか・・・、時が解決してくれると信じるしかない。

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