先程見たTBSのドラマ「堀の中の中学校」は良かった。大滝秀治さんの演技は国宝級だった。若い頃はあまり知らないが、主演級というよりは、長年脇役だったと思う。85歳になっても、名脇役を続けられて、芸の深みを感じる。

手錠をかけられながら、合わせた手を顔の横に持って来て、先生役に感謝する最後の場面は、「もうこれが最後の演技だ!」と笑いながらも言っている様だった。人生を賭けた最後の演技に感じられて、不謹慎かもしれないが、何かもうこれで最後な気もしてしまった。それだけ演じることの気迫というか、大切さ、優しさも感じられた。

千原兄弟のお兄ちゃんの演技も良かった。お笑い界ではいぶし銀と言うか、何か気になる存在だが、演じても気になる存在だった。個性的な俳優陣で、全然負けていなかったし、演技もお笑い芸人さんと思えないほどいい味を出していた。今後、演技方面でもっと活躍するかもしれない。ちなみに大学生の頃、東京でもっと売れる前に劇場で千原兄弟の劇場ライブは見たことがある。シュールで二人とも影の実力者みたいな気がした。

お兄ちゃんの役ははまり役だったし、このドラマでは、森山未来さんと同じくらいいいスパイスを与えていた。森山さんも以前に戦争のドラマで主演をしていて、それがとても良かった。人間魚雷で散っていく時に、最後に「家族の為じゃない、自分の為に行くんだ」という様なセリフの演技がとても心に残っている。今回では少しの場面であれだけ見せるのは、演技がかなり上手いと思う。

オダギリジョーさんが演じる主人公の先生の写真家を諦めていく場面は、妙に親近感があった。昔は分からないが、今の時代に写真の賞を取っても、写真家だけでは食べていけないぞ。自宅に父親が単身赴任で泊まりに来る場面は、そっくりだった。布団二つ並べて寝ながらいろいろと話したこともある。

主人公の先生は写真家の道を諦めたかもしれないが(フィクションのドラマであっても)、僕はまだまだ諦めていない。

はっきり言って、ずっとどん底状態は続いている。特に長期の旅から戻って来て数ヶ月はかなり厳しい。とにかくまずは満足行くまで定期的に撮り続けることしか考えていないから、長期の滞在費と航空券代、フィルム代があれば行っている。撮って後からのこと、現像代・プリント代まではすぐに手が回らない。一度個展をやってから次のテーマに移ってこれを5,6回(年)は続けている、出て行く方が圧倒的に大きい。すぐには発表まで手が回らない。いつか報われて欲しいし、報われると信じている。撮っている写真は間違っていないし、機材の盗難にも遭わずよくやり続けていると自分でも誉めたいと思う。

どん底にいる時、旅先でも、「NEVER GIVE UP」と心の中でよくつぶやく。

今日は、外を8キロ走り、懸垂などをやり、徐々にロードワークを戻して来た。まだ休部しているボクシングジムには通えていない。

個人的な生の挫折しか、本気でやり続けたいことは生まれない。

8キロ走っても、(最後をつらくしても)心拍数は1分140回前後だ。ラダックの標高3500前後のヒマラヤ地域では、早いペースで登っただけで160回になった。それだけ自然というものは偉大である。なんと人間というものはちっぽけな存在か。

自分で出来る範囲で努力できることは努力したい。まずは体力をもっと付けることも目標としているから、徐々に距離を伸ばして行って、1年後にはフルマラソンを走れるぐらいにはなりたい。1年後どういう状態か分からないが、いつでも写真を撮りに行ける肉体にはしておきたい。

お金は大切だが、お金を稼ぐことが全てじゃない。トレーニングは自分の為でもあるが、走ったり、ボクシングをすることによって、今まで見て来たいろんな国や人達のつらさや悲しみももっと分かる。生きることそのものがもっと分かる。運が悪ければ、今回で言えば洪水で流された可能性もあるし、今までも無事に戻って来てなおかつ写真も残せ続けて運がいい。

戻って来る度に、今の自分に何ができるかをもっと考える。今は直接的な肉体に行っている。戻って来る度に生きることや健康の有り難さや日本の簡単には死ぬことのなさそうな平和、日本にいる安心感(その気になればいつでも行ける優秀な病院・いつでもお湯が出るただそれだけでも)を感じている。

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