南米の個人技

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昨日の日本VSパラグアイ戦は歴史に残るいい試合だった。
下手なドラマよりも断然面白かった。
 
普通の練習試合でもPKは緊張するのに、
あの大舞台でのPKはかなり酷だと思う。
はずした選手は気の毒に思う。
 
川島がいるからもしかしたらと思ったら、
パラグアイの選手の方が
技術的にも精神的にも一枚も二枚も上手だった。
 
一見落ち着かなさそうに見えるのに、
個人技は全員しっかりしている。
あれだけ走った後だと、
PKの時は足がぶれたり気持ちも不安定になったりする。
それがパラグアイの選手は微塵も感じなかった。
 
パラグアイの最後のキッカーも、どう見ても不器用そうだし、
途中から入った選手だがいい見せ場を作れなかったはずなのに、
PKでは普通に決めている。
 
仮にサドンデスでフィールドプレーヤー全員に蹴らして行っても、
いずれ日本人の負けは見えていたと思う。
パラグアイのキャプテンマークを付けていたキーパーも
かなり落ち着いていて、いいキーパーだったと思う。
川島が勢いだけなら、パラグアイの方は成熟もしていた。
 
組織では勝てる可能性はあったが、
PKという個人と個人の駆け引きや闘いになった時に、
南米特有の気持ちの余裕や個人技が際立っていたと思う。
ああいう時は、日本人はどうしても肩に力が入ったり、
緊張してしまう。
 
国民性も出ていた様に思ってしまう。

今月も終わり

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今日は午前中7キロ走り、夕方ジムへ行き全部で18R、
その内4Rマスボクシングと3Rミット打ちを行う。
今日も蒸し暑く、汗がとめどなく出て来た。
 
今月ももう終わりだ。
今月は17日間のロードワーク(全部で157キロ走り)、
16日間ジムに通う。
 
7月8日からインドへ行くので、
今月でボクシングジムに通うのはいったん止める。
毎年の様に休部する。退部ではなく、所属はしてあるし、
また2,3ヵ月後の10月頃から復帰したいと思っている。
毎月2000円で休部できるのは、その点助かる。
 
一人の自分は日本で仕事をしながらボクシングジムに通い続け、
もう一人の自分が分身になって2,3ヶ月の長期の撮影旅に出られれば
いいのだが、当たり前だが肉体は1つしかないのでそんなことはできない。
 
ボクシングはプロにはなれないが、旅や写真のプロではいられる。
何の為に鍛えているのかと考えたら、
やはり定期的に旅を続けたり写真を撮り続けるしかない。
いつも未練はあるが、休部という形を取るしかない。
 
とりあえず怪我もなく、
ボクシングのトレーニングをいったん終えたので、
ほっとしている。

影響力

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サッカーの日本代表の決勝Tが決まった。
正直な所、デンマークに3-1で勝てるなんて思いもしなかった。
デンマークは昔のラウドルップ兄弟がいた様に強いイメージがあったし、
決して弱くない、3試合で一番いい試合だったと思う。
 
本田は大会前はビックマウスもあり、(どちらかと言えば謙虚な選手の方がいいから)
あまりいい印象はなかった。これだけ結果を残すと、印象が少しずつ変わって来る。
確かに何かは持っていそうだ。そうじゃないと、1試合目は置いといて、
デンマーク戦のあのフリーキックは実力も運もそれ以上の何かも持っていないと決められない。
 
プレースタイルを見ていると、ビックマウスが彼を邪魔しているが、
意外に献身的だし、3点目の岡崎へのアシストもなかなか粋だなあと思ってしまう。
プレースタイルは謙虚な所もある。ひょっとしたら成長しているのかもしれないし、
強引にいく、そしてはずすイメージが強すぎたので。
松井の起用といい、本田をFWに置く所といい、岡田監督は
これだけ結果を残すと見直してしまう、すごいと思う。
それにしても、今大会はかなり荒れていると思う。
南アフリカという独特の場所も影響しているのか、
好不調のチームがはっきりしている。中南米とアフリカ大陸は
そんなに変わらないのかもと思ったりもする。
中南米には勢いがある。
 
今日は午前中11キロ走り、夕方ジムへ行き全部で18R練習をして、
その内3Rミット打ち、4Rマスボクシングを行う。
今日も暑かった。
 
音楽やサッカーというスポーツ(W杯)の影響力はすごいと思う。
 
写真やボクシングは比べられない、比べてはいけないのかもしれない。
「写真で何が出来るか」ずっと思っているが、無力感に陥ることがしばしば。
 
でも、こう考えればいいと思う。
写真は読むのに力がいる、音楽の様に自然と耳から入らない。
ボクシングはサッカーよりもきつく痛いスポーツだ、試合では血を見ることもあるし、
とても大衆のスポーツではない。
 
大衆の心理には、少し余裕があるものに惹かれるのだと思う。
でも、大衆を意識してやりたいことを選ぶのではない。
 
人にはそれぞれ本当にやりたいものや取り組みたいものがある。
 
作品としての写真もボクシングも競技人口は少なくても、決してゼロにはならないと思う。
影響力は小さくても、少なからず可能性はある。
そこを信じていけばいい。
ボクシングジムは100年後も続いている。
写真家もいることだろう。
 
まずは体力を維持することだ、そして心の底から熱い魂を呼び起こせば
旅にも写真にも生きて来る。

行く前のトレーニング

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今日は朝7キロ走り、夕方ジムへ。
全部で19R練習をし、その内2Rミット打ちを行う。
今日も汗まみれになる。
 
出発が近付くと、たまに行ってからのこと、カメラは壊れないか?いい写真が撮れるか?
体調は大丈夫か?かなり節約するのか?今回も無事に戻って来られるのか?戻ってからのこと、また職を探して、現像やプリントはどうするのか?
戻ってからの数ヶ月はかなり厳しいとか、今までの様にやらなきゃいけないことが
急に頭の中を高速回転する。パニックに陥りそうになる時がある。
 
ただ待ったり考えるだけではとても持たない。
体を動かさないととてもやっていけない。
現にジムに行くことで不安や孤独をを忘れるほど動くことで、
精神的なバランスが保てる。
特にボクシングのシャドーは自分を見つめるという意味でも
トレーニングには欠かせない。
 
W杯を見ていると、サッカーが久しぶりにやりたくなってくるが、
33歳になると、なかなか大勢が集まってスポーツというのは現実的に
厳しくなって来る。
一人の時間が増えて来る。
 
学生の頃はよくボールを持って自宅近くの空き地へ行って
リフティングやドリブルの練習をやったものだったが、
当たり前だが、まずボールがないと出来ない。
 
その点ボクシングのシャドーは身一つで道具は何も要らない。
そんなに通行人の迷惑にならないで、少しのスペースで動ける。
その気になれば、部屋の中でも牢獄の様な所でもどこでも出来る。
 
7月からのインドの旅先でも気が向いたら、
安宿の中でも精神的な拠り所を求めるという意味でも
シャドーぐらいはやりたいと思っている。
本当はサンドバックも叩きたいが、
現実的には不可能なので・・・・・。

だんだんと旅モード

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今日は朝11キロ走り、懸垂を33、25、23、17の4セット、
午後ジムへ行き、全部で19R練習をし、その内3Rマスボクシングを行う。
ジム内は30度近くになり、蒸し暑かった。
 
インドビザの貼られたパスポートを受け取りに行った。
いつもの事だが17時半~18時のみと時間の制限があるのは、
何とかならないのか。
 
まあ、ビザを取ってだんだんと旅のモードに入って来る。
持って行くものはだいたい決まっているから、大まかに揃えるが、
実際にバックパックに詰めるのは直前に近い。
 
今回の旅の体調管理は上手くいっている。
長期の撮影旅も年を重ねるごとに体力と精神力の勝負になって行きそうだ。
だいぶ以前にテレビで冒険家の植村直己さんがタイヤか何かを腰の紐で
引いてトレーニングをしている場面を見たことがあるが、
用は本人の気持ちの持ち様で、冒険家やアスリートとあまり変わらないと思う。
そりゃ、冒険家の様に危険な登山はしないかもしれないが、
写真を撮るのも普通に旅するよりもリスクが上がる。
どこまで踏み込んで、どこで引いたり、
けっこう神経を使うし、判断を間違えると命取りにもなりかねない。
 
2007、2008年は気持ちを高めると咳が出たし、なるべく気持ちを抑えようとして来たが、
ようやく2年経って無理な動きをしても咳が出なくなった。
まだまだ不安だし(多少は自信も付きながら)もっともっと臆病になるし、
トレーニングでも追い込み過ぎるのを抑えようとするもう一人の自分がいるが、
体の中から沸々湧き上がる感情を持っても咳は出ない。
 
同じ様な病に罹った人なら、きっと分かると思う。
悲惨な時の光景が記憶に残っていて、(医学的には治ったとお墨付きをもらっても、)
無理な動きをして咳の1つでもすると、「あ、やばい、またか再発か?」とか思ったりする。
心理戦の闘いでもあるのだ。急に脳裏を横切ったりする。
 
この病は、本当に完治した時に反動でもっとやる気が出て来るはずだ。
完全復活までもう少しだ、
自分を信じよう。久しぶりの埃っぽいインドで自分の肺系統は本当にどうなるか、
いい写真を撮ることももちろんそうだが、
そっちの方面でもインドとの闘いになって来る。
 
長距離選手並みの持久力は付いて来たはずだが、
運動していると、逆に敏感になりやすくなったりする。
だからと言って僕からボクシングのトレーニングは切っても切り離せない関係だが、
やはり心配だ。
 
有名なマラソンランナーがデリーでの国際大会を空気汚染の影響で辞退する人は
いると聞く。
 
僕には旅と写真があるから、(マラソンしに行く訳ではないし、)
行くしかない。

インドビザ

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今日は朝からインドビザの申請をしに行く。前回インドへ行ったのが2007年の10月だったので、確か申請場所は麹町だったと思う。
今回はまた変わっていて業務委託で臨時の申請場所らしい茗荷谷になっていた。
本来の武道館近くの九段下はどうなったのかと思う。大学があの近くにあったので馴染み深いし、時間を潰せる所も多いのに、
非常に残念な気がする。
手数料が掛かるのか、735円上乗せされていて1935円だったし、金曜の朝一で申請したのに受領は月曜日と言われるし、
何かすっきりしない。また取りに行かないといけない。
 
Jリーグは見ないのに、W杯だと見てしまう。4年に1度の大会だから、国の威信や選手の意気込みやプライドも全然違う。
W杯特有のドラマもあるし、見ていて面白い。
見た中では、アルゼンチン、オランダ、チリ、ウルグアイ、メキシコの調子が良く勝ち上がっていきそうだ。フランス・ドイツ・スペイン・ポルトガル・イングランドと言った
前評判の高かった欧米勢は苦戦している。
 
空中戦よりも細かいパス回しをして攻撃的なチームが勝っている。南アフリカの高度な場所とあの空気抵抗の少ないつるつるなボールも
影響しているに違いない。運もかなり左右している。
 
日本VSカメルーン戦は勝ってうれしいものの、オランダVSデンマーク戦を見た後だとかなり雑だったと思う。
カメルーンの攻撃はソングもいないし、チーム内のゴタゴタが伝わってくるほど本来のチームではなかった。
本田のゴールもトラップが運良く収まった様にも見えたし、ゴールポストにも救われたし、
今のフォーメーションが本当に機能するのかは(本当に強いのかは)オランダ戦を見てからだと思う。
期待したいが強いチームにどれだけやれるのかが見所だと思う。
予想を裏切って松井は良かったし、川島と大久保はキレキレだったと思う。
キーパー川島は見ていて安心できる。他の選手だったら負けていたと思う。
 
以前に予想していた1位アルゼンチン 2位ブラジル 3位オランダ ダークホースメキシコが
今の所いい感じだが、この先どうなることか。
メキシコにまだトラドとブランコがいることに驚いた。トラドはいぶし銀でいい選手だと思う。
あのチームは平均的にどの大会も強い。
欧米だとオランダぐらいで、やはりサッカーは中南米のチームの方が見ていて面白い。
オランダもそうだが、中南米の選手は控えもいい選手が揃っている。
長い期間闘っていかないといけないので、選手の疲労や累積のカードの状態もあるし、
選手層の厚いチームはかなり有利だ。
 
チリの攻撃的なサッカーもはまってしまいそうだ。 
ブラジルは決勝Tに上がったら、間違いなく本調子になる。
選手層で言っても、アルゼンチンの大会になりそうだ。
 

5度目のインドへ

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来月の7月8日~9月25日までインドへ撮影旅に行って来ます。
 
1999年、2005、2006、2007、そして今回の2010年でインドは5度目になる。
出発前の1ヶ月を切ればもうあっという間だが、時間は少しはあるし、行く前でも旅先でもいろいろと心境を書けたら書きたい。
 
自分の中では、今回の旅を完結させて、満足いく写真も撮り終えれば、インド5部作、インド完結となると思う。
東西南北、ほぼインドの主要な都市は回ったが、今回はまだ行っていない興味の出ている街やもっと北の地域を訪れたい。
ラダック方面などを検討している。もちろん人の心は移ろいやすいし、ある程度情勢も考えるし、思う所あれば違う所に行くかもしれないし、
神出鬼没、自由に旅をしたいと思っている。
 
インドの最北の街を訪れるには、高度が高過ぎてあまり遅い10月になると(今まではその時期だった)雪で入れないから、自然と早い時期になった。
インドの雨期の時期に訪れるのは初めてになるが、雨期は移動が過酷になるが現地の思わぬ魅力が垣間見れたりする。
そういう瞬間は運なども絡んで来るが撮れたら撮りたい。
今撮りたい写真も継続的に撮りたい。
 
カンボジアの乾季と雨季は両方行ったことがあるが、何度目かにより過酷な時期に行ったりすると、写真のバリエーションが増えることは間違いない。
カンボジアの雨季もいったんスコールがあると屋根がある所に入らないとカメラが壊れそうだが、雨の後も匂いなど趣深いし、
雨の田園や雨の中でも働く姿というのは別に写真抜きの旅だけでも素晴らしいと思う。
 
雨季でもずっと雨が降っているわけではないし移動は案外出来るし、ラダックに行けば乾燥していて雨なんて降らないと思うが、
インドの雨季は東南アジアよりももっと手強そうだ。
もっとドロドロした感じになりそうな気がする。
 
今日は朝11キロ走り、懸垂を3セット、夕方からジムへ行き全部で19R、その内3Rミット打ち、3Rマスボクシングを行う。
今日も暑かった。
もう東京も梅雨模様だし、これから外を走る機会は少なくなると思うが、
ボクシングのトレーニングは6月いっぱいまで行うのでそれまで体を鍛えたいと思っている。

あの頃は若かった③

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今日は朝11キロ走り、懸垂を4セット、シャドー、夕方ジムへ行き全部で19R練習をし、その内2Rミット打ちを行う。
蒸し暑く、練習後は汗に浸かっている様だ。疲労感はあるはずなのに、その日一日は心が何だか晴れ晴れとする。
何歳になっても、人は何かしら体を動かさないといけない。
 
いよいよワールドカップが始まる。(本田を1トップで使うかもしれないが、)日本は2トップの方がいい。
日本人の個々のレベルは限界があるし、1トップにするといつまでも点が入らない。
僕だったら、大久保と森本か岡崎の2トップにして、レギュラーでは本田ははずす。4年後は化けるかもしれないが、
今だと全盛期の中田ほどのレベルではない。波がありすぎる。
中村も調子が良ければいいと思うが、悪いとゲームメーカーがいなくなり、日本全体がこけることになりかねない。
やはり、ゲームを組み立てられる小野か小笠原を入れるべきだったと思う。松井だとゲームメーカー的には力不足だ。
もうどうにもならないが、今のメンバーだと中盤には、稲本を最初から入れるべきだと思う。
中盤には中村、稲本、遠藤、長谷部で中村と稲本は比較的前でプレーさせる、サイドバックに今野は絶対に必要。
 
話が逸れたが、写真は1999年の大学生の頃に初めてインドへ行った時のもの。
約2ヶ月間、インドとネパールを旅した。
最初にインドのデリーに降り立った時は、誰もが通る道だと思うがメインバザールを歩きながら、
もう日本へ帰れない感じがした。とにかくまっすぐに歩けないし、何かに轢かれそうだし、騙して来る人は多いし、
混沌としすぎだし、何もかもにカルチャーショックだったのを今でも覚えている。
あの頃は22、23ぐらいで若かったし、いろんな人生経験も浅かったと思う。恐らく30代で初めてインドへ行った人は
もっと冷静に見れていると思う。
 
タイ→インド圏への旅の興味や流れはある意味自然だったと思う。
写真をやる様になってから集中的に通っているし、次行ったら5度目のインドへなるが、今の人生にインド圏は欠かせない、腐れ縁になっている。
1999年の初めてのインドの写真はコンパクトカメラでAPSフィルムだったが、それでもその時はそれなりにいいと思ったし、
写真に興味を持つきっかけの一つになっていたのだと思う。
6年後の2005年に100日間かけてかなり久しぶりにインドへ行ったのも、写真でリベンジを果たしたかったのだと思う。
なかなか満足しないのが積み重なって、今に至っている。
 
三島由紀夫が、「インドへ行ける人と行けない人がいる」と言ったそうだが、
確かにインドは自分の人生に何かしら絡んでいる。
 
もし、1999年にインドへ行かなかったら、旅行会社にも興味がなかっただろうし、写真にも興味を持たなかっただろう。
普通に会社員で生活して、結婚でもして、今の人生とは180度違っていたかもしれない。
普通の幸せは得られなかったが、もう1つの幸せは一時でも得られたと思う。
こうして写真家としての自分はなかっただろうし、インドへ何度も足を運んだり、ボクシングなんてまずやっていないと思う。
写真の賞も幾つか頂いたし、清里ミュージアムで細江英公さんと話をしたり、握手をしたりなんて考えもしなかったと思う。
細江英公さんは三島由紀夫を撮ったことでも有名だし、インドが運命の糸に絡んでいる。
 
インドへ何度も行けるということは、人によっては全くあの世界を知らないで死んでいくことになるし、
そう考えると僕はまだまだ33歳だし、とても恵まれている。
 

あの頃は若かった②

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今日は朝11キロ走り、懸垂を3セット、夕方からジムへ行き全部で19R練習をし、その内3Rマスボクシングを行う。
今日も暑かった、汗が滴り落ち、一日だけで1.5キロは痩せた。ジム内の温度計で26度あったが、体感温度は30度ぐらいだと思う。
マスボクシングを行うと、運動量が自然と増える。
 
前回の撮影旅から戻って、日本での滞在1年と3ヶ月目に入っている。その間(ジムが休みの時以外は)、平均週4、多い時で6日の時もあったし、
みっちり通った。
ここに来てやっとボクシングのフットワーク、足のステップがだいぶ体で覚えて来た様に思う。ここまで来るのに、6年かかった。
プロ志望の様に最短で追い込み過ぎていないし、長期の旅には3ヶ月ぐらいの休部・空白期間があるから2.3年では無理だと思うし、倍の期間かかる。
それだけボクシングの運動の一つ一つは半端じゃないし、奥が深い。
もっとスムーズに行かせるには、どこにも撮影旅へ行かないでみっちり練習をして3年、毎年空白期間を作って後6年はかかると思う。
後は、もう34歳になるから年齢や老い・病との闘いになると思う。
34歳なら現役のプロボクサーもいるし、同じ世代で強い人はたくさんいる。僕は性格からいって遅咲きだし、遅いけれど根気良く長く時間をかける
タイプだと思うから、40ぐらいで40代の強い男になれればいい。今は銅だけれど、時間が経てば周りは理想を諦めたりするし、銅が金になったりする。
 
昼の番組を見たけれど、タモリさんは人生で2カ国しか旅をしていないと言っていた。言うなれば、売れっ子タレントだが、
売れすぎると、自分の時間、旅をしたり鍛えたりする時間も含めて極端になくなってしまう。
売れっ子写真家に当てはめても、同じ様なことだと思うし、そうなったらうれしいかもしれないが、得るものあれば失うものあるし、
複雑な心境だと思う、それぞれないものねだりは必ず存在する。
 
結局は、これから先売れれば売れたらそれでいいと思うし、売れなかったら売れなかったで今の様に定時にジムに通ったり、
空白期間を作って長期の撮影旅へ出かければいい。人生は一度きりだし、自由な時間というのもとても贅沢なもの、
用は、他者を羨ましく思ったり妬まないで、どんな状況(たとえ成功したとしても)になっても悩みはいつかどこからともなく出て来るし、
今の状況、逆境を恵まれているんだ、有り難いと思えばいい。苦労は今の内にしておいた方がいい。
 
1998年の夏に北海道をマウンテンバイクで旅した後、10月に初めて海外のタイを旅した。
一人旅だったが、確か最初は2週間ぐらいだったと思う。今振り返ると、ここも現在へと続くアジアの旅の原点だったと思う。
一般的な学生だとアメリカやヨーロッパに興味を持つ人が多いと思うが、自然とアジアに惹かれた。
最初は見るもの全てが驚きだったが、まず旅は自由であるということ、人生は一度きりだということ、
人生はその人がその気なら意外に何とかなるものなんだということを肌で感じた。
 
印象的なシチュエーションだと、タイにカンチャナブリという映画「戦場に架ける橋」の舞台になった街があるが、
そこには戦時中に日本人の兵隊が現地のタイ人の労働者に虐待を加えたり生々しい絵などが展示されていた(今は分からない)。
日本の中にいるだけだと、日本は敗戦国の印象が強いが、一歩外国に出れば外国の中の日本になり、被害者と同時に
加害者でもあるということ、広島や長崎もその前に行ったことがあったが、広い視野で平和を考える1つのきっかけになった
と思う。
 
その後タイは何度も訪れて、だいたいの都市には滞在した。
写真は2001年のタイのチェンマイの山奥の民族の村。新卒で入った旅行会社を辞めてタイ・カンボジアを2ヶ月ぐらい周遊した
時だったと思う。一眼レフは持っていたが、まだ(独学でも)本格的に勉強する前だったし、
旅がメインで写真はおまけの存在だったが、写真にどこか惹かれていたと思う。
写真家の現在へと繋がっている時だったと思う。
元々タイは平和な国だし、タイ人も穏やかだし、タイ語を話す人は印象として中国語や韓国語よりもきつくなく、
どこか丸みを帯びていていかつい人が話をしてもどこか可愛らしい感じもする。インドからタイに入ると、まず耳からほっとする。
日本でもどこでもタイ語を聞くと、思わず心の中で笑ってしまう。
ボクシングでもタイ人ボクサーは多いが、ムエタイを見た人なら分かると思うが、謙虚な姿勢を持つ人が多いし、
つい応援してみたくなる。
暴動がおさまってまた平和なタイが戻って一安心している。
 

あの頃は若かった①

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今週は天気が安定していた。
ここぞとばかりに朝6日間のロードワークと、夕方4日間ジムへ通う。
6日間で56キロを走る。1週間で60キロを走ろうと思ったら、けっこう大変だ。
今日は夕方ジムへ行き、全部で19R練習をし、その内3Rマスボクシングを行う。
次回の撮影旅へ向けて旅だけでも過酷なものになりそうだから、
体力増強と、特に右のクロスカウンターを通えるだけマスターしたいと思っている。
別に山賊に襲われるわけではないし、銃で撃たれたら意味ないけれど、
結局は自信に繋げることと、旅の鉄則は「自分の身は自分で守る」だと思うから、
一発の肉体の武器や自己防衛の手段を覚えていて無駄はない。
 
12年前の自分の写真が出て来たので載せたいと思う。
大学2年生の頃、マウンテンバイクに一式を積めて世田谷のアパートから晴海埠頭まで
そのまま走り、釧路行きのフェリーに乗り、釧路から自転車で縦断し稚内まで行き、
礼文島、利尻島に渡った。
テント・コッへル・携帯ガス・米など生活に必要なもの一式持って、ほとんど野宿していた。
昔の日記は探せばあると思うが、確か1ヵ月ぐらい滞在していたと思う。
帰りは同じ様にフェリーに乗って帰って来た。
 
まずは国内からで、その他にも別の島に行ったり最初はマウンテンバイクで旅に興味を持った。
そこからアジアの旅へ行き、だんだんと広がっていた。その頃は写真よりもまずは旅に興味があったし、
原点だったと思う。今振り返ると、もうマウンテンバイクの旅はないなと懐かしく思ってしまう。
北海道だけでも亀の様に走ったり、いちいちテントを張ったり米炊いて缶詰めや何か料理してよく分からないもの食べてけっこう過酷だったし、
本当にあの頃は若かったと思う。今野宿したら、たぶん体を壊すと思う。
元チャリダーだったし、あの頃は少しは窮めてたと思うが、もう相当自転車に乗っていない。
 
今は自転車よりも普通にランニングする方に興味がある。
水泳・自転車もそれなりに経験したことがあるから、
(写真家とボクシングだけで物質的にもいっぱいいっぱいだが、)もし余るほどお金があったら、
1度はトライアスロンに参加もしてみたい気もする。
 
あの頃のチャリはパンクして、さびだらけになりながら、まだ捨てていないし、
あの頃の履いていたハーフパンツは今もトレーニングで使用したり、
バックパックはアジアの旅に未だに使用しているから
何だか笑える。かなり物持ちがいいと思う。
 

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