栄光と挫折

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あの長谷川さんが負けた。一方的に打たれ、KOされるのを初めて見た。
最初の駆け引きも見応えがあったし、徐々に長谷川さんペースで、
今回も危なげなく防衛するだろうと思っていた矢先、相手の強烈な左フックが入った。
改めて、ボクシングの面白さや残酷さを知る。
 
どんなに防衛を重ねていてどんなに強くても、ちょっとした気の緩みで負けてしまう。
ボクシングは一発やカウンターの面白さがあるし、どんなにいいボクシングをしていても、
一発が入ってKOすれば勝ちは勝ちである。30代でも、20代に十分勝つことが出来る。
 
相手は名前もすぐ出てこないメキシコの選手だが、WBOのチャンピオンだから、
世界の頂点に立っている人の勝負は紙一重だと思う。WBCもWBAもWBOも、日本で認知されているかどうかだけであって、
実力は変わらない。
 
ボクシングの試合の駆け引きや運やタイミングの様なものにも惹かれる。
本当に栄光と挫折という言葉がぴったりだ。1試合の重みが他の競技と全然違う。
プロボクサーは心底尊敬するし、お金を稼ぐことだけがプロとは言えない世界もあるし、
通っているジムのプロの人たちを間近に見ていても、「プロとはそもそも何なのか?」
まで考えさせられる。本当に世間一般的な評価だけを見れば報われない世界かもしれない。
 
今月ももう終わりだ。
今月は15日間ジムに通う。
 
高山病のトレーニングにも多少はなると思うし、これからも続けたい。
仮想でもボクシングの世界を垣間見るだけでも、
たとえ撮らなくても写真家の勉強になる。
動体視力も良くなると思うし、自己防衛力も付くし、
練習はきついけれど、40代に向かっていく上では避けて通れない。
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ガンジス河

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昨日、テレビで「おくりびと」を見た。学生の頃はよく映画館へ足を運んだが、今は節約の為もあり全然行っていない。
負け惜しみではないが、その時の流行には疑った方がいい。
流行の映画でも、少し落ち着いて数年ぐらい経ってから、ゆっくり見た方が逆に味わい深い。
それに、サークルが速くすぐにテレビで放映する。焦って人込みにもみくちゃにされながら映画は見るものではないと思う。
 
なかなか良かったと思う。すごく感動したというわけではないが、じわじわと来る。
号泣というわけではないが、ほろりと来る。
納棺師が亡くなられた銭湯のおばさんの首にスカーフを巻いた所が一番印象に残っている。
あまり主演の映画を見て来た記憶はないが、お茶のCMでも味わい深いし、
主演の本木さんの演技は見ていて安心できる。時折見せるコミカルな演技も面白いし、
シリアスな演技は引き込まれるし、上手い。
俳優は演技が上手いか、いぶし銀か、個性的な人がいい。
最初アイドルから入って演技の方に進んでいる人も、陽の目が当たらずアルバイトをしながらの劇団上がりの人にあまり劣らず、
今までの人生経験も生きているのかいい演技をする。恐らく演技への覚悟や、アイドルの時の栄光と挫折と言うか悔しさみたいなものも
あるのではないかと思ってしまう。
俳優も、いろいろな人生経験が演技に生きて来る。ホームレスぐらいまで落ちてどん底を知っている人の方が強いと思う。
 
「おくりびと」を見て考えさせられるのは死だ。誰でもいつか必ずやって来る。あれを見て身近の家族や好きな人や自分を投影させて感情移入をする。
旅を全くしていない人よりも、死に直面したり、死そのものを見たり、膨大であり限られた旅先の時間から死について考えさせられることも多い。
やはり、インドを旅すると、死について考えさせられることは近隣のバングラデシュや、少し離れた東南アジアよりも強く感じる。
流れている時間や歴史の重みはさることながら、イスラムや仏教よりも、ヒンドゥー教そのものにもあるのではないか。
死があからさまであり、輪廻転生という思想であり、一介の旅人でも死を見ることが出来る。いろんな見方があるが、旅人の視点から見ると、
家族以外の死を見させてもらうということは、不謹慎さを踏まえた上で貴重な経験だと思う。いろいろ見つめられる。
歩いていても、自然と目に入って来ることも多い。
最初は動揺したりもしたが、通っていると暗さはあまり感じなくなって、とても潔いとさえ思ってしまう。
自分の感情の変化もあると思うし、旅や写真家で続けようと覚悟を決めてから、「死後の世界は存在する」「死はスタートである」「肉体は滅びても魂は必ず生きている」
など思わないと、これからも不安定な生活は歩み続けられないし、悩んだり怯えながらそう思想の変換・終着をしないととてもやっていけない。
ある意味開き直っている。
 
インドでも特にバラナシは(昔に比べたらかなり俗っぽくなっているかもしれないが、)特有の時や雰囲気が流れている。独特の街だと思う。
遺体を目の当たりにすることも多いし、ガンジス河に尽きると思う。上流のリシケシュだと、多摩川の河川敷とあまり変わらないし、
用はそこに住んでいる人々の信仰や街並みも含めての結果だと思う。ガンジス河という自然は何も変わらない。
 
写真は2005年のバラナシ。
他者の遺体を見ることの幸せを想え。葬式でも、他者の死は悲しむが、結局は「自分はまだ生きている」という優越感みたいなものはどこかである。
他者の死を想いながら、残された人はよりよく生きようと再確認する。それが歴史であり、人生である。
 

帰る場所

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今日は朝11キロ走り、懸垂を3セット行う。
夕方からジムへ行く予定。
 
だんだんと暖かくなり、走るには一番いい季節だ。10キロを越えるとしんどくなるが、何でも10という数字は
目標となる数字になりえる。何でも根気良く10年は続ければ立派だと思う。
足が悪くなれば杖を付いてでも散歩を楽しめばいいし、動ければ走れる時に走った方がいい。
トレーニングをしていると、老いや「いつか動けなくなるのではないか」ということまで考えてしまう。
 
時に不安に駆られる原因の1つは、人や写真家としての無力感だと思う。
そこを悩みながら、一つ一つ乗り越えればいいと思う。いろんな世界や、人の生き方が存在する。
 
最近はインドを旅していて、次行けば、5年掛けて約1年旅や写真に費やしたことになる。
インドは確かに何でも絵になるが、インドにぶつかって行ったり、弱さを知りあるがままに生きていったり、
いろんなことを考えさせられた。何かで表現したいなら、別に出尽くしていてもインドは一度旅した方がいい。
 
今のままでも1つのテーマで個展が出来ると思うが、1つは物質的なものが原因で生活と撮影旅に追われていて
まとめるまで回っていかないのと、理想が高すぎるのか心配性なのかなかなか納得いかない。
どこかで踏ん切りを付けないといけない、そうしないと次のテーマや新しい旅に移っていけない。
 
深く考えていけばつらい思いをしてまでも外の世界を旅しなくてもいいのだし、普通の生活をしながら格闘技や武道の練習をしても
自分を見つめられる。でも、30代でそう考えるのはあまりにも早いと考えを覆す。失敗や遠回りを繰り返しながら、
核に近付いて行く。格闘技や武道はすがるものの1つだという思いは消えない。
自分はジャーナリストではないし、広告の様な売れる写真家でもない、そう踏まえた上で第三の道を模索していきたい。
世界平和と自己の幸せ、用はそのバランスだと思う。どっちが強くなれば胡散臭くなるか、独りよがりになる。
 
写真は2003年のラオス。100日間掛けて東南アジアを回った。ラオスでは家族の絆を一番感じた。
今はインドにはまっているが、インドだともっと個が強くなるし、(それはそれでいいのだが)
東南アジアのどこかの村へまた戻りたいと思ってしまう。
インドよりは旅と写真の苦労度が軽減されるし、もっと年を取ってからでもいいと思うが・・・
あの頃の写真を見ていると妙に懐かしく思う。急に行きたいと思えて来る。
 
 

微笑みの国へ

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今週は4日間のジム通いを行う。今日はリラックスをする為に、夕方から銭湯へ行く。
風が気持ち良かった。
 
職業柄悩むことも多い。どうしてなのか自分では良く分かっている。
何かの手段を借りて表現したいのだが、果たして写真だけでいいのか、絵や文章も取り組んだ方がいいのか、
絵なら水墨画や油絵、シンプルか濃いものに惹かれるが、もし祖父が生きていたら油絵をやっていたから
一度でいいから教えて欲しかったと思う。
表現する、ある日突然神が降りて来て何かしらの表現活動に没頭するということは、
かなりの時間家に籠もる傾向になる。
 
まだまだ33歳だし、いろいろな所へ旅をしていろいろな世界を見て、40代ぐらいでもっと固めたい。
今まで経験したことからしか作品は生まれないし、もっと遠回りしたり、悩んだり苦労した方がいい。
写真は本数が少なくなっても撮り続けていく。
 
ここ数年はトレーニングを続けて自分の肉体と向き合って来たが、
ブヨブヨな体にはなりたくない、ギリシャの彫刻までとはいかないまでも努力はしたい。
年を重ねて行くと、体が硬くなったり、太りやすくなる。
ボクシングをしてしんどいけれど、何も考える余裕がないほど動く時間が貴重と思えて来る。
作家活動をしていると、「贅沢は敵である」と思わないとやっていけない。
 
話は変わるが、最近のタイの情勢が気になっている。
1998年にタイへ一人旅をしたのが、今考えれば旅は人生に切っても切り離せない関係になり、
周りの人がだんだんと落ち着き始めたのだが、まだまだ辞めていない。
ここまで来たら、もう引けないし、こういう人生もありなのだと思う。
 
タイはインドやパキスタンに比べたら、もっと安全だし旅もしやすい。
ニュースを見る限りでは自分の中での安全神話が崩れそうだ。ただカオサン通りを歩けば、
普段通りであまり変わっていないと思う。自由な雰囲気もあのままだと思う。
そう願いたいし、どこの通りを歩いても安全で平和な国へ戻って欲しい。
 
 
写真は2001年のタイ。まだ旅行会社にいた時で写真はおまけだったが、
自分にとっては貴重な思い出。
 

写真家活動はボランティアと思えばいい

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今日は朝10キロのロードワーク、午後持ち込み、夕方ジムへ。
全部で19R、その内2Rのミット打ちと3Rのマスボクシングを行う。
ミット打ちとマスの流れはかなりきついが、数年前は体力が持たなかったと思うし、
かなりの持久力が付いて来た証拠だと思う。
 
ただボクシングの体力は付いて来たものの、肉体的なアルバイトを長時間やれば年相応の疲れが出て来るし、
フリーター、写真家、ボクサーを行ったり来たりすると、33歳とそんなに若くはないし(立派な中年層だと思う)、
切り替えるのに、精神的にも体力的にもエネルギーがかなりいる。
 
ボクシングでも続けている人は分かると思うが、最初はファイティングポーズもジャブを連打するだけでも、
普通の生活では使わない筋肉を使いかなり地獄だが、数年経つとだんだんと筋肉も慣れて来る様になる。
シャドーがヨガの様に(ヨガよりももっと激しいが)、疲れながらも心身とも自由を感じたり、自分を見つめたり、
ストレスを発散出来る。
何でも慣れだと思うし、好きだったらとりあえず続けることの大切さを実感する。
 
つくづく写真の営業活動は向いていないと思ってしまう、別の意味でつらい。汚れた服装でアジアを旅したり、現場でカメラをぶら下げて写真を
撮った方がつらくても気が楽である。旅行会社にいた時は販売はもちろんしていたが、天職だったら辞めていないと思うし、
写真家には転向していないと思う。どこかに職人気質があるから写真家をやりたかったし、写真家には営業活動は確かに必要だが、向き不向きは誰でも存在するし、
時には無理することもあるが、自分のペースで営業活動をしてもいいのではないかと思う。
 
数年前は持って行くだけで即いい話になったこともあったが、ここ1~3年はいろんなことが噛み合っていると思うし、
雰囲気はいいのだが、即決断という訳には行かず、恐らく会議や審査や今後の方針などで幾段階のクッションがある。
一番の理由は、(自分の写真の反省をした上で)業界自体の不況だと思う。コストを抑えるならわざわざフリーランスに頼まなくても、
自社の編集者が何でもやれるし、(会社の存続まで危うい場所なら)業績を残すなら長時間も会議を踏まえた上で
もっと実績のある今波に乗っている写真家や有名な写真家を選ぶと思う。
様々な会社があるが、どちらかと言えば暗いドキュメンタリーはもっとハードルが高くなる。
ドキュメンタリーはなくなってはいけないと思う。写真でも多様性のある世の中が一番理想だと思う。
 
波というのは人の感覚と同じ様に常に変動するし、5年、10年先までは分からないということだ。
写真家はあまり気にしないで自分の信じた道を進めばいいのだと思う。
 
自分の写真だけで食べていくのはかなり難しい。見方を変えれば、写真家活動はボランティアと思えばいい。
欲が出すぎると何でも逃げて行くし、無欲の勝利もありえる。最初の頃はもっとそうだった気がする。
ただ自分が感動した、いい写真を撮っていた。
写真なんて無報酬同然だと思っていたし、つらくなったらその頃の気持ちを呼び起こして旅や写真を続けたい。
タイプは違うが、昔の戦場カメラマン一ノ瀬泰造さんだって、あれだけ命を賭けながら前後のコマを切り売りして僅か5千円ほどだったと記憶している。
もっともっと恵まれている。
結局は、自分が写真家としてどう生き続けたいか、趣味の延長やボランティアと思えば肩に変な力が入らなくていい。
以前は「自分はプロだプロだ」と思っていたが、実際はどんなに頑張っても自分の力だけではどうにもならないことは多いし、
運やタイミングなど生きている以上いろんなものが絡んで来る。
体を壊してまで長期の撮影旅と肉体労働の連続で獅子奮迅の動きをしたこともあるし、だんだんと悟って来る。
 
本当にプロボクサーと生き方が似ている。プロボクサーは1試合の重みが違うし、プロテストに受かるだけでも時間はかかるし、かなりつらそうだ。
まずプロテストに受ける前に脱落する人は多いし、頑張ってプロテストに受かっても、1試合もしないで辞めていく人は多いし、年単位で試合を
していないという人もけっこういる。ボクシングだけでは食っていけないし、生活に追われてリングに上がれない人もけっこういる。
その中でもまずは自分を信じて、(家族や周りを少しでも信じて)コツコツと練習に参加して、影で努力をし続けてかつプロモーターという運やタイミングも
かかって初めて試合が出来る。プロは原則週5,6日通うことになっているが、用は技術も体力も精神力も筋肉も磨き続けないといけない。
それだけ頑張ってもファイトマネーは高くはないし、世界チャンピオンまでは遥かなる道のりだ。
プロボクサーは常に陰が付き纏い、陽の目が当たったり大衆の人気を得るのには世界チャンピオンになりなおかつ運も絡んで来る。
それでもプロボクサーは誰が何と言おうが続けるし、別の次元で闘っているし、それが人間の生き方ややりがいに繋がっている。
格闘技をやっている人は見ていると器が大きいし、社会の最悪の状態の時でも、「俺はいいからお前が先に行け」と言いそうな気がする。
まだまだ器は小さいし、そうなりたいものだ。強ければ強い人ほど器がでかい。
 
写真家に置き換えれば、まずはコツコツと自分の写真を撮り続けることが大切だと思う。
ボクサーも写真家も積み重ねが大事だし、ボクサーの重みのある1試合が、写真家であれば個展や写真集やなにかの賞に当てはまる。
たいてい2,3度ぐらいではすぐ忘れ去られてしまうし、そもそもテレビや映画やゴルフやフィギュアスケートみたいにメジャーな競技ではない。
常に陰が付き纏う。
 
栄光と挫折を繰り返しながら、一生を通じて
写真の中での(定義がかなり難しいが)世界チャンピオンに繋がる。
たとえ道半ばで破れてしまっても、人生に後悔はないと思う。プロボクサーと一緒だ。
 
自分の人生を振り返ると、運が悪ければ3度は死んでいたと思うし。
誇れることだが、かなり運がいい方だと思う。
それも肝に銘じていろいろと動き出したいと思っている。
 

大きな事から小さな事まで

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アフガニスタンでの日本人ジャーナリスト誘拐、タイでの日本人カメラマン射殺、中国の地震、
欧米の空港閉鎖、野菜の値段急上昇、最近「世界情勢や環境問題が何だか可笑しいのでは?」と再認識するほど
ニュースが多発している。
 
世界情勢はそのままアジア情勢に繋がるし、旅を続けて写真を撮っている者にとっては、
かなり深刻であり、気になる。
最近哲学書を読んでいるが、本能や予感や直感に従って自分の道を進めばいいのだと勇気付けられる。
死ぬことは怖いけれど、考え方によっては怖くない。痛みや貧しさというのもその人の考え方次第である。
 
野菜の値段が急に上がっている。ずっと野菜や大豆中心の生活を送っているので、こちらもかなり深刻だ。
いつも食べているほうれん草が見た目も悪く50円は上がっているし、全体的に小ぶりで値段が一回り高くなっている。
節約の為、毎日の様にほとんど同じものしか食べていないし、簡単に作れるおじやや蒸した野菜などを乗せたインスタントカレーは
欠かせない。食事でも重ねは基本だ。
ずっとインドを旅して、そこからネパールへ入ってポカラで食べたおじやの美味しさは一生忘れられない。
白米と醤油があればどこでも生きていけると思うし、まだまだ恵まれている。
 
先日の三谷さんの長編ドラマ「わが家の歴史」は今でもふと思い出し、「誰が一番印象に残っているのか?」
と考えたら、佐藤浩一さんの演技も良かったが当然という感じもしたし、キャバレーの支配人の演技や声がなかなか頭から離れなかった。
渋い演技をするなあ~と思っていたら、名脇役で阿南健治さんということだった。
俳優でも、数ある修羅場をくぐって来た者の方がいい演技をするし、あの時只者じゃない様な気がした。
そしたら、やはり様々なバイトをして来たり、外国へ俳優修行しに行ったり、(俳優で言ったらテレビがメジャーであるならば)
これまでいろいろと苦労をして来た方なのだと知った。
苦労して来た人間は、どこかで底力があると思うし、恐らくこれからもっと注目される俳優なのだと思う。
 
元中日の立波さんがテレビで最近良く見る。立浪・落合・パウエル・山崎はドンピシャ世代で、
実家は名古屋だし、あの頃は野球をやっていたこともあって、かなり応援していた。
その中でも、立浪さんは惹かれる選手だったし、中日の時代を作ったと思う。あんなに巧くて器用な選手はいないと思う。
俳優で言うなら名脇役かもしれないが、テレビで活躍する姿を見ると、喜ばしいことだ。
 
何故か、いぶし銀の人に惹かれる。
 

自由人

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今日は夕方までバイト。
夜ジムへ。全部で18R、その内の6R、ミット打ちとマスボクシングを行う。
 
急に寒くなったり、温度差が激しいので体調を壊さない様に気を付けたい。
 
実家が東京、少なくとも関東近郊にないとなかなか資金が貯まらない。
やはり家賃がネックで、アルバイトは切り離せない。
名古屋に戻ればもっと落ち着いて写真に取り組んだり、肉体的にも精神的にも
負担が楽になるのだが・・・・何かあった時に東京に住まいがあった方が助かることもあるし、
どちらにも長所も短所もあるし、選択が難しい。結局は本人のやる気次第だと思うが。
 
ただ言えることは、一生会社員やアルバイト状態で一時の安定した収入を確保出来ても、
写真家としては大成しない。いろいろと職場を見ることは、決して無駄ではないが、後悔はしたくはない。
 
写真家として続けていくには、人と同じ様な動き方をしていては駄目だ、どこかでレールを断ち切り、いったんリセットをする。
現代版の自由人にならないといけない(あくまでも今の所憧れであり、理想)。
玄奘や西行法師の様な生き方だ。写真家なら、ブレッソンや木村伊兵衛。
 
会社でも、社長が一人だけではどんなに孤軍奮闘しても成り立っていかない、自力プラス他力本願がどうしても必要になって来る。
どこの世界でも、そういう風に成り立っている。
 
一生写真家として続けていくには、もっと応援してくれる人を探さないといけないが・・・・・こればかりは運やタイミングもあるし、
人の心は移ろいやすいし、そういう気持ちも持ちつつ、体力は落さない様に、自分で努力できることは続けて頑張りたい。
 

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