今月も終わり

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今月は、16日間のジム通いと、13日間のロードワークを行い140キロを走る。
 
後1か月で前回の旅から戻って、丸一年になる。
 
生活がマンネリ化して、時折息苦しくなって来る。
 
アルバイトをしていると、「この世は競争社会である」ということを否定できないし、
 
旅だけや、写真の世界でも最初の頃は気にも留めなかったものの、
 
続けていくと、邪念が入って来るし、
 
社会と関わっていく上では、どこかで競争もしている。
 
まあ、あまり気にしない様にマイペースで続けていけたらと思っている。
 
女子フィギュアスケートでも、相手というよりも、自分の演技ができたら自然に
結果として残って来る。
これがライバルとか、競争とか演技者本人がいちいち気にしていたら、
結果としても残らないし、一生後悔が残ると思う。
 
やはり、長期の旅、最低でも1,2ヶ月は人生に欠かせないと思えて来る。
 
人生のリセットは大切である。
 
まだ先は見えて来ないが、旅をするという信念の元、頑張らず頑張りたいと思う。
 
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響く言葉

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この前の雪の日、ジムの練習後、体が少しだるくなり、のどが痛くなった。
市販の風邪薬を呑んだら、良くなった。
 
来週から暖かくなりそうなので助かる。平日もトレーニングしていると、日曜日も調子に乗って10キロ以上走ると、
リズムが崩れる。走っても軽く流したり、10キロが1つの目安だろう。
完全に休息日にしないと、次の日からに支障が出てくる。
 
相変わらず吉川英治の小説「宮本武蔵」にはまっている。
どこまでが真実でどこまでが創作なのか難しい所ではあるが、
理想像を作りたいし、今の心境に響いて来る。
 
(3)の178Pに非常に心に残る文章があったので記したいと思う。
(~なぜ、自分に与えられたこの孤独と漂泊に、感謝を持ち、理想を持ち、誇りを持たないか)
 
(理想のない漂泊者、感謝のない孤独、それは乞食の生涯だ、西行法師と乞食とのちがいは、
心にそれがあるかないかの違いでしかない)
 
どちらも宮本武蔵が冬の京都にいる叔母の家を訪ねたものの結局は追い出されて、
冬の寒空の下、「身よりも、心がさむいせいだろう」と自分の問いに自分で答えた後に出てくる
言葉だ。
 
( )で括られていて、宮本武蔵の心境を表していると同時に、小説を書いている吉川英治の
心境でもあるに違いない。
 
ずっと思って来たことだったし、今の心境にズバッと刺さって来る。
長期の撮影旅に出かける寸前には、もっと言葉が響いて来ると思う。
 
今でも、フリーターと何かの夢を追いかける者や単なるバックパッカーとカメラの一台でも持って旅する写真家との違いであると
当てはめることも出来るし、京都の叔母は世間の評価に当てはめることも出来る。
発表媒体も少なくなった写真家としての今の世間的評価に繋がる所もある。
もっと幅を狭くすれば、旅をしたり、アジアの写真を撮ったり、世界や日本を問わず自分なりのドキュメンタリーを撮っている写真家
になって来る様に思う。
 
たとえ全てが真実ではなくても、宮本武蔵の生き方は、非常に勇気付けられる。
 
もっと尊敬できるのは、剣術だけでなくて、水墨画や達磨の絵などの芸術でも優れた作品を残している所だ。
ここが剣術や生き方はかっこいい沖田総司や近藤勇、その他の昔の戦国武将とは少し違う。
 
達磨の絵は感動するし、剣歴は多少捻じ曲げられたものがあっても、作品は嘘はつかない。
 
ボクシングはプロではないが、たぶん格闘技をやっている人も宮本武蔵の生き方に
感動する人は多いと思う。
 
流派のニ天一流、簡単に言えば二刀流だが、ボクシングの両腕にも似ている。
まだまだだが、続けていくに従って、ジャブやストレートが飛び道具に思えて来る。
両腕にしなやかな剣と言うか、鞭を付けていて、その先に固い石の様な拳が付いている。
 
パーリーを覚えた時は目に鱗の様な衝撃だったが、相手のパンチを自分のグローブで弾いて、
ジャブなどの攻撃に移る、これなんか1つの剣で相手の剣を弾き、もう1つの剣で攻撃することに
非常に近い気がする。
間合いがどのくらいの距離だけの問題であって、
剣の様に実際は道具を持っていないが、自分の肉体のパンチが道具の様になって来る。
 
いずれは五輪書も詳しく調べてみたいが、宮本武蔵は「拍子」=今で言うリズムを
重要視していたみたいだが、これもボクシングでも、写真を撮る時の感覚にも
非常に似ている。
どんな世界でも共通していると思うし、昔からそのことを悟り書物に記したということは(思うだけの人はたくさんいたと思うが・・・)、
すごいものを持っている。
今のベストセラー作家の様とは微妙に違う、そもそも売れる目的で書いたものではないし、
今までの生き様を振り返り、悟り、最後に残す感じで自分に向き合って自分の言葉で書いている。
 
ただ今まで知らないだけであって、歴史には様々な先駆者や、学ぶべき人も多い。
 
少しでも希望を持ったり、修行の様に身に付けられたらと願わずにはいられない。
 
やはり昔の人は、肉体的にも精神的にもタフだし、人間性が豊かな人が多い。
 

極楽浄土

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今週は、4日間のロードワークと、3日間のジム通いを行う。
 
雨も、ジムの短縮時間日も多く、満足に練習は出来なかった。
 
特に自分から希望したわけではないが、自然の流れで、アルバイトのコマも増えた。
 
自然の流れに敢えて逆らわなくてもいいし、そういう時期は、
「次回の撮影旅に向けて少しでも資金が貯められる」と思えばいい。
実際は、数時間の時給分だし、これだけでは焼け石に水状態だが、
こういう経験はプラスになると思えばいい。
70歳まで生きられるとして、
順調な日なんて、ほぼないと思う。
写真家はそれだけでは、食べていけない。
ボクサーと一緒だ。
 
ボクシングも以前の様に夜に駆け込みで練習する日が多くなると思う。
 
まあ、時間を作って、ロードワークは豆にしたい。
 
今日は、日曜日で安息日だったが、久しぶりに晴れたので13,4キロは走った。
同じ向きで走っているランナーを17,8人は抜いたし、後ろからは抜かれていない。
日曜日は、平日の早朝と違って人が多い。
そうやって走ってみても、つらいがランニングの楽しみがある。
 
すぐに銭湯へ行って、最初の湯船は、「極楽浄土」だ。
銭湯という文化は、日本が誇れるものの1つだと思う。
 
100日間アジア圏へ撮影旅へ行っても、
湯船にはまず入れない、お湯のシャワーさえも限られて来る。
世界的に見ても、、お湯は贅沢なのである。
日本人の感覚からすると、一見まだまだ物質的には恵まれていない場所は多い。
 
旅から戻ってからの、銭湯は「極楽浄土」を通り過ぎる。
 
苦労を乗り越えての、そういう幸せの一時を
求めていると言えなくもない。
 
だから、安定すると、旅をしたいと思う様になるのだろう。

被写体に投影されるもの

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今日は、朝14キロ走り懸垂30回、25、25、15、15の5セット、
夕方ジムへ全部で20R、その内トレーナーと3Rのマスボクシングを行う。
 
朝走る時や、ジムでサンドバックを叩きながら、悩んだりくじけそうになったり自問自答したり旅や写真や時代や普遍的なことや人生のことを考えたりする。
でも、ロードワークだと10キロを越えたぐらいから、ボクシングもマスまでいくと、疲れがひどくなったり無我夢中になる、
諦めればまずは自分自身に負けるし、とても考える余裕なんてない。
真っ白と言うか、不安なんて吹き飛ぶ。
クライマーズハイは御馴染みだが、ランナーズハイも、年相応のボクシングハイもある。
 
別に同年代の人と比べなくてもいいものの、どうしても隙間に入り込む。
かなり遠回りしているし、つらい経験もそれなりにして来たのだが、
何でも時間が解決してくれるし、つらいことは忘れようとする性格だ。
 
リセットしたり、旅に出たり、ハードなトレーニングをしたり、ふとした瞬間に蘇って来る。
 
肺の病気になった時は、薬の副作用で何もやる気が起こらず休みの日はほとんど布団の中で横になってたっけ。
それでも、根気良くジムには通った。病気でも休めば、1時間のトレーニングは出来る。
 
その時は走ることなんて考えもしなかったが、ここ1年人の倍は走ることが出来る様になった。
「やはり、悔しかろう・・・・」と客観的にも思えた。満足に動けなかった反動がある。
 
長期の撮影旅から戻っても、戻る度に、「また命拾いした」と少し大袈裟だが思う時もあるし、
逆に「また戻って来てしまった」と思う部分もある。特に戻って来てからの3ヶ月はきついし、
いったん態勢を整えないといけないし、自分一人ではかなりしんどいし、物質的困窮が、精神的にも波及して来る。
そこを、撮って来た写真や、訴えるものや、ボクシングなどで、精神的なものを覆すのである。
帰ったら、またボクシングなどトレーニングに励んだり、今存在している、体を動かす喜びやつらさを味わいたいと思う様になる。
日本だと日本食も、自由に使えるホットシャワーもあるし、空気もいい。
トレーニングを続けて、時間が経てば、「また写真を撮りたい」と思う様になる。
 
今まで撮りためて来た写真群をたまに奥から出して見るが、
「その時の自分の感情も写っている」というものも少なくない。
被写体に投影されているものがある。
 
「その時の自分の感情も写っている」と思われるものも、
改めて見る今の感情で微妙に変わってくるのも写真の奥深さであり、難しく面白い所だ。
審査員も、その日によって見え方が違ってくることはよくある話だ。
写真を撮った本人でさえ、数年も経つと、「その時はいまいち・・・」と思えたコマが、
急に魅力的に見えたりする。
 
カンボジアの子供を撮った時は、その子達に気持ちが入って行ったし、
「やはり、悔しかろう・・・・」と思えた。「子供が(日本人から見れば)きつい思いをして、頑張っているのに、報われない社会なんて・・・」
とも思えた。
 
余分なことを考えなければいいだけの話だが、普通の生活をしているとだんだんと鈍感になって行くことが怖い。
守りに入ってしまうのが怖い。流されてしまうのが、一般的常識だけに捕らわれすぎることが怖い。
もっと公平で、自由な社会であって欲しい。
 
逆に道を逸れたり、やる気を出し続けたり、何でも全力を出せば、無理をすればまた病に罹ってしまうのではないか・・・
と思えて来る自分がふがいないし、もどかしい。まあ、たぶんもう治ったと思うが、トラウマになっている。
 
ただ年齢を重ねて行く人としてのDNAかもしれないし、敏感になっているだけかもしれないし、
だんだんと長期の旅や、写真が撮りにくくなった。
いや、アルバイトもやりにくくなっているし神経を使うし、生活自体がだんだんと難しくなって行く様に思えて来る。
 
人は生きていくと、縛られていくものが多くなっていく。7,80以上までいけばまた話は別だと思うが・・・
悟りを開くかもしれない。
 
日記も、その時の自分の興味があることしか書きにくいし、
結局は、あるがままで生きていけばいい。
 

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今週は朝4日間のロードワークと、夕方・夜5日間のジム通いを行う。
ロードワークは、44キロ走った。
 
トレーニングを続けるだけでは、自己満足に過ぎないし、
そこから何かしらのピンと来る表現に結び付けないといけない。
時期はあるし、決めたことは続ける。
 
トレーニングをするのも、旅をしたり写真をまとめたり、会社で働くのも、
結局は早いか遅いかの問題だ。
どれも避けて通れない。
 
例えば、3年間会社員として残業ばかりで働いたとして、
仮に収入は上がっても、「何やってんだろう、鍛えないと・・」と思えて来るはずだ。
 
どこかに所属するカメラマンとして3年間自分を省みず働いたとしても、
「このままでは自分の作品が残せない・・・・」と思えて来るはずである。
結局は、ないものねだりである。
 
とりあえずこの1年間をボクシングの技術をマスターしたり、体力を付けておけば、
トレーニングの限界も分かるし、「あの時ああしておけば良かった・・・」という後悔も軽減される。
将来、すんなり、旅や写真やまた違う表現の世界に集中できる。
 
すぐに行くというわけではないが、今日、3パターンの次回の旅の予定を大まかだが、
立てた。
 
物質的なこと、自分の精神的なこと、アジア情勢など、現実的にはいろいろと厳しい面もあるが、
まずは理想を描くだけでも希望が持てる。
タイミングも考えて、これから1年以内をメドに徐々に詰めたり、絞って行くつもり。
 
悩んだら、あまり深く考えなくてもいい、考えても無理なものは無理だ。
 
まずは昔の頃を思い出して、「写真を抜きにしても旅をしたい所、歩いてこの目で見たい所」
でいいと思っている。
最悪の場合は、写真で残せなくてもいい、記憶がある。
 
自分の中での世界地図を作ればいい。
やはり人の流れや、顔、表情、雰囲気・信仰・衣装など人全般に興味があるから、
まずは記憶して、結果として写真も残せればいい。
 
45歳ぐらいで、今までの記憶や、残してきたものを糧として、
何らかの表現をしていけばいい。
 
若い内はいろいろな所を旅したり、外の世界を歩いてみたり、きつい経験もする、
ある程度年を取ったらもっと内の世界を見つめていもいいと思う。
若い内からパソコンの前だけに座って内の世界に籠もっているだけでは、人生がつまらなすぎる。
写真家にも言える、いろいろな人がいるし一概には言えないが、狭い範囲で撮っているだけでは、
写真家の根本的なものが薄れていく。
 
「そんなに焦らなくてもいい」、
焦りがないと言ったら嘘になるが、そう自分をコントロールする様にしたい。
 
「隣の芝生は青く見える」、まずは自分の旅や道を信じればいい。
 

撮る側の心

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「写真の審査」、写真家にとっては、避けて通れない。
初めの時は、かなり緊張したし、今でも緊張は完全には消えない。
絞首台に上がる様な気持ちだと思う。自分の肉体が離れた所で勝手に審査が進めば軽減されるが、
目の前で審査があると、精神を統一させたり心の置き処に困る。
 
今ある写真が全てだし、それ以上でもそれ以下でもない。
「勉強させてもらっている、いい経験をしている、撮る側も相手を審査している」、
そう思えばいい。どこでバイトしたり、どこの会社でも一緒だ。
心が通じ合う上司もいるし、合わない上司もいる。
時間が経てば解決する場合もあるし、合わない場合もある。
いろんな人がいるし、とにかく生きていくしかない。
 
「社会の訴求力、社会との関わり」よく聞かれたり、目にしたりする。
撮る側Aは考えていても、相手には伝わらない場合もある。
撮る側Aが撮る側Bを「社会との訴求力なんてないじゃん」と思っても、
相手によっては、伝わる場合もある。
非常に曖昧であり、紙一重だ。時代も社会も人間の感情も常に回っている。
 
「社会の訴求力」とは、実は、相手(ギャラリー・編集者)の今の気持ち・理想そのままである。
その会社、審査員の「「社会の訴求力」」・カラー・地位・信条・今の方向性などが複雑に絡み、言われる「社会の訴求力」は
それこそ1から100まである。
 
撮り続ける側にとっては「どうすればいいのか?」、考えたり反省したり後悔することはあっても、
結局は自分や社会を信じて撮り続けるしかないのである。極論だと、「考えないで行動あるのみ」である。
写真家にとっては、世間一般的な社会の訴求力なんて考えなくたっていい。
一人、組織でもズレがあるし、水や火の形の様だ、正解なんて何もない。
今の訴求力に合わせ様と思ったら、それこそ怪我するし、10年後には平気で捨てられる場合もある。
 
画家ではあるがゴッホだって、生きている当時は「社会の訴求力」なんてたぶん考えていない。
まずは自分の本能のままに自分を信じて描き続けていたと思われる。
死んでから、社会との接点が生まれ、巨大な「社会の訴求力」が生まれることだってある。
 
今は、自分の弱さを出したり、隙間を付く写真が受け入れられている。
僕は「強い写真」とよく言われることがあるが、弱さをずっと感じているが、写真だけは強くありたい。
武士の様に生きたい。
 
旅を含めると12年は続けているが、もう後へは引けない。
写真が認められるか、俺が死ぬか、迷っても、そう思えばいい、清清しいし逆に気が楽である。
 
審査の後は、より心の置き処に困るが、帰りの電車に飛び込まないだけ心理戦・己に勝ったと言える。
「捨てる神あれば、拾う神ある」「信じる」「継続は力なり」
一時は諦めても、最後は諦めない、一生の好きな言葉だ。
 
小説「宮本武蔵」とボクシングに救われている。これが家へ直接帰ってああでもない、こうでもないと
写真だけに没頭してたらそれこそ頭でっかちになるし、精神的に可笑しくなる。
あるがままを受け入れるのである。
 
宮本武蔵は、剣の修行の為に諸国を渡り歩いたり、有名な道場へ門を叩いた。
外国へ写真を撮ったり、審査のふるいにかけられたりすることに近い。
まだまだ、いろんな経験をして行って、声を聞いて、今の邪念も研ぎ澄まされて、
将来に悟りを開ければいい、写真が追求できればいい。
 
写真も、ボクシングもそうだが、数字ではないし、明確な答えなんてない。
つらい分、だからこそやりがいがある。
 
今日は朝11キロ走り、夕方ジムへ行き全部で18R練習をする。
サンドバックを叩いていると、最初は自問自答しながら叩いているが、本当に疲れてくると、
「無」である、無我夢中である。
 
シャドーをしていると、きついけれど、ヨガの様である、精神的にも救われている。
 
写真も結局はそうかもしれない、無であるのが一番だ、
期待し過ぎない方がいい、まずは行動あるのみである。