もう少しで今年も終わり

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今日は朝10キロのランニングを行う。
 
昨日で今年のジム通いは最後だった。
 
今月は、21日間のロードワークと、19日間のボクシングジムワークを行う。
 
日本に戻って、4月からほぼ毎日の様に何かしらのトレーニングは続けて来た。
時間があればジムに通っていたし、バイトと同じくらいだ。
 
まだまだ未定だが、次回の撮影旅へ向けてもっと体力や反射神経を付けたり、
強くなりたい。
 
写真家だが、
写真の結果は清里しか出ていない、でも、出るだけでも有り難いし、
これだけ何もかもが不況の中で贅沢な悩みだ。
 
写真家という職業自体、ずっと表舞台には立ち続けられない。
病気になったり、影でアルバイトをしたり、他の人生経験をしたり、
それこそ満足がいく写真がなければ始まらないから撮影旅に出かけたり、
発表するには運も物質的余裕も時には必要だから、
絶対にある程度の潜伏期間がいる。
大御所であっても、いろんな人の写真歴を見れば明らかだ。
 
高性能のテレビや、楽しめるゲーム機など、売れるか売れないか、
その様な判断基準は難しい、そりゃ写真は生きている間に売れた方がいいけれど、
絵画や写真や旅の世界は歴史を辿っていても、
一般受けではないし、別世界だ。
期待し過ぎるから、悩み過ぎるのであって、
結果は後で付いてくることもあるし、一生付いてこないこともある、
用は何とかなると思えばいい。
 
社会や時代も少し見つめて、まずは見たい所を旅するし、自分が撮りたいものを撮るし、
潜伏期間の中でも、まずは自分を信じることだ。
そうじゃなきゃ、不利な闘い過ぎてとてもやってられない。
 
今の時代、会社員でも、アルバイトでも、
それだけだと一定の収入は得られるかもしれないが、正社員以外は積み重ねがないし、
その会社から放り出されたら、何も残っていない。もっとライフスタイルが見直される。
別に資格にこだわる必要はないし、自分にとって強みとなるもの。
 
旅を続けるのも、写真を撮り続けるのも、
トレーニングを続けるのも、決して無駄ではない。
何でも10年は続ければ立派だ。
どこかで希望が出て来ると信じるしかない。

今年の体組成分析

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夜、10キロのランニングと、35回、25、25、20と懸垂を4セット行う。
 
もう少しでボクシングジムも年末年始休みに入るので、帰省するまでにランニングは続けたい。
今日は体が軽かった、10キロのランニングを体で覚えさせて、実家で少し太るかもしれないが、東京に戻ってからもすぐに始められる。
 
ボクシングに必要な筋肉は、マラソンの様な長距離と瞬発力のいる短距離の中間ぐらいだと思う。
マラソンまでいかなくてもいいが、ハーフの20キロを速く走れるぐらいにはなりたい。
陸上競技で一番ボクサーに向いていそうなのは、十種競技の選手だ、すごいバランスのいい筋肉が付いている、
トレーニングを続けていると筋肉マニアになる。
 
普通のジムの見学だけをして、体組成を分析してもらった。
 
昨年に比べて、体重が10キロ減り、ウエストは10センチも細くなった。
体脂肪率は9%になり、筋肉の量は1キロしか減っていない。
脂肪は激減させたか、上手く筋肉に変えたと思う。
筋肉質の肉体、ボクサーの体型に近付いている。
 
今年はこんなに自分の肉体と向き合ったことはなかった。
ボクシング様々である。
ウエイトコントロールも分かって来たし、あまり太らない体型(太らない様に意識する)に
なりつつある。これから中年層に向かっていく中で33歳にしてはいいことだと思う。
 
こういうのは長期の撮影旅にも生きて来る。
今がだいたい58キロ、インド圏へ行くと必ず痩せて帰ってくる。
僕の場合は身長が168センチだから、プロボクサーで言えばフライ級の52キロぐらいまでは落せる計算だ。
この身長でフライ級の人はたくさんいるし、プロぐらいの免疫力を付ければ過酷な減量や激しい運動をしていても病気に罹らない人がほとんどだ。
 
ボクシングのトレーニングを続けていると、「今日は体が重い」「少し食べ過ぎたか」「これは筋肉にいい」とかが感覚で分かって来る。
旅先でも、数限られた食材の中で何を食べたらいいのかの勉強にもなる。
 
10年以上ずっと旅を続けているからそんなことは今更必要ないのかもしれないし、旅に出かけたら出かけたでたいてい普通に何とかなるものだが、
これが40歳、50歳になって来ると・・・・やはり心配だし、ボクシングで学ぶべきことは多い。
 
おやじファイトに出るなら、バンダム級クラスの56キロぐらいで出れそうだし、
今後3ヶ月、半年ぐらいの撮影旅なら65キロぐらいまで増やして旅に出ても良さそうだ、
まずは自分自身を見つめ直すことで、いろんな夢が広がると思うのである。

肉体と魂

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今日は朝10キロのランニングと、懸垂33、22、25のインターバルを2分置いて限界までの3セットを行う。
夕方ジムへ行き、全部で21R、その内トレーナーと3Rのマスボクシングを行う。
 
左の肋骨の痛みはだいぶ治ったが、まだ少し違和感があり、思ったよりも長引いている。
肉体というものは不思議だ、体は万力やバネの様に出来ていて、肋骨のほんの一部分が欠けているだけでも、
最高の力は出し切れない。
 
左の強くよじってのボディーだけが躊躇うだけで、後は普通に打てる。懸垂も普通に出来る。
いつの間にか、年の数だけ出来るようになった。
 
ボクシングはやる度に奥深い。トレーニングをしなければ、普段自分の体力や反射神経と向き合うことなんてまずないし、
臆病さや弱さ、老いまで、思う様に動けない日があるとガツンとやられる、反省もする。権力を肩に着せて、狸みたいになったり、
あぐらをかいて威張っている様な人間にはなりたくないとさえ思う。
 
もう今年も終わろうとしている。
4月から平均週5で毎日の様にずっとジムに通って来たし、朝のロードワークもほぼ続けて来た。
今年は風邪や病気知らずだった。今は左の足の裏も少し違和感があるが、年始で実家に帰って休息すれば、治ると思う。
思う以上にボクシングのフットワークで足を酷使している。
 
風邪知らず・・・「何であんな過酷な減量をしていてもプロボクサーは病気に罹りにくいのか?」
これがボクシングを続けていての疑問というか、1つの研究したい所だった。
運動を続けてのその人の強い免疫力と、ボクサーの食事、緊張感などだと思う。
プロボクサーの免疫力を集めて、研究すれば、いい薬が出来る気がする。
 
僕の場合は、ここ半年、夕食の自炊は、ほとんど同じものしか食べていない。
これで今年は風邪さえ引かなかったから、少しは誉めたいと思う。
ボクサーの食事だと思う、飽きさえしなければ、栄養学的には変わらないと思う。
毎日の様に食べているものは、牛乳、ヨーグルト、納豆、豆腐、ほうれん草、かぼちゃ、
バナナ、柿、生姜、しめじか舞茸、その日で一番安い魚(ししゃも、鮭、鯖など)。
そして、欠かせないのが、鶏のむね肉だ。
ここ半年夕食は鶏肉しか食べていない。
本当はささみがいいのだが高いし、むね肉がほとんどだ。
300グラム入って、210円ぐらいで買える、一番安いしそんなに稼いでいないから節約にもなるし、
高たんぱく質、インド圏に行って撮影旅を行えばまともに手に入る肉は鶏肉かマトンぐらいだ、
どちらかと言えば仏教徒かもしれないが、イスラム教にも興味があるし、
鶏肉で済めば、豚肉なんて食べなくてもいいかもしれないし、豚肉は南アジアでは嫌われているし、
そういう意味でも1石3鳥になる。
 
今年の集大成で、今日の3Rのマスボクシングはけっこういいパンチが入ったと思う。
「ポジショニング」耳から離れない、どこでステップインをしたり、回り込んだり、どんなフェイントをすれば、
相手によりあたるのか、
これがとても難しい、特に相手がサウスポーだとかなりやりにくい。
こういうものは、実戦を積んで自分で一つ一つ掴んでいくしかない。
 
写真家、小説家、俳優でも、いわゆる作家活動だ。
作家を続けていくには、「肉体と魂はどこへ行くのか?」これが永遠の課題である。
旅から写真の世界に入ったし、基本的には旅が好きだからだ。
カメラコレクター、一部の写真学校出などのカメラや写真を物や単なるお金を稼ぐ道具だけでは捉えたくない。
 
バックパッカー、旅行会社を経て、今に至っているし、旅人の気持ちや視点、今の世の中に対しての疑問は
忘れたくないと思う。そういう違和感、悲しみ、怒り、喜びなどを写真の力を借りて表現していきたい。
貧しさは付いて回るが、強くあり続ければ、乗り越えられる。
 
来年もボクシングは続けたいと思う。
今のバイトは3ヶ月契約だし、不況には組織や縦の繋がりは弱いし、経済や組織のストレスというものは
人の性格や家族愛さえも見失わせる。
いつ首切られるかも分からないし、
会社やバイト先は幻だとどこかで思いながら、自分の核心や強みは鍛えたり持ち続けながら、
いろんな意味で強くなりたいと思う。
 
少なくとも後半年はトレーニングを続けて次回の撮影旅へ向かいたいと思う。
 
後、ロッククライミング、剣道、ヨガを30代、40代、50代に向けてその順番でまず経験していきたいと思っている。
 
ロッククライミングは今かなり興味を持っている。中途半端な登山ならやろうと思えば誰でも出来る。
毎日懸垂をしていたのも、これをいずれやりたかったからだ。
この技術も経験すれば、
もっとバランスのいい筋肉も付けられるし、インド、パキスタン、シルクロード、新疆ウイグル、チベット、アフガン・・・
将来に渡って幾つも旅したいできれば写真にも残したい、高山地方でのトレーニングになる、
登攀というのも興味があるし、仮に遭難したとしても自力で乗り越えられるイメージを獲得できるし、
元来の高所恐怖症も克服できるし、何よりも肉体と精神(魂)の答えに少しでも近付くことになる。
 
人生なんて何でも経験だし、
将来の写真家に生きて来る。 

いぶし銀の魅力

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写真展を見に行ったついでに大型書店に行く。
 
時間があれば、一通り見渡すが、旅、写真、スポーツ、サブカルチャーのコーナーに大部分の時間を費やす。
 
写真集のコーナーも必ず見るが、半年、1年のサークルで内容はあまり変わっていない様だ。
写真家にとっては、写真集は目標でもあるが、現実は厳しい。
運やタイミングもあるし、長期的な覚悟が必要だ。
欧米の写真家の視点は見習うべき点が多い。
最近インドの写真も多いが、インドの中でもどんな写真を撮っているかで、
カメラの性能とかは抜きにしても、その人の気持ちや力量が分かって来る。
 
ボクシングの技術本でかなり足が止まる。
普段ジムで教えてもらっていることが、本でも確認できる、大きな所しかなかなか
置いていないから、こんなものまであるのかと引き込まれる。
ジムによって構え方など少しの違いはあるにせよ、
基本的にはあまり変わらない。
 
フットワークと、防御(パーリー)から攻撃への技術をもっと習得したい。
もっと華麗なフットワークを身に付けたい。
 
写真家だけれど、ボクシングと上手くバランスを保ちながらやっていきたいもの。
写真が文なら、ボクシングは武だ、それで文武両道になる。
どちらかだけだと、体力的にも、精神的にも、年齢を重ねるごとに落ち込んでいく。
不安は消えない。
 
世の中の流行とは無縁かもしれない。
何でゴルフが流行って、ボクシングが地味なのか、いまいち納得できない。
ゴルフはお金がかかるし、その分1つの試合の賞金も桁外れだが、
つらさで言ったら、断然ボクシングの方が上だ、まあ、そういう所も
世間一般とは離れているかもしれない、何でもみんなで楽しくやりたいと思うし。
 
ボクシングを続けていると、プロの方の1つの試合の重みが全然違う。
なのに、全然報われない。
勝っても負けてもいい顔をしている。人は誰でも闘争本能はあるし、
自由を求めているし、お金では変えないものもあるし、
ボクサーそれぞれ求めるものがあるし、いろんなことを教えてくれる。
アジアの旅に惹かれるという時点で、
ボクシングにも必然的に惹かれている。
泥臭い、人間味のある所がいい。
 
今日はこれから情熱大陸で長谷川さんをやるらしい。
内藤さんと言い、肉体的疲労は天文学的な数字だと思うし、やっていることもすごいのに、
世界チャンピオンになっても、もっと先に進んでいないと取り上げられないから、
世の中は不公平と言うか、いろんなものが絡み合っている。
 
競技年齢の差はあるにせよ、その時の人生の大部分を賭けているのにほとんど報われないと言う意味でも、
写真家に似ている。ボクサーも、写真家も、情熱大陸にはごく限られた人しか取り上げられない。
 
長谷川さんはとにかく巧いし、パンチ力が半端じゃない。
世間一般的には地味だが、本当にいぶし銀の魅力である。
楽しみだ。

それ以上でも以下でもなく

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今週もジム通いの5日目、5日目になると、疲れが溜まって来る。
年齢もあるし、今年のトレーニングの疲れがどっと出ているかもしれない。
出るのは、ため息ばかり。
年末になればジムも休みに入るし、それまでの辛抱だ。
 
今日は全部で19R、その内飯田トレーナーと3Rのマスボクシングを行う。
後半、打たせてもらう。僕の方はプロではないので、勢いで入ることもあるのに、
なかなか出来ることではないとつくづく思う。
その後、別の方とマスを行っていたし、元プロ、現役トレーナーは、
体力もあるし、ボクシングのわびさびも習得しているし、やはりすごい。
 
今日は一方的に連打、打つだけでも最後の方はヘトヘトだった。
プロの試合に望むプロボクサーは心底尊敬する。
ヘッドギアの上からでも、少し入ったパンチでも、「何をやっているんだ!」
と目が覚める。ヘッドギアは思ったよりも吸収してくれる。
本当の試合なら、相手のパンチもそんなもんじゃないし、
相当のダメージだ。
 
だんだんと限界を知ってくると、ボクシングを別の観点から捉えてもいい気がする。
あまり人と争うのは得意じゃないし、性格的な押しもそんなに強くない。
 
ボクシングはヨガと似ている。アルバイトで何かいまいち精神的に落ち込むが、
ボクシングの練習をした後は、プラス思考になる、お金がなくても何とかやれそうな気がして来るから不思議だ。
どこかで精神的統一もしている。
 
昨日テレビで偶然見たが、50歳ぐらいの男性が今まで職を転々としながら、
ボクシングに出会う、結論的には、「ミリオンダラーベイビー」という映画にもなった小説を書き上げた。
ボクシングで自分の人生と重ねたと言う。
 
プロにはなれなくても、実際にボクシングをやってみると面白いし、人間模様も実に興味深い。
どこかで自分の理想や夢を諦めていない、でも、物質的(金銭的)にはほとんど報われない。
 
僕の将来を思う時、長期の撮影旅を繰り返すには、必然的に職を転々としないといけない。
今の日本の社会システムじゃまず無理だ、それとそういう人間は疎まれる。
でも、そういう時には逃げ場所を作ればいい、どんなマイナスな人間だって、
ちゃんと生きていく場所が必ずあるはずだ。
 
自分の写真だけじゃなかなか食べていけないし、上手く転がるには、運やタイミングもある。
焦っちゃいけない。客観的に見ているもう一人の自分がいる。
全く旅や写真に興味がない人から見れば、アジアという一区切りの写真になってしまう。
 
スナップやポートレートが基本だ。
僕の中では、微妙に視点を変えたりしているが、使っているのは未だに35フィルム、
長期の旅では、フットワークを軽くしたいし、それなら一台でどちらも撮れる。
そうなると、ポートレートだと、中判や4×5の様に質感も出ないし、写真の出来栄えだけならまず勝てない。
 
しかしだ、別に敢えて大きく見せなくてもいいと最近思い始めて来た。
自分の持っているのは、それ以上でもそれ以下でもない、あるがままの写真を見せればいいのである。
 
ずっと旅を続ければ銀が金となるし、銅が金となる。
 
写真で成功するには、かなりの長期的な我慢、孤独、展望は避けられない。
最悪の場合、職を転々としながらも、ボクシングで体力を維持しながら、ヨガの様に精神的な統一も計りながら、
芽が出るまで頑張ろうと思う。
写真だけに期待をし過ぎると、死んでしまう。どこかで余裕を持たないといけない、
何でも強い人はどこかで余裕を持っている。
 
たかが写真、されど写真だが・・・・。ストイックに詰めることも時には必要だし、人生を開き直ることも大切だ。

救援物資

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今日も朝1時間のロードワーク、夕方ジムへ。
全部で20R、その内の6R、トレーナーとマスボクシングとミット打ちを行う。
シャドーでも、マスでも、ミット打ちでも、ボクシングの練習には欠かせない。
基礎を身につけたり、強くなったり、1つ1つの練習が実に理にかなっている。
 
ジムに所属しないプロボクサーはいない、プロモーター活動はもちろんのこと、
サンドバックを自分のペースで叩くだけでは、上手くならない。
人は自分に甘えるし、修正してくれるトレーナーは必要だ。
 
今日は少しペースが遅いが、いつもと同じ距離を走れた。
少しかばって左フックも打てるし、抑えると肋骨はズキズキするが、そんなに支障はないし、
来週からは普通に大丈夫だろう。
 
ボクシングは遊びと捉える人もいると思うが、こんなにつらい遊びはない。
テレビゲームや漫画を読むだけでは、その人の真の力にはならない。
「自分がどう行動し、肉体や精神に直結し、どう悩み考えたか」だ、テレビゲームだと自分が主人公ではない、
あまり身にならない。
 
その点、旅もボクシングと同じ様に遊びと捉える人もいるかもしれないが、
いい人生経験だ、その人の身になる。テレビゲームとは雲泥の差だ、バーチャルの中で生きていない。
人生も、旅も、ボクシングも、現実の中のゲーム、そちらで悩んだり、つらい中でも楽しんだ方がいい。
 
ボクシングのトレーニングは、写真家の1つの仕事と捉えている。
根っからの貧乏性か、境遇を考えると鍛えないといけないと思えて来るし、不安に陥るし、
写真に支障が出るから減らした方がいいと分かっていながら、週5ペースで通っている。
次回の撮影旅や、5、10年後を考えたら、体力や免疫力を少しでも貯金していた方がいいと思えて来る。
 
実家から果物や米が届く。
追い込んでしまう性格なので、こういう時に心がほっこりし、写真家としてめげずに再度頑張ろうと思えて来る。
何度めげているかも分からないが、実家があったり、家族がいると、何とか続けていられそうな気がする。
 
でも、いつももらってばかりだ、いつか恩返ししないといけないと思っている。
でも、普通の会社員の様に同じ所にずっと勤めて安定した生活を送ったり、
課長や社長になったり、給与を多くもらったり、一般人としての常識の恩返しはできないかもしれない。
時には身を削って、写真を撮り続けること、写真を残すこと、それが写真家としての使命である。
死ぬまで続ければ、写真が重要な記憶や記録になったり、
結果として恩返しするかもしれない、と言うか恩返ししたい。
そういうことを期待しては、写真家として成立しない、
報われないのが、少しの芸術性を含めた写真家だし、
どうなるかははっきりとは誰も分からないし、あっても時間がかかり過ぎる。
 
「俺は何をやっているんだ!」
同年代の人達を思うと泣きそうになるが、
とにかく自分を信じてやるしかない。

冬の寒さ

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急に寒くなった。
今日も朝からロードワークをする。6時半頃だと数℃ぐらいか。
少し肋骨の痛みが心配だったが、先週と同じ様にとりあえず走ってみる。
 
いつも2、3周するコースが1周しか出来ない。1周たかだか20分ぐらいだ。
息をする度に肋骨が最後の方にジンジンと来た。
前回よりも少しシリアスかもしれないとその時思ったが・・・・
 
前回は心臓に近い所だったが、今度は肺に近い肋骨。
走るという運動だと、肺に伝わってモロに来るからか、
冬の寒さも骨身に沁みて痛く感じる原因だろう。
 
しかし、人の肉体は不思議だ。
 
夕方ジムへ行って、全部で19R、
その内3Rをトレーナーとマスボクシングを行う。
心配だったが、同じ所を強く打たれなければ、マスでも出来る。
 
左フック、左ボディーはよじれて打てないが、
ジャブ、ストレート、4連打など、それ以外は十分出来る。
 
夢中になっていることもあるが、走るという動作と、
ボクシングの動作は微妙に肋骨への負担が違う。
5年も続けているからか、なるべく負担を掛けないで動く要領を
自然と覚えている。
 
何でも慣れであり、いったんルーティングワークにすれば、医者の様な特殊な技術でなければ、
初めはきついが何だって出来る。
 
練習の為にある程度打たせてもらっていることもあるが、
だんだんとコツと言うか、パンチをあてる方法が少しずつ分かって来た。
ストレートでも、ノーモーションと言うか、あまり振りかぶらないことが大切だと気付く。
多少痛い時こそ、乗り越えると、少しずつ自信になる。
また明日の朝に響くかもしれないが・・・・・
時が解決してくれる。
 
また明日の朝早く起きてロードワークだ。
実戦のマスもやれる時にやりたいし、雨や雪が降らない時は走れる重要な時間だ、
冬の寒さこそ、将来の撮影旅の為に乗り越えなければならない。
 
今年の残りから来年も続けていく。
35歳までがボクサーの寿命だ。世界レベルの内藤さんの様な超人を見ても、34歳でガタッと体力的にも
しんどそうなのが分かって来る。
 
人は年齢には勝てない、でも、永遠のアマチュアでもボクシングの動きが自然と出来る様にはなりたい。
体の根っこに植えつければ、いったん止めても、シャドーなら長期の旅先でも出来る様になる。
 
そして、旅先では何が起こるか分からないし、無事に戻って日本でまた運動やボクシングが出来る有り難味を感じながら、
ブランクをあまり感じさせないで、トレーニングを再開できる、自然なボクシングが出来る・・・様になるに違いない。
 
いつもは10ヶ月トレーニングをして、2ヶ月休部して、また少し後戻りして再開というのが、
その時はしょうがないが、少し残念で悔しい思いもした。

来年の予定

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来年をどうするかしばらく悩んでいた。
以前のエアボクシングC級ライセンスには合格した。
予選会も兼ねていて、通れば3月の本大会に出られるというもの。
 
実際に出た感触としては、思ったよりも評価が低いという印象だ。
もちろんいい経験だったし、もっとスピードを付けたり自分への反省もあるが、
不安は的中した。
まだ始まったばかりで核の部分が見えにくいし、
これからどうなるかも分からないが、何となく見えて来た。
エアボクシングは年齢も関係なく、老若男女が楽しめるものだ、
ある程度そういうことも考慮されていると思う。
 
33歳の男なんて、プロにはけっこういる。
プロにはまだまだ及ばないが、中途半端に動けただけでは、
たぶんポイントは低い。
 
後はあくまでも被害妄想だが、
僕は地味な感じだ、性格もそんなに明るくない。
表舞台に立つという感じではなく、だったら写真家なんて続けていない。
自分の撮った作品は掲載して欲しいが、自分自身の写真はあまり載りたくない。
妙に恥ずかしい。
 
まだ落されなかっただけましと結果的には解釈しているが、落ちたら落ちたで速攻で旅の手配をして、
来年にはインドへ写真を撮りに行こうと思っていた。
インドの宗教行事を撮ろうと思っていた。
・・・・ここからが高速回転でどうしようか悩んでいた。
 
来年の2月に行っても、今はとにかくお金がないから、買えるのは最長でも45日間のチケットだろう。
バングラなら45日でいいが、インドだと最低2ヶ月は欲しい。
宗教行事なら1つに集中して45日間でも十分撮れるが、よく考えれば僕のスタイルではない。
長期の放浪の様な旅の感じではなく、取材みたいになる。
然も、祭りになれば撮れる写真はだいたい決まって来る。祭り以外の日に行っても、
面白い写真が撮れたりする。インドは毎日がプチお祭りみたいな感じだが、本当のお祭りになると、
逆に見えなくなったりする。
それでも行けたら行った方がいいが…。
 
また長くなったが、結論的には、来年の暫くもトレーニングに励むつもり。
今まで撮るばかりだったので、少しずつまとめたいとも思っている。こればっかりは運やタイミングもある。
10ヶ月日本にいて、2、3ヶ月は撮影旅に出るというサークルはかなりきつい。ほぼ撮るだけになっていたが、
撮るという情熱も失われて来る。後半年ぐらいの充電があれば、精神的なゆとりも、ひょっとしたら金銭的な余裕も出て来るかもしれない。
写真をまとめたりしながら、社会の状況を見ながら、写真の世界、その他ある程度のことを見極めたいと思っている。
今の感覚だと、もう10年は変わらない。と言うか、ドキュメンタリー写真家は一生ずっとは食っていけない。
写真の祖の上野彦馬さんの写真でも無理だし、1000年経てば分からないが、そこまで写真が持つかという矛盾も出て来る。
写真はゴルフやこども店長とは違う。競技人口や、推薦する世間の目も、マイノリティーな存在だ。
スポーツで言うなら、ボクシングに近い。
 
10年先は少しは変わる可能性はゼロではないが、その10年を待つのだったらブレッソンみたいにずっと旅の写真を撮っていてもいいという
考えもある。それが芽が出るかも出ないかも分からないが、写真家の本能的にはそちらの方がいい。
結局は、自分を信じて、社会を信じて、花が咲くさと思考回路を変え続けるのである。
 
3月の本大会には出るかはまだはっきりとしない。
シャドーばかりの練習だと、強く踏み込んだりしないので、本当の実戦にはあまり役に立たない。
シャドーだと相手にパンチが届かないし、防御技術も多くを学べない。
でも、シャドーだとフットワークが付くから、もっと華麗なフットワークを身に付けたい。
尊敬するボクサーはリカルドロペス。
33歳だと無理に近いが、あんなフットワークを身に付けたら、過酷な旅でも銃弾とかをかわせそうなイメージだ。
 
ずっと通っているのは、下北の金子ジムだ。
カシアス内藤の復帰戦のトレーニングが確かここのジムだと記憶している。
学生の頃に沢木耕太郎の本を読んで、憧れていたがまさかこことは知らなかった。
家から比較的近いジムだったし、アフガンに行けなくて
駆け込んだのだった。その旅の前にも、小田急線からは看板がよく見えて見学だけをしに行った記憶がある。
自分の勇気のなさなど全てにおいて、背中を押されて門を叩いた感じになった。
もうあれから5年は経つ。まだまだ自分の中でのいい意味でのリベンジは終わっていない。
 
家賃更新は2年ごとだし、、2年契約で東京で揉まれて、金子ジムはボクシングの名門だから、日本にいる間はもっと強くなりたい。
だからトレーニングを続けていくし、エアボクシングは通過点でもある。裸眼の視力が悪いから、今の所それしか出られない。
 
プロとは、先を読んで行動することだ。
写真家の勝負の年は、35歳から45歳だ。 それまでもそれ以上もそれぞれの写真家なりに大切な時期だが、
論理的、統計的、一般的に行くとそうなる。60歳まで続ければ、もうそれだけで十分な存在だ。
たいていの人は、そこでリングから降りて行っている。
 
ボクシングのトレーニングで、プロに近い体力と精神的な強さが欲しい。
年齢も年齢だが、たとえ伸ばせなくても1年でも若返ったり、体力を維持することぐらいは出来る。
 
心臓を鍛えることと、一度結核をやっているから肺を常に浄化させて肺も鍛えること(爆弾を抱えている様で一生不安は付き纏っている)、
もっと反射神経を養うこと、フットワークを軽くさせること、自己防衛の為に攻撃防御技術をもっと習得すること、
他の格闘技でもいいかもしれないが、K1などではフットワークが重過ぎる。
やはりボクシングが打って付けだ。
 
世界に通用する写真家になる為には、まずはそういうことから、自分の足元から固めなければならない。
気持ちとは裏腹にボクシングと写真が両立できなくて、上手く発表できなくても、とりあえず2年間、35歳までは、
トレーニングだけでもいい。
 
そういう風に開き直っている。トレーニングを止めれば、かなりの負担は軽減されるに違いない。
金銭面、どこへ行くかのフットワークも軽くなる。
十分積んでからでも、遅くはない、人生は長い。

肋骨の痛み

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先日の少し激しいマスボクシングで入った左肋骨の痛みが案の定ジンジンとしている。
 
以前は心臓に近い部分だったが、今度はみぞおちの近くで肋骨の下の方だ。
 
肋骨にパンチが入ると、本当に息が苦しくなる。僕の場合はこれだけでも参るが、
プロの方はもっと勢いのあるものを何発ももらってもケロリとしている。
K1ファイターでボディーを打たれるのを嫌って腰抜けみたいになっている人もいるが、
プロボクサーにはあまり見かけない。
プロボクサーの精神的な強さは見習わないといけない。
少しでもその様な痛みを知るだけでも、いい経験だ。
 
始めてだったら、「ひび入ってるのか」と心配になるが、
もう今年二度目だし、打撲程度だろう。ただ完全に痛みが取れるのに、2,3週間はかかる。
でも、普通に運動は出来るし、全く同じ所にパンチが入らなければ、またマスも出来る。
右利きだと、左フックや左ボディーを強く打つ時に大きくよじるとちくっとする。
右全般、左ジャブはほとんど問題ない。
ボクシングをしている最中は夢中になって多少の痛みなんて忘れるが・・・・
アルバイトをしている間に大きく息をしたり、夜寝ている間に寝返りを打つふとした瞬間に
地味に痛い。
 
人は動いている間は不安は消え去るが、止まっている間は不安に駆られる。
 
人生でも、撮影旅でも、ボクシングでも何でも一緒だ。 
 
来週から寒くなるから、風邪などには気を付けたい。

僕の居場所

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今日は全部で19R、その内の2Rを飯田トレーナーとマスボクシングを行う。
本当にバイタリティーのあるスーパー40歳だ。
 
いつも思うがこちらの方が7歳は年下なのに、必死に立ち向かわないと、
思う様なボクシングをさせてもらえない。
 
元プロの方は、トレーナーという過酷な職業に付いているからかもしれないし、
一線を退いていてもとにかく強い。
鍛えることに年齢は関係ないとさえ思うし、とても励みになる。
 
練習の終盤に声を掛けてもらったが、体が温まっているのか逆に動けるから
肉体は不思議だ。
 
より実戦に近付くと、普通のジャブ、ジャブ、ワンツーは、読まれてなかなか当たらない。
上下に打ち分けたり、フェイントを入れたり、ノーモーションで右から入ったりすると、
思いの他当たる。
相手のパンチを恐れないで、相打ち覚悟で踏み込んだり、スリップしながら打つと当たる。
パンチを出した瞬間にこちらも同時に出しても当たる。
プロの方を見ていると、どんなに強くてもたぶん全部のパンチがパンチを見切れているわけではない。
人間には限界がある。経験を積み重ねて、後は本能的に避けながら攻撃をしている部分もある。
そういうのは、打たれて痛い思いを繰り返さないと覚えていかない。
今日も左ボディーにマスとは言ってもいいのをもらった。明日今よりも痛くなる。
 
僕はプロじゃないし、コンタクトが吹き飛ぶのも嫌だし、頭を極端に殴られて写真を撮ったりまとめたりする能力が衰えるのは困る。
でも、ヘッドギアを付けながら、当たるか当たらないかの少しハードなマスボクシングぐらいが、いい緊張感もあって、
次回の撮影旅の自信にもなるし、本当の自己防衛にも繋がる。ヘッドギアを付けていると、窪みが出来て、意外にコンタクトは落ちない。
スパーリングまで行ったら、落ちる可能性は高くなるが。
 
マスボクシングはきついけれど面白い。離れすぎるシャドーだと、どこで当たった当たらないかの見極めが難しい。
かするぐらいなら、有効打かは分かる。シャドーだと減点だ。アグレッシブに行けば行くほど減点ということになる。
マスだと、フェイントを入れたりの駆け引きもあるし、何でも駆け引きを楽しんでいるのかもしれない。
シャドーは駆け引きの点では薄れる。もちろんシャドーは大切な練習だ。奥深い。
 
 
何はともあれ、写真のプリントに出していたり、審査にかけている間に、ボクシングのトレーニングはなくてはならない。
その道では食べていけないし、アルバイトも重要だし、これからも上手く行き来して工夫してやっていくしかない。
 
ボクシングを続けていて良かったのは、孤独や恐怖を軽減したことだ。あまり怖いとは感じなくなった。
 
ずっと旅を続けていると、変に感受性が敏感になっていく。普通の会社員にはもう戻れない。
違和感を感じてしまう。
そういうのは、写真家にとっては大切なことだ。
 
それにしてもプロボクサーはすごいな。昨日の試合に出ていた大竹さんも、目を腫らしながらジムで見掛けたが、
あんなに勇ましい姿の日本人なんてそうそういない。アジアに出れば、大竹さんの様な人がたくさんいるが。
殴られる職業なんて、本当にストイックだし、自分の中ではプロボクシングが一番危険で過酷なスポーツだ。
その割には物質的には報われないが、人としてのやりがいや生き方が詰まっている。
研究する分野だ。
 
プロボクサーでもそうだし、俳優でも、小説家でも、写真家でも同じことだが、自分の作品で食っていくには、
二足のわらじを履かないといけない。
 
今の不況という世の中、煙たがられる存在だろう。なかなかそういう夢を追っている人達に理解のある会社なんてそうそうない。
アルバイトでも、だんだん厳しくなっている。
 
そこをいかに工夫して、自分を信じて自分の道を進んでいくか、
 
ずっと悩み続ける永遠の課題だ。とにかくやるしかない。
 
人は全員が同じ様な生き方じゃつまらないし、多様性があるから生きる価値がある。
 
という事で、同じ様な人達の未来に幸あれ。

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