今日は朝1時間のロードワーク、夕方全部で21R、筋トレ3セットのジムワークを行う。
毎週月曜日から続けて、金曜日で疲れがピークになるが、土曜日になると次の日が何も運動しない日と決めているからか、
気持ちも体も軽くなる。
 
シャドーでも、サンドバックでも、トレーナーの指摘通り、戻しを速く、弾くパンチを心がけてトレーニングをする様になった。
以前よりもだいぶ体力も筋肉も使っている。5年も続けていると、だんだん要領のいい、楽なボクシングをする様になってしまう。
1,2年は必死だが、だんだんとそれがルーティングワークになって怠惰に甘えてしまう。人は楽をする生き物だ。
誰かからの一言によって、修正したりする。
 
今月は朝20日間のロードワークと、夕方・夜23日間のジム通いをこなす。
これから寒くなる季節だ。肺の病気を経験した者にとっては、寒さ、乾燥、埃が一番の大敵だ。
でも、完治してから1年以上は経ったし、朝のロードワークをずっと加えて来たことによって、朝方の生活になっている。
病気の時は冬の朝の寒さがどれだけ堪え、空咳に悩まされたことか、今でもコンプレックスになっているし、その時は死ぬかと思ったし、
現代の薬で命拾いした。今でも激しいトレーニングをした後で咳が出ると・・・またか!と思うが、もう病気ではないし、自分の免疫力が勝っている。
 
今では、嘘の様だ、何でも自分を信じて、両親に感謝して、頑張るものだ。プロボクサーに近い体力が付いて来たと思う。
ボクシングを続けることによってもっと慎重になっているから、過信は禁物だが・・・・・ボクシングの動きでは体力が付いて来たと
思っても、肉体労働の仕事ではまた体調を壊してしまうかもしれない。何でもその仕事の向き、不向きがある。
 
沢木耕太郎さんの「旅する力 深夜特急ノート」を図書館で借りて読む。
ああいう作品が書かれた背景を知ると、またいっそう興味深い。下手したら、深夜特急が、ただの旅日記の書籍で終わったこともありえた。
作品というのは、結局は誰かの遠い模倣だったりする、今の時代に完全なオリジナルはありえない、ただ自分がどう感じたかだ、
人類初めてではなくても、自分らしさや自分なりのオリジナリティー、説得力が出せるかだ。
 
沢木さんの文章力はさることながら、語り継がれる作品が生まれるのは、支える編集者や装填者や、一番近いのは旅の始めや終わりで
助けてもらっている両親なのかもしれないと思ったりする。無一文のライターがもう一度働き出すには、仮と言うか、潜伏期の実家という存在も大きい。
実家が地方だったりすると、すぐお金になる肉体労働やバイトをしないといけない。写真家でも同じだ。
 
深夜特急でもそうだが、いい作品と言うのは、すぐには生まれない。煮詰める時間が必要だ。
帰国してからすぐ書いても、支離滅裂で、上手くまとまらず勢いだけで、自己満足で終わる可能性も高い。
様々な経験をして、何年か経って再度書きたいという熱が出た時、そこからが本当の勝負かもしれない。
 
旅をしたというのは紛れもない事実だし、その時の熱を確実に閉じ込めている。
 
小説家やライターなら文章だし、写真家なら写真だ。
 
長期の旅で撮った写真は、間違いなくその時の熱を閉じ込めている。
小説家の書くという行為が、写真家ならまとめるという行為だ。
まとめるのはお金も関わってくるし、時間がかかる、すぐにはできない。
 
ただ諦めないことだ。その年でどんなことに情熱を持っていたか、
今はボクシングのトレーニングに熱を出しているが、心の底にある旅や写真という最後の熱を失わない限り、
大丈夫だ。自分を信じることだ。
 
何年後かにその気になれば、写真を撮る為に、世界1周だって出来るし、今までは点や短い線の連続だったが、
もっと長い線で旅をしたいという気持ちもなくはない。
 
本のことを考えていたら、名古屋テレビの「深夜特急」の方も今になってまた見たくなって来た。
生まれは名古屋なので、学生の頃何度か見たと思うのだが、断片的な記憶しかない。
その頃は、自分が旅にはまり、写真家になるとは思ってもいなかったからだろう。
 
名古屋の作り手が深夜特急を作ることを打診したというのも興味深いし、
ただ人生の長くを過ごして愛着があるからか、アジアの旅先でも、けっこう名古屋人(東海人)に意外に出会ったりする。
 
名古屋はそういう旅に出る血が流れていると思うのは、いい人生経験をしたいと思っている人が多いと思うのは、
今までの会った人達や直感である。別に統計を取ったわけではないが、そんな気がする。
深く考えていくと、名古屋というのは、東京と大阪の間にあたり、地理学的にも通過地点だし、戦国時代まで遡れば、
織田、豊臣、徳川の血の濃さそうな人達の多くいそうな土地でもある。
そういうDNAが流れていても不思議ではない。
名古屋には独特の文化があり、これは東京でも、大阪でも譲れない所だ。
名古屋人の誇りを持っている。東京に長く住んでいても、そこは相変わらず変わっていない。
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