今日は朝1時間半のロードワーク、夕方全部で20R、筋トレ3セット、2時間ほどのジムワークを行う。
 
1ヶ月の練習量が20日間を越えると、1日1日がしんどくなって来る。
 
写真家は、カメラと言う道具を使っている。フィルム、プリント状態の写真、写真にまつわる全てのものが道具だ。
始めは肉体と精神、五感ありきでカメラを操っているが(歩いたり、待ったり、声を掛けたりしながら写真を作っている)、
他者や道具に頼っている部分は大きい。例えば魅力的な人間を撮りたくて声を掛けても断られればそれで終わりだ、
絵画の様に自分からは作り出せない。被写体ありきだ。旅だと、そこに行かなければ写真にならない。
 
ボクシングはグローブを付けたり、パーリーなどのテクニックもあるが、肉体と精神が全てだ。
体力がなくてリングに上がれば、本試合ならボコボコにされる。写真家の様に道具や写真を作り出す前の段階のコミュニケーションに
頼ることはない。リングの外では助けてくれても、実際にリングに上がれば、頼るのは自分だけだ。
 
今年は練習量を増やしているが、まずは体力ありきのボクシング中心の生活を送ることは、必ず将来の写真にも生きて来る。
肉体だけだとどれだけのつらさがあるのか、33歳という年齢もあるし、身に沁みて感じている。道具には逃げられない。
肉体がもっと強くなってカメラという道具を持てばいい。
 
今までの人生の中で一番いい筋肉が付いて来たと思う。ボクサー体型にも近くなって来た。
肉体というのもたえず変動するから、トレーニングをストップすれば衰えていくし、10年先は分からない。
まだまだ鋼とはいかないが、前よりも筋肉が締まり鋼に近い肉体を経験することで、「あの時はああいう肉体をしていた」と記憶しておくのはいい経験だ。
 
アジアの撮影旅で慣れているが、日本でも月収やギリギリの生活を続けている。ボクシングをアルバイトの時間に置き換えれば、
健康でい続ければ、すぐに金銭的なものは(どうにもならないこともあるが)何とかなるという人生哲学や楽観的なものもある。
 
14時間拘束で駅のプラットフォームの警備員や、13時間拘束で工場のベルトコンベアーでひたすら雑誌を仕分けるバイトも経験しているから、
お金を稼ぐということは自分の好きなもので食べていくにはどれだけ大変なことなのかもある程度は分かっているつもりだ。
 
長時間拘束のバイトで怪我をしたり、肉体労働で病気になった者から言わせてもらうと、好きでもないバイトで体を壊したら本望じゃない。
馬鹿馬鹿すぎる。労働者には自由がなく、使い捨てである。でも、今の社会はそういう風に出来ている。貧しい者が馬鹿を見る時代だ。政治家、民主党が労働の1つでも
良くしてくれと思うばかりだ。
 
逆に自分の意志で進んでいる撮影旅や、ボクシングのトレーニングで怪我をしても、納得できる。極力、人生を棒に振るバイトはしたくない。
できれば好きでもないバイト中心の人生は送りたくない。最低限度の生活はあるし、社会はそんなに甘くはないから、しょうがないが・・・。たぶん一生続く。
バイトをすることでそれも写真に生きて来ると、有り難いのだと思考を変えている。
 
好きなものや、本当にやりたいものなら、命を賭けられるのだが。そうなると、やはり旅や写真である。
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