今日は図書館、銭湯へ行く。
日曜日もロードワークやジムへ行こうと思えば行けるが、
焦りや無理は禁物だ。運動したい気持ちを抑えて、安息日にしている。
 
銭湯では、4、50分湯船に浸かったり、腰掛けたりしていた。普通の銭湯だが、水圧でマッサージをしてくれる浴槽や、
入浴剤の入った露天風呂がある。毎回違った入浴剤が入っていたりして、丁寧に効能もその都度書かれている。
「・・・・・ひび、筋肉疲労・・・」とも書かれていて、格闘技系のスポーツをやっている人にとってもかなり有り難い。
毎回ジムにあるシャワーだけで済ませているので、週に一度の最高の贅沢である。
 
最近、「葉隠」にはまっている。言わずと知れた「武士は死ぬことと見つけたり」の一句が有名な武士道を説いた書物だ。
その中でも、三島由紀夫の「葉隠入門」や、名前は忘れたが漫画で描かれたものが面白い。他にもあるが、余分な歴史背景が書かれていたりしてつまらない。
作者が葉隠を自分の中でどう解釈したのかが興味があり、面白いのである。
下手をすれば葉隠は戦時中の右翼を持ち上げる書物にもなりうるが、いい所は学んで悪い所は無視したっていい。
自分の中の葉隠を作れば、こんなに勇気付けられる書物はない。
 
三島由紀夫は、死を人間が選択できる最後の自由としたのが最大の誤りだと思うが(自殺は神の冒涜である)、それ以外は共感が持てる所も多い。
アジアの撮影旅に出かけると、大袈裟だがどこかで死を覚悟しないといけない部分もある。自殺は嫌だが、殺されたり事故に遭遇するのはある程度腹を括っている。
何十年も続ければ、いつかそうならないとは限らない。最後の有事の時に、「武士は死ぬことと見つけたり」でも唱えれば、ほんの少しでも楽になれそうな気がする。
ボクシングを続けていると、寂しいとか、孤独とかいう感情がないと言ったら嘘になるが、だいぶ和らぐ時もある。
死に対する恐れも少なくなっているし、ある程度開き直れる、自分なりの死生観が出来る。
心もたぶん強くなっている(と思う)
 
葉隠の中でも、「一生はわずかの事なり」
人間の一生は誠にわずかのことだから、(苦労はしても、お金は稼げなくても)好きなことをして暮らすべきである。
 
「あわてず急がず」
世の中が滅び、金が底をつけば銀が宝になり、銀が底をつけば銅が宝になる。
(自分の道を信じて頑張って)努力をすれば、15年後に役に立つ。
 
特にこの二つが本筋を逸れて自分なりに解釈したとしても気に入っている。
 
写真家として生き続けて行くには、毎年同じテンションで撮り続けることなんて金銭的にも非常に難しい。
何年か前でも、覚悟を決めてテンションを高くして撮ったものは宝と一緒だ。火災などで原版を失わなければ、
自分にとっての宝でもあるし、時代が変われば社会にとっての宝になるかもしれない。
金銭的余裕がなくて、なかなかプリントできなくて、何十年後に余裕が出て来てプリントして個展を開くという
写真家もまあまあいる。
 
最近はずっとカラーだが、最初の頃の4、500本ほどのモノクロもどこかで陽の目を見せたい所である。
その時の時間や気持ちは閉じ込めたままだ。
眠ったままだと、やはり残念な気持ちなのである。
 
分身や足跡が箱に眠っている・・・・「あわてず急がず」を思い出す様にしている。
広告