比較と自信

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今月ももう終わり。今月は週5日バイトをしながら、朝17日間のロードワークと、夜19日間のボクシングジム通いをこなす。
 
写真家や、小説家や、格闘家にも言えることだが、自由業的に生きたいと願う者にとっては、他人や同業者と比較したり、自信をなくすことが一番怖い。
比較さえしないで、マイペースを心がけたり、自分を信じる様にする。
 
同年代の収入を考えると、かなりつらくなる時もある。ただ自分は自分だ。どこを削るかと言ったら、食費や生活費になり、以前のバックパッカーの様な生活が生きて来る。
じっとしていても病気になる時はなるし、逆療法でジムなどに通って鍛えていくしかない。
 
今年は、写真が多少遠回りになっても、ボクシングが上手くなりたいし、カメラや写真と離れて本当の肉体的な強さや体力が欲しい。
それによって、今は遠回りでも、点と点が結び、将来の旅や写真に生きて来る。
何でも満足しなかったり、後悔するのがもったいない。
 
定期的にジムに通うには、不規則な写真の仕事よりも、定時に帰れるアルバイトを選んでしまう。
ボクシングは肉体が全てだから、35歳、後3年ぐらいを目安にしている。
自分の今の気持ちに正直になって生きた方がいい。
お金や、結婚や、マイカー、マイホームではなく、もっと自分の中の正義や、義みたいなものを大事にしたい。
30代になったり、年を重ねるごとに、だんだんと忘れ去られて行ってしまう。
ボクシングを続けたり、貧しさと向き合えば、取り戻せる所もある。
 
写真は2004年、パキスタン、ペシャワール。
 
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ボクシングの呼吸法

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今日はバイトは休み。朝1時間のロードワークと、夕方ジムへ行く。
 
3R、トレーナーとマスボクシングを行う。普段は夜行くし、比較的大きいジムでプロの方も多く、なかなかリングを広く使えない。
年齢もあるし、力量が同じくらいの人を見極めるのも難しいし、相手に声をかけるのも躊躇するし、しばらくはしていなかった。ミット打ちだけでも、効果があると思うが。
声がかかり、実戦形式のいい練習ができた。
 
前回の旅から戻って、2ヶ月間ロードワークを加えて来た効果が徐々に出て来ている。「体力が付いて来た」という言葉も頂いた。
1,2年で辞めていたら、たぶんパーリーなどの防御技術は学べない。パーリー(相手からのパンチの軌道をはずす)は地味だがとても重要だ。
続けていて良かったと思う。
 
ボクシングの呼吸法はあると思う。最初の頃は、手数を多く出すのは筋肉的な問題もあるし、息が付いていかない。
徐々に動いていても疲れにくくなる。自然に呼吸法を学んでいる。A級ボクサーはその点に関しても、逸脱している。
 
遅くなったのが太極拳になると思うし、もっと遅くなったのがヨガで、意外と通じるものがある。
 
今はまだ30代だし、ボクシングはやれる所まで続けて、もっと年を取ったらインドのヨガを学びたい。以前テレビで見たが、ヨガの呼吸法を学んだ者が、自分の体温を変えない技術を習得していて、極寒でも裸でいられる。ヨガはインドを旅すれば必ず目にする光景だが、やはり「何かを持っている」と思う。
 
ボクシングのお蔭で、フィジカルやメンタルが強くなったと思うし、集中力も上がった。こういうのは写真を撮ることやまとめることに生きて来る。
 
「マイティーハート」という映画にもなった本を読んでいる。パキスタンで殺されたジャーナリストの話だが、全くの無関係ではいられない。
 
最近、パキスタンでまたテロがあったし、バングラデシュではサイクロンがあったらしい。
 
自己防衛にもなるし、鍛えずにはいられない。

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今週は朝5日間ロードワークと、夜6日間ジムへ行く。
土曜日の夜はとにかく蒸し暑かった。試合を控えたプロの方がいるので、夜はジムの窓を閉め切るのが恒例だが、また暑い季節がやって来た。
ミット打ちをして、サンドバックを叩くと、汗だくになる。汗というプールに浸かった感じで練習をすることになる。
肺の苦しさも半端じゃない。
ここ数年の夏はアジアの撮影旅に行っていないので、よく4年も続けて来たと思う。
 
水泳、野球、サッカーとスポーツは子供の頃から切っても切り離せない存在だが、年齢を考えると今やっているボクシングが一番きつい(自分の匙加減であるが・・・)。
つらいけれど楽しいし、上手く言葉で表すのは難しいけれど、何か自由を感じる。楽ではないけれど、自然とジムに足を運んでしまう。
別にプロを目指して来た訳ではないけれど、今までのスポーツ人生の集大成と思えば、けっこう乗り越えられる。
スポーツは見るより、やることだ。
 
写真家にも言える。別にお金を稼いだり、有名になったりするのが、プロという概念ではなく(それだったら、茨の道なのに収入に結びつかない大部分のプロボクサーは報われない)、
自分の志次第である。芸能人やエンターテナーではなく、職人や芸術家やボクサーという少数派の気持ちでいた方がいい。
お金にこだわり過ぎると(たぶんジャーナリスト系に言えることだが)、足元を掬われるし、自分や世界を見失う。
 
自分なりにコツコツと頑張るけれど(写真と離れても)、報われてもいいし報われなくてもいい、迷ったり焦ったらそんなスタンスや気持ちが大切だと思う。
 
まずは自分の今の体力や精神と向き合い、将来のいい方向を思い描き、全てを信じ、自分のペースを続けることだ。
怒りや悲しみや苦しみもいい意味で原動力になる。
 
いつの間にか世間を騒がせている新インフルエンザも、インドやタイと感染者確認国が増えている。かと思うと、日本の感染者を鬼の首を取った様にその人の行動範囲まで詳細にマスコミが騒ぎ立てて、かと思うと、熱が冷めた様に次の話題に移ったりする。過剰反応すぎる。アルバイト先でもそうだが、社会も働いている人も余裕がない。たぶんバックパッカーなら誰もが感じていることだと思うが、昔の様に旅もし辛くなった。写真を撮ることも然り。何年か先さえかなり心配になって来る。行ける時に行った方がいい。
そこをどうやって続けていくかも永遠の課題だ。
 
発展途上国の子供を見ていると、気の毒に思う。病気になっても、今話題のインフルエンザの薬なんて、まず買うことが出来ない。自然治癒に委ねることになる。昔の日本と変わらない国もある。
弱い子供はいなくなるし、強い子供が残っていく、その子の免疫力がものを言う、決して平等ではない。難しい世界。スラムや物質的に貧しい村を歩いたりすると、見かけた子を過酷な状況で生き抜いている強い子と尊敬し直さなければならない(今の日本も別の意味で大変だが・・・)。旅や写真も続けていると、マンネリ化する。
 
写真は2005年インド、バラナシのサドゥー。
今はこんな心境だ。
 
 

暑い日

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写真をたくさん載せると変な風になる。
 
今日も暑かった。午前10時頃から1時間10分走り、20分筋トレとシャドーをする。
夕方、ジムへ行き、全部で20R、そこでも筋トレをする。
 
毎日の習慣のお蔭か、腕立ての回数が増えて、毎日70×6、400回はしている。
 
プロボクサーなら腹筋が大切だが、写真家なら腕力が欲しい。
 
見せる筋肉ではなくて、引き締まった筋肉が理想だ。
 
ダイエットは当然で、自分のことも節制しなくては、様々な夢や理想は叶えられない。
 
真夏をどう乗り越えるかが心配だが、マイペースで続けていく。

写真にはその時の気持ちが出る

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何か納得できない。その日は文章と写真を上手く張り合わせたのに、日付が経つと、それ以前の写真と入れ替わっている。ぐちゃぐちゃだ。
 
ここだけの問題なのか、容量も重たくなるし、ブログの限界を感じている。時間もないし、とりあえずそのままにして、続けていく。写真はデータだけだと、やはり怖い。足跡が完全に消滅されなく、ちゃんとした形になる原版が基本だ。デジタルでも、プリントでも、質は落ちるが分身が出来る。ビジネスとしてやっていくならデジタルだが、趣味やアイデンティティを求めたり、自分の生き方を残していくならアナログだ(銀塩カメラやフィルムもやっていない人から見ればデジタルだが・・・最低限の力に限る)。
 
今週は4日間朝ロードワーク(朝から夕方までバイトして)と夜ジム通いを続けていたら、5日目にのどが猛烈に痛くなった。変な咳も出た。結核再発か?、肺炎も疑い、5日目はバイトだけして運動はしなかった。急いで薬局に行って、一番のどに利くと勧めてくれた僕の感覚ではけっこう高い薬(1480円)を買い呑む。そしたら次の日良くなったので、すぐにジムに通い出した。
20代の時は薬なんて呑まなかったし、自然に治していたのに、そんなに若くないなと悟る。祖父の一人を肺炎で亡くしているし、呼吸器系統は遺伝もあると思うし、その気があるかも。薬で散らした肺の中の結核や悪性の菌は完全にはなくならないと言うし、爆弾を抱えているのは実感している。
 
ただ簡単にはあきらめたくない。市販の薬で一日で回復させてボクシングを再開させた自分の底力を信じたいと思うし、肺炎などになるのも、祖父の70ぐらいだと思うしかない。30代、40代は、あきらめるか、逆に鍛えられるかの岐路に立たされている。よくプロボクサーが前日はあんなに激しく動いて調子良さそうにしていたのに、次の日、風邪の連絡が入って休むことはよくある。その人達の気持ちが今良く分かる。のどや肺が苦しくなって、練習を休もうかと思ったりもするのだろう。健康体ほど、風邪を引きやすくなったりする。
 
僕の性格から、(その時)熱が入ったものはとことん満足するまでやりたいし、ドクターストップで止まるまで、とりあえず頑張る。明日からも朝早く起きて走りたいと思う。
 
バイトの給料日までの8日間を約2万円で過ごさなければならない。こういう時に、いかに安くしながらアジアを旅するかのバックパッカーの経験が生きて来る。一日2000円は、ただ生活するだけなら問題ない。ボクシングやトレーニングを続けたり、写真をやるとなると、不安であり、きつくなる。ホームレスの様にはなれないし、ある一面を鍛えようとすると、体調を崩すリスクも高くなる。
「転んでもただでは起きない」と思えばいい、病気が再発したら、それだけ苦労をし、マイナスの経験値が上がるし、最悪の場合は写真に生きて来る。
 
写真は、2004年のモノクロ、パキスタン、バングラデシュ。
スナップでも、ポートレートでも、写真にはその時の作者の気持ちが出るから奥深いし、面白い。年でも、日や時間でも刻々と変わる。
だから、ジャーナリストと写真家の線引きが難しく、僕は写真家であり、ジャーナリストではない。なろうと思った時もあったが、論理的に考えると、矛盾に行き当たる。
バングラデシュは、ベールを被った女性(イスラム寄り)とサリー(ヒンドゥー寄り)の女性が手を繋いで仲良く歩いたりしている。
アジアを幅広く歩くと、文化の交差点はどこでもあるし、そこまで見抜けたら、かなりのアジア通だ。

一番旅したい場所

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今日は朝1時間走り、20分筋トレとシャドーをする。夜、ジムへ行き、全部で20R、筋トレをする。
午前中は暑かった。後10度以上気温が上がり、真夏を迎え今の動きが出来れば、砂漠や荒野でもけっこう耐えられる肉体が出来る。
 
5年目を迎え、ボクシングジムは大きな存在だ。練習前(ジムに行く前)は、不安や焦燥や空しさやいらいらやちっぽけな希望など複雑な感情が入り混じり体も精神的にもつらいことがあるが、練習中は考える余裕もなく、練習後は実に爽やかだ。その日は邪念が吹き飛び助かる。次の日、練習、それらの繰り返しだ。徐々に逞しくなっていく。
 
走っているお蔭か、足に粘りが付き、パンチに威力が付いて来たと思うし、自然に動け、1,2年目の様にボクシングをやっていてもあまり疲れなくなった。何でも続けるものだ(今日は少しのどが痛かったが・・・)。
 
もっと過酷な練習をしているプロの方を見ていると、励みになる。ボクサーは肉体と精神だけの勝負だから(写真家の様にカメラという道具は使わない)、つくづく尊敬する。少しでも近付きたいと憧れる。お金では買えない人生のいい経験をしていると思う。在学中でも、大学卒業後、普通の会社員でも、世の中の流れや社会のシステムや上下関係や世間体や貧困やお金という現実など何かいまいち納得が出来ず、旅を繰り返していた。旅、写真、ボクシングと流れていくのも性格や思想や何を大切にしたいかなどとマッチし、自然な流れだったのかも。
 
つらい時は、今一番旅をしたい場所を想像する様にしている。そうすると、ハードなトレーニングやきつくて汚い肉体労働も耐えることが出来る。まずは旅をすることで、次に写真を撮ること。
一番旅をしたい場所は、自分の意志だけでなく、いろいろなものが絡み、リスクが非常に高くなる。「いつか旅が出来る、そして満足のいく様な写真が撮れる」、こう想像するだけで、乗り越えられる。チャンスがあれば、行ける。
 
写真は2004年のパキスタン。勝負はポジフィルムだが、昔はモノクロでもかなり撮っていた。大量の未発表フィルム(400、500本)が眠っている。ポジだと構図や色を気にしてしまうが、時間がだいぶ経ち振り返ると、モノクロだと変な肩の力が抜けてまた別の意味で良く撮れている。後は、美しいプリントだけだ。
 
北部のぺシャール、難民キャンプ、近くのバザールなど。
基本的にはガイドは付けない。その年はどうしてもアフガンへ入りたかった。様々なものが絡み、いろいろと考え、結局は断念した。何でも時間が解決してくれて、今では焦りで貴重な命を犠牲にしなくて、32まで生き延びたと思う様にしている。東京に戻って、すぐにボクシングジムの門を叩いた。あの時ほど行きたくても行けない、断念という挫折や逃げる勇気を経験し、今の人生や考えに少なからず影響を与えている。年を重ねても、いつかリベンジしたいし、情熱は消えていない。後は、体力と精神力と現実面だけだ。
 
 

マイカラー

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2009年の旅から戻って、約2ヶ月が経とうとしている。
正直な所、耐えることばかりだ。一番のネックは恥ずかしながら金銭面(同じ様な写真家なら一緒だと思うが・・・)。
初期費用がとにかくかかり、また次回の撮影旅を目指さなければならない。
少しでも態勢を整える為に、最低半年、1年はいる。
 
今はコツコツとアルバイトをしている。
一人暮らしなので、出て行く一方だ。
海外でも、日本でも、「好きな様に撮り続ける」とはいかない、
日本では生活に追われる。とても写真を撮る余裕がない。
今までよくやっていたと思うが、これからも体力勝負になりそうだ。
 
考えをいい方に変えて、安くても時間がかかっても、地道にアルバイトを続けて、
ボクシングのトレーニングを続けられればいい。一時は写真から離れても、アイデンティティを確立できるし、
体力を成長できるし、人生が刺激的になる。
地味に活動して、ボクシングなどいろいろなもので自分に満足が出来たり、幸運やタイミングが来たら、その時もっと動いてもいい。
今は待つ時、耐える時だ。下手に焦っても、数ヶ月はもっても、10年、20年は続かない。
 
大きく伸ばすプリントにもお金がかかり、発表、未発表の問題もあるし、フィルムからスキャンしてデジタル化する質の低下もあるし、
生活やトレーニングにも追われているし、
少し外したコマを選ぶかもしれないが、
出来る範囲でこちらもコツコツと写真を載せていきたい。基本は安易にデジタルに移行するのではなく、自分の満足のいく最高のフィルム原版を作ることだ。
ブログにも限界はあるが、今までの旅を振り返るのも面白い。
 
写真は2007年、インドのアムリトサル。
シーク教徒の総本山のある街だ。
シーク教徒という宗教は仏教の様に懐が深く、基本は誰でも入れる。
 
旅を続けていて、頑固に自分の色やスタイルを通す街や人々に惹かれる。そうすると、宗教が自然と絡んで来る。
民族衣装も素晴らしいし、何で日本ではなくなったのか。祭りや特別な行事にしか見向きもされない。
経済優先の社会になると、失われることも多い。
 
またこの場所には行きたいし、インドは頑なに自分の道を進んでいる人も多いから、魅力的。
 
バングラデシュでもそうだし、パキスタン、イエメン、アフガン、イスラムの国々も
もっと惹かれる。行きたい所ばかりだ。一人では限界があるので、何十年でコツコツと前へ進んでいけばいい。
 
今日はぽっかりと空いた穴を埋めようと図書館に行ってガイドブックなどこれから行きたい場所を読んで来た。
「イエメン」、初めてカンボジアを訪れた様な是非行きたいと思わせる国だ。
サウジアラビアなど石油大国で発展する国が多い中東の中で、頑なに昔ながらのイスラム社会を守っている、
神秘的な国に写った。人間もかっこいい。
多少ゲリラ活動があったり、少し危険なイメージもあるが、昔のカンボジアも同じ。インドの様にはすれていないと思う。
恐怖とか気持ち的には行けるが、なにせアジアに慣れた者にとっては、もっと航空運賃がかかりそう・・・。
 
イスラエルを訪れた者は入国できないらしいし、自分とは関係ない仕事で行ったりしてたら、たぶん後悔する。
旅の醍醐味は、「自分の行きたい所に行く」「撮りたいものを撮る」である。
時間の問題もあるし、あるのは助かるが大金だけでは解決できない。
本当に難しい。

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