写真家とボクサーとフリーター

コメントをどうぞ

今日も朝1時間走り、午後ジムへ行く。
 
今月は朝のロードワークを20日間、バイトを21日間、ジムへ24日間通う。
朝とジムワークで腕立て50×6、腹筋50×3も欠かさず行って来た。
今やりたいことにまっすぐに向かいたいし、今月は肉体強化に努めて来た。
GWになると、ジムは閉まるので、良かった。
 
ゴホッという乾いた咳が出ると、「やばい病気再発か?」と思うが、運動の時誰でも出るもので、
その日眠ると、次の日ちゃんと回復している。夜、かぁーとなって、肺の免疫菌が闘っているのが分かる。
栄養と睡眠を取れば、激しい運動は体に悪くないもので、もう十分健常者だ。
 
普通の会社員なら会社が終わってみんなで飲みに行く所を、コツコツとジムに通っている。
旅人や写真家は孤独との闘いだから、ボクシングは一人で出来るし、性格に合っている。
気持ちや最後にやりたいことは写真家だが、上記の三者を行ったり来たりすればいい。
今月や今年はボクシングのコマを増やしているというだけだ。
 
何年も練習して来たのに、初めて実戦のスパーリングをやって、血だらけになったり、ノックダウンを奪われたり、
ヘトヘトになったボクサーを何人も見ている。ボクシングの洗礼というもので、プロの資格を持っている人と、ハイアマチュアではレベルが違う。
実戦をすることで、慣れていくと思う。こういうパンチが来たらこうしてと殴られながら自然と体が反応していくのかもしれない。
じゃあ、自分はと聞かれたら、写真の為なら経験しておきたいが、目が悪いし、肺の様子もみたいので、すぐとは行かないが、
そうなってもなるべく食い止めるような体力や肉体を作りたいと思っている。
 
体が動く内は、ボクシングやアジアの旅や撮影は頑張って続けて行きたい。もし、動かなくなったら、現実じゃなくて、想像に頼ってもいい。
絵や音楽と行きたい所だが、技術がないので、小説や文章の方がいい。
そうならない為に、自分のやりたいことを最後まで続ける為に、快楽じゃなくて苦楽を経験している。
何もしたくなくなったら、ホームレスになってしまうし、何かやりたいことがあるだけでも有り難い。自分の筋力を付けたいと思う人は、何でも成長できる。
 
写真は2004年に旅をしたパキスタン。今まであまりいいとは思わなかったし、何かに使う時は外したコマだが、
時間が経つと惹かれる。世界情勢や時代の流れもあるし、写真はやはり奥が深いし、面白い。
パキスタンはバングラデシュよりもイスラム教が厳格で、テロが多く、少し危険なイメージを持っているが、また行ってみたいと思わせる国だ。
南部(カラチ、クエッタ)は閉鎖的だが、北部(ギルギット、フンザ、シャンドール)はけっこう開放的。
背筋が寒くなる様な圧倒的な山や、(人ばかりで今までは自然はあまり興味がなかったが)
自然にもう一度囲まれたいと思ってしまう。
最後のチトラールで撮った子供は、カメラを構えたら自然とこんなポーズを取ってくれた(いつもポーズを要求することはほぼないが)。
ボクシングをやっていると、ファイティングポーズに見えてくるから、不思議だ。
ファイティングポーズは闘う意志のある者がするもので、
素晴らしいと思っている。
 
 
広告

FEEL

コメントをどうぞ

今週も朝5日間のロードワークと、バイトが終わってから夜6日間のジム通いをこなす。
 
先週と同じ動きで2週連続は、昨年から比べれば奇跡に近い。今の所、体も大丈夫だし、体を慣れさせて継続していきたい。
 
見ていると週6日はプロもしくプロを目指す方の練習日の目安だ。
 
32歳だと体力や瞬発力が衰えるが、一発のパンチの威力を増していきたい。
ボクシングだけなら、体力よりもパワーだ。
 
目が極端に悪いので(練習の時はコンタクト、普段は眼鏡)、33歳を迎えるプロ試験はほぼ絶望的だが、
後は実戦だけで、基礎はしっかりしているし、いい所まで行ったという感じにはなりたい。
 
ダッキングやウェービングもだいぶスムーズに行く様になったし、少しのパンチなら避けることが出来ると思う。
もっとプロの様な自然体の防御技術をマスターしたい。
 
今まで写真を撮っていて襲われたことはないが(こちらも細心の注意を払うし、自分なりに撮る前のコミュニケーションを取る)、
急に撮る場合もあるし、誤解をされて追いかけられたことがインドではある。
厳格なイスラムの世界でテロの多いパキスタンでは、カメラをぶら下げているだけで、
変な緊張感があった。バングラと違って、アウェイと感じた。
 
写真を撮る時、特に人物を撮る時に難しいことは、撮る前の段階だ。相手が嫌と言ってその場からいなくなれば、
撮る前の問題で、写真として成立しない。だから上手く撮らせてもらうことだ。
撮る所まで嗅ぎ付けば、後は自分の型にはめればいい。
 
写真を撮ること、相手にカメラを向けるという行為は、人によっては傷つけるし、暴力的だとうつってしまう。
こちらの考えや気持ちが上手く伝わらないこともある。
 
最悪の場合を想定した時に、(何度も言うが今までそんなことは全くないが)写真を撮っていて急に誰かが殴りかかって来ても
何も言えない。
 
撮影中で集中していたら難しいが、2発目を咄嗟にボクシングのダッキングなどでかわせれれば、自己防衛になるし、精神的に強みになる。
ミャンマーのジャーナリストの事件の様に銃で急に撃たれたら元も子もないが、感で急所を外せるかもしれないし、
まずは格闘技を続けているという気持ちの問題だ。
 
僕の撮影の基本は、専門のガイドやドライバーは付けない。基本は公共機関の陸路で空路は最低限しか使わない(国内線は使わないで、国際線のみ)。
一人で判断して旅を完結させることと、撮ることにやりがいを感じる。それによって、撮るものが限られるかもしれないが、それはそれでいい。
 
レールに乗ったエリート社員がインドに1ヶ月も旅をすれば、まず感じることは、日経を読むことや知識なんて、
あまり役には立たない。それだったら、丈夫な肉体と精神と、知恵が欲しい。
 
thinkではなくて、FEELの世界である。
 
旅をすることでカメラや写真に興味を持ったし、その逆ではないし、多くの写真学校を出ている人達とは少し違う。
 
写真とは離れたボクシングをやっていても、結局は線で結べる。
 
まずは生きがいを感じて、お金がなくても、へミングウエイの「老人と海」の様な生活が出来たり、
自分を仙人と思えば、最後は写真だが、旅や写真から一時離れても後悔することはない。
 
武士は食わねど爪楊枝だが、
写真家も食わねど爪楊枝と思う様にしている。
 
マイノリティーな職業全般、ボクサーにも言えることである。

不安を乗り越えたい

コメントをどうぞ

今日も朝ロードワーク、夜ジムへ行く。
 
朝は1時間ほど走る。いつもと同じコースだが、今日は5分ほど縮まった。何でも「継続は力なり」、少しずつ力になっていく。
 
少し暑かった。夏の炎天下でも、今の動きが出来れば、もう怖いものはない。肺の中の結核菌に悪いのは、(煙草は言うまでもなく)埃ともう一つは太陽なのである。
昨年は、日光浴は禁止されていた。一見太陽なんて良さそうに見えるのだが、光を浴びることで中の菌が活発化するらしい。
 
4月はトレーニングに専念している。走るのも、4,5月はベストだ。しっかりやれば、6月の雨期、その後の真夏に備えることが出来る。
そうすれば、(東南アジアの暑期は行ったことがあるが(とにかく暑い))、もっと過酷と思われる暑期のインド方面へも行く機会がある時に、
いい備えが出来る。真夏と真冬に耐えうる肉体が欲しい。
 
インドのサドゥーは年齢から考えれば超人だ。あれだけ食べていないし、ほとんどホームレスの様な生活をしているのに、真夏や真冬を問わずインドという過酷な風土で
生き抜いていける。一部のサドゥーの肉体はプロボクサー並みで、腹筋もかなり割れている。脂肪が研ぎ落されて、いい筋肉も付いている。自然な減量がそうさせている。サドゥーにボクシングを教えたら、下手したら、そこらの練習生よりも強くなるかもしれない。サドゥーと試合前のプロボクサーの肉体は芸術に近いと思う。
 
ボクシングを続けているのも、貧しい人や、インドのサドゥーや、旅で五感で感じたことの影響は大きい。
 
運動や、鍛えずにはいられない。少しでも不安を乗り越えたいのである。
 
冒険家の植村直己さんも、テレビでかなり必死に走っている場面を見たことがあるし、写真家の一ノ瀬泰造もボクシングをやっていた。
三島由紀夫の考えと少し似ている部分があるが、自分を鍛えれば、写真に生きてくるというか、強い写真が撮れる。
 
運やタイミングや歯車が狂えば、やはり、日本を離れれば、死ぬ可能性が高くなる。
 
冒険家や、報道写真家とは、少し違うが、長期の撮影旅でも似ている部分がある。
 
いつも五体満足で無事に戻って来られるのも、つくづく運がいいと思うし、戻ったからにはしっかりとトレーニングをして、次に生かしていきたいと思うのである。
 
早死はしたくないから、トレーニングを続ける。

健康が一番

コメントをどうぞ

日曜日は体を動かさない日と決め、銭湯に行ったりする。
 
日本フライ級チャンピオンの清水さん(今日が防衛戦だったが、防衛には成功したので良かった。)をはじめとするプロの方が
御手本になっている。
 
ボクシングでは遠く及ばないが、どんなに強い人でも、ハードなトレーニングに打ち込んでいても、体の休息日は必要で、
がむしゃらに動くだけでは、体が壊れてしまう。ジムに通うことで自然と学んだ。
 
テレビを見ていたら、田島さんが出ていた。世の中に合わせるとかじゃなくて、自分の世界を作り出していて、
声も独特で響きがあり、感動した。
 
僕がジムに入ったのは2004年だが、すでに田島さんは所属していたので、2002年ぐらいからだろう。
 
バングラから戻って来て、最近、練習している所を見かけた。今も続けているし、練習生としては、長い人だ。
もう一つ仕事というか、夢があれば(音楽や写真など)、自然とボクシングも続けられるのだと思う。音楽なら、声に生きて来ると思うし、
写真なら、撮る時の体力や反射神経に生きて来る。
 
金子ジム一つにとっても、プロの方や、音楽家や、俳優を目指している人や様々な人がいるから、やはり面白い。
練習の時は、誰もが真剣に打ち込んでいるし、なかなか多くを話すという空間ではないが、そういう人達の背中や雰囲気を見ているだけでも、
人生経験になる。
 
夜の時間帯だとスパーリングが頻繁に行われるし、自分の全てを出し切る場面、これはそう見られるものじゃないし、非日常的だし、刺激的だし、頑張ろうと思えるし、
何かしらの為になる。
 
朝のロードワークでも、有名人とすれ違ったりする。東京に出て来て10年以上は経つが、個性的な人がいたりするのは、
東京のメリットでもある。
 
昨年の今頃は肺の病で体が思う様にいかなかった。肺の中に悪性の菌があったり、薬の副作用があると、気持ちが落ち込むし、自然と布団に入り寝る時間が多くなった。
それでも、ジムには週4,5で通い続けたが、整えるだけでいっぱいいっぱいで、鍛えるどころではなかった(それでも、薬の副作用は抑えられるし、肝臓にも影響が出ずに、かなり助かった)。
今世間を騒がせる肺の病だと、長時間の運動の持続能力はなくなるが、1,2時間の短時間の運動には耐えられるのである。そこで上手く調整できた。
 
やっと戻って、もっと鍛えたいという欲求が出て来た。まずは健康が一番である。
 
明日からまた朝早く起きて、ロードワークから始めたいと思っている。

走ることの大切さ

コメントをどうぞ

今週は朝5日間ロードワークと夜6日間ボクシングジムワークをこなす。
 
今まではロードワークは気まぐれだったが、バングラから戻って来て、気持ちが一新した。写真の方を頑張れと突っ込みを入れられそうだが、
写真の方は金銭面も絡んで来るし、自分の力だけではどうすることもできないこともある。肉体を鍛えることは、もっと自力本願である。
ボクシングの方が2ヶ月離れたことによって、ないものねだりで、急に頑張りたくなるもの。アマのレベルではないが、世界チャンピオンが練習を離れることで、
また戻り返り咲くことはけっこうある。
写真もボクシングもコツコツと自分のペースで進みたい。テレビでイチローのヒットのシーンを見る度に感動する。あれこそ職人であり、バットと安打が芸術に見えて来る。
何でも自分を信じて貫き通すことだと思う。
 
イチローはもとより、宮崎の知事でも、走ることが得意な人は、世間をあっと言わせたり、いい仕事をしている。走ることで基礎体力が付き、体のバランスが整えられ、精神的にも反骨心みたいなものが宿るからだろう。
 
写真でもボクシングでも走ることは生きて来る。より遠くへ走れれば、より過酷な所や、長時間歩いて写真を撮ることが出来る。ボクシングは足の踏ん張りが利く。フットワークに生きて来る。
 
たいてい川沿い1周20分(約4キロ?)のコースを2周(計40分)走っている。休みの日は3周(計60分)走っている。その後、筋トレとシャドーをしている。今週だと積もってトータルで40キロは走ったと思う。
 
プロボクサーとしては少ないかもしれないが、おっさんボクサーとしては十分だと思う。慣れて来れば、もっと距離を伸ばしていきたいが。
 
まだ始めて3週間ぐらいだが、連打の時やフットワークの時に足腰の粘りの効果が出ている気がする。
 
ボクシングはいろんなステップがあるし、奥が深い。今年はできるだけマスターして、写真に生かしていきたい。あんなフットワークで写真が撮れたら、すごい強みだと思う。
 
走ることを考えていたら、高校の野球部や、大学のサッカー時代のことを思い出す。あの時はけっこう走っていたが、今もあまり劣らない(年齢を考えれば)と思う。
 
肺の調子も戻って来たし、自分なりの一番いい状態に戻って来たとも思う。
 
朝ロードワークをして、昼はバイトをして、夜ジムへ通っていると、高校の部活動と一緒だ。
 
練習生としては年長組だが、若い人には負けない様に頑張りたい。
 
どこかで反動が来るのが怖いが、今は大丈夫だし、続けていく。

プロとしての環境

コメントをどうぞ

プロとしての環境は大切だが、難しい。
 
写真家としての環境だと、ある程度の収入があって、(他の仕事をしつつも)時間に融通が利き、自分の作品を満足に作れる(撮れる、まとめる、発表する)ことが一番の理想だ。
今の時代だとかなり厳しい。つても大切だし、写真関係の学校で教えたり、連載を持っている人は、かなり恵まれている。運やタイミングもあるし、大部分の人は、あまり自分の作品とは関係ない写真を仕事として撮ったり、アルバイトをしたり、実家や配偶者にお世話になりながら支出を減らしたりなど、自転車操業をしている。
 
悩みながらも、何とか続けていくしかない。今はアルバイトをしているが、写真費用はけっこうかかる為に、それだけの収入だけじゃとても回らない。これから先の永遠の課題になりそうだ。まあ、
あまり悲観的にならずに、ある程度は流されてもいいと思っている。
 
今は様々なボクサーを見ているが、プロボクサーとしての環境も写真家と似ている。ボクシングだけでは食っていけず、たいていの人は何かしらのもう一つの仕事(アルバイトなど)との掛け持ちだ。
スポンサーが付いていたり、理解のある仕事に就いているボクサーはやはり環境に恵まれている。負担が軽くなれば、ボクサーは練習に専念できる。実家で暮らしていれば、かなり助かる。
プロボクサーでも正社員だと練習の時間が取れず厳しく、やはりアルバイトを選択せざるをえない。
 
プロボクサーは、いい見本だ。たとえアルバイトをしていても、時間を作りコツコツと練習に励んでいる者は強くなっていく。頂点に立つ最後の決め手は、恵まれた環境か、もしくは劣悪な環境であっても自分を信じてハングリー精神でのし上がっていくか。
 
今はいい人生経験になっている。プロではないし、おっさんボクサーだが、朝はロードワークをしているし、夜の時間帯に若い人と混じって練習に励んでいる。特にプロボクサーの油ののっている時期は20代中盤、後半だから、そういう人たちと混じっていると、いい刺激になっている。いつどこで体が壊れるか分からないが、なるべく続けたい。やはり強くなりたい。
ボクサーは肉体が勝負だから、計算して(つらいのを経験して)自分の肉体が動けば、負担が軽くなる写真家としての職業にも生きて来る。
 
肉体がつらいほどきついものはないし、それを経験しておけば、ボクシングを離れても、必ずどこかで生きて来る。
 
特に長期の旅や、写真を撮る者は、いや自由業的に生きる者はどこで何があるか分からないし、必要不可欠なことだと思う。
写真家じゃなかったら、ボクシングは続けていない。つくづく思う。

気持ちを理解したい

コメントをどうぞ

今週は、週5日朝ロードワーク、夜ジム通いを行う。もちろん9時から18、19時まで働いている。
 
バイトがあるとどうしても5時半起きになるが、日記に書くことによって、けじめが出来てけっこう実行できる。撮影旅でも、いつどこへ行くと公言すれば、自然とその様に近付く。
 
続けると3日目のジムワークや、4日目のロードワークがピークでしんどくなって来る。しかし、乗り越えるとそこから先は意外に動ける。
走ることによって、足に粘りが付くし心肺機能も高めるし、強いボクサーは当然の様にこなしているが、なんとなく分かって来る。
 
週単位で、これを1ヵ月、さらに1年間は続けないといけない。
 
前からも言っている様に、一応元結核患者だった。もう通院していないし、完治したと思う。どこまで薬できれいにした悪性の菌が肺の中に眠っているのかは分からないが、克服したい。
普通に考えれば、肺を休める方が無難だが、僕の場合は荒療治で、健康であれば多少のリスクがあることで逆に鍛えられていくと思っている。今までの旅や写真や生き方の人生哲学でもある。
 
もし、もう一度発症したら実家に戻るか、高原の様な空気のいい所で長期間休養したいと思っている。完治した後でも、ここまで運動しているのは、自信を持っていい。
 
写真(旅をする行為、撮る行為、作品としての写真)とボクシングは僕にとっての救いである。アイデンティティなのである。せっかく大学を出て(親に出してもらって)までも、正社員として働いていない。完全にドロップアウトした。我侭かもしれないが、もう何十年間も同じ会社に勤めたり普通の生活には戻れない。同級生なら、家庭でも持って、マイホーム、マイカーも持っている年齢だろう。二つの幸せは同時に獲得することが出来ないならば、本当にやりたいことに真剣に励むことによって、同級生や他の人と比較したり妬んだり羨ましく思ったり後悔したり、家族に対しての申し訳ない気持ちを感じたりするのを帳消しにしてくれる。何でも一生続けることは苦労や挫折が付きものだが、乗り越えることによって、自信が持てる。悲観しなくていい。旅を繰り返すことによって学んだことは、時代の流れ、社会のシステム、日本の働くということ、会社の制度に疑問もある。バイトや会社員だけだったら、たぶん死んでいる。自分の顔が見えない。写真やボクシングは、ささやかな抵抗でもある。別に犯罪をしているわけではない、自分の中で情熱を持ち燃焼しているのである。
 
先程、銭湯に行って来た。週に一度の自分への褒美である。一年前の今頃は、ちょうど結核の薬を呑んでいて、他人に移らないと分かっていながら、気分が落ち込むし、さすがに裸の付き合いになる銭湯は避けて来た。やはり風呂に浸かるのは日本人の贅沢だ。
写真以外で今一番欲しいものは、温泉に行くことと、もっといいボクシングシューズだから、普通の人とは少し違うかもしれない。
 
写真は、この前行って来たバングラデシュの前に寄ったバンコク。
ラチャダムヌンスタジアム(テレビで見たがこの前辰吉が試合をした所)で試合をした子供のムエタイボクサー。日本では本試合なんてまず考えられないが、タイでは当たり前の光景だ。
個人差があり何とも言えないが、タイは発展したといっても、日本とは比較できない貧困という問題も残っている。特にタイのイサーン地方の人達は貧しいと言われているし、昔だったらなおさら男の人ならムエタイや、女の人なら娼婦にならざるをえない環境もあった。
日本と違ってもっと生活をかけて、ムエタイに賭けているのである。この子は、この後試合に勝ったが、日本のプロボクサーと同じくらい真剣で、ヘッドギアも付けず普通に殴り合っていた。個人の生活の背景は詳しくは分からないが、自分もボクシングを続けることによって、気持ちを少しでも理解したいとも思っている。純粋にかっこいいと思ったし、写真を撮らせてもらった。
 

Older Entries