33歳は開き直る

コメントをどうぞ

昨日まで5日間バイト。無理して入れてもらったので、遅番など時間帯が不規則。遅番だとジムが空いていないので、朝は走ったりした。日本にいても、なかなか更新できない。
今日は休みで、写真をまとめたり、ジムへ行く。ジムの後、夕食の前にロードワークをする。
 
とても一日やそこらじゃまとめきれなく、写真のことだけを考えると悶々とするが、ボクシングをすることで自信が付く。
 
写真家として続けていくには、集中してアルバイトをしたり、写真をまとめたり、運動をしたり、バランスを上手く取っていくしかない。
 
今は32歳で、後数ヶ月もすれば、33歳になる。年齢もあると思うが、いい意味で開き直れる。28、29歳ぐらいの時で、6年ぶりにインドへ長期の撮影旅へ行く前はかなり暗いと言うか、落ち込んでいた。ブログでも書き続けていたが、見返したくもなく、後ろめたさがあった。30歳前というのが、不安期かもしれない。
 
修羅場をくぐり抜けて行くと、成長できる。
 
もう前を向くしかない。写真が世の中に広まったり、(この言い方はあまり好きではないが)写真が売れたり売れなかったりするのは、こちらの問題ではなく、あちらの問題である。基本的に、自分がいいと思ったり、感動するのは、あまり変わらなくぶれていない。写真家なら誰でも持っていると思うが、自分なりのいい写真のセオリ-がある。セオリーを続けていけばいい。
 
別に他人がどうとかじゃなくて、自分の道を進んで行けばいいだけの話だ。ボクサーと一緒で、ちゃんとトレーニングをして試合に望んで、負けても後悔はしない。別に犯罪を犯しているわけではなく、堂々と胸を張っていればいい。判定や審査なんて、紙一重である。
 
ただかっこいい生き方をして、かっこいい写真を撮って撮りためて、人生で一度自分なりに満足のいくかっこいい写真集を作れればそれでいい。その為には、ずっと旅を続けて(一年に一度でいいから長期の撮影旅をして)写真を撮り続ける必要がある。
 
この前のバングラデシュでも日本に戻ってから体調はいいし、行けばいろいろとあったが自分なりにお試し期間だったので、これからはもっと過酷な所へ行っていいかもしれない。写真を少し見返しても、まだ少し余裕がある。例えば、インドのもっと奥とか、もう一度パキスタンか、何々スタンの付く所とか、イエメンもけっこう気になっていて中東方面へも悪くない。もちろん情勢も考えるし、一番頭を悩ませる金銭面もあるし、予定は未定だが、それぐらいの意気込みはあった方がいい。
 
その為には、プロボクサーの様な肉体的精神的強さと、マラソンランナーの様な持久力がどうしても必要になって来る。自分を一兵士にまで高める必要がある。
 
結婚とかもするとかしないとかは、別にタイミングの問題。しなければ、ある意味勲章でもある。離婚をしても、日本では成り立っていくが、イスラムの世界ではたぶん生きていけない。ここは日本だから当然だが、世界的な価値観で考えれば、(どちらが正しいとか間違っているとかじゃなくて)そういう国もあるということ。
 
ずっと撮影旅を続けていたら、いつか最悪のことがあるかもしれないし(そういう人に限ってしぶとく生き残っていくとも思うが)、つらいことや苦労も含めて、面白い経験をしたり、楽しんでいけばいい。
 
会社員や人と同じことをしていたら、写真家としての幅が狭くなって来るということも肝に銘じたい。
広告

家族の力、大切さ

コメントをどうぞ

今日も朝ロードワーク、夕方ジムへ行く。
 
旅から戻って今まで以上にトレーニングに励んでいるが、体が付いて行ける。年齢から言えば、32歳でおっさんなのに、病気から回復するとさらにパワーアップする様だ。
何でも日頃の鍛錬で、東京マラソンの65歳のおじさんでもそうだし、人は鍛えられて行く。
 
自信過剰は禁物だし、なるべく免疫力を落さない様に努力するが、体を壊したり良くなってその病気の免疫力が付いてパワーアップしたりの繰り返しかもしれない。病気に罹るということは、健康の証拠とも言える。何もしないで寝ていても外に出た時に逆に罹り易くなるし、自分の肉体や精神力を信じて、トレーニングを続けるしかない。
 
インド圏から戻ると、数ヶ月は生きていることが楽しくなる。食事を作ったり、洗濯をしたり、運動をしたり、働いても、ごく当たり前の作業が何か新鮮な感じがする(その反動も怖いが・・・)。まず大丈夫だし、無事に戻って来るが、インド圏だと日本の価値観から見た非日常の光景が広がっているから、心のどこかで「死ぬ確率が高い」と思っていて、戻ると安堵するのかもしれない。日数にもよるが生まれて初めてインドの混沌とした路上を歩いた時は、「やばい、帰れないかも」と思ったのは、僕だけじゃないはずだ。若ければ若いほど、カルチャーショックを受けやすいと思うし、だんだんと旅を続ける内に比較するものが出来て慣れて来る。ビーマンやエアインディアだって、振動が激しいし、飛ぶ時に荷物入れのドアが勢いよく開くし、いい気持ちはしない。今回はタイ航空だったが、かなりくつろげた。
 
写真を撮るということに一時でも解放されたのもうれしい。毎朝写真の為に早く起きる必要もないし、「いい写真を撮り続ける」というプレッシャーもない。10年も続けると、旅や写真の怖さもだんだん感じて来る。半年、1年経つと、またそのプレッシャーが欲しくなり、旅や写真を撮りたくなるが。旅や写真を撮ることは生きることだと思う。
 
スポーツ選手でも、小説家でも、同じ様な写真家でも、最後は自分の力が頼りで、フリーの様に生きていく人は(もしくはそういう覚悟の人は)、より家族の力や大切さを感じていると思う。今までどれだけ救われたか分からない。会社や上司や部下は裏切るかもしれないが、家族は裏切らない。身近な所だと、今通い続けている金子ジムは家族経営のボクシングジムだが、今の時代にあって一つの組織の御手本な気がする。何の結びつきのない派遣会社ならすぐに潰れるが、家族経営なら支え合って生きて行ける。実家の名古屋から出て来て、拙い感じで一人で何とか暮らしているが、時に羨ましいと思ってしまう。
 
別に結婚をしているわけではないが、年を重ねるごとに、家族の有り難味がとても分かって来る。アジアだと、昔の家族の様な生活が残っているし、今までの旅を思い出したりすると、泣きそうになる時もある。今の時代だと、社会全体が妙に冷めているのかもしれない。もし大学を卒業して、ずっと旅行会社に居続けて仕事に振り回されっぱなしなら、絶対に気付かなかったことだと思う。
 
明日からバイトが始まる。1ヵ月で決まったシフトを組んでくれるから、根気良くトレーニングや写真をまとめられる。日雇いのバイトだと体が持たない。写真家活動は、編集者に合わせたり、自由に動けるとはいかないかもしれないが、それでも早番主体だから、自分の気持ちや頑張り次第だと思う。
 
とりあえず1年間頑張れば、次の長期の撮影旅にも行けるはずだし。自然とアルバイトを選択してしまう。公務員や正社員だと、会社にある程度守れている所もあるから(あまりにも忙しすぎるのもどうだと思うが・・・、慣れればきっと楽だと思う。肉体の負担は軽減される。
 
バイトをして遊んでいるわけではないし、しっかりとトレーニングを続けたり、写真を撮り続けたり残したりしているわけだから、そっちの方が茨の道だと思うし、きっといつかは報われるはずだ。
30、40代で苦労すれば、上がった時に楽だと思える、と信じるしかない。
 
写真を整理していて、昔のアジアの写真も大事だが、所々に撮った両親とか、お婆さんとか亡くなられたお爺さんの葬式や、兄や親族の結婚式の写真が今になってとても重要だと思えて来る。
奥にしまっていて、間違いなくあるはずなのだが、すぐに見つけられなくて、焦った思いもした。
 
写真が生きがいみたいなものだから、家族の写真は、写真家の通過点かもしれない。

故郷の御手本

コメントをどうぞ

今日も朝ロードワーク、夕方ジムへ行く。ロードワークは55分走って、その後15分筋トレやシャドーをする。足も動いたし、体に覚えさせる為に、1時間近く走った。時折ペースを上げたりしたし、夕方のジムワークがなくて無理して走るだけなら、もっと行けそうだ。フルマラソンの様な長距離だと体力は付くが、格闘技の筋肉には向かないと思う。短くても、速いペースの方が、瞬発力は付く。これからどんな走りが効果的か、体で習得していきたい。まずは短くてもいいから続けることだ。
 
故郷は愛知県の名古屋市だが、愛知県にはすごい人がいる。世界のイチローである。全然見ていないけれど、決勝の韓国戦で決勝打を放った様だ。今回の大会は不振に喘いでいた様だが、あいかわらず勝負強いし、そういうニュースはうれしい。36歳でずっと現役でしかも第一線で活躍するのは少しでも見習いたいものだ。
 
イチローは高校の時、投手だった。愛知工業大学名電高校と言ってかなり強い所だが、何らかの大会で僕が通っていた高校(弱小の公立高校)と対戦して、イチローにノーヒットノーランをさせられたという伝説が残っている。野球部に在籍していたが、先輩から聞いた話である。在籍中は生で見たことがないから、真相は不明だがイチローが1年生ぐらいの時ではないかと見ている。
 
話は変わって、
今回の旅の写真を少しだけチェックした。
決まったと思って何コマも撮ったものがいまいちで、予想外の光や表情などイレギュラーなものが良かったりする。続けるごとに、写真は奥が深い。
 
少し道がそれてボクシングに打ち込んでいる場合じゃなくて、すぐに写真にもっとぶつかっていくべきという思いもある。
 
何でもやってみて、一度は限界を見たり満足いかないと、次の道へ進めない。
 
生きがいという意味では今の所どちらも捨てられないし、精神的にも上手く補足関係にある。
 
写真はなおさらすぐに結果には結びつかないし、様々なものが絡んで来るから、地道になるべく両立させていきたいと思っている。

理想に向けて

コメントをどうぞ

朝ロードワーク、午後ジムへ行く。
ロードワークは40分走り、30分ほどシャドーや筋トレをする。先週よりも5分距離を伸ばした。足の筋肉痛はなくなった。昨年の病気とは違って、心肺機能もポンプの様に上手く機能してくれる。
 
ジムでは、全部で20R,筋トレ、2時間ほど汗を流す。久しぶりのミット打ちはしんどいが、まだ走り出してから間もないのに、足の粘りが出ている気もする。上手い攻撃と防御、もっと軽やかなフットワーク、強くて速いパンチを打ちたいもの。
 
今までは体重は気にしなかったが、病気も完治したし、もっと徹底的に食事なども管理したいと思っている。いかに免疫力を落とさないで、激しい運動を持続できるか。肉よりも野菜、豆中心に切り替えている。お金もないし、野菜や豆腐や納豆は安い。カルシウムは不可欠で、日本には牛乳とヨーグルトがあり、安心して食べられる。バングラデシュだとどちらも単体でない。インドやパキスタンだとダヒーと言ってヨーグルトらしきものがある。タイではきちんとカップに入った清潔なヨーグルトがあるし、パキスタンでもカップ入りはあった。ラマダンに入った時は、パン屋は朝から開いていて、ヨーグルトで助かったのを覚えている。バングラデシュは、乳製品だけでもインドやパキスタンに遅れを取っていて、物の種類が少ないことが分かる。
 
日曜日銭湯に行ったが、体重が63キロになっていた。変な痩せ方をしていたが、吸収しやすい日本の食事や運動で、戻った様だ。減量なんてないが、筋力を増やしながら、63前後がベストで維持していきたいと思っている。
 
これからの写真人生を逆算して行くと、まずは35歳まで、その次に40歳前後、その辺が別れ道であり、今も特に金銭面はきついが、そこを乗り越えれば、ずっと続けていけそうな気がする。30代、40代が一番きつい時だ。
 
そうなると、今徹夜を問わずバイトしてお金を稼ぐのが大事ではなく(あくまでも最低限)、写真を撮り続けられる(長期の撮影旅に出られる)肉体作りが先決だ。病気をしたらおしまいだし、写真家なんて続けられなくなる。家族や知り合いの有り難味はとても大切だし、将来いい出会いがあるかもしれない。何時でも撮りに行ける体が必要になって来る。
 
今気になっているテーマは、将来、もう少し危険な所へ行くかもしれない。判断や気使いや一定の金銭は大切だが、それだけじゃ、「どこまで踏み込んでいいのか?」不安は減少しない。自分の基礎体力や、精神力、格闘技をマスターする本当の強さで乗り越えられることもある。
 
30分だけでなく、1時間ずっとランニングできる持久力が逃げることに役に立つことがあるかもしれない。まずないと思うし、銃で撃たれたら元も子もないが、自己防衛で拳闘で打ち勝つ能力がものを言うかもしれない。
 
よく力強い写真と言われるが、もし自分に本当の強さや自信があったら、ひょっとしたら写真は撮らなくていいかもしれない。今の自分にないから、写真で理想を求めたり、写真を撮り続けるのである。写真が好きだから、意地でも続けると思うが・・・。
 
あくまでも理想に向けて自分でできることは努力する。今身近な人で、そんな風に強くなりたいと思う人は、プロボクサーや元プロであるトレーナである。彼らは身近な超人である。
 
僕も超人になりたい。
 
今日、残っていたドルを全て円に変えて、この前撮って来た現像済みフィルムを3分の1取って来た。
 
まだまだ先は長いし、ゴールなんて永遠にないかもしれないが、少しづつ前へ進む、理想に近付く。
 
 
 
 
 

お金のやりくり

コメントをどうぞ

これから毎週日曜日を肉体の休養日として、運動はしないことにする。無理をすれば体は動くが、焦ってオーバーワークになるとその内に体を壊してしまう。写真でも言える。撮影旅から戻って焦りすぎると、余分なものもプリントしてしまうし、食事を削ったりすると、日本でも体が壊れる。
 
プロボクサーがとても良い見本になっている。いいボクサーほど、必ず休養日を設けている。
 
やはりいろいろと悩む。芸術家だと、ほとんどバイトなんかしないで、多額の借金を覚悟で、作品を作っている人もいるかもしれない。会社ならば、(芸術家が個人会社の社長だとすれば)多額の投資をすることで、経営が軌道に乗るということもある。芸術と会社は違うものだが、似ている部分もある。
 
人生を70年とすれば、どこかで勝負を賭けないといけない年が来ると思う。今の様に満足に作品もまとめられなくて(撮るだけでいっぱいいっぱい、写真もロクに焼けない)、上手く発表もできなくて、消化不良だと思う。「多額の借金」「ホームレスになる」は大袈裟だが、それぐらいのさらなる覚悟は必要なのかもしれない。やはり強迫観念の様に「バイトはしないといけない」「来月の家賃が払えなくなったらどうしよう」と思ってしまう。遠回りの道が多すぎる。どうしても少しでも現実味のある、堅実な道を歩みたがる。写真はあくまでも写真だから、芸能人などとは違う。どこの世界も厳しいが、かなりの不利な闘いを強いられる。まだ定期的に撮るだけでも、可能性はある。写真家は写真がなければやっていけない。それに常に最低1年未満に撮られた新しい作品が必要になる(すぐにまとめられるかは別として)。それらの積み重ねだ。
 
今日は東京マラソンだった。長距離走ってお金のもらえる有名人ランナーの立場なら、僕だったら多少故障しても走りきると思う。仕事が絡んでいるし、それぐらいの覚悟や根性は必要だ。それよりも65歳の一般市民ランナーで、52回連続でマラソンを走りきって、世界ギネスを塗り変えた人の方が遥かに人として尊敬する(もちろんマラソンは走ったことはないし、完走した人はすごいと思うが)。学生時代箱根を走ったとは言え、スポンサーなんてないから、ガソリンスタンドで働きながらの快挙だ。キャスターからの切り返しも面白かったし、自然体で良かったし、一番感動した。無報酬の喜びであり、まずは本当に走ることが好きだったと思うし、年齢も考えると、あれこそ超人だと思った。世の中にはすごい人がいるものだ。
 
まずは何でも体力と気力だと思った。長期の撮影旅に出ると、「よくそんなに長く旅行をできますね」などけっこう驚かれる方もいるが、旅だけならそんなに難しいことではない。そこから毎日写真を撮り続けるとなると、だんだん難しくなって来るが。僕だったら、プロボクシングのライセンスを取って、なおかつ1試合でも試合に出たり、そこから1勝でも挙げた人の方が茨の道であり、とても難しいと思う。
 
長期の旅だけなら、少しの意志表示と、限られた物の中で、その国や相手に合わせればいい。若い頃はもっと怒っていた気もするが(特にインド圏だと)、最近はかなり静かな旅だと思う。大声を出したり、怒ることも少ない。自分にも責任があると思えば、けっこう冷静に旅を続けられる。バングラだとベンガル人だが、とにかく声がでかく、調子が悪いと、不愉快な思いもするが。こっちが好き好んで自由に旅をしているわけだし、写真を撮らせてもらっている部分もあるから、けっこう耐えられる。ボクシングを続けて、我慢するということをもっと学んだのかもしれない。旅にプラス写真を撮るとなると、ケースバイケースだが、いつもけっこう気を使う。できれば相手には不愉快な思いをさせたくないし、「撮るな、撮らないで」と言った人は撮っていない。年齢もあるかもしれないし、撮り方も昔とは変わったし(昔はもっと強引に撮っていた気がする)、だんだんと行儀良くなって来る。下手したら命に関わることだし、(それがいいか悪いかは別にして)写真家としての、一つの通過儀礼だと思う。
 
写真を続けていると、お金のやりくりに非常に困る。節約は基本で、節約しないと、日本に戻ってからの首を絞める。いつもの旅と一緒だが、せっかく節約して、最後は腹を壊してまでも同じ経済的な宿にいたのに。その節約した分(約400ドル)をすぐにまた日本円に変えないといけない。バングラデシュは日本円は空港でしか両替が難しく、ドルが基本であらかじめ東京でほぼドルに変えていた。今のレートだと円を買うとなると、少し損をする。半年後や、一年後のもっとレートが良くなった時に両替したかったが、背に腹は変えられない。
 
今の所、カメラも現像に出しているフィルムも、人質状態だ。
 
しかも約120本の現像済みフィルムを3回ぐらいに分けて、取りに行かないといけないかもしれない。ますます厳しくなって来る。
 
でも、諦めず頑張るしかない。
 
考えると、だんだんと嫌になって来るが。
明日から、またロードワークとジム通いは続けたい。
 
体力勝負だ。
 

生きがいと不安

コメントをどうぞ

今日もロードワークを行い、夕方ジムへ行く。今までは、ロードワークは気が向いた時だった。時間帯もバラバラ。旅から戻って来てすぐと言うこともあるし、5日連続は珍しい。ストレッチをしてから、35分ほど走り(距離にして5~7キロ)、筋トレ・シャドーをして全部で1時間ほど汗を流す。朝は低血圧で調子も悪く避けてきたが、今日行った所、一時はつらいが大丈夫。朝動いていると何だか体が軽く、夕方のジムワークで効果が出ている気もする。もっと距離を伸ばしたり、ずっと続ければもっと強くなれる。距離や正確なタイムを計れる時計が欲しい所。お金がなくて、そこまで回らないが。朝からのバイトを始めたら、どう続けていくかが今後の課題。
 
久しぶりのロードワークやジム通いで、軽い筋肉痛を起こしている。ナックルの皮膚はめくれた。今までだと皮膚はこれから固くなっていくのは分かっている。筋肉も鍛えられていく。走ることでの太ももの軽い筋肉痛は、ボクシングの動きでやわらぐから不思議。それだけボクシングが体全体でリズムを取って、バランス良く筋肉を使っている証拠だろう。
 
何でも続ける原動力は個人的な体験。バングラでの出来事もあるし、バンコクでの体験も大きい。バンコク滞在は4日しかなく、カオサン通りに泊まっていたが、試合と出来ればムエタイジムもどこか見たかった。クロントイにあるらしいジムへは行けなかったが(どこでも外国人がジムを探すのは難しい)、運良く、カオサンのすぐ近くにあった。もちろん期間も短いし、今回はバングラが勝負だし、ムエタイは見るのは興味があるが、まだしたいとは思わない。ボクシングで十分なので、見学だけ。1回だけなら500B(日本円にして1500円)と安くはない。でも、黒人の選手がいたり、東洋人がいたり、西欧人の練習生がいたり(場所柄外国人が多い)、練習そのものはけっこう本気だった。元世界王者のタイ人ボクサーもミット打ちに来ていた。ボクサーはさすがにリングシューズを履いているが、ムエイタイは裸足。オープンエアー(路地とプレハブ室内の半々といった感じ)で、大きい通りへの抜け道で現地のおばさんや外国人旅行者が通り過ぎたり、足を止める者も多い。一昔前の日本の各ジムといった感じである。雰囲気はどこのジムも変わらないと思うが、暑気はとにかく暑いと思うし、休憩中に飲んでいる水もあれは大丈夫なのかと思ってしまう。それをタイの食事(ぶっかけご飯や麺)で各選手は乗り切って、エネルギーを出している。そう思うと、自分は恵まれているし、環境がいい分もっとやれるのではないかと思って見ていた。
 
目は極端に悪いし、もう32歳だし、プロにはなれないし、そこまで追い込む必要はないのだが、生きがいという意味では十分だ。どうしてもまだまだフットワークの時に足がバタバタしてしまう。足さばきや左右の動きが難しい。清水さんの様な華麗な(世界級だとやはりすごい)とは行かないまでも、C級ボクサーでも、すごい軽やかだ。あんな風になったら、写真を撮る時でも生きて来るし、できるだけ近付きたいもの。
 
写真は撮る時は肉体と直結しているが、撮ったら完全に離れる。続けている人じゃないとなかなか分からないし、上手く表現できないのだが、 写真を撮った後のまとめたり見てもらう段階では肉体と精神のバランスや拠り所が欠ける。 すぐに発表できるわけではないし、ずっと潜伏期間が長かったり、お金もないし、その間は不安になったり悶々と過ごしたりする。例えば個展を開くにしても、一年後にやっと開催に漕ぎ着けた作品でも、その作品は以前に撮られたものだ。人の気持ちは常に流れ、作品と今の自分の気持ちとが多少食い違うこともある。写真が勝手に一人歩きすることもある。自分の思う様に写真を見てもらえないことも、上手く伝わらないこともある。そういう時に家に籠もっていたり、何か体を動かしていないと、下手したら精神的に不安定になりかねない。歌手や俳優やお笑いなら肉体で直結して表現できるが、写真家(小説家、画家、何かを介して表現する者)は発散できない。
 
ボクシングを続けているが、だいぶ助かっている。日本では今の所すごい撮りたいものがないので、そういう場合は無理して撮らなくていいし、次のアジアへの撮影旅まで、ボクシングに磨きを賭けたっていい。下北のジムは基本に忠実だし、アットホームだし、居心地もいいし、家からも遠くない。人は怠惰な生きものだから、まずフリーの強くなるボクサーなんていない。トレーナーや指導者が教えてくれるし、プロや同じ様な練習生がいるから、強くなろうと体力を付け様と頑張れる。
 
ボクシングと出会わなかったら、写真も完全に辞めていただろうし(今でも止まったりはするが、一応続けている、リングには立っている)、実家の名古屋へも早く帰っていたかもしれない。写真やボクシングを続けていると、肉体が資本だから食事にも気を使うし、どこか最低限の稼ぎ場所(アルバイト)は見つける。1年1年が勝負だから、ずっと続けられる保証はないが、何も法律に反したことはやっていないし、テレビやゲームで無駄な時間を過ごしているわけでもないし、まずは何らかの結果で人は向いてくれるが、自分なりに頑張れば絶対に背中を押してくれる人がもっと出て来る。
 
今の時代、女の人よりも男の人のほうが、職場でリストラの不安を感じる様だ。男は仕事(一般的な会社)が生きがいであり、それを失うとと思うと、今までやって来たことや存在意義や拠り所、自分そのものを否定されると思うのかもしれない。女の人の方が柔軟で、リストラに遭っても、また次があると前向きに思うのかもしれない。
 
僕は早くからリストラは経験している。長く正社員で勤めていて貢献して来たのに、突如として解雇された方がダメージが大きいかもしれない。個人差や何を人生の優先順位に
するかなどの価値観の問題だから何とも言えないが、趣味や仕事以外の生きがいはあった方がいい。こんな時代だから急で理不尽なリストラに遭っても、逃げ道を作れる。最悪の人殺しや自殺はしない。
 
不安は誰でも付き物だ。趣味も仕事にしようとすると、永遠に続かないし、大変だ。写真だけなら不安で頭がおかしくなりそうだ。でも、運動で不安を半減し、自信になる。行けそうな気がする。
 

ボクシング始動

コメントをどうぞ

戻って来てから、4日間ロードワークと、今日からジムに再び通い出した。休部扱いなので、名前も残っているし、差額を払えばすぐに始められる。
 
バングラの撮影では、極力歩く様にしていたし、道が凸凹だし、人やリキシャがあまりにも多く突然後ろからローカルバスが轢く様に通り過ぎたりするので、まっすぐに歩けない。常に緊張感を持って、障害物競走の様に歩いたりする。インドでも同じだが・・・。コックスバザールでは砂浜海岸を歩いたりもした。ここでは人と肩がぶつからずに、とても歩きやすい。
 
けっこう歩いたつもりだが、走ったり、ボクシングとは使う筋肉が違う。軽い筋肉痛になったが、続ければ、良くなって行きそうだ。走りやすい街はいい。東京と言えども、日本の空気は美味い。ダッカでは、とても走れない。空気が汚れていて走ったら呼吸器に障害が出そうだ。この前の北京でもそうだし、インドのデリーでも、国際的なマラソン大会があるのに、大気汚染がひどい為に、敬遠するマラソンランナーも多い。スポーツ選手であるほど、呼吸器や心肺機能は非常に敏感なのである。ダメージが受けやすい。32歳ともうおっさんだが、一応長年ボクシングを続けている為、行く前にスポーツジムで量って貰ったら、一般よりも高くスポーツ選手に近い測定が出た(もちろんプロアスリートには及ばない)。
 
写真をまとめる前に、まずは、肉体のメンテナンスから始めている。撮影旅に出ている間は、数ヶ月のブランクはあるが、ボクシングジム通いは今年で5年目になる。今回の旅から戻って来て、「もっと鍛えないといけない、強くないといけない」と背中を押された気持ちだ。
 
まず、バングラから無事に戻って来たこと。日本よりも死んだり、事故に遭遇する確率が高い。日本ではすぐにはまず死なない。のどや腹が痛くなったりしたものの、回復し今の体調は万全だ。昨年の様にインドから変な菌を貰って来た感じもしないし、病気の感じもしない。一時でも体調は崩したので、鍛えないとと思ってしまう。
バングラだと働く人(住んでいるだけでも?)は過酷で、そういう人をずっと見て来ると、「じゃあ、お前は何だ?」と自問自答してしまう。例えば、レンガや砂を運んで真っ黒になっていたり、人力(荷車)で鉄や重い物をこれでもかと積み、轢かれそうな路上を裸足やぺらぺらのサンダルで運んだりする。野菜や魚を大量に載せた籠を頭に乗せて、走って何度も行き来したりする。それが小学生ぐらいの子供も多い。サイクルリクシャーの男も、年配の方がいるし、人や物を運んで何キロも走る。それがあの空気の汚れているバングラデシュで行われているということもすごいし、お金もないから、ダールや小麦のパンやチャイで済ませたり、たぶんほとんど食べない人もいる。そうじゃなかったら、あんな痩せ方しない。インド圏では、ごく有り触れた光景だし、何度も訪れているからある程度は慣れているものの、日本に戻ってからしばらくはやはり強烈だ。
 
後、今回はチッタゴンよりも少し奥のランガマティやバンドルボンも訪れた。そこはミャンマーとの国境であったり、政治的に微妙な地域なので、軍隊が多い。暮らしている一般の人達はやさしいし、普通だが、軍隊の訓練を見ていい感じになる人はいない。新人の兵らしき人達が集団で山を歩いたり、腕立てや、ジャンプしたり、銃を剣に見立ててトレーニングをしている。それを見守っている赤い腕章を巻いた若い幹部らしき人物の何と精悍で、何の恐れもない様な顔付き、仕草、佇まい、雰囲気を見た時、もっと鍛えないとと思った。それがバングラの食事や環境で続けられているというのもすごい。比べたら、何て自分は臆病で弱く儚く、恐れが多いのだと知る。もちろん写真には撮れていない。
 
それに、(軍関係と離れて)自分が撮りたいと思う被写体になるべく近付きたいもの。
 
日本だと物が豊富。たった1ドル(約100円)でも、野菜や果物や豆腐や納豆やビン詰めやインスタントや様々な種類のものが買える。静かだし、生活環境もすごくいい。
 
写真家やボクサーは、長いブランクがあると、ついオーバーワーク気味になってしまう。戻って来てまだ1週間も経ってないから、少しオーバーワーク気味(運動に関して)で、もっと休んでも良かった気もするが。
 
もう病気じゃないし、体調もいいし、できるだけ鍛えたいから。今回の旅で挫折や経験したことを思うと、とても運動せずにはいられない。自然と思考がそっちに向いてしまうし、自分の今すぐにやりたいことだし、体が自然と動いてしまう。
 
写真は自分の力だけではどうしようもならない時もある。でも、自分の体調管理やボクシングはその気になればすぐに成果が出てくる。
かと言って、写真が最後には一番やりたいことだし、諦めているわけではない。ただあまりにも長すぎる。健康もボクシングも写真の通過点。

Older Entries