明日出発

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いよいよ明日出発だ。
 
撮影旅に出る前は、いつも、「何とかなる!」「やってやる!」「信じる!」など希望の想いと、「こんなことを続けていいのか?」「将来はどうなる?」など不安の想いが重なって、
独特の期待や緊張感がある。
ボクシングをしたり、けっこう勇気のいる写真を編集者に見せたりする前に経験するものともまた違った感じだ。
 
10年以上もこうしてアジアの旅を続けているのも、やはり独特の緊張感が好きなのかもしれない。
自宅を出た時の開放感は気持ちいい。今の時代、永遠の旅人にはなれないし、全てを捨てるとまではいかないが、
いったん職や退路を断ち、リセットをし旅に出るのは、どこかで出家する様な感覚もある。
清清しいのである。今の時代、社会と繋がったり、打ち勝ったり、自分を磨くには、旅をするだけではなく(旅をするだけは意外と簡単だし、そんなに広い世界を見てなかったりする)、
自分にとっての強みや本当にやりたいことにぶつかったり真摯に向き合う必要がある。先進国の急速な流れに無理に付いて行かなくてもいいし、世間体や周りに流されない様に、ぶつかったり、悩んでもいいのである。
自分にとっての表現である。表現は、出家に比べれば遥かに邪念だが、往年のブッダの様に人生を理解していなければ、神に達する年齢でもなければ、
そんなに強い精神や肉体の持ち主でもない。弱いから少しでも強くなりたいのである。
自分や世界を少しでも理解する為に、表現をするのである。
 
僕にとっては、写真だ。ますます旅も写真も続けるのが難しくなって来るが、たとえ発表の媒体がなくなっても
認めてくれる人がいなくても、たとえ最後の一人になっても、永遠の孤独や貧しさや病や肉体労働に耐えたり孤軍奮闘するぐらいの意気込みが大切だ。
 
まずはコツコツと少しでもいいから前に進むこと、リングを捨てないで続けること。
まずは40歳まで後10年、一年に一度のペースでいいから長期の撮影旅に出て写真を撮ること、アジアの撮影旅は体力もエネルギーも使うし、
もっと年老いたら今の様な動きが出来るか分からない。
後悔する前に夢を追う、続けられるまで頑張る。
 
また長くなったが、明日にはバンコクに着く。
数日して、バングラデシュだ。バングラデシュには日本語の環境の整ったネット屋がないと思う。
4年前は探しても見つからず、かろうじて英語でホットメールにログインして、英語で書き込みしたものだった。
バングラデシュは豊かではないし、発展とは無縁だから、今もそんなに変わらないと思う。
最悪の場合は、40日ほど音信不通になると思うが、悪いニュースがなければ頑張って続けている。
運は強い方だし、旅の運は人一倍ある。何かの業だし、呼ばれているし、ずっと続けられるのも、
様々な人や運のお蔭。
 
いい写真を撮れる様に頑張ります。
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出発前のリラックス

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久しぶりに銭湯に行った。旅や写真を続けるようになってからは、銭湯のお金も節約している。以前は350円ぐらいだったのが、今では450円だ。割高感を感じてしまう。出発前と後の湯船は格別だ。アジアの旅に出れば、場所によっては、ずっとお湯が使えない日が続く。ホットシャワーさえも貴重なのである。まして湯船に浸かることは・・・・今の旅のスタイルならまず無理だ。
 
最近妙に体重が気になる。もっと自己管理したいと思うのか、銭湯にはでかい体重計があるので、助かる。ボクシングジムにも体重計があるのだが、昔の秤なので(一度プロボクサーにざっと教えてもらったのだが)、いまいち分からず、正確に量れていないでそのまま来てしまっている。
 
66キロだった。プロではないし、減量もないし、病気の免疫力を落さないように、練習後も普通(栄養を考えて少し多め)に食べていた。ボクシングの運動はハードで、一度の練習で1,2キロ以上は落ちる。激しい運動をした後で、普通に食べれば、筋力も付くし太っていく。ボクシングを続けて体を壊さない為には、食べる必要があった。1年間は写真屋で働いていて、そんなに体を動かさないからそれも体重が増えた原因だろう。その前の肉体労働をしていた頃は、たぶん60キロ前後だったと思うが、無理がたたって、肺の病気になったとも思う。
 
撮影旅に出るには、ある程度の体重も必要である。栄養を蓄えておく必要もある。重い荷物を運んだり、フットワークを生かして写真を撮るには、肥満にならない程度に安定する必要もある。体調管理という意味では、プロボクサーに少し習って、セオリー通りである。
ボクシングの練習を止めてから、少し量を落している。
 
タイなら食事にはまず困らない。お手頃な値段で日本食もある。バングラデシュに行けば、日本食はまず食べられない。カレー中心で、良くてごくたまに中華だ。チキン、魚、卵、野菜カレー(なす、オクラ、ジャガイモ、ほうれん草など基本一種類のカレー)、ビルヤーニだが、現地レストランによっては、種類がごく限られてしまう。 もう慣れているし、なかなかそれはそれで美味しいのだが、やはり根っからの日本人だからどうしても体の芯まで 吸収されていない気がする。日本人の様に種類の多い物をバランス良くではなく、一つの物でライスを大盛りと言った感じだ。質よりも量なのである。
 
写真を撮るには、知らない間に何時間も歩いたり、待ったり、(撮らないと分からないかもしれないが)、意外とエネルギーを使う。バングラデシュは人も埃も多いし、道路は凸凹だし、けっこう歩きにくい。質よりも量の食事だと、しかも日本人の食文化に完全に合わないものが続くと、必然と体重が落ちる。
いつもは正確に体重を量ったりしないので、今回の密かな楽しみである。毎年の経験と予測が確かな結果となるか。
 
66キロから、62,3キロになれば、セオリー通りである。
 
話が大きくそれたが、銭湯に行ってリラックスできた。
 
一度病気に罹ると、何もかもに慎重になる。それを乗り越えれば、もっとがんがん行くし、大胆になる。
 
もう後10年以上定期的に写真を撮り続けるには、プロボクサー並みの、写真家に置き換えた自己管理が必要だ。
 
こんな時代だ、組織やチームプレーではない、個人の肉体が勝負で、自由業で、ますます肉体的にも精神的にも追いやられる・・・
それらを乗り越えて根気良く続けていくには、写真を離れた時の時間の過ごし方が大切かもしれない。発表の媒体も少ないし、旅や写真には経費がかかり、
離れることの方が多い。
 
大きな病気で倒れたら、そこでおしまいだ。
 
医者でも、職人でも、会社員でも、派遣社員でも、まずは己の肉体と精神の強さと、
自分の中の哲学や何を優先するか、本当にやりたいものや底力や意地みたいなものが大切だ。
写真家というのは、物質的に貧しいというのもあるし、けっこう周りの影響を受けやすいから、
周りに流されない勇気も時に大切だ。
 
すべてを乗り越えれば、真の意味での、ラスト・フォトグラファーになれる。
後、30年以上はいる。死というのは、芸術家を影から光に、極端に導いたり、時を経て周りが英雄視するが、
写真家は少し違う。
死んだら何もかもが終わるし、「悲劇のヒーローにだけはなるな」
 
そこまで肉体も精神も持つのか、自分でも分からないが、続けられる様にあがいたり、自分なりに努力はしたい。
まずは信じることだ。少しでも頑張って続ければ、時が解決してくれる。誰かが見てくれている。

とことんまで続ける

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昨日でいったんボクシングの練習は終了。今月は15日間通ったことになる。
根気よくここ一年は週平均4,5日ペースで練習した。
 
撮影旅の直前は、拳や足の筋を痛める危険性もあるし(継続している運動だからまずないと思うが・・・)、少しでも続けていることが大切であって急に頑張ってもたいした成果はないと思うし、
出発日までの2日間は、最終の準備と体調を整えることに専念する。
 
本当にボクシングの練習はエネルギーがいる。頭でも知識でもない、肉体だけが全てだからだ。
 
アフガンに入れなかったこと、恐怖を和らげたり、勇気付けたり、何か格闘技を持ちたいとか、写真を続けていると波が激しく自信になる別のものを持ちたかったこと、周りに流されない自分自身のものを持ちたかったこと、悶々とした思いやストレスを解消すること、痛みを理解すること、ボクサーのやっていることを見たり知ること、ハングリー精神を養うこと、これから40代に向かって体力が間違いなく衰え少しでも食い止めること、旅に出ていれば何が起こっても可笑しくなく、いざとなれば自己防衛をしなければならないこと(それだけ写真を撮るという行為は人によって傷付け、旅だけよりもリスクが上がること)、重い荷物を持つ為に筋力を上げること、写真を撮る為に反射神経を磨くこと、などなど、始めたきっかけはいろいろとある。結局は理屈抜きで、「それが本当にやってみたい、続けたい」だと思う。
 
続けている人なら分かると思うが、つらいがボクシングは楽しいのである。そして続けていると、とても難しく、奥深い。完璧な答えなどなく、写真と通じるものがある。
 
ボクシングのジャブ(インパクト)は、カメラのシャッターを押す時(インパクト)に似ている。いい被写体やいい瞬間に巡り合った時に、「バッ!」と撮る時があり、それは陸上で言うなら短距離で、ボクシングのフットワークや反射神経が生き、長期の撮影旅なら「バッ!」「じっくり」が積み重なって体力勝負のマラソンの様になる。ボクシングのトレーニングは反射神経も体力も磨けるから、写真にとても役に立つ。
 
ちょうど一年前に肺結核が判明した。半年間抗生物質を飲めば間違いなく治るが、肝臓の数値が上がるなど、副作用が心配だった。薬を飲みながらも、ボクシングの御蔭で大丈夫だったが、やはり「また再発するか?」と心配になり、逆療法(荒療治)で自然とジムに通う日が増えた。増えても大丈夫だった。それだけ自分の肉体に自信ができた。
金銭的なこともあるし、肉体的に見ても、次回の撮影旅に出るまでに最低一年は必要だった。
 
何だろう?、でも、まだ一年という不安もあるし、慎重に慎重を重ねる。だから今回は半分の45日間という思いもあった。バンコクの空港で一夜を明かして、次の日にすぐにダッカにという予定もあったが、そんなに焦る必要もないし、病気の再発も心配だから、バンコクに4日ほど滞在することにした。
 
タイは好きな国の一つで、バングラデシュよりも旅が過酷ではなく、徐々に体を慣らせていきたい。タイは3,4年ぶりだが、久しぶりにカオサン通りを見たいものである。
 
カメラや写真と出会ってなくて、長期の旅だけならタイならムエタイ、インドならヨガやカラリパヤットを学びたいものだが(話の種になるし)・・・今回はバングラデシュに撮りたいものがあり、時間がないので、ムエタイを見たり写真の練習を出来たらしたい。昔ならタイでは貧しい者は、男ならムエタイ戦士、女子なら娼婦だったと言われている。日本よりもまだまだ貧しい部分(貧富の差)は残っているので、今の時代でもあながち完全に否定はできないと思う。
 
まずはジムを見るだけでもいいし、写真に繋げられたらそうする。ボクシングを経験していなかったら、まさかそんな方向に行くとは思わなかった。まずはその時興味があったり、見たいものを見る。
 
名前で恐縮だが、自分の名前には「武」と「弓」が入っている。どちらも何か武士的で攻撃的な感じがする。気のせいだが、昔の人や場所や格闘技や、何かしら闘っている人や過酷な風土や少数派に惹かれるのは事実だ。
一般的なヨーロッパやハワイを選ばずに、もっと過酷なアジアの旅を好んで通い続けている。
 
前世がインド圏や東南アジアなのか、普段は平和を求めているが(体も性格も強くはないし)、奥底には冒険や闘争のDNAが流れているのか・・・・旅前にはどうでもいいことも考える。
 
ボクシングは毎年のことながらいったん休部するが、また日本に戻ったら、なるべく早く再開したい。
 
写真もボクシングも本当にやりたいことは、とことんまで続ける。
 

全てを旅に、写真に。

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自分の非力やふがいなさが一番だし、あまり他者のせいにはしたくはないが、出版業界は落ち込み、写真家にとっての唯一の発表の場が増えることはなく、かと言って写真家人口は変わらないから、競争率は激しくなるし、写真を作るコストは上がっている。誰もが感じることだが、上手く回っていないし、悪循環だ。
でも、たとえ遠回りでも、不器用でも、信念は貫きたい。
愚痴や嫉妬や焦りは禁物だし、迷ったら、自分のペースや感覚を信じればいい。何もかもまずは自分を責めればいいのだ。深く受け止めながら、どんな状況でも楽しめばいい。
 
どうしても旅に出ている間の空家賃が足りなくなる。空家賃の分を撮影旅に回せれば、もっとじっくり撮れるし、もっと肉体的に負担のない旅が出来る・・・と思うこともしばしばだが。東京に出て来て選んだ道だから自分の胸に仕舞い込む。
 
大家さんに相談して・・・と思った矢先、母が家賃の1か月分を振り込んでくれた。いつもつらかったり、挫折しそうになった時に、困った時に、ここぞという時に助け舟を出してくれる。僕の人生は借りでいっぱいだ。何年後、何十年後になるか分からないが、必ず何かしらの恩返しはしたい。
 
空家賃と(今の僕には写真しかないので)気に入っている大きく焼いた写真を2枚、大家さんに届けに行く。大家さんから餞別を頂いた。「頑張って!」というメッセージと共に。
 
どうしても自分一人で頑張らなければ・・と思い、ずっと孤独に耐えたり、旅の直前まで雑誌の仕分けという肉体労働を続けて挙句の果てには肺結核になったり(それが昨年だ)、そういう自分の中での限界を理解した上で、頑張って続けようとすれば、どこかに背中を押してくれたり、助けてくれる人がいる。もちろん甘えすぎてはいけないが、人間は一人では生きていけない。誰かに支えられて生きている。
 
全てを踏まえると、自分一人で旅をしたり、写真を撮っているわけではない。
様々な人の感謝の気持ちを忘れずに、謙虚な姿勢は忘れずに、頑張って写真を撮りたい。
 
旅行という気持ちや、旅先で遊ぶという感覚(リラックスする所はリラックスをして、集中する所は集中する)は、写真を続けようと思ってからは薄れている。撮影修行旅や、何かを経験したり学び取るという気持ちが強い。旅は写真の勉強の場である。旅行では社会と接点がないが、写真によってかろうじて社会と結びついている。弱いから、孤独だから、どこかで救って欲しいから、少しでも社会と結びつきたいのである。写真は世間一般で言ったら影響力は少ないから、背かれっ放しだが・・・・。でも可能性を信じている。
 
全てを旅に、写真にぶつける。魂の籠もった写真を撮りたいものだ。
「己の肉体は壊れてもいいから、いい写真を撮りたい」と言える様に。
 
ただ旅の鉄則は、(様々な人の感謝の気持ちを忘れないならば)、まずは無事に戻って来ることだ。
 
ただ写真家の端くれであるならば、ゴキブリや、ドブネズミや、4回戦ボクサーの様に、どんなに叩かれても、這い上がる精神が欲しいし、少しでもそんな気持ちを持ちたい。
 
土門拳さんの様に、脳梗塞で倒れながらも、写真を追い求めた様に・・・・
一ノ瀬泰造さんの様に、恐怖を撥ね退けながらも、撮りたい場所へ突き進んだ様に・・・・
 
いつも不安に陥りそうになった時に、今は亡き偉大な写真家のことを思う様にしている。
 
いったん旅に出れば開き直れるのだが・・・旅に出る前の数日前というのが、妙にそわそわするし、いらぬ心配をするし、精神が定まらない時がある。
やはり旅に出るということは、非日常の世界に入ることであり、「死」に近付く行為であるからだろう。
 
非日常の世界に入れば、今までは知らなかったそこが日常の世界になることであり、同じ人間が暮らしているし、自分も理解する。
 
わずか32年の、非力ながら、今までの経験を踏まえると、人間はどんな状況でも何とかなるのである。 

旅モードへ突入

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バングラデシュビザを取った。申請してから翌日には取れるし、無料なのがうれしい。
 
10年分の思い出の詰まったパスポートは終わった・・・新しいパスポートを使い始めることになる。
まだバングラビザのみであり、心機一転いう感じだ。これから10年、どんな旅ができるのだろう?
まずは1年、1年、コツコツと積み上げていく。
 
この間まで勤めていた写真の現像・プリントをする会社は辞めた。定期社員扱いであり、いったん辞めてまた戻る頃に空きがあったら、入ってもいいということだが・・・2ヶ月先のことははっきりと分からない。旅の用意をして1週間、出てから1週間と、戻ってからの1ヶ月は特に苦労する。いったん少しでも生活を安定させないと、写真の現像はおろかプリントもまとめることもできないし、ボクシングも再開できない。病や怪我をもらって来たらそれだけマイナスの再スタートになる。不況の波や、社会の閉塞感を年々感じるし・・今年も苦戦しそうだ。時間が解決してくれると信じて、何事も前向きに考える様にする。
 
不安は完全には消えないが、会社も辞め、何もかもをリセットすると、もう後戻りはできないし、潔い気持ちにもなる。安定や同じ職場や権力にしがみ付こうとすると、嫉妬や差別が生まれるし、感覚が鈍る。旅は自分を不安定な状態に追い込むが、生きているという感覚を取り戻せるし、写真に生きて来る。
 
毎回撮影旅に出る前は、旅先の安宿(特に旅行者のいない国や場所)でも、いつも最悪の場合は想定している。覚悟もしている。旅に出るということはある程度のリスクが必要だ。
想定しているが、心のどこかで無事に戻って来ることも分かっている。
 
今回の旅の期間は45日間。いつもよりも短いが、最低のラインだ。少なくとも写真を撮るには1ヶ月以上はいる。まず最初の2週間で旅に慣れて来る。時にはお腹やのどが痛くなったりする。通過儀礼を経て、3,4週間目で写真が撮れて来る、視界が広くなったり、もっと開き直ったり、恐怖が和らいだり、相手が許してくれたり、人との距離感が縮まって来る。
 
フィルムは勝負のフィルムが111本、頂いたり、寄せ集めたものを合わせると、全部で131本になる。カメラとレンズは2台ずつ(未だにニコンF100が2台と同じレンズ)。ストロボは今回初めて持って行く。電池は約50本。余分なものは持って行かない。まずはそれらだけを鞄に詰めて、後はこまごましたものを詰めるだけ。最悪の場合はカメラとレンズとフィルムと電池だけを持って行けば、残りは現地で揃えられる。
 
僕にとってはデジタルカメラや最新の機材は今の所必要ない。まずは旅に集中したいし、純粋に楽しみたいし、自分や世界のことを考えたい。撮ったものをすぐに振り返りたくないし、フィルムという形で残したい。自分や様々な世界を少しでも理解したいし、見つめたい。
 
本当だったら、興味のない今部屋にある衣服やこまごまとした物を全部貧しい子供にあげたっていい。流行や高い物は持っていないし、傷んでいる物も多いけれど、もらえるだけでも、貧しい子供にとっては幾らかは有り難いはずだ。
 
カメラや写真があるから、今の所、現実的には無理だ。
 
でも、非力でもカメラや写真にしかできないことが必ずある。
 
まずは旅をすること、いい写真を撮ること、究極は感動したりされたり、慈愛の写真だ、喜びや悲しみやその時の熱を閉じ込めた写真だ。
 
やはり写真を撮ることしか考えていない、撮った後の現像のことも、プリントのこともとても手が回らない。
今回の撮影旅が終わるまで、今あるなけなしの貯金を切り崩していくし、滞在費を極力抑え、節制していく。
 
貧しいことは、無名であることは、いい写真を生む。旅が終われば、貯金はもちろん零だ。あらゆる意味において、リセットできる。
 
 

趣味を越えたもの

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知り合いであり、いつも応援して下さる方とお会いする。多少のフィルムを頂いたり、また別の方から思いがけず餞別を頂いたり、
とてもうれしい限りである。感謝して感謝しきれない。
 
芸能人の様に有名ではないし、ごく個人的な活動だが、背中を押してくれる人が一人でもいると、それがとても励みになる。
 
写真を続けていると、上手く発表できない日が長く続いたり、いろいろと悩むことがある。
 
最後は自分の為でもいいと思うと同時に、様々な人の支えがあって写真を続けていられると深く実感する。
 
自分の為だし、社会の為でもある。
 
何でも最初は趣味から始める。続ける内にとことん好きになって(嫌になって一時は離れるが・・・)、ずっと続けようと腹をくくるし、
「好きこそものの上手なれ」「継続は力なり」「石の上にも3年」という言葉がある通り、続けていくうちにいい結果に結びついたりする。
少しでも認められれば、「あいつはしょうがないなあ・・」でもいいし、「何かを持っている」でも、何かしらの気に留めてくれる人や、
思いがけず気付いて応援してくれる人が出て来たりする。写真の世界は地味で、そんなに広くは浸透しないけれど、
気付いてくれる人がいるだけでも、有り難いし、良かった気がする。
 
確かに旅行だけでは自己満足だ。ただその経験を生かして写真を撮ったり、現地と同じ様な生活をしたり、もっと冒険的な旅をしたり、日記を書いたり、小説を書いたり、人によっては音楽でも何でもいいし、
旅プラスアルファで、何度も通い続ける中で、趣味を越えたものになったりする。そういうことが、人に認められたり、社会と結びついたりする。
アジアには日本よりももっと多くいる世間一般で言う社会的弱者でも、無名の人でも、(もちろんどこの骨とも分からない自分でも)ふとした拍子に存在に気付いてくれたりするのがとてもうれしかったりする。
 
沢木耕太郎さんでも藤原新也さんでも、まずは誰でもない、普通の旅人から始まる。そこから学び経験したことから作品に繋がっている。最初はアジアの旅だけでカメラや写真と出会わなかったし・・・・。
これから旅を始める人でも、まずは自分の本当のやりたいことや、自分探しからでもいい。また別のやりたいことが見つかるかもしれないし、自分にも言い聞かせている。
(たぶん写真以上のものはないと思うが・・・)
 
そして迷ったら、ごくシンプルな考え方でいい。
「行きたいから行くのである」
「撮りたいから撮るのである」
 
旅人と写真家の鉄則だ。
 

次回の旅へのシュミレーション

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今日もジムへ。全部で20R、筋トレ、2時間ほどトレーニングをする。
その内の3Rをトレーナーとマスの要領でパーリーからジャブやコンビネーションや、攻撃と防御の兼ね合いなどを教えて頂く。とても役に立つ。
 
夜、40分走り、20分また筋トレとシャドーをする。
 
まずは足元と言うか、体力を見つめ直すことから全てが始まる。最低限の生活は必要だが、1ヶ月に幾ら稼ぐとか、年収とかはあまり関係ない。目先の利益に囚われすぎると、自分を見失う。
現実的な貯金(お金)もあるが、夢への一歩と言うか、理想的な貯金(体力、趣味、旅、ボランティア、勉強など)もあると思うのだ。
 
理想的な貯金は無報酬だが、絶対に何かに生きて来る。どんなに先かもしれないが、いつか点と点が結び線になり、花を咲かせる日がやって来る。
 
例えば今日だったら、3時間ボクシングや運動をすれば、無報酬で自分から追い込み率先して行動したことも含め時給1500×3(あくまで想像だが)の価値がある。現実的なアルバイトが日給で8000円だとしても、12000円の価値がある。写真を撮ったり、ボランティアをすることも同じだ。
 
30代で世間の目や同じ年代の周りの生活が気になっても、そういう風に考えればいい。職場の様に人間関係などのストレスはないが、運動量的には勝っているし、怠けているわけではない。
 
もしこれからずっと会社員で生きていくなら体力や様々な経験など必要ないが、写真家として自由業的に生きていくなら、どうしても避けて通れない。
 
カンボジアのゴミの山の様な所へ再度行ったら、写真を撮るだけでもボクシングのスパーリングぐらいのつらさがあると思う。将来どんな所へ行くか分からないが、これから40代へ向かっていくなら過酷さは倍増する。でも、写真を撮りながら、倒れるわけにはいかない。それは自分や社会に負けたことになる。日々トレーニングに励んでおけば、基準が分かる。知識や机上の論理は後から付いてくるが、体力や本能は戻らない。
 
だんだんと寒くなり真冬になって来ると、昨年の結核が再発するか心配だった。寒さが何よりの天敵だ。普通に寒い夜を走っているが、今の所大丈夫だ。次の日、ちゃんと回復する。昨年はずっと疲れが溜まっていく感じで、やはり病気だった。慎重になるが、1年も経てば、もう病気ではない。
 
ボクサーでも、写真家でも、冒険家でも、ミュージシャンでも、一度病気になったり、いじめられたり、社会から認められなかったり、何らかの挫折をした人の方が、強くなれる。弱い部分も理解できる。
 
もう体力的には、病気の前よりも強くなったと思う。
 
後は、次回の旅へ行くだけだ。写真を撮るだけだ。でも、まだまだ不安だし、慎重になるから、ボクシングのトレーニングは直前まで続けていく。旅が試合なら、少し筋肉痛ぐらいがちょうどいい。
 
バングラデシュに行くこと(最初、少しバンコクに寄る)だけで、具体的な旅のスケジュールも、宿も、いつものことながら決めていないが。持って行くものは、毎年同じなので、シュミレーションできている。
 
4年前はダッカを離れて、幾つかの街を移動したが、今回はダッカだけでも最悪いい。ダッカだけでも十分面白いと思う。
 
そんなに時代が急速に流れていないことを願うばかりだ。インドよりものんびりとしているし、人もすれていないし、バングラデシュならまず大丈夫だ。

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