来年に向けて

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足繁く通っているジムが年末年始休暇に入った。今月は16日間通うことが出来た。もう今年も終わろうとしている。
はっきり言って、今年一年は自分の写真を撮ったり、まとめたり、持ち込んだり、発表したり、仕事らしい仕事をほぼしていない。
今の時代、写真だけで食べて行けるほど甘くはないし、運やタイミングもあるし、自分の力不足や肉体的精神的物質的関係もあるし、永遠に続くかもしれないし、
いい経験になっていると前向きに考えたい。
 
ボクシングに肉体的にも精神的にも救われた。前回のインドの2ヶ月の撮影旅から戻って、今までの疲労が蓄積されたということもあるし、免疫力が低下した時にすっと菌が入り込んだか、肉体労働の雑誌の仕分けがいけなかったのか、後ほど肺結核が判明した。早期発見で人に移るほどではなかったし、菌は自分の肺の中の問題だけで、半年間薬をちゃんと飲めば間違いなく治ると言われていた。
 
ひどい時は痰と咳にかなり悩まされたし、明日死ぬとも思ったし、とにかく自分がそんな昔の病気に罹るとは信じられなかった。病気と向き合いながら、自分の抵抗力を信じる日々が続いた。まず肉体労働とボクシングと写真は両立しないと考えた。一番の敵は工場の塵や埃だと考え、ボクシングだけなら体にいいと信じた。肉体労働の日雇い労働の様なアルバイトを辞め、同じアルバイトだが月単位でシフトを入れてもらえるまだ肉体的負担の軽い写真を現像したりプリントしたりする仕事に変えた。朝9時から始まって、18時か19時には必ず上がらせてもらって、別に人と飲んだり遊んだりすることなく、コツコツとボクシングジムに通っていた。
 
写真をまとめたり持ち込んだりすることが先決ではない、まずは何よりも己の肉体なのだと、基礎体力を戻すこと上げることなのだと切り替えた。別に今年一年は棒に振ってもいいと考えた。半年間毎朝10錠もの薬を飲みながらも、医者には内緒で毎日の様にジムに通った。薬の処方の半年間が終わっても、今度は薬がなくなってからの数ヶ月が不安だったが、同じ様に通っていた。悪くなった部分(心肺機能)は、逆に鍛えることで強くなっていくと信じた。
 
今年は、月平均17日、最低200日はジムに通ったと思う。もちろん最低の生活はあるし、それ以上アルバイトをしていたが。ボクシングは4年続けているが、重い病気に罹ったというコンプレックスもあったし、皮肉にも一番の練習量の年になった。健常者になりたい、もっと強くなりたいという一心だった。カメラや写真と離れた時(離れることの方が多い)にどれだけ自分にとっての強みがあるかも大切だし、32歳になってもまだまだ動けると確信し、勇気や自信をもらえた。もう一度肺結核にならないとは限らないし、今まで若くて経験していなかったことで、(何でも)旅や写真やボクシングをずっと続ければ、また違った病気や怪我になるかもしれないが、また何もかも信じるし、また治して復活する自信はある。今だったら、重いカメラバクを担いで、幾つもの山を歩いて越える自信はある(埃が多い所や人が集まっている所や汚い所は少しトラウマだが・・・自分の撮りたいものはそこにあるし、もう大丈夫だ)
 
今年一年は旅にも出られなかったし、何も出来なかったし、本当に棒に振ったと思う。でも、いい充電期間であり、準備期間だった(と前向きに考える)。基礎体力も戻ったし、来年からは何をやってもいいと医者からお墨付きをもらったし、自分なりにもGOサインを出せる。慎重になった分、開き直れる。
 
来年の1月31日にやっと撮影旅(今回はバングラデシュ)にこぎ付けた。旅を楽しんだり、全然撮れなかった分をぶつけたい。プライベートであり、仕事だ。年末は実家(名古屋)に帰りゆっくり休んで、来年からボクシングを再開して走ったりトレーニングをしたり日本で少し写真を撮ったり感を戻したい。
 
最後に、入院こそしなかったが、長期に渡る通院費を賄ってくれた両親には感謝してしきれない。一人でいっぱいいっぱいなのに、体調を壊したらとても一人だけでは生きていけない。いざという時の親の有り難味や慈愛をますます感じた。もし、昨年の年末に帰り僕の異常な咳を早めに感じ、母が「早く病院に行きなさい!」と東京に戻ってからも電話で何度も言わなかったら、たぶん最悪になるまで我慢していたし、その時の過酷な生活を続けていた。今度の撮影旅に出られたり、今の健康な自分がいるのも母のお蔭だ。誰でもそうだと思うが、母の感は鋭くて、支えになる。心配してくれた友人にも感謝したい。
 
休む時は休んで、来年に向けて頑張りたい。まずは健康と平和が一番だ。
少し早いが、今までのアジアの牛(丑)の写真を載せたい。牛にも喜びや悲しみや様々な表情がある。特にインドに最近よく行っているので、牛の写真は多い。牛はヒンドゥー教の聖なる動物だし、
農作業を手伝ったり、乳牛として、他のアジア各国でも重宝される。悪い大人にちょっかい出されたり、鎖に繋がれて寂しそうにしている牛を見た時は悲しい気分がしたが。
  
 
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まずは続けること

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今日も昨日と同じで、夕方ジムへ全部で19R,筋トレ腕立て110×3、腹筋50×3を行う。
夜、1時間ほどロードワークをする。一時は苦しいが、同じことを繰り返すことで、間違いなく糧となる。
いったん旅に出たら、毎日朝早く起きて写真を撮り続けることも一緒だ。
 
ボクシングのトレーニングを続けていると、ある人のことが浮かんで来る。
ボクサーであり、ドキュメンタリー写真家(彼の場合は報道写真家に近いが・・・)だったのは、一ノ瀬泰造しかいない。
 
4回戦ボーイ(今で言うC級ボクサーと思うが)だったが、いかに練習だけでも、プロライセンスを取り、一度でもリングに上がることが、
いかに厳しくてきつい世界ということが実感できる。
 
その時は同じ年ぐらい(26、27歳)ということもあったが、カンボジアに一度足を踏み入れて、その後、彼の「地雷を踏んだらサヨウナラ」を読んだ。
いったん写真を勉強して 再度全てを捨ててカンボジアに行こうと背中を押してくれたのは、彼の存在が大きかった。
カンボジアの特に子供の表情は素晴らしく、納得できたものだ。
 
月日は流れもう32歳になってしまった。何でも若さや無知の勢いというものがあるもので、時に素晴らしく、時に仇となる。もし同じ年ぐらいまで生きていたら、体力に衰えを感じ始めたら、同じ様にいろいろと悩むだろうか?戦場ではなくて、生活やもっと違った視点で撮るだろうか?
 
続けていると壁にぶち当たる。でも、たとえ下手の横好きでもいいではないかと思い始めて来た。一度でも撮った写真に手応えを感じたり、個展を開いたり、何らかの賞を頂いたり、他人が誉めてくれたりしたならば、リングを捨てるべきではない。
 
ボクサーで言うならば、以前はプロ受験資格が30歳未満だったのが、今は33歳未満と引き上げられた。ボクシング寿命の変化や、時代の流れで、今後は35歳やもっと引き上げられる可能性はある。ボクシングが好きで、決してボクシングを離れず、コツコツと練習していたものが、大きなチャンスを得ることもある。
 
写真家で言うならば、だいたいの新人賞が35歳までだった。35歳が一つの区切りだったと思う。それが、最近、全体的に年齢が上がり、39歳までというのを多く目にする様になった。経済的なこともあるかもしれないし、時代の流れや社会のニーズに合わせて、様々な道を歩む人がいる。会社員という枠ではおさまりきれない。
 
そうなると、どんなに遅くても自分のペースでもいいから、夢や理想や可能性を信じて、コツコツと撮り続けた者がある意味チャンスを掴む。
まずは続けることが何よりも大切なのだ。
 
今の御時世、続けるだけでも、つらいが。そこを何とか乗り越えたいと思うのである。
旅を続けたり写真を撮り続けたり残したり、ボクシングをマスターすることも、もちろん自分の為であるが、一ノ瀬泰造の心を理解したり、供養にも少しはなる。

愚直の美学

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夕方ジムへ。全部で20R、筋トレ腕立て110×3、腹筋50×3、2時間ほど練習をする。
夜、1時間ほどロードワークを行う。
 
プロボクサーではないが、今日一日は、足腰を鍛え心肺機能を痛めつけた。痰がでるが、運動によるものだ。もう悪性の菌はなくなったと信じたい。
様々な旅の経験や、蓄積される不安を取り払う様に、やはりもっと体力と反射神経を付けたいものだ。
 
パキスタンの山奥で、車がなくて、20キロも重いカメラバックを担いで歩いたこともあったし、ラオスの村で、行きは乗り合いトラックで遠出し、撮影に夢中になりすぎて気付いたら夜がふけて来て、帰りの交通手段がなくて途方に暮れたこともあった(山賊が出るという噂を聞いていた)。結局は通りすがりのトラックに乗せてもらい宿に行くことは出来たが・・・。若気の至りで、あの時アフガン(カンダハル)に入っていたら、今の自分がいないかもしれなかったし、どうなるか分からなかった。
 
少しでも遠くへ走ったり、少しでも強かったら、防げることはある。自分の体力を過信しすぎていたのは20代だった。32歳になると不安が増して来るし、もうあの時の様な動きは出来ないのかと思うと、自信を付ける為に少しでも鍛えたいと思ってしまう。
 
昨日の世界フライ級の内藤さんと山口さんの試合は面白かった。格闘技はボクシングに限る。妥協してキック、ムエタイまでだ。寝技や関節技は何だか潔くないし、邪道だ。プロを目指す者の2Rのスパーリングでさえも、すごい運動力と必死になって打ち合うのが伝わってくる。
 
あれだけの壮絶な打ち合いを11Rも続けるのは、並大抵のことではない。レフリーが止めに入っていなかったら、山口さんは死んでも立っていただろう。プロはシビアだ、負ける方を見ると、気の毒で泣けて来る。敗者の美学や、普通に考えれば拳闘なんてしなくていいのに、打算や計算ではなく、愚直の美学というものは必ずある。不器用でも、たとえ年収が低くても、闘う男はかっこいい。
 
34歳の内藤さんは鉄人だ。34歳になっても体力が衰えないというのは、とても勇気付けられる。
 
金子ジムのエース、清水さんが日本フライ級のチャンピオンを防衛した。間違いなく勝つと思っていたが、すごい人だ。後2回世界戦に挑戦できたら、33歳までに世界を獲れる。
 
運やタイミングもあるが、次に同じ様に内藤さんと闘ったら、勝つと思う。内藤さんに勝つには、清水さんの様なアウトボクサーで、判定までもつれさせることだと思う。
 
前回の様な闘いが御手本の様な試合だ。やはり清水さんはすごい人だ。

時期尚早

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旅や写真を完成させるのには時間がかかる。物質面でも、精神面でも、自問自答し、迷い、悩む。
 
完成させて何らかの形で発表となると、さらに倍以上かかる。何でも時機というものがあるが、写真や文章で発表となると、年単位になる。個展にもかなりの金銭がかかるから、まだまだ煮詰まっていないというのもあるし、まだ満足していないというのもあるし、最後の決め手にかけるのもあるし、いい巡り合わせがあるかないかもあるし、運やタイミングもあるし、下手したら5年以上はかかる。もっと下手したら一生終わるかもしれないが・・・。
 
同年代の写真家を見ていると、どうしても焦ったりするが、自分は自分だ。焦りはあるが、そんなに焦らなくてもいいと言い聞かせ、マイペースで行く。
 
多くの写真家や小説家を見ていると、いろいろな所を旅したり、経験したり、別に今やっていることが直接写真(進もうとする道)に関わらなくても、多くのことを見たり学んだ人の方が説得力がある。もしくは頑なに己の世界に入るかだ。
 
体力がある人ほど、生き残ってくるし、続けられる。つまり基礎体力だ。もちろん強い意志も必要だが。29ぐらいから極端に体力は落ちて来る。なるべく維持をしようと、30代は基礎体力向上も大切だ。
 
ベテラン写真家を見ていても、見た目が屈強そうだ。ドキュメンタリーの大御所であり、玄人向けのする野町さんもレスラーの様だ。ひょっとしたら若い頃は何らかのトレーニングをしていたかもしれないし、過酷な風土を歩くことで、徐々に鍛えられていったかもしれない。
 
いい写真を撮るということは、その土地に何度も訪れるという物質面も必要だし、体力も精神力もいる。それらがなかったら、途中で挫折ということになりかねない。年を老いていけばいくほど、だんだんとリスクが高まる。
 
ボクシングのトレーニングは、写真家のトレーニングにもなる。体は小さくても、フットワークを養い、フットワークで勝負できる。
 
写真を撮る前でさえ、まだまだボクシングに満足できていない。練習は毎日の様に通っているが、ロードワークは気まぐれだ。これじゃ、強くなれない。
 
変な妄想癖かもしれないが、芸術家枠のK1のトライアウトの様なものがあったら、一度はリングに上がりたいものだ。100%ないが、格闘技は男の憧れだ。
 
ボクシングを人に教えるぐらいにまではなりたいし、写真も続けていく。
 
必ずいろんなチャンスはいつかやって来るし、どんなに地味でも、どんなに遅くても、復活に燃える男というのはかっこいい。そんな風になりたいものだ。
 
何でも時期尚早である。
 
 
 
 

コツコツと

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今日もジムへ。全部で20R、筋トレ腕立て110×3、腹筋50×3を行う。
 
現在働いている写真屋のデジタル関係がストップした。端末がウイルスに侵されたらしい。フィルムだけの仕事になった為、仕事量が半減。定時は18時だが、1,2時間早く帰らされる様になった。扱いは期間従業員だから、今話題になっているトヨタやソニーなどで働いていた者とたいして変わらない。早く正常に戻ることを祈りつつ、このままでは来年の出発までに肉体労働か何かで補わなければならない。航空券はギリギリ買えるが、現地滞在費用に関わってくる。
 
一写真家でも、不況を実感している。初めて病気らしい病気に罹ったということもあるが、今回は45日で一カ国(バングラデシュ)、フィルムは100本前後になりそうだ。倍の100日、200本以上という年もあったから、個人的な業務縮小でもある。でも、行けそうなだけでも有り難いし、行きたい撮りたいという情熱もある。行くなら、今一番行きたい所で、4年前に訪れた所で写真の幅も広がる。時代や社会に対しての自分なりの比較になるし、個人的なリベンジにもなる。毎年1ヶ月の旅を10年続けても無駄ではない。
 
毎度のことながら、戻ってからの生活や撮って来たフィルムの現像・プリントのことまで回らないし、考えられない。撮って来たフィルムが一番愛着があり、命の次に大切なものだから(撮る前はカメラと未露光のフィルム)、すぐにどこかで働く。多少のリスクを背負ってでも、定期的に写真を撮らないといけないし、感覚も鈍る。
 
それにしても、人間も機械もウイルス(菌)に弱い。この世はウイルスとの闘いだ。経済不況といい、トラブルといい、何かのきっかけで会社はすぐに傾くし、下手したら倒産にまで追い込まれる。いざとなった時に会社や組織は弱くなり、舵取りが取れなくなる。大企業と言えども、今の時代は何があるか分からない。
 
情報多様化社会の影響が大きい。人も物も見えないもの(ネットなど)も、流動的だ。
 
どれだけ自分や身近な家族や友人を信じ、夢や大切なものが必要であり、時には周りに流されない勇気がいる。最悪の場合は、自分だけを信じるしかない。時が流れて、根気よくコツコツと続けていれば、何かしらの結果が出れば、理解者が出てくる場合もある。今は両親が最大の理解者だ。
 
旅や写真やボクシングを続けていると、まずは己を知るということがどんなに難しくて、大切なことか。
 
今は混迷の時代だ。最低限のバイトや仕事や生活は必要だが、自分のやりたいことを素直に貫き通すことが大切だと思う。
 
迷って、迷って、その道を亀の様でもいいから進むのである。遠回りも良し、無視されても、けなされても、馬鹿にされても、存在に気付かれなくても、良し。逃げながら自分なりに闘うのだ。

写真を撮ることの意味

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今日もジムへ。全部で21R、筋トレ腕立て110×3、腹筋50×3を行う。そればかりやっている訳ではないが、二重跳びがいつの間にか97回出来るようになった。ボクシングは自然とリズムを使うし、プロの様に華麗や強靭とはいかないかもしれないが、それなりのフットワークや体にバネが出来る。
 
肉体のバネは写真を撮ることに生きて来る。極論だと、前から銃弾を打ち込まれた時に、習慣でとっさにファイティングポーズをしたり、ダッキングをすることで、急所を守ったりはずすことで命拾いするかもしれない。目の前に焼き付いているミャンマーで亡くなられたジャーナリストの方を想うと、海外で写真を撮る者の一人としては他人事とは思えない。
 
「何故自分は旅をし、写真を撮るのか?」、写真を撮ることの意味をずっと考えている。非生産的で、非効率で、アルバイトや会社員で居続けたら、考える余裕さえもなくなる。
 
上手く書けるか分からないし、はっきりと分からないことの方が多い。
 
写真が好きなだけではとても続けられないし、これから先何十年とは続けられる自信もない。ただ自分なりに続けようと思う。旅行会社を首になって、写真を本格的にやろうとした時に、自分の中ではじけると言うか、本能的にピンと来るものがあった。もうこれから先素直に自分のやりたいことをやろうと決めたし、人生を見返したいし、海外の現状や報われない人を伝えたいし、時代や社会を見つめたいし、記録にも記憶にもなるし自分の足跡・写真を残したいし、一ノ瀬泰造さんやもう亡くなられた多くの写真家さんを思った時もあったし、様々な想いが交錯した。
 
さらに続けるには、自分自身だけでなく、ごく身近な人や、逆にもっと大きなもの(神や運命や輪廻転生など)まで行き着く様になるのではないか。己で言えば、夢半ばで終わったり捨ててしまったら、生きている意味がないし、一生後悔する、人はいつか必ず死ぬ。だいぶ前に清里の文章で書かせてもらったが、「写真を撮ることは生きること、生きることは写真を撮ること」。人間というものは、ないものねだりで、欲求の生き物だ。もちろん自分がいいと思うものを撮るし、行き過ぎては困るが、撮るという行為に生きがいを感じていることも否定できない。写真家も物乞い人の様で、物を写真に置き換えただけで、非常に俗な生き物だと思うこともある。
 
人には旅や狩猟のDNAが流れており、撮るという行為は狩猟にも似ている。カメラにフィルムが入っていなくても、撮るということに生きがいを感じている部分もある。どんなカメラでも、レンズに多少の汚れが付着していようと、極論で言えば、あまり関係ないのである。
 
ボクシングを続けているが、本当に人生というものを分かっていて、本当の強い肉体や精神を持っていたら、カメラなんて手放す。フライ級の選手はヘビー級には勝てない。アマはプロには勝てない。小さい者はフットワークや気配りや人徳で生きていくし、アマは自分にとっての得意な他のもので勝つしかない。肉体で勝てなければ、ペンをカメラに置きかえる。自分自身が弱いし、自分自身だけで表現できないから、カメラや写真という平和の武器を借りるのである。
 
自分自身だけではとても続けられないし、身近な人の存在は大きい。ごく少数だが、応援してくれる方や、名前を付けてくれた祖父や、生んで育ててくれた父母の存在が大きい。僕が世界を旅し、様々な所を歩き見て感じることで、写真を撮ることで、絵のアトリエを持っていて晩年は目が見えなくなりもう亡くなった祖父の供養にもなるし、ずっと会社員で山登りが好きな父の思いも乗せているし、こんな写真家でいたら生活だけでいっぱいいっぱいなのに、心配して気を使って、米や野菜や手料理を何度か実家から送ってくれる母の恩返しにもなる。
 
もしお金を稼ぐことが成功だとしたら、両親には恩返しをしていないし、親不孝者だ。お金は結果論の一つであって、何を成功とするかなんて人それぞれだし、自分だけがどう足掻いてもどうにもならないことの方が多い。
 
最近は結果よりも過程が大事なのだと思っている。いい写真を撮りためること、写真をどんなに遅くてもいいから続けること、どんなに遅くてもいつかはいろんな成功が出来ると信じて、両親や応援してくれる方に報いたいし、恩返ししたい。
 
写真を撮ることの意味をいろいろと考えなければ、とてもやっていけない。

旅は試合

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午前中、30分走って、20分シャドーやストレッチをする。
 
夕方、ジムへ行き、全部で19R,筋トレ腕立て110×3、腹筋50×3を行う。
 
自分の体力や肉体と向き合う日々を過ごしている。
以前の結核はもう大丈夫だろう。再発の可能性は完全に否定できないが、プロボクサーの様に減量したり、腹や肺をボコボコに打たれたりしなければ問題ないと思う。
 
まだまだ30代だし、少し過剰な運動やスポーツは逆に鍛えられて体にも精神的にも良いと思っている。けっこう運動している分、減量はないし、栄養が欠けて免疫力が落ちるのが怖い為、普通に食べている。きれいに割れた腹筋とはいかないが、筋肉はまあまあ付いて来た。
 
今度行くバングラデシュも環境面ではインドの様にお世辞にもきれいとは言い難いが、どんな菌や病気にも耐えられると信じるしかない。どんな病気にも罹ってもしょうがないという覚悟だが・・・。
 
バングラデシュの人々は素朴でツーリストずれしていないのが好感が持てる。
 
ただ最近のアジア情勢を考えると、ある程度は身を引き締めないといけない。
 
ここ数年は旅は自分にとっての本試合と考えている。緊張してばかりいたら体がもたないのでリラックスする所はして、写真を撮るという目的があるから、バックパッカーの様にはいかない。
 
旅人と写真家、両方の気持ちだ。「いい写真を撮ること」、いろいろ考えるし、迷うことも多いが、最後はシンプルな考えでいいかもしれない。
 
1月31日の出発をボクサーの本試合と仮定して、直前の2日前ぐらいまで、トレーニングをしたいと思っている。出発の時に、昨年の教訓を生かして、ベストなコンディションで望めたらいい。まあ、その時体調を壊していてもよほどのことがない限り出発すると思うが。

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