今世紀はテロとの闘い

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インドのムンバイでまた大規模なテロが起きた。亡くなられた方の御冥福をお祈りすると同時に、他人事とは思えない。
 
ムンバイには1999、2005、2006年と訪れている。一度でも旅をした場所だと地理感が芽生えたり、妙な愛着を持つものだ。以前はYMCAに泊まったり、2006年はイスラム教徒が多く生活している地域の宿を取った。YMCAはキリスト教(ユダヤ教?)の宿泊施設であり、2006年は床が大理石のイスラム形式のビジネスホテルと言った感じだ。無宗教の日本人や一介の旅人にとっては、様々な恩恵を受けている。パキスタンの北部やバングラデシュや南インドやタイのイスラム教徒達と接すると、大部分の人達は旅人にもとてもやさしいのである。
 
タージマハルホテルはムンバイの代表する建築物だ。インド門辺りを旅した者なら誰もが分かると思うが、海に面して一番目立つ所にドンと構えている。一泊300$以上はする豊かな外国人旅行者御用達の最高級ホテルだ。過激なイスラム集団が富豪層の欧米旅行者やインドのシンボル的存在を狙ったことは明らかであり、富やユダヤやヒンドゥーへの挑戦状とも取れる。貧富の格差や宗教問題が根強く残っている。
 
将来どうなるか分からないが、インドとパキスタンの関係がさらに悪化し、国境が閉鎖したり、戦争に発展するのも怖いし、ごく一部分の過激なイスラム教徒によって、大部分の温厚なイスラム教徒達が変な偏見や先入観で見られてしまうのも残念で可哀想だ。小競り合いはあるものの、インドは比較的他宗教同士(あれだけ人口も多いし、宗教も民族も絡んでいるのに)上手くやっている。まだまだ平和な国の一つだ。今回の一件で悪い方向に向かわないことを祈るばかりだし、もしそうなるとしたら天国のガンジーが嘆き悲しむことだろう。
 
日本人の官僚刺殺事件と言い、タイでの暴動と言い、最近はアジア情勢が緊迫している。日本だと明治や大正に逆戻りだ。それだけ物質的貧困層や精神的貧困層になった者の怒りが頂点に達し爆発している。本来なら趣味でも何でもスケープゴートを探し、人殺しまではしない。よほど余裕がなく、根本的な社会的問題を一つずつ解決していくしかないのだろう。
 
インドでも、日本でも、集団でも個人でもテロはテロだ。今世紀はテロとの闘いになる。
 
インドの大規模な無差別テロを見てしまうと、時に変な恐怖に襲われる。なかなか人には伝え切れにくいが、何度も外国へ旅や写真を撮りに行ったりすると、今までは場所は同じでも時間が大きく異なりテロの被害には遭わなかったけれど、運やタイミングによってはドンピシャとなる時が来るかもしれない。運自体のことも考えるし、人間の想像というものは、どうしてもマイナスの方向へ行きがちだ。それがテロの恐怖であり、だからと言って、自分の行きたい所ややりたいことや写真や自由や夢を諦めてはいけない。マイナスをプラスに変えるのである。
 
今月は16日間ボクシングジムに通うことができた。昨日は45分のランニングをしたり、ロードワークをした。気休めかもしれないが、少しでも遠くに走れたり、パンチをよけたり、筋力をつけたり、鍛えることが、何かの役に立つ。運動することで嫌なことを吹き飛ばしてくれる。
 
1月下旬にはもうバングラデシュだ。今回はタイ航空だし、バングラデシュはもとはパキスタンの一部であり、今はインドとミャンマーに挟まれている小さな国だ。考えたらきりがないが、何とかなる。
 
写真は2006年のムンバイ
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魅惑のバングラデシュ

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今日もジムへ。全部で19R、筋トレ腕立て110×3、腹筋50×3を行う。
 
ボクシングをするとその日は五感が冴える。調子に乗ってあまり運動をしすぎると、体が緊張状態のまま、夜寝付きにくいこともあるが・・・。練習生でもこうだ、プロの方で試合をした日には、心と肉体の緊張状態は計り知れない。
 
肉体(精神)を解放させると、気持ちいい。ボクシングも旅や写真と同じもので、中毒性がある。中毒性と言っても、法律的に守られており、いい意味での中毒性だ。「強くなりたい」「いい思い出を作る「いい写真を撮りたい」、誰もが抱えるそれらは大義名分の様なもので、自分がやり続けたいと思う欲求や本能から来ている。
 
ボクシングの奥深さや楽しさを知ると、中毒性の様なもので、毎日の様にジムに通いたくなる。通わなければ不安になる。旅や写真も同じだ。
 
格闘技をやるならボクシングか、タイのムエタイと決めていた。何故なんだろう、たぶん泥臭い所が好きか、見て魅了されたか、憧れる人がやっていたか、貧しいイメージが付き纏っていたからかもしれない。続けていると、列記としたスポーツであることが分かる。昔は奴隷制度や様々な歴史が付いて回ると思うが・・・。
 
貧しいこと、無名であること、幸せの二原則だ。プロ野球もゴルフもテニスも興味はない。大企業に会社員として勤めることも興味はない。
 
どこかでのたれ死するかもしれないが、自分のやりたいことを続ける。
 
今一番行きたいのはバングラデシュだ。2004年に初めて訪れたが、人に好感が持てる。GNPでいけば確かに低いはずなのに、喜びも悲しみも含めて幸せの顔をしている。写真に対する変な先入観がないのも、撮る側にとっては有り難い。4,5年も経てば、急速に時代の波は押し寄せているはずだが、いい所が失われていないことを願うばかり。生きようとする力で溢れている。
 
写真は2004年のバングラデシュ。その国のユーモアや余裕があった所がいい。余裕がなければ、精神的に日本やアメリカの様になり、実情的にイラクや戦場の様になる。
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トレーニング

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9時から18時までバイト。その後、ジムへ。全部で18R練習する。
 
室内は窓を閉め切り、ストーブを焚いている。運動している人の熱気で空気が薄く感じる。
 
肺や呼吸器に決していい訳ではないが、自然と多少の負担を与えることによって、いいトレーニングになっている。
 
将来、チベットや再びパキスタンの高山地帯を訪れないとは限らない。酸素の薄い所で起こりがちな高山病を防ぐトレーニングにもなる。
 
「スポーツ大陸」の名城さんを見る。東京のジムで生で見たことがあったが、優しそうな人だった。
 
プロボクサーはもっと過酷だ。アマとは違う。今まで35人もリングで亡くなったと言う。
 
試合になればヘッドギアはないし、一番危険なスポーツかもしれない。
 
フルコンタクトがなければ大きな怪我をする理由はないし、体の全体を使うからヘルニアなどの防止にもなるし、体力や精神力を鍛えられる。
いざとなれば自分のペースでできる。本当に魅力的なスポーツだ。なぜあまり浸透していないのかが分からない。
 
最初にジャブやストレートを発明した人はすごい。無駄がなく、一番力が集中できて、スポーツ力学的にも正解だろう。
 
どんなに筋肉を付けても打ち方が駄目では意味がない。ジムのトレーナーに教わるのと独学でやるのでは全然違う。
 
どこまで続けられるか分からないが、できる所まで頑張ろう。目標は40歳までの後8年だ。そうすれば今の段階で4年目であり、12年になる。毎年海外の撮影旅で約2ヶ月のブランクがあり、単純に計算して差し引いてもちょうどボクシング歴10年没頭したことになる。
 
何でも10年続ければ素晴らしいし、ボクシングが続けられるのも健康であるからだ。外国で、特に僕が行くのは発展途上の国でどちらかと言えば貧しい国であって、また病気をもらって来たり、怪我をする可能性もゼロではないが、運や自分を信じる。
 
ボクシングをしていると、運動(人生)の喜びや悲しみを感じられるし、自分や他人の痛みが分かるようになる。写真だけでなく、どこの世界も厳しい。
 
写真とは別に、趣味の延長でもいいからハイアマチュアを目指したい。 
 
 

来年撮影旅へ

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今働いているラボを来年の1月下旬で辞めることを告げた。1月30~3月15までバングラデシュへ撮影旅に行く。今回はいつもより(いつもは2,3ヶ月)短く45日間。結核が治ったと言っても、まだ一年も経っていない。ただ体力の回復は順調だ。病み上がりの年は慎重になるし、体力と精神面と金銭面を考えて、バングラデシュへ45日間はギリギリのラインだ。燃料代もますます上がっている。
 
写真家であり続けるにはたとえ上手く発表ができなくても、定期的に写真を撮るしかない。普通の会社員ではいられない。どこの会社でも1ヶ月以上休むにはいったんその会社を辞めるしかない。今回の所も10ヶ月は働いてせっかく一通りの仕事を覚えたのに、辞めざるをえない。戻ってきた時点で空きがあれば、働いてもいいということだが、今の段階では分からないし、あてにもならない。
 
アルバイトでも辞めることを告げるのは気が引ける。これが正社員ならなおさらだろうし、会社の負担もかかるだろうし、金銭的には楽でも正社員になるのは躊躇う。
 
インドは3年連続で旅をしたし、パキスタンとバングラデシュは2004年に一度訪れた。バングラデシュは2回目になる。写真家には、その国の相性がある。旅行者は少ないが、バングラデシュにはとてもいい印象がある。タイやカンボジアだと撮れるものが想像できる。インドだと何度もバクシーンと言われ、今はげんなりしている。イスラムの国を訪れたいという思いもあるし。バングラデシュには、写真という目線からでも、自由なスナップやポートレートという意味でも、あらゆるものが発展途上であり、夢や希望が残っている。確かに旅をするだけでもタイよりはきついが、やりがいはある。住むならタイ、写真を撮るならバングラデシュだ。
 
残りの2ヶ月をみっちりジムで鍛えたいと思う。今日もジムへ。全部で19R、筋トレ腕立て100×3、腹筋50×3を行う。ちょっとしたトラブルがあり、右の股関節を痛めていたが回復した。久しぶりに二重跳びをしたら、40回出来る様になっていた。人は壊して直して鍛えられて行く。
 
三島由紀夫の「太陽と鉄」を読む。その中の「私の遍歴時代」が良かった。三島文学と言うと、純文学か今の時代では難解で論理的な言い回しが多い様に思うが、「私の遍歴時代」は死ぬ間際に書かれたものか、発表媒体がそうだったのか、非常に分かりやすく頭にすっと入っていく。
三島由紀夫はミステリアスな作家として気になっている。自殺の中でも、自分の腹に刀をぶっ刺すのは、想像範囲を超えている。彼が東京大学の法律学部を出るほどの知識や思想を持っていた天才か狂人のどちらかでなければあんな行動は起こさない。普通の努力家ならまずしない。
 
作家の端くれならば、体は鍛えないといけない。30代に入って、ますます感じている。彼は拳闘と剣道とボディービルと長距離のランニングをしていたが。武器を捨てたら、最後になるのは己の肉体と精神だ。ボクシングジムに駆け込んだが、やはり正解だった。あくまでも正当防衛であって、ガンジーを尊敬し平和主義を愛するが、1%の有事のときは闘うしかないし、最後は拳闘になる。
 
30代はきついがボクシングだ。40代になったら、人は隠れた筋肉よりも見せたくなり、ボディービルに走るのかもしれない。
 
 

検診異常無し

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3ヶ月ぶりの病院。異常は無かった。肺の中の活動している悪い菌はなくなった様だ。現在の肺のレントゲン写真なら、どの医者が見ても大丈夫らしい。
 
再発は1%と医者が言っていた。この昔の病を聞くと、かなり戸惑うが、手術の必要はないし、半年間適切に薬を飲めば確実に治る。同じ肺の病でも、肺がんとは違う。酒も煙草もやらないし、ボクシングという体にいいことしかしていない(追い込めば毒かもしれないが?)。もっと大きな病気に罹らないことを信じている。
 
来年からは、日光浴もしていいし、何をやってもいいと言われた。極端に言えば、炎天下の中を人や被写体に出会う為に何時間も歩いていいことになる。でも、ここまで来るのに1年間もかかってしまった。
 
まずは体力が完全に戻ること。これはクリアだ。来年をめどにどこか長期の撮影旅に行きたいものだ。今までの10年間の経験から、旅や撮影旅には、体力と時間と金とリスクがいる。旅(写真)を自分の夢と置き換えてもいい。時間を優先すれば金がなくなり、金を優先すれば時間がなくなる。世の中は簡単には出来ていない。
 
海外をフィールドにする写真家にとって、一年間に有給休暇10日しか取れない一般的な日本の社会システムである会社員であり続けることは難しい。思う様な写真を撮るには、最低でも3週間はいる。せっかく覚えた仕事でも、いったんリセットしなければならない。でも、そこで覚えたことはきっと無駄ではないことを信じている。どんな仕事でも、まずは欠席遅刻早退はしないことを心がけている。
 
時間の問題もクリアだし、旅に出るということは自己責任だし、どんなリスクも背負う。恥ずかしいことだが、やはり最後は金銭の捻出に困る。よほど有名でなければ、まず写真家にスポンサーは付かない。人気のある競技や有名なスポーツ選手なら出るが、マイナーな競技やどんな実力を持っていても無名なスポーツ選手なら出ない感覚と似ている。当たり前だが、スポンサーがなければ、自力でアルバイトをしたり、生活費を削ったりするしかない。その分、肉体的精神的疲労は倍増する。一人暮らしならなおさらだ。
 
長期の撮影旅を5年続けているが、まだまだ甘いのだろう。ただ毎年のことながら、旅に出る前と現在を逆算して、最低でも約10万~20万以上は足りない。大まかに①まず航空券とフィルム代がいる。②次に現地滞在費用と東京での空家賃(光熱費など)がいる。③次にその時の撮影旅で撮って来たフィルムの現像代とプリントL代とさらにそれを見本に伸ばした6切・4切代、傷んだカメラ・レンズのメンテナンス代がいる。いつも③は撮影旅から戻って急いで職を探して、後回し後回しになる。常に余裕はない。
 
最低でも②まで捻出できれば撮影旅はできる。足りないし、フィルムの現像代にあてたい為に、現地滞在費用を削っている。安宿と、極力陸路の移動と、現地の食は基本だ。その分体力を使うが、写真に生きて来る。
 
今回も苦戦をしている。今年は年内早々病気に罹り、スタートダッシュにしくじった。思わぬ出費も重なったが、健康には変えられない。両親には感謝して感謝しきれない。毎度のことながら、家族や親戚や友人には特に心配をかけているが、写真家であり続けようとするには、すぐには成功できない。
 
いい写真を撮ることで報いたいし、いつか恩返ししたいと考えているが、自分の力だけではどうすることもできないことも分かっている。
 
無力感を感じながら、とにかく自分やあらゆるものを信じる。今日もジムへ。全部で19R、筋トレ腕立て110×3、腹筋50×3を行う。まずは体力で、自分のメンテナンスは欠かせない。
 
焦りすぎるのは禁物だ。焦って肉体労働(日雇いアルバイト)をやりすぎたら、昨年の二の舞になる。かと言って背に腹は変えられないし、難しい所だ。
 

3年続けるということ

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昨日の夜、30分走って15分シャドーをした。流す程度だったのに、今日の朝、右肩に違和感があった。
 
今日の夕方ジムへ行く。全部で18R,筋トレ腕立て100×3、腹筋50×3を行う。腕立ても出来るのに、スイング気味の大振りの強い右フックを打つ時だけ、やはり少し変な感じがする。激痛というわけではないが、力が入らない。ボクシングが体に合うのか、今までにない感じだった。
 
高校生の頃は野球部に所属していて、一応副主将でサードを守っていた。打順は5番から8番をウロウロしていたが。最後の3年生の頃、肩が痛くなった。普通のキャッチボールなら大丈夫だが、遠投をすると痛くなるのである。最後まで続けたが(ちなみに最後の夏は地区大会予選2回戦負け、でも1回勝った時はうれしかった)、何でも3年の壁はあるかもしれない。「石の上にも3年」と言うし。
 
何でも同じことを真面目に3年続ければ、どこかにガタが来るし、つらいこともある。しかし、3年続けるということは大切なことで、乗り越えれば確実に経験や力になる。野球でもあの頃3年続けて自信になっていた。
 
ボクシングは4年目だが、真面目に続ければ、プロではなくても時に自分で追い込んだりすれば、どこかでガタが来る。大振りの右フックは、投球動作に似ている。決して日本も安全ではないが、外国で暴漢に遭った時などには、利き腕の強いフックがかなり有効である。不安は常につきまとうが、そこを頑張ってどう続けるかだ。右肩に違和感があれば、そこを多用せず練習すればいいことだし、1週間も安静にしていれば自然と治ると思うし、いずれ時が解決してくれるに違いない。
 
何でも前向きに続ける。
 
 

人生はゲームである。

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今日もジムへ。全部で20R、筋トレ腕立て110×3、腹筋50×3を行う。
 
何でも続けることが大切であり、少しずつ力になっていると実感する。いつの間にか二重跳びが28回出来るようになっている。小学生の時でも、5回出来るかどうかだったのに。ボクシングワークの一環として、前後に2Rずつ縄跳びをしている。いつも疲れ切った状態の最後の2Rで、気が向いたら二重跳びをしている。頻繁にやっているわけではないので、驚かされるのである。それだけを練習したら50回はいくと思う。
 
写真家だけで運動もしなかったら、たぶんうつ病になる。写真だけではまず食べていけないし、発表の媒体自体も少ないし、運もあるし波も激しい、分身が常に社会と関わっていないということで存在価値を見出せず、自分を極度に追い込み否定してしまう。今の時代のアルバイトだけでは顔が見えず妙に固苦しく自由を感じない。自殺していても可笑しくない時もあったし、ボクシングに救われている。作品とは関係ないアルバイトや日々の生活で、自信が失われつつある中で、ジムに行きボクシングの型をし、サンドバックを叩いたりすると、自信を取り戻せる。その分決して楽ではないが、自由や自信と引き換えなら耐えられる。
 
小説家さんや写真家や何かを表現する者なら、まずは基礎体力が大切だ。基礎体力は年を重ねるにつれて落ちて来る。10年続けているアジアの旅や5年続けている撮影旅の教訓でもある。若い頃、浅田次郎さんは2年間自衛隊に入っていたし、寺山修司さんは3年ほど(中学生の頃?)ボクシングをしていたと言う。何らかの形で基礎体力を獲得しているのである。
 
遠い将来のことなんてはっきりと分からないし、どこかでくたばるかもしれないが、基礎体力をもっと付ける為に、あの頃ボクシングを続けていましたと言える様に、トレーニングを続けたい。
 
人生がゲームであり、主人公は紛れもなく自分である。
 
小学生の頃はファミコンをよくやっていたし、兄とファミスタでよく遊んだ。実家が名古屋で、根っからの中日ファンでよく中日を選んでいた。それもそれで楽しいが、大学で旅や写真と出会って、もう普通のゲームはしないと誓った。画面上でどんなに強くなっても、勝っても、ただ楽しいだけで自分の身にはなりゃしない。この世も夢と見る見方もあるが、普通のゲームは幻想の幻想の幻想である。
 
本当の旅に出れば、自分の体で世界を体験できるし、うれしいこともつらいこともたくさん起きる。今の時代では遠回りだし、お金も浪費するだけだし、無駄なことも多いけれど、広い意味で間違いなく人生経験になる。
 
誰もが必ず老いと死は避けて通れない。日本では死が別世界の様だが、日本よりも発展途上の国へ行けば死は転がっている。通りすがりの旅人さえも死に直面し、時に恐れおののき、できるだけ考えようと努力する。答えは出ないが、考えることが大切だ。
写真はインドのバラナシ
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