今月も終わり

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もう9月も終わろうとしている。
昨年は10月には撮影旅に出たが。今年はずれ込んでいる。
肺の病気が完治したばっかりだし、肉体労働(埃の多い場所等)は避けている。仕事的にはあまり無理をせず(それでも一人暮らしだし、最低限のバイトはしている)、その分次回の撮影資金のやり繰りで苦労しているが(毎年のことで情けない)。
 
体力と言うか、自分の足元を見つめるいい機会になっている。
 
今月は週5日ペース、19日間ジムに通うことが出来た。まだまだだが、だいぶボクシングが上達して来た気がする。
ボクシングも肉体労働と言えば肉体労働だが(人の汗や熱気がすごいし)、いるのはほんの2時間程度だ。瞬発力も体全体の筋肉も鍛えられるし、
少しでも強くなれるならと妥協している。
 
11月には完治したと思われる病の定期健診がある。その状態を見て、ずれ込む分少しでも貯金して来年にはどこか撮影旅に出かけたい。
 
もっと働かないと厳しいが、栄養や免疫力が落ちると前回の様に病気に罹ってしまうし、
難しい所である。
 
なんとかなると思うしかない。
 
急激に寒くなったので、体を壊さない様に気を付けたい
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パキスタン

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今まで訪れたことのある国の不穏なニュースを聞くと、気がかりになる。
大丈夫だろうか、と。実際に現地の大地を歩き、空気を吸い、五感で感じ、人に出会ったりすると、愛着の様なものを感じる。
 
2004年に2ヶ月ほどパキスタン全土を旅した。今までの旅で一番緊張した。誰でもそうであるが、初めて訪れる国は緊張する。それに輪をかけて、旅行者があまりおらず、日本とはかけ離れたイスラム社会のイメージや、テロという見えない恐怖が想像をマイナスに膨らませる。
 
その時は28歳と少し若かったかもしれない。緊張はしたものの若気の至りか思い切った行動を取っていた。もっと取っていたら死んでいたかもしれないが。
 
人の性格も違うし、東南アジアでの写真の撮り方は通用しない。タイやベトナムやカンボジアでは女性が外で働いているし、普通に歩いている。インドやバングラデシュでも、東南アジアまでいかないが、路上でも市場でも普通に働いている。パキスタンを最初に訪れた時は驚いた(最初はカラチ)。路上でも市場でも男性しか働いていない。女性も外で見かけるが大部分が黒のベールを被っている。外国人に対して閉鎖的で、印象が男臭さというか、かなり固く「剛」というイメージだった。
 
カラチ、クエッタの都市は常に「剛」が付き纏っていた。北部のシャンドール峠やギルギット、フンザまで行くと田舎や宗派の影響や外国人がいるからか、物腰も柔らかく外国人慣れしている。女性も色鮮やかな民族衣装を着ているし、髪の毛は隠しているが、顔は出している。パキスタン南部と北部では全く印象が異なる。
 
日本人にとっては(特に写真を撮っている者に対して)、パキスタン南部はアウェイと感じた。何度も訪れたら見方が変わるかもしれないが。最初のイメージが強烈に残っている。
 
でも、やっぱり写真を撮らせてくれる人もいるし、捨てる神あれば拾う神ある。旅や写真で希望は捨ててはいけないと感じた。
 
日本の常識が全く通用しない国や街もある。人に取ったらカメラを向けられるのをかなりの暴力だと感じる人もいる。コミュニケーション不足や、自分の判断の間違いで、極端な言い方だが下手して刺し違えても自分は何も言えない。そうならない為に最大限の努力をする。格闘技を覚えたり肉体を鍛えるのも一つの方法だと思う。ボクシングでもスポーツの一つだし、リング以外でこちらから攻撃するのではなく、あくまでも最悪の何かがあった時、防御や自分を守る為。いきなり撃たれたり、銃を向けられたら何の意味もないかもしれないが、気持ちの問題だと思う。学んで置くに無駄はない。何かの役に立つ。
 
ボクシングを続けて改めて学んだことだが、スポーツでも勉強でも仕事でも写真でも人生でも何でも同じことの繰り返しだ。反復練習が大切なのである。ボクシングはまず基本姿勢を続けて、ジャブを続ける。出来たら、ジャブとストレートを永遠に繰り返す。写真でも一緒だ。何枚も撮っていい写真を求める。
 
今日もジムへ行く。全部で19R、筋トレ腕立て100×3、腹筋50×3を行う。いつも前と後の2R、計4Rをローピング(縄跳び)にあてている。いつもは軽く走ってる感じやリズムを取って跳んでいるのだが、今日久しぶりに二重跳びをしたら驚いた。20回ぐらいは出来るのである。いつの間にか縄跳びの応用も出来ている。小学生の時なんか数回しか出来なかったのに、日々の鍛錬だなあと思う。32歳だが、持久力や瞬発力は野球をやっていた高校の時とそんなに変わっていないかもしれない。精神的には強くなっているし、チャンスには強くなっていると思うから、パワーアップしている。どこまで続けられるか分からないが夢を追うために頑張ろう。
 
長くなってしまったが、写真は2004年、パキスタンを旅した時のもの
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守られる子供

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またパキスタンのイスラマバードでテロがあった。人が人を無差別に殺すのは人道的に反し、一部の過激派の行為は決して許されるべきではない。
だからと言って、イスラム全体を悪く言ったり、否定することはできない。大部分の人はやさしい。
 
アジア情勢は緊迫している。お金を払って大型のホテルに泊まっているからと言って安全ではなく、パキスタンでは小さいホテルやゲストハウスがテロの標的にはされず安全だったりする。安全と危険は常に紙一重だが、「自分の身は自分で守る」は旅の鉄則であり、大人の判断が求められる。
 
小さい子供はどうすることもできない。ある程度の年齢まで行ったら自由に遊ばせたりしているが、まだまだ幼いと親が強く守っているし、親の変わりに兄弟が守ったりする。布一枚だけでだっこしたりおんぶしたり、その状態で一緒になって路上で商売したり物乞いしたりしている。現代の日本のベビーカーとは違う。物質的には豊かではないのだが、肌と肌が接し親と赤ちゃんの絆をより強く感じる。旅はほぼ一人旅だが、自由と引き換えの孤独な状態や、異国という空間や、自分の幼い頃の記憶とだぶり、親と子の愛情を目の当たりにすると微笑ましくとても感動する。日本での子供が親を殺したり、自殺者が年に3万人という現実も薄気味悪いし、理由の一つには家族の絆が失われているからだろう。
 
旅や写真を続けていると、幸せや本当の豊かさとは何かを考えさせられる。答えは難しいが、考えたり行動することがまずは大切なのだと思う。
 
写真はインド、パキスタン、バングラデシュ、ネパール、カンボジアの守られる子供
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遊ぶ子供

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東京は豊かだが、子供に優しい街とは思えない。
電車で子供が騒げば、白い目で見られる。モラルやルールや世間体が優先する。
 
インドのデリーで小さい子供二人を連れた夫婦の日本人旅行者に出会った。
「インドの旅行では子供がいると助かります。騙してくる人もいないし、どんなに騒いでも怒られることはないし・・・」
 
インドでは子供がどんなに騒ごうが、怒られることはないのだろう。
その点、自由だ。
 
外で遊ぶ子供の姿をほとんど見なくなった。親が過剰に保護していたり、学校や遊園地などの一部の空間だけだ。
昭和の光景の様な路上で遊ぶ姿はない。それだけ今の時代は不安であり、日本人が他人を信用していない証拠だ。
 
写真を撮る側も、参加者が心を開いて素の姿を見せ、祭りなどの非日常の世界でしかなかなか撮りにくい。
著作権やプライバシーの問題もある。写真家にとっては、何だか窮屈感を感じる。人物やスナップを撮るには、東京が一番撮りにくいかもしれない。
夜景や、空っぽの空間や、引いた写真や、中判で質感を見せたり、家族やモデルを撮ったり、そういう風に切り替えるしかないのだろうか。
 
アジアを旅することで上手くバランスを保てている。旅をすることでも、写真を撮ることでも、解放感や自由を感じる。撮りたいと思えるものが転がっている。
中国など急速に進歩した国もあるが、まだまだ夢や希望は残っている。と思うしかない。
 
路上の遊ぶ子供。タイムスリップした様でとても懐かしく感じる。勇気が出てくる。のっぺらぼうになりつつある経済都市の中で、こういう姿もあるのだと多様性さえ感じる。
子供も大人も本来は自由である。
 
写真はカンボジアのスナップ
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働く子供

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アジアの子供たちにとって、働くことは大切である。
重い物を持ったり、汗を流したり、汚い現場で作業をしたり、どうしても肉体労働になる。一日に100円稼げばいい方だ。
確かにきついはずなのに、悲しい顔を含めて生き生きとしている。
 
学生時代からの数々のアルバイト、旅行会社、雑誌の仕分け、警備員、写真の現像所など。一年に一度長期の撮影旅に出るからしょうがないが、働く場所を転々としている。社会人としてみっともないと思うと同時に、日本の働くということの何かが違うと思ってしまう。日本人の顔が見えない。
 
生きる喜びとは何か?働くということは何か?お金とは何か?
 
今日もジムへ行く。全部で18R,筋トレ腕立て100×3、腹筋50×3を行う。もちろん自分の為ということは否定できないが。ボクシングをしていると、今まで見て来た貧しい子供の気持ちが少しは分かる気がして来る。でも、まだまだ彼らに取ったら僕は甘い。
 
写真は左上からパキスタン、バングラデシュ、カンボジア、ラオス、カンボジアの子供のポートレート。
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カンボジアの子供の働く瞬間
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アジアの桃源郷、フンザ

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だいぶ涼しくなって来た。2004年の10月に旅したパキスタンのフンザを思い出す。
 
旅人にとっては、ネパールのポカラと並んで住みやすい街の一つである。
 
911のテロの後や、国際情勢、辺境の地にあることからもっとも行きにくい場所かもしれない。
 
アジアの桃源郷と言われ、映画「風の谷のナウシカ」の舞台となったとも言われる。
 
アフガニスタンへは入らず、ペシャワールからチトラール、シャンドール峠を越えてギルギット。そこからフンザまで来たのである。バスや現地の乗り合いワゴンや、ジープを他の旅行者とシェアしてけっこう長い道のりだった。
 
その年は8月には日本を出て、タイに入りカンボジアに寄ってまたタイに戻り、パキスタンのカラチまで飛んだのである。その後、バングラデシュを旅して12月には帰国したが。トータルで約100日の撮影旅だったが、フンザは10月頃でちょうど中休みみたいな感じだったのである。
 
フンザでは3つの有名なゲストハウスがあるが、その内のオールドフンザに泊まっていた。部屋を出ると(ドアを開けると)、目の前に山が広がる。心も体もリフレッシュできたことは言うまでもない。
 
10月のフンザはちょうどいい頃だ。涼しい風が吹き抜ける。「フンザの風」という印象が残っている。
 
今は肺の病のその後と闘っているからだろうか。無性に空気のいい所へ行きたいと思えてくる。パキスタンはどうしても危険なイメージが付きまとうが、北部の地域は比較的柔らかい。外国人旅行者に対しても温かいのである。カラチやクエッタやペシャワールは女性はベールを被っていたので、普通に歩いている北部には驚いた。「自由とは何か?」とも考えさせられた。
 
アジアの桃源郷、フンザ。また旅したいものである。
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社会と闘える肉体作り

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今日もジムへ。全部で18R,筋トレ腕立て100×3、腹筋50×3を行う。その後自宅に戻り、1時間ほどロードワーク(40分走り、15分シャドー)を行う。
 
徐々に距離を伸ばし、走れるようになって来た。4年間のボクシングジムワークのお蔭か、足腰や筋力的には問題ない。やはり内科の方、肺が完全に戻ったか心配だ。痰が出ると、「ああまたか!」と思うが、悪性の菌の影響ではなく、運動によるものだと思う。不安は消えないが、菌はほとんどないと信じている。半年間も薬を飲んでいた。
 
30分以上走れるかが病気かどうかの目安だ。肺はポンプの様なもので、正常な肺だと上手く空気を循環し、体が疲れない。だいぶ良くなった。
 
電車の吊り革広告で知ったが、同じ病気に罹った人は世界の3分の1だと言う。貧困の病気だと思う。昔の病気だが、日本でも依然として存在し、むしろ多いと言う。子供の頃ワクチンを打たなかった人が多いからだと聞いたし、日本でも貧困層が増加し、汚い所やきつい所でアルバイトをしたり、栄養を取らなかったり、ストレスが過剰なのも原因だと思う。
 
病気に罹ったのも、完全に克服しなければ意味がないが、結果としては写真家として広い意味で良かったと思う。長年に渡って社会の抱える病であり、たぶんインドで悪性の菌を拾って来たと思うが、社会に負けてしまった。
 
東京で満員の電車に揺られたり、アルバイトでクレームの話を聞いたりすると、お客さんの質も落ちている気がするし、社会とは闘いなのかあと思えて来る。
 
タイに移住したり、田舎のカンボジアやラオスで暮らすのも、一つの幸せだが、バックパッカーには戻れない。ただ旅をしたり暮らすだけではなく、何かを表現しなければと思う。
 
社会と向き合って、社会と闘わなければならない。
 
体調も戻って来ているし、まずは社会と闘える肉体作りだ。そこから表現が生まれる。

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