インドの男

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インド人の目力には圧倒される時がある。砂漠の民やサドゥーや働く男など。インドの過酷な風土や人口11億人の競争社会がインド人の顔を作り上げているのかもしれないし、日本の様な事務的な仕事ではなくて肉体的なハードな仕事が作り上げているのかもしれない。
 
弱い自分がいる。強くて自信のあるインド人を純粋にかっこいいと思ってしまう。「自分の道をプライドを持って歩いて行けばいいのだ」と教えてくれる。
 
インドのイスラム都市、アジメールで出会った老人。ガンジーにそっくりだ。宗教の平等を説き、非暴力を貫いて、粗末な布一枚でイギリスからの独立を勝ち取った尊敬する者の一人。今まで出会って来た多くのサドゥーの様な人を射る眼差しではなくて、優しさの中に強さを秘めた眼差しだ。慈悲心で溢れている。カメラを向ける。何も言わない。ただ撮り終わるのをじっと見つめている。はっきり言ってインド人はしたたかでもある。魅力的な人物を撮ると、「バクシーン」や「チップ」と言ってきたり、指でマネーの合図を出してきたりする。インド撮影旅の通過点でもあり、自問自答であり、食傷気味になったりもする。この老人は何も要求して来ない。ただただ優しい微笑をたたえながら見つめるだけだ。その慈悲心に泣きそうになる。インドには騙してくる輩も多いが、とびっきりの善人に出会う時がある。ガンジーやマザーテレサを輩出したインドの懐の深さを感じ、インドを旅して良かったと思う。
 
東京に戻り規則でがんじがらめになった生活をしていて、写真を整理していると、ふとあの時の懐かしさを思い出す。
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ボクシングの写真

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今日もジムへ。全部で18R、筋トレ腕立て90×3、腹筋45×3を行う。もう今月も終わり。今月は18日間ジムに通い、15日間普通に練習、3日間写真を撮らせて頂いた。
 
様々なタイミングが重なり、ボクシングの写真を撮っている。ボクシングは練習をしていても、写真を撮っていても楽しい。撮りがいもある。練習をしながらや、練習をした後ではとても撮れない。練習した後では汗びっしょりでへとへとになっているし。写真を撮っていると、ボクサーの動きが速いので、動体視力を使うし、神経もけっこう使う。元々不器用だし、練習するか、写真を撮るか、どちらかに集中するしかない。
 
今までは旅先や、ドキュメンタリーや、ポートレートなどを主に撮ってきたが。ほぼ太陽光の下で撮られたもの。朝、夕、日陰や雨や、太陽光の下ならある程度予測が出来るが、自然光が全くない状態で、タングステンの灯りだけが頼り、ストロボを使わざるをえないが、ストロボを使うと予測が難しくなる。シャッターチャンスの練習になるからいいと思う。鍛えられる。
 
何と言っても、日本フライ級チャンピオン、清水智信さんだ。スター性を感じる。ジムには何人もかっこいいプロボクサーがいるが。我が金子ジムのエースであり、容姿もさることながら、足を使った上手くてかっこいいボクシングをする。7月30日にあの内藤大助さんと対戦する。個人的には清水さんが勝つと思っている。是非ベルトを巻いて欲しいし、金子ジム初の世界チャンプを出してもらいたいもの。当日はテレビでも放送するし、応援して欲しい。
 
内藤さんもいい人そうだが。清水さんはそれに輪をかけていい人で、礼儀正しく、好青年だ。朝はロードワーク、昼はウエイトトレーニング、夜はスパーリングを中心としたジムワーク。身近な人で今一番プレッシャーがあり、ストイックな生活を送っている人である。本人は血を見るのが嫌だと言っていたが、とてもやさしい人なのである。やさしくて、とてつもなく強い。たぶん世界ランカーまで上り詰めた人は人間も出来ている。
 
僕はプロボクサーにはなれない。肉体的にハードな仕事をしているプロボクサーを尊敬している。自分の夢も乗せているし、応援したいのである。
 
出来ることは、出来るだけいい写真を撮ること。
 
フィルムを使っているから、いったんスキャンしなきゃいけないし、まだまだ満足のものは撮れていないから無理だが、機会があったら載せていきたい。

自分の体と向き合う

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今日もジムへ。全部で17R練習をする。だんだんと暑くなってくると、さすがにバテるのが早くなってくる。
 
もう少しで32歳。ボクシングは本当に激しいスポーツ。1R(3分)の中であらゆる動きを凝縮している。初めはたった3分と思うが、実際にやってみれば過酷。
 
練習を頑張ればボクシングの経験値は上がるかもしれないが、体力的には厳しい年齢に来ている。これから先、下降線を辿るのは間違いないと思うが・・。できれば緩く迎えるか、出来る所まで維持出来るようになりたいものだ。
 
練習は確かにつらいが。様々なパンチが打てたり、自然と体が動くようになって来ると楽しい。
 
薬を飲み始めると、肝臓が悪くなったり、血沈に異常が出ると聞いたが、今の所何の問題もない。医者からほめられるほどだ。
 
もとから煙草は吸わないが、ボクシングのお蔭で酒もずっと飲んでいない。
 
自分の体と向き合う。なかなか出来ないことだし、自分にとっての何かを持ち続けたいものだ。

本当にやりたいもの

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フリーペーパーを見る。ある個性派俳優のインタビューが載っていた。「ファックスが売れなくても後悔はしなかったけれど、芝居ではたっぷり感じた・・・」。芝居には正解がないし、答えは自分以外には誰にも分からないから続けられるんだというニュアンスだった。
 
写真も芝居に似ているのだろう。その気持ちがとてもよく分かる。旅行会社にいた時に、営業成績が伸びなくても、エクセルやワードの入力が遅くても後悔はあまりしなかった。その時はまだ若くて、さすがに三十路も越えると、もっと周りの迷惑も考える様になったが。
 
「自分なりにいい写真を撮る」この一点だけだ。「世界を歩き、自分なりのいい写真を撮りためる」これに繋がる。思う様に写真が撮れないと、とても後悔する。旅行会社にいた時とは比べようがない。ある程度撮っても、時が過ぎれば、また新しいものを撮りに行きたいと本能的に思う。
 
写真には答えがないし、はっきり言ってお金にもならないが(出ていく一方だ)、突き動かされるものが本当にやりたいものだ。
 
35にもフィルムにも、使っているカメラやレンズにも、時間的にも場所的に考えても、一人の力では限界があるが・・・本当にやりたいものなら、長い年月がかかっても続けようとするし、限界の中でも努力しようともがいたりする。
 

趣味の延長

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2004年に旅をしていたパキスタンのプリント、ついこの間撮ったボクシングの現像をカメラ店で受け取る。
 
年月が経ち、だいぶ寝かしておいたフィルムを改めて見ると新たな発見がある。旅から戻ってきたばかりでは気付かず、「何でセレクトしなかったんだろう?」と不思議。戻ったばかりでは旅の余韻から覚めず、変なテンションが邪魔をするのだろう。写真には冷静さも大切だ。たった10コマを追加にプリントしただけだが、感慨深い。シャンドール峠を何日もかけて越えた時のものが大部分だが、この辺に住む人の衣装、帽子はかわいらしい。顔立ちもインド寄りのラホールに行けばインド系が大部分だが、もっと北に行くとヨーロッパ系になる。フンザまで行けば、目が青く、顔を見ただけでは(衣装を見れば分かるが)とてもパキスタンとは分からない。越えれば、アフガニスタン、イラン、トルコへと続き、人間のルーツは面白い。今はアフガニスタンへは無理だが、またパキスタンへは行きたいものだ。
 
ボクシングの写真をポジで撮ると難しい。外とは勝手が違う。光がなくストロボを使わざるをえないが、ストロボを使うと顔がのっぺりとなるし、ストロボ光は読みにくい。自然と完全に仕上がる写真の確率も低くなる。たぶんどんなプロだってストロボの光は読めないと思う。初めてスピードの速い室内競技を撮ったにしては上出来。露出が完璧な時のポジの爆発力はすごいが、ボクシングだとリスクがありすぎる。次は高感度のネガを多用したい。
 
一度撮ってみて自分なりに研究して、次また撮る。だんだんと経験値が上がる。最初はレンズを向けられなかったのに、出来るようになる。いい瞬間に出会える様になるし、目や感覚も慣れてくる。今思えば、何でもそうだ。最初は旅をしていても人にレンズなんか向けられもしなかった。遺跡や一通りの観光写真を撮っていた。それが、タイの遺跡から、タイの市場、少数民族の村、カンボジアの遺跡、カンボジアの村、各東南アジア、インド、パキスタン、バングラデシュ・・・だんだんと人に興味が出て来る。まずは旅だけをして、次に写真を撮る。長い年月がかかるが、線で繋がっている。
 
話が大きく反れるし、敢えて踏み込みたくないが・・・。最近の秋葉原通り魔事件に思う。社会の仕組みそのものを変えなければ同じ様な事件はなくならない。以前に派遣会社のバイトをやっていた。ひたすら雑誌を仕分ける作業。とても仕事環境は人間とは思わない。低賃金、重労働、同じ様な会社はたくさんあるし、これからも増えていくだろう。
 
ただ殺人や自殺へと走るのはよっぽどのことだ。周りに親や友人がいればたいていは踏み止まる。
 
自分にとってのスケープゴートが大切。人にとっては恋人や子供かもしれないし、仕事や趣味かもしれない。
 
趣味の延長でもいい、本当にやりたいものを見つければ、人生を棒に振る様な行為はしないと思う。
 
焦りは禁物だし、人生には思い通りにいかないことの方が多い。怒りや不安など様々な感情を法に反しない本当にやりたいものにぶつければいいのだ。
 
「いい写真を撮る」「スポーツが上手くなる」「資格を取る」「結婚をする」、何だっていい。
 
戦後歩んできた社会システムそのものははっきり言ってなくならない。人にやさしくない会社には負けること勿れ。
 
そうすると、個人の倫理、思想がますます問われる時代が来ているかもしれない。

目標

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今も薬を飲み続けているが。もう飲み始めて約5ヶ月。肺の中の菌はもう完全になくなったのではないかと思ってしまう。体の調子はいい。眠っている菌もあるし、飲み忘れや油断は禁物だが、早く薬など飲まない生活を送りたいもの。薬というイメージだけで、何だか憂鬱になり、体の調子はいいのに、気分的に参る時がある。
 
先日、ボクシングの写真を撮る機会があった。試合ではなく、練習光景だが、それさえも難しい。旅のスナップやポートレートの様にはいかない。室内競技、しかもスピードがありすぎる。
 
デジタルは持っていないが、こんなにデジタルを羨ましく思ったことはなかった。とにかくフィルムの入れ替えに手間がかかる。よりシャッタースピードが欲しいから感度を上げられるデジタルは魅力的だ。
 
そうは言っても、フィルムで通したい意地や気持ちもある。フィルムでしか撮れない何かがきっとあると思うのだ。デジタルの様にすぐには確認できないし、後戻りできない潔さもある。
 
その日はとても充実していた。まだまだ未知の領域だし、試行錯誤の連続。
 
日本ではいいボクシングの写真を撮る。少しでも目標ができると、やる気が蘇って来る。