GWが明けて、ジムが通常営業となる。早速、練習に行く。全部で18R、筋トレ腕立て90×3、腹筋45×3を行う。その内の3Rをトレーナーとマスボクシングをする。
 
トレーナーは元プロ選手。パンチのスピードも速いし、フェイントも巧み。強く当たらないと分かっていても、飛んで来るパンチは怖い。コンタクトレンズをしていると言っても、言い訳にはならないだろう。パンチを防御したり、読んだり、間合いを計りながら時には懐に飛び込まなければ強いダメージを与えられない。4年目でもボクシングは難しく奥が深い。通う度に壁にぶつかる。打ち込まれると、目が泳ぐのがどうやら欠点だ。いっそのこと本格的なフルコンタクトのスパーリングを経験して、一度はボコボコにされればパンチの恐怖から多少は逃れられるかもしれないが。目が悪いから難しい。マスでも格上の相手と練習をすれば、度胸が付く。そう思うしかない。
 
写真は撮っていない。フィルムを買う金もない。バイトは最小限に抑えて、今はトレーニングに打ち込んでいる。人よりも海外撮影は多いと思うが、旅や写真を続けていると、様々な邪念にぶつかる。たかが写真、されど写真だが。されど写真、たかが写真ではないかと思う時がある。自分のやっていることが、無意味に思えて来る。写真はどうしても切り取る自分が出てしまう。撮りたいという欲求を満たす部分もあるのだ。ドキュメンタリー、動物、空撮、奇をてらった様々な写真があるが、結局は、自分を強く見せたいのではないか。報道写真の様な写真を撮っていても、いまいち図々しくなれず、悲惨な現状を撮ったり、自己嫌悪に陥る。世の中の為というのが大義名分なら、本当の名分はなんなのだろう?カメラや写真が凶器となることもある。
 
写真を続けていて、写真から一時でも離れて、写真ではない本当の強さが欲しいのである。生身の肉体を鍛えるというか、痛めつけることによって、今まで見て来た弱い人の気持ちも分かる。ボクシングなら写真の様な人を傷付けない。また整理出来たら、写真を撮りたい。
 
ボクシングは栄養が第一だ。一応栄養には気をつけているが、毎日同じ様なものを食べている。納豆と豆腐とヨーグルトと牛乳はほぼ毎日の様に飲食している。これで体を壊したら、しょうがないと諦めている。
 
それにしても、インド人は、毎日カレーだ。カレーを食べないと落ち着かないらしい。あれで日本の何倍も過酷な生活に耐えられるから、世界の不思議の一つだ。チャイは低下層のインド人にとっては欠かせない。チャイがなかったら、生きられない人もいるのではないかと思ってしまう。元はイギリスから来た紅茶を何倍も甘くした、インド版ミルクティーは。脂肪もカルシウムもカロリーも摂れるし、実に合理的な飲み物だ。
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