工場でのバイトを一週間ほど止めただけで、咳があまり出なくなった。2年目も続けていたから一種の職業病だろう。日本でも汚い場所で働いていたし、写真を撮る時も混沌とした場所。呼吸器系統にいい訳がない。
 
旅や写真に対する気持ちは揺るぎないが。学生の頃から、一日だけのものを含めてバイトを転々としている。様々な仕事をしたものだ。正社員としてはマイナスかもしれないが、写真家としてはプラスだと思う。
 
日本での働くというシステムは、働き手の顔がいまいち出てこない。よりお金を稼ぐ為に効率を重視され、細分化され、同じ作業に行き着く。さらに、何年も働いていると同じ部分が病んで来る。パソコンを使っていれば、目を痛めるだろうし、警備員をやっていたら足を痛めるし、工場で働いていたら今回の様に肺を痛める。自身も含めて日本人はかた真面目だから、結局は自分の首を自分で締めている。
 
逃げるということも大切だ。人には合う合わないという適性があるから、何年も続けて体を壊す様だったら、きれいさっぱり止めた方がいい。残ったものを続ければいいし、体に負担がかかってもやりたいものだったらやればいい。「やりたいものはやればいいし、やりたくないものはやらない」、今の日本は選択肢が幾つもあるから、こういう単純明快な生き方でいい。
 
問題は理想の生き方で食べていけるか。難しい所だ。食べていけなくても理想の生き方を貫くことが本当にやりたいこと。やりたいことなら食べていけなくても続けていける。
 
「写真を撮ることは生きること」と書いたことがあるが、「撮ること」が頭から離れない。今の生活のままだと消化不良だ。ただたんに撮るというわけではなくて、撮りたいものを撮るという喜びや困難も含めた感情や行為を求めている。いい写真を撮るということは次にあって、まずは撮りたいという衝動だ。旅先(特に発展途上国)にある。
 
写真家は個人商店と一緒。一人では生きられない。会社だって、株主というシステムがなければ潰れる所も多いに違いない。写真というビジョンで生き続けたいと願う。ビジョンを達成するには協力者が必要だ。当然だが、協力者にはなかなか出会わない。
 
東京にいるメリットがあるか。悩みはつきない。
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