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街では桜が満開の様だ。本当ならカメラでも持って、桜並木をブラブラと行きたいところだが、厳しい現実。フィルムを買うお金もない。撮れるものは想像できるし、無理して撮る必要もないだろう。
 
前回のインドから戻って、なるべく早く態勢を整えようと思ったが、表面の結果だけは上手くいかない。長い長い写真家人生。こんな年もある。我慢の連続だろう。
 
ここ半年、1年はさらに深い我慢でもいい。
 
もう3月は終わろうとしている。今月も週4、5日ペースで18日ジムに通うことが出来た。今も薬は飲み続けているし、上出来だと思う。
 
形は闘病中だが、ボクシングを始めてから一番の練習量の年。薬の副作用が心配だったが、今の所問題はなし。ここであきらめるか、頑張って続けるか。
 
それにしてもプロの方はすごい。もし会社の人事担当者だったら、プロライセンスを持っていたり、長くボクシングを経験していたら即採用だろうな。それだけ利益にこだわらず自分の肉体を鍛えるというか、いじめるということが、どんなに大変なことか。後は、型の問題だ。会社でも何でも様々な型(システム)があるが、ボクシングの基本の動作も立派な型。体力をかなり使う分、大変。ボクシングをマスターすれば、様々な困難にも乗り越えていける気がする。
 
続けていると、奥が深い。まだまだ未熟。目が悪いからスパーリングは無理だが、マスをやったりすると、相手がいるだけで難しくなる。ミット打ちでも、サンドバックでも、攻撃するだけでいい。実は防御が難しく、攻撃と防御の兼ね合いがさらに難しい。本気のパンチをよけきれたり、完全にガードできるかは疑問だ。ガードが甘いと自分の手が顔に当たるし、強い人だとガードの上からもかなりの衝撃がありそうだ。プロの方のスパーリングを見ていると、誰でも必ずパンチはもらい受ける。相打ちであることもしばしば。それだけ人間の本気のパンチをよけるのは人間の領域を越えている。上手くガードしてこまめにジャブを当てたり、タイミングを計ってカウンターをしたり、乱打戦に持ち込んで判定にもつれ込んだり、試合勘と言うか、経験のなにものでもないと思う。
 
楽な趣味ではないが、ボクシングを続けていると、今は亡き一ノ瀬泰造という写真家のことを想像する。最近、2度目だか3度目だか久しぶりに一ノ瀬泰造の父親の書いた「戦場に消えたカメラマン」を読み返している。やはりすごい人だ。ボクシングの写真を撮るには、自分がボクシングをやらなければならないと考えた姿勢は共感する。遂には4回戦ボーイ、今でいうならC級ライセンスを取得するぐらいにまではいったに違いない。相当の体力と気力と反射神経だったはずだ。戦場の写真を見ていると、今日本人で同じ様に撮れる人はまずいないと思うし、世論も放ってはおかないだろう。だが時が経てば、間違いなくその時の熱を閉じ込めている。
 
自分が同じ様な写真を撮れるかどうかと考えたら、そんな勇気もない。だからこそ羨望に値する今は亡き存在なのである。
 
写真家としてこれからどういう道を歩むのか、悩みや不安は続く。自分の中での春はまだまだ遠い様だ。ただどう転んでもいい様に基礎体力、気力、反射神経は鍛え続けたいもの。
 
当分、学校の部活動の様なジム通い、ボクシング漬けの毎日を送りそうだ。

様々な表現

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今日もジムへ行く。全部で18R練習をする。
 
プロの方には到底及ばないし。疲れてくると、足腰がフラフラして来るし。
 
でも、ボクシングは立派な表現の手段だ。
 
A級選手の華麗なフットワークを見ると、肉体の芸術という言葉さえもあてはまる。
 
決して楽な趣味ではないが、続けていて良かったと思う。いい意味でもストレスの発散になっている。
 
頑張ればしんどいし、いいパンチが入れば気持ちいいし、ストレートに肉体で表現できる。生きているという喜びを味わえる。
 
写真はどうしても差が生まれてしまう。アジアを旅しながら写真を撮っていれば幾らか気を紛らわせるが、日本に戻って来て落ち着くと生きているという喜びを見失いそうになる。
 
写真を撮っている瞬間はいい。撮っているだけでは表現は成立しない。現像したり、プリントしたり、まとめたり、仮にどこかで発表できたとしても、半年や1年先ということはざらだ。不特定多数の誰かに見てもらう時には、その作品は少し過去の気持ちであり、結果である。発表する機会がなければ、悶々と過ごすことになる。自分の存在意識さえも否定しそうになる。とても間接的な表現の仕方ではないかと思う時がある。ストレートにお客さんに伝わらないし、自分の気持ちや肉体もどこか消化不良になる。
 
へミングウェイの「老人と海」を読む。何故、年をとっても、荒々しい海へ行こうとするのか。大きな獲物を仕留めようとするのか。悲しさを踏まえ、生きているという喜びを感じたいからだ。死ねば、何もかもが全て終わる。
 
釣りも狩りもボクシングも、旅をしたり写真を撮るという行為もどこかで同じ感覚を持っている。
 
残念ながら今の社会では写真で表現するということは、かなり間接的な表現に終わっている。でも、一生続けようと決めたからしょうがない。
 
直接的に表現できるボクシングと間接的な写真。
 
上手くバランスを保って続けていきたいものだ。
 

価値基準

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自分では正しくて良かれと思ったことが、いまいち周りに認められない。写真を続けていると、審査の違和感を感じる。審査は人間がやっているから当たり前だが、千差万別。認めてくれる人もいれば、全く見向きもしない人もいる。一時は認めてくれた人も、時が経てば掌を返した様に無関心になる。
 
人の心は移ろいやすい。異性と金と夢は、追いかけようとすると離れて行く。
 
流されたり、合わせるのはもう疲れた。先生と呼ばれる写真家だって、その人の今まで撮って来た写真を見てもいいと思わない人もいる。審査するそこそこ有名な写真家だって、満足に写真を撮れていない人だっているはずだ。写真評論家も自分では写真を撮っていないし、知識や言葉の上手さという机上の論理をこねくり回しているだけであまり信じられない。それでも世間一般では写真界で君臨できる。
 
花や富士山などのきれいだけの写真は興味はないし。笑顔ばかりの人の写真もいいとは思わない。女性が好みそうなハイキーのネガの写真やデジタルの淡い色の写真もいまいち向かない。楽園風の景色の写真もいまいち。お洒落に見せかける写真もいまいち。世の中で浸透しているものは、微妙にずれている。売れている小説家や芸人俳優も少し違う。どちらかと言えば少数派だが、ちやほやされておらずいぶし銀や影の実力者を好む傾向がある。食の好みだってそうだ、名古屋人だからか、味噌カツや味噌煮込みうどんや手羽先や角煮やどて煮やおでん、見た目は茶色っぽいが、美味いものは美味い。深みはあるが味は濃いし、東京ではいまいち浸透していない。
 
好みを無理して合わせる必要はない。自分の中の価値基準を大切にして進むまでだ。
 
難しいのはアジアの写真はアジアの写真と見られてしまう。これだけ自由に旅をすることができて、アジアブームもとっくに過ぎ去ったし、あらゆるアジアの写真は出尽くした。
 
世間のブームは無視していいと思うし、自分の中のブームを大切にしたい。そもそもブームなんて関係ないし、行きたかったら行けばいいし、撮りたいものを撮る。
 
10、20年は必要かもしれない。
 
学校を卒業して新入社員なら胸をときめかせて希望で溢れているかもしれないが、31歳になるとある程度社会が見えて来る。希望なんて見せかけだけだ。ごく一部が幸せで、大部分は幸せと思っていない。
 
最近も週4日ペースでジムに通っている。体調は万全ではないが、病人とは思いたくない。
 
後半年、1年、1年半、2年とできるだけボクシングをマスターして、東京から去って、実家に戻ったり、カメラを持って世界を旅したりするのも悪くない。流れ次第だ。今のままでは様々なものに縛られている。フットワークが重いし、身動きが取れない。体を鍛えるのだと辛抱している。
 
何を成功するとするのかは微妙だが、写真家として残された道は、アンリカルティエブレッソンの道だ。もしくは戦場カメラマンに近い道だ。何ヶ月も旅先に滞在していなければならない。
 
何の為に生きているのか、常に死は意識している。自問自答は続く。
 

撮ること

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工場でのバイトを一週間ほど止めただけで、咳があまり出なくなった。2年目も続けていたから一種の職業病だろう。日本でも汚い場所で働いていたし、写真を撮る時も混沌とした場所。呼吸器系統にいい訳がない。
 
旅や写真に対する気持ちは揺るぎないが。学生の頃から、一日だけのものを含めてバイトを転々としている。様々な仕事をしたものだ。正社員としてはマイナスかもしれないが、写真家としてはプラスだと思う。
 
日本での働くというシステムは、働き手の顔がいまいち出てこない。よりお金を稼ぐ為に効率を重視され、細分化され、同じ作業に行き着く。さらに、何年も働いていると同じ部分が病んで来る。パソコンを使っていれば、目を痛めるだろうし、警備員をやっていたら足を痛めるし、工場で働いていたら今回の様に肺を痛める。自身も含めて日本人はかた真面目だから、結局は自分の首を自分で締めている。
 
逃げるということも大切だ。人には合う合わないという適性があるから、何年も続けて体を壊す様だったら、きれいさっぱり止めた方がいい。残ったものを続ければいいし、体に負担がかかってもやりたいものだったらやればいい。「やりたいものはやればいいし、やりたくないものはやらない」、今の日本は選択肢が幾つもあるから、こういう単純明快な生き方でいい。
 
問題は理想の生き方で食べていけるか。難しい所だ。食べていけなくても理想の生き方を貫くことが本当にやりたいこと。やりたいことなら食べていけなくても続けていける。
 
「写真を撮ることは生きること」と書いたことがあるが、「撮ること」が頭から離れない。今の生活のままだと消化不良だ。ただたんに撮るというわけではなくて、撮りたいものを撮るという喜びや困難も含めた感情や行為を求めている。いい写真を撮るということは次にあって、まずは撮りたいという衝動だ。旅先(特に発展途上国)にある。
 
写真家は個人商店と一緒。一人では生きられない。会社だって、株主というシステムがなければ潰れる所も多いに違いない。写真というビジョンで生き続けたいと願う。ビジョンを達成するには協力者が必要だ。当然だが、協力者にはなかなか出会わない。
 
東京にいるメリットがあるか。悩みはつきない。

我慢

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今の体の状態だと埃っぽい所(肉体労働)はなるべくなら避けたい。
 
以前の仕分けのバイトは止めている。一日行くだけでマスクをしていても咳き込むし、手も真っ黒になる。流れ作業だし、体調が万全の時は妥協していたが、どこか悪くなるとけっこうしんどい。写真やボクシングをやりながらよく2年間も続けたもの。このまま続けたら体が幾つあっても足りない。半年で良くなるはずの持病も治らない。
 
最近はバイトを変えた。写真屋さんで働いている。日給に換算すると以前のバイトの方がいいが、体のことを考えると背に腹は変えられない。
 
体調が万全になれば肉体労働に戻ってもいいが、今の所考えていない。
 
久しぶりにスーツを着て働いている。プロラボというよりも量販店のラボ屋さんという感じだが(ポジではなくてネガを扱っている)、教えてもらうことは新鮮だ。勉強になっている。知っていることもあるが、知らないことの方が多い。会社も変わればあらゆるシステムも変わるが、写真という根っこの部分では変わらない。写真の大切さも知っているし、好きなことだから吸収しやすい。
 
27、8歳の頃は、「写真の鬼」「写真馬鹿」とか自分では思っていたが、続けていると知らない間に情熱が冷めてしまう。体を壊したり、結果が出ないとなおさらだ。最近はいまいち熱が入らない。
 
たまたまタイミングがいいというのもあったが、改めて写真の仕事に一から就くと、熱が蘇ってくるかもしれない。
 
会社の形態もあるし、一日の働く時間は短いし、これでちゃんと生活できるかは難しいところだが、少なくとも半年、1年の我慢だ。金銭的には厳しいが、肉体的には以前よりも遥かに楽だ。
 
いけると判断すれば、フリーに戻るし、もっと過酷だと思える職業カメラマンや、出版業界への就職も考える。今のままだと抵抗がある。自分の肉体を信じられない。
 
ボクシングは続けている。週4日は通うつもり。リハビリをして肉体を見つめながら、体調を完全に取り戻したい。

写真家の切れ目

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時間とお金の問題が写真家の切れ目と思う時がある。
 
写真にはフィルム、現像、プリント。行かなければ撮れないから、取材費もかかる。写真はお金がかかる。小説家さんとは少し違う点だろう。
 
お金を作るには当たり前だが、働かなければならない。働くには、時間を制約しなければならない。生活費を引いた写真代と働かない自由な時間で、創作する瞬間が生まれる。
 
体調が万全の時はいいが、いったん体を壊すと、何もかもが狂う。時間もお金も自分の体力から稼ぎ出す。少なくとも今まではそう思って来た。ここ3年間は過酷だった。働くと言っても、時間の融通を利かせるには肉体系のバイトを選んでしまうし、肉体で付いていけなくなるのを諦めたくないから続けようとする。
 
もう3年間を同じ様な動きで行こうと思ったら、不安でいっぱいだ。今までは週払いだったが、会社員の頃の月給とは大違い。週払いや日払いになればなるほど体力を消耗する。20代の頃はそれで良かったが、揺らぎつつある。
 
海外で撮らなければ、写真家をやっている意味がない。普通の日本で今の所撮りたいものはない。
 
難しい所だ。後2年間ぐらいは東京にいるが、状況次第では別の選択肢も考えている。

向き不向き

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内藤×ポンサクレック戦を見る。派手さはないが、試合の駆け引きなどもあり、レベルの高い試合だったと思う。内藤選手のスタイルは個性的すぎる。普通のボクサーならまずやらないし、できない。強い相手だと有効的かもしれないし、実践的なスタイルかもしれない。基本ができた上での上級者向けのテクニックだ。普通はジャブ、ジャブ、ワンツーと言う様に、ジャブで組み立てたり、打つ時は相手をしっかり見ろと教わる。通っているジムのスパーリングでもジャブをあまり使わず、左右のフックを多用するスタイルのボクサーもいる。さらにトリッキーな動き。ボクシングは用は相手を倒せばいいのだから、ありのスタイルだが、見栄えは良くない。判定にもつれ込むと、意外に厳しくなったりする。
 
左で相手を押さえつけて右ストレートを出したり、左フックがおとりで右を当てにいったり、そっぽを向いて左ボディー(ノーファインダーで写真を撮っている感じだ)などは意外に利くのだろうか?真似はできないが、面白かった。ボクシングは自由だし、奥深い。
 
あれだけ動ける33歳を見たことがない。強さは年齢じゃないと勇気付けられる。30歳になると体力はがた落ちだが、鍛え方によっては覆すこともできるのだろう。
 
それにしてもボクシングはテレビに不向きだ。サッカーは全体が見渡せるし、テレビには向く。ボクシングはスパーリングさえも生で見ると迫力が違う。あれだけの試合なのにテレビになると、いまいち迫力に欠ける。ボクシングがいまいち大衆の認知を得ないのは、テレビの影響にもよるのだろう。
 
やってみるのとでは大違いだ。見るだけでなく、やる方が面白い。3分間はどんなに長いことか。
 
今までのバイトとボクシングと写真はなかなか両立させにくい。肉体系のバイトだったが、かなりきつかった。おかげで発症してしまったし。
 
最近はバイトを変えようと思っている。

現代の医学

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最近は本をよく読んでいる。
 
数年前ブームだったが、自分の中でのブームは続いている。新選組が面白い。子母澤寛「新選組始末記」「新選組遺聞」、司馬遼太郎「新選組血風録」をまだだったので読む。
 
特に司馬遼太郎の新撰組ははまった。これもおかしな話だが、亡くなられた作家さんの本はよく読む。三島由紀夫、開高健、寺山修司然り。どうも生存している作家さんの作品は、変な打算が見え隠れする。現時点で流行っている映画や小説を我先にと求めないのは言うまでもない。
 
何故以前として新撰組が気にかかるのか。隊士達が活躍したのは30代で、僕は31だし、感情が移入しやすいからだろう。
 
誰でもお気に入りの隊士がいる。僕の場合は沖田総司である。似たような体になって、より感情移入するようになった。
 
それにしても昔の人はすごい。医学は今の様には進歩していないのに、労咳という体で真剣で立ち向かう。ストレスや恐怖は想像できない。どこまで実話か分からないが、沖田総司は実存していたと思うし、一番隊長だったというのも本当だろうし、剣の腕は確かで強かったのだろう。この体に少しでもなれば、激しすぎる運動も一日に2,3時間はできる。薬は進歩していないだろうし、たぶん大部分を横になって安静して、いざという時に活動していたと思われる。
 
昔だったら通り過ぎていたものが、現代の医学だと引っかかる。沖田総司の場合は血も吐いていたし、よほど病状が進行していたのだろう。肺の中の一部分で、人に移ることもないし、血を吐くこともないし、薬を飲めば確実に治ると言われている。現代の医学に感謝したいが、昔の人や、今のインドや発展途上国の貧しい人は昔のままだろうし、ろくに薬もないだろうし、気の毒だと思う。
 
たまに咳をすると、「やばい、死ぬのかな?」と思うのは、過剰な思い込み。無理は禁物だが、フリーという立場の精神的なものから来ていることも否めない。
 
少し減らすが、普通にバイトをするし、一日の練習量を考えながらジムも行く。感覚を掴んでいたり、体力筋力や反射神経を落とさず、治ったら思いっきり練習をしたいし、海外へも写真を撮りに行く。こんなことではあきらめない。
 
普通だったら、子供だったら学校の体育は休ませたりするかもしれないが、ある程度体を動かすことは大切だと思う。体を動かすことで、自分も健常者と同じだと確認できたり、子供特有の違和感(悲壮感)を感じることを軽減したり、友達が増えたり、逆に元気になったりする。
 
ジムへ行くのも小さい頃の体育と似ている。小さい頃は体も丈夫で体育を休んだこともないし、大人になっても一緒。
 
ボクシングをすることは、さらに稽古をつけてもらっている感覚に近い。外も内も見つめられる。楽ではないが、昔の人に比べれば遥かに楽だ。
 
ボクシングをすることは、昔の道場で剣を学ぶ様に、現代の道場に近い。ジムの特色が、道場の流派である。ジムによって、教え方も構え方も打ち方もたぶん微妙に違う。
 
昔の人を見習って、なるべく鍛えたい。 

気持ちが分かる

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少しでも弱っていると、弱い人の気持ちがより分かる。どうしても強くありたいと思ってしまうが。
 
人生の通過点の中で、今の様な何らかの病にかかる事は決してマイナスばかりではない。旅をして、なおかつ写真を撮るというアクションを起こさなければかかるリスクはなかった。写真を撮る、作品を作るというエネルギーの代償なのだと思う。病にかからないほど無神経、無頓着の体ではない証拠。肉体も感覚も敏感に反応しているという、写真家や作家にとってはある意味いい経験だろう。
 
同じくアジアで写真を撮っている知り合いの写真家の方もかかっていたと初耳だったし、その方の知り合い(たぶんバックパッカー)もかかっていたと言っていた。インドをメインとして旅をしている。アジアの様々な国を周っている者としては、やはりインドが怪しいと見ている。衛生上はタイやカンボジアやベトナムには比較にならず、お世辞にもきれいとは言えない。人も埃も多いし、貧富の差もかなりある。冬は数℃まで下がりかなり寒く、乾燥もしているし、特に北インド(首都デリー、山岳地帯、砂漠近辺)が曲者だと思う。サドゥーや、物乞いや、旅行者まで、変な咳をしている人が目に付く。
 
インドで気を付けることは、肝炎でも、狂犬病でもなく、案外肺結核だろう。昔の病の印象だが、日本でも若者を中心に少なくはないらしい。ツベルクリンはしなくなったのと、日本の職環境の貧しさも原因だと思う。中小企業は倒産に追い込まれ、大企業だけが生き残る。あらゆるものが細分化され末端で働く者は、工場で何をしているかも分からない単純肉体重労働。ワーキングプアで、時には食生活も削り、ホームレスと何ら変わりはない生活。かと思えば、上に立つ者は過度なストレスに晒される。たぶん誰でも眠っている悪性の菌は持っていると思うが、日本で無理をして発症をしてしまう。
 
インドの名誉に付け加えるならば、インドは確かに汚いし、様々な病を拾って来るリスクも大きいが、インドには何かがある。純粋に面白いし、刺激的だし、人生について深く考えさせられる出来事も多い。写真家にとってはなおさらだろう。今は体調が万全ではないが回復したら、いつかまた写真を撮りに行きたいと思ってしまう。