今月終了

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昨日で右肋骨の具合が分かるはずだったが。大きな病院でCTスキャンの写真を撮って、かかり付けの病院へ持って行っただけ。すぐに診察してもらえると思っていたが、「結果が分かる1週間後に来て下さい」と言われた。「そこに撮った写真があるじゃん」と思ったが、内心に留めておく。写真があるからすぐに結果が分かるということじゃない様だ。たぶん引き継いだり、検討したり、いろいろとあるのだろう。
 
一刻でも早くはっきりとしたかったが。病院へまた行かないといけないし。気分は少し晴れない。でも体は動く。
 
今日は9時から16時までバイト。その後ジムへ行き、全部で17R練習をする。
 
今月は18日も通うことが出来た。出席の判子が多くて、白い空欄が少ないと気持ちいい。今のバイトと両立できるし、やればできる。
 
プロではないボクサーなら皆勤賞だろう(プロぐらい上手くなりたいが)。
 
玄関でばったり名誉会長と会い、「頑張っているね」や「ご苦労さん」の一言がとてもうれしい。
 
「修行しているんじゃないの?」と聞かれた時は、確かにその通りだと思う。よく見ている。
 
職業は一応フリーの写真家だが、どうしても肉体と精神を鍛えないとやっていけない。インドや海外へ長期の撮影旅をしているとよく分かる。自分の身は自分で守るのも鉄則だし、体調管理も大切。どこかにスポーツやアスリートの部分もある。
 
最近土門拳さんの本を見ているが、まさしくアスリートそのものだ。
 
鍛えられるか、体を壊すか、その辺まで来ている。体を壊したら話しにならないが、今の限界を知る上では多少必要だと思う。
 
ボクシングをすると、確かに疲れているのに、その日は体も感も良くなる。ただ次の日は特に朝がつらい。でも夕方頃になると、復活する。
 
煙草は最初からしないが、アルコールの匂いも嗅ぐだけで嫌になる。ずっと禁酒禁煙。
 
最近は栄養にも気を付けているし、本当にアスリートの世界だ。
 
来月も頑張ってボクシングを続けよう。
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アイデンティティ

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9時から16時30分までバイト。その後ジムへ行き、全部で17R、筋トレ腕立て80×3、腹筋45×3を行う。
 
その内の2Rを飯田トレーナーのミット打ち。要求される動作に付いて行く。一瞬でも気合いを入れない(集中しない)と付いて行けない。バイトの疲れは言い訳にはならない。付いていけないとせっかく受けてもらっているのに、トレーナーにも悪い。やはり飯田さん(トレーナー)は職業も含めてすごい。パンチは受けたことはないが、受ける側も打つ側と同じくらいの体力も気力も必要だろう。プロほどのパンチ力がある人ならなおさらだろう。
 
日曜・祝日を除いて、毎日の様に週6日で教えている。インド人や今まで旅して見て来たアジア人にひけを取らなく、(知っている方で)日本人で一番体力がありタフな方だ。尊敬する。
 
ボクシングをする度に、難しさと奥深さを感じる。つらいが、楽しい。31歳だから限度はあるかもしれないが、高校でやって来た野球や、大学のサッカーが少しは役に立っているかもしれない。普通なら腰や足を痛めている所だ。それでも、ボクシングのフットワークは難しい。
 
他に何でそんなにボクシングにはまっているんだろう?ボクシングをやっていると、自由、革命、アイデンティティという言葉などが浮かぶ。
 
いじめられっ子や、スラムの問題児などがボクシングをする感覚にも似ている。
 
写真家だが、上手く(思う様に)発表し続けたり、作品を作り続けるのは難しい。写真家にとって発表できないということは、自信が消え失せたり、社会への接点がなくなったり、妙に寂しい思いがする時がある。普通の人は真面目に働いているのに、「何やっているんだろう?」、大学まで卒業したのに収入の少なさや最下層で生活していたり、社会のアウトサイダーと思う時もある。
 
でも、社会は信じているし、ボクシングによってかろうじて社会の共存体と結びついているし、自分の体力と気力を磨いているし、いつか(いつになるか分からないけれど)写真で見返したいという思いもある。ボクシングによって上手くバランスを保っている。写真家にとって、陽の目があたったり影に入ったり、それらの繰り返しだ。もぐらの様に影ながらの努力で地道に作品作りに費やしていたり、充電潜伏期間であったりすることがほとんどだ。こう割り切っている。写真の仕事がなければ、バイトをして、ボクシングをする。自由な時間があり続けるし、その分強くなれる、マイナスではない。写真の仕事が入れば、願ってもないことだし、寂しい思いをし続けて、やっと写真で表現することができうれしいから全てのエネルギーを注ぎ努力する。
 
明日は、いよいよCTスキャン胸部の検査。以前レントゲンを取って、「不鮮明で、右肋骨にひびが入っているかもしれない」と言われたことがはっきりする。肋骨にひびが入っていたら、ボクシングは荒行だが、痛みはない。たぶん大丈夫だろう。

ボクシングの御手本

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9時から17時までバイト。その後ジムへ。全部で17R練習をする。
 
19時45分頃から清水さんと大竹さんがスパーリング(2R)をしていた。二人ともボクシングスタイルも含めてとてもかっこいい。ボクシングの御手本の様な人達だ。
 
スピードがあって動きに無駄がなく、見応えがあった。お金を払っても見る価値のあるスパーリングだと思う。素人だったら、たぶん秒殺。それだけ強い。武器を拳に変えて、三国無双だった。
 
A級ボクサーの実力になると、スパーリングでも100%の力ではないのだろう。あくまでも本試合を意識して、ステップアップや確認している部分も見受けられる。
 
今日見た限りでは五分五分か、清水さんの方が上だった。大竹さんがバンダム級で、清水さんがフライ級で少し軽いから、清水さんの力は相当なものだ。
 
ボクシングでは、特にフライ級に目が離せない。3月には、内藤さん×ポンサクレックが対戦する。4月には清水さんと吉田さんという方が対戦する。そして亀田の兄や坂田さんという方がいる。他にもいる。ボクシングの戦国時代で、時代に残る気がする。
 
清水さんが一番強いと思う。フットワークとカウンターとキャリアはひけを取らない。まだまだ若いし、ここ3年が勝負だろう。やはり金子ジムから世界チャンピオンが生まれて欲しい。ボクシングの天才という感じがする。センス抜群だが、練習量が半端じゃなく、努力の人という感じもする。チャンピオンになるにはたぶん運も必要だが、清水さんは何か持っている。
 
最近はボクシングにはまっている。写真家も目や感を養ったり、様々な経験が必要だから、多少遠回りしてもいいだろう。
 
ボクシングの写真は本格的に撮りたいものだ。海外ではなくて日本だったら、純粋に惹かれる。ただ撮るかもしれないし、永遠に撮らないかもしれない。まずはボクシングがプロ級ぐらいに上手くならないといけないと思うし、撮ることでボクシングをする楽しみが奪われるのも怖い。
 
もし撮るんだったら、デジタルが優位かなあ(持っていないけれど)。銀塩フィルムで芸術的に撮るという方法もあるが。何せ競技場所が暗いから。ストロボは必需品だが、ストロボを使うと、結果が読みにくくなる。増感にも限度があるし。デジタルの感度を上げて撮るのは、役に立ちそうだ。
 
どちらにしても、全くのゼロからのスタートじゃないし、写真というものはたくさん撮ることで分かってくる部分もあるし、経験だし。
 
もし撮るのだったら、自信はある。

どこまで踏み込むか

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ジムは休んでロードワーク(ランニング・筋トレ・シャドー)を行う。一日に少しでも運動をしないと満足できない体になってしまった。
 
今までは必ず金土日を中心にジムへ通って来た。平日にバイトの後ジムへ行くと(その分しんどいが)、週末が自由に使える。写真の仕事や整理が出来るし、新しいアイデアを試すことも出来るし、本を読むことも出来るし、誰かの個展を見に行くことも出来るし、人と会うことも出来るし、今日の様にロードワークも出来る。平日にジムへ通うには、時間を作らなければならず、残業は積極的に出来ない。一時の収入は減るが、ボクシングがもっと上手くなり強くなる為には仕方ない。
 
プロボクサーは日本ランカーと言えども、副業なしでは生活できない。練習量を増やすには(強いボクサーを目指すには)残業の多い正会社員は難しいと思う。本気で頂点を目指すには、紹介されていた内藤さんの様に月給12,3万円と言うのも理解できる。それでも3000人ほどのプロがいると言う。3年間(4年目に突入)ボクシングを実際に続けていると、ボクシングは簡単で単純なスポーツではない。収入には結びつかないし、ハードな運動だし、地味だが続けている人が少なくないのは、自分自身の為だ。義の様なものを求めている。
 
ボクサーと写真家はだぶる。収入には結びつかないし、陽の目があたるかは分からないし、旅も写真費用も安くはなく常にギリギリの生活を強いられるが、自分の理想を求めて写真を撮り残す。写真家はたとえ何とか賞を取っても副業なしでは生活できない。プロとアマチュアの境は曖昧だし、数を特定するのは困難であるが、少なくともプロボクサー並みの人口はいると思う。
 
一度個展を開催した時に、いろんなものが見えてくる。「カンボジアの社会情勢はどうか?」「危険じゃなかったの?」「昔の日本もこんな感じだったのよ」「子供は撮りやすいよ」、様々な質問から個人的な意見まで、貴重な意見も頂いた。でも、中には「この色は可笑しいよ」とただ一言捨て台詞を言って去っていく者や、(純粋に写真だけを見て欲しいのに)法学部の経歴を見て写真の著作権は詳しく知っているのかと右翼らしき人物が詰め寄って来たり、腹の立つ経験もした。
 
パキスタン、バングラデシュ、3度のインドとフリーの写真家として経験していく中で、肉体武装もしくは知識武装をしなければ写真家(ジャーナリスト)として続けていくのは難しいということを身を持って知った。40代へと向かっていくにはなおさらだろう。ジャーナリストなら完全に知識武装をしなければやっていけないだろう。写真家なら知識武装は軽減される。知識というものは後付けが多く、人伝に聞いたり、かなり流動的でどこまで信じられるのかは難しい。例えばインド人だって、見栄を張って多少大袈裟に答えたりする。
 
テレビキャスターなどが想像できるが、自分は相応の給料を貰っているのに、常にいい物を食べていたり、もし私利私欲を肥やしていて、下目線でもっともなことを言うのはどうも納得できない。インドには貧しい子供がたくさんいるが、論理だけでは解決できないし、想像も出来ない。「じゃあ、あなたは鍛えていてそれだけの人物なのか?」と聞かれたら、難しい所だ。アルコールで腹が出ていたりしたら、説得力がなくなる。
 
写真家はジャーナリストと旅人(バックパッカー)の中間だと思う。ジャーナリストよりは危険は冒さないが、理想の写真は求める。純粋な旅人でもどこまで踏み込むのかは旅には常に付きまとう。ここの国境は行けそうだとか、バナラシの狭くて暗い路地のそこまでなら行けそうだとか直感で感じる。バックパッカーとは常に危険を察知回避して、旅を続ける者のことだ。
 
今のアフガニスタンだと、ジャーナリストなら行くし(行かなければならない)、写真家なら行かない。写真家はバックパッカーよりは踏み込む場面が多い。写真家でも踏み込みすぎたら、死んでしまう。アジアの撮影旅を続ける者としては、どこまで踏み込むのかは永遠の課題である。

継続は力

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9時から17時までバイト。その後、ジムへ行き全部で17R、筋トレ腕立て80×2、腹筋50×2を行う。その内の2Rを飯田トレーナーのミット打ち。つらいが乗り越えると勇気付けられる。とてもバイタリティーのある方だ。こちらも気持ちを高めないと付いていけない。その分自信になる。
 
今週も5日ジムに通うことができた。今のバイトと両立できるか心配だったが、何とかなりそう。バイトの後確かに疲れはあるが、気持ちを奮い立たせてジムに向かう。
 
続けていると、ボクシングの動作も慣れてくる。体が勝手に動く。まだまだ未完成だが。左右のダッキングがいつの間にかスムーズに行える様になったりする。一つ一つ何かが出来るとうれしい。
 
バイトは週給だし。一般的な会社員の方の月給を週給に換えて比較したら、かなり落ちる。
 
怠けたり遊んだりしているわけではないし、いつか必ず報われると信じたい。
 
「継続は力なり」、いい言葉だ。撮影旅でも当てはまるし、何でも続けていけば力になる。
 
週単位で頑張ってボクシングも続けていけば、月にかなりの練習量になる。
 
もっと強くなりたい。

写真を見せるということ

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ある出版会社へ持ち込みに行く。東京では久しぶりの雪が舞っていた。
 
写真を見せるということは、時間も勇気もいる。目の前の編集者(相手)に自分の作品を見せる時、大袈裟に言えば刑を執行されている思いがする。断腸の思い。逃げたいが逃げたら、先へ進めない。進退もかかっている。多くの不安と少しの自信を胸に。
 
旅にカメラ(最初はコンパクトカメラ)を持ち始めて10年、本格的に写真を撮り始めて6年(旅から撮影旅へ)、ここ3年は体を壊してまでもインドの写真を求めていた。インドにぶつかって行った。大部分は負けたが、自信にもなった。別に誰にお願いされるわけでもなく、自発的に自分の理想を求めて写真を撮って来た。東京に戻って来てしばらく経つと思う。「何であんなにインドの人達はかっこいいんだろう?」
 
喜んで見て頂けた、有り難い。好感触だったと思う。何でもすぐには大きな結果にはならない。一人でも何らかの心を動かせる人が増えれば写真家冥利に尽きる。編集者は目が肥えている。判断も感覚も鋭敏である。編集者は読者の代表であり、編集のプロであり、読者の何人分もの見方を備えていると思う。
 
はっきり言って写真家は撮るのはプロだが、まとめるのはプロじゃない。撮った本人だと、強い思い入れが出てしまう。撮影旅のバックグラウンドや相手への情や旅の思い出など。時にマイナスに働いてしまう。
 
写真を見せるということは、写真に風を与える。様々な人に見せて、納得のいく意見なら取り入れて、よく考えてどうしても納得のいかない意見なら取り入れなくていい。
 
でも思った以上に、自分(作者)だけでは気付かなかった部分に気付かせてくれる。
 
写真を読む力は、多種多様である。
 
今日は夜ジムへ行く。全部で18R練習をする。その内、飯田トレーナーから2Rのミット打ちを受ける。疲れるが鍛えられる。トレーナーは38,9歳とは思えないほど体力も気力もある。間違いなく身近にいる中でかっこいい人だ。ボクシングトレーナーは凡人では務まらない。
 
明日もボクシングとバイト。かっこいい30代を目指す。

巨匠

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バイトもボクシングも休み。いいアドバイスも頂ける知り合いの三原さんと土門拳写真展を見に行く。吉祥寺美術館でやっていることも知らなかったし、誘われる形で付いて行ったが、行って良かったと思う。
 
間違いなく土門拳と木村伊兵衛は写真界の巨匠。写真を始めた頃は、とにかく二人の作品を見た。時代が進んで行くと、流行に流されがちで、昔の良きものは忘れ去られる傾向にある。実際に彼らの存在を忘れつつあった。何年ぶりかに生の写真にふれると、収穫がある。いい刺激を受けるし、改めて勉強になる。
 
写真家のコンタクト(モノクロの場合)を見ると狙いが分かる。有名な1枚写真は何度も見たことがあったが、土門拳の生のコンタクトを見るのは初めてかもしれない。多くは置いてなかったが、貴重だった。「僕もこのコマを選ぶかなあ」と考えながら見ていた。ポジの原版から必要なコマを選ぶ時に欠かせない。自分の中ではびびっと来るものがあるが、全体で見れば難しい作業だと思う。
 
三島由紀夫のコンタクト(一本)も飾ってあった。撮っていたんだと驚く。想像の中での三島像に当てはまるものが2コマあった。古寺巡礼の写真は質感には驚くが、作者には悪いがいまいち良さが分からない。やはり子供の写真がいい。
 
作者の経歴は役に立つ。土門さんは遅咲きだろう。筑豊の子供たちを撮っていたのがもっと若いと思っていたら、50歳ぐらいだった。フリーになったのも36歳ぐらい。戦後の混乱の中でかろうじて生計を立てて、自分の作品を撮れる様になったのが、40~60といった感じか。代表的な子供の写真はそこから生まれている。
 
体を壊してもなお自分の理想の写真を求める姿は、気合いを注入してもらった。
 
僕が求めるのは、アジアのポートレートとスナップだ。別に気をてらっているのではなく、写真の基本だと思うし、昔の写真家さんに通じるものがあると思う。
 
フリーの様な形態だとめげそうになることも多いが、めげずに頑張ろう。明日もバイトとボクシング。
 
何年後になるか分からないが、時期が来たらボクシングのエネルギーを写真にぶつける。 

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