明日、アムリトサルへ

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明日、鉄道でアムリトサルへ向かいたいと思う。
 
右の肺もだいぶ良くなったと思う。一時は右ボディーブローを食らった感じだった。特に高度の高い場所へ行ったわけではないし、インド薬の影響か。休み、休み、旅を続けたい。
 
地方で写真を撮り、デリーで休養する感じになるだろう。デリーは行ったり、来たり。
 
メインバザールで爆弾テロや地震という最悪の場合がなければ、けっこう快適。住めば都になる。宿でまず何を求めるかといったら、ホットシャワーもしくはホットウォーター。下の蛇口からでも熱いお湯が出てくれば大変有り難い。今のホテルは1泊RS350で熱々のお湯を得ることができる。地方に行くと、水シャワーだけだったり、生ぬるいお湯だったり、湯を得るのにとても時間がかかったりする。
 
西洋人旅行者はあいかわらず多い。日本人旅行者は少ない気がする。個人というよりも集団意識が高いのだろう。いい所もあるし、足元をすくわれる形になる場合もある。世間体を気にしすぎて、何もかも自由にできなかったら、何だか寂しい。
 
写真家でも、欧米の写真家は、時に死を恐れないと言うか、現状を楽しんでいると言うか、チャレンジスピリット旺盛である。見習う点も多い。
 
今回行くアムリトサル。普通に考えれば、インドでテロの確率が高い所は、大都市か、宗教的聖地。ムンバイー、デリー、バラナシ、ハイダラーバード、アジメール、アムリトサルも挙げられる。
 
多少の危険は上がっても、行く価値はある。インドの幾つもある不思議の一つ。アムリトサルはシーク教徒の聖地。パキスタンとの国境という、国の要であるはずなのに、大部分を占めるヒンドゥーではなくて、シーク。シーク教徒と言えば、ターバンと恰幅のいい体格が印象的だが、機転が利くというか、頭の回転が速いという印象もある。競争率の激しいインドという国で、ずっと生き残っている誇り高い民族という感じもする。今の時代には、必要な存在なのである。
 
幾つかの命題を出し、実際に行くことで、少しぐらいは何かが見えてくるかもしれないし。
 
とにかく明日行きたいと思っている。7,8日間ぐらいして、デリーには戻ってくるつもり。
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旅の様子

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今もデリーのメインバザールにいる。ネット環境はタイに比べたら遅いが、日本語ができるだけでも有り難い。
 
観光の拠点となるデリーに来れば、外国人観光客はけっこういる。日本人はもちろん。
 
地方に行けば、ぐっと少なくなる。一日全く会わないという事もある。
 
全体的に見れば、観光客は減っているのではないかという印象を受ける。バックパックスタイルの長期の旅行者も少ない気がする。
 
行きのエアインディアはがら空きだった。席をベッドの様に使っている人が多かった。
 
最近のミャンマーやインド、パキスタンの爆弾テロ、アジア情勢が関係していると思う。
 
実際にインドに来て見れば、普通に生活していて特に危険という感じはしない。写真を撮る時はけっこう神経を使うが・・・・。
 
どこでもそうだが完全に安全な場所などない。インドにいると、当然だがインド、パキスタンのニュースを毎日の様に放送する。日本よりも遥かにテロの可能性が高いことを知る。この前もアムリトサルの手前の駅でテロがあったらしいし。パキスタンのカラチでもあった。
 
結局は旅行者の判断になるが。
 
世界情勢が今よりももっと危険な状態になって、全く旅が出来なくなるというのが一番怖い。旅は自由だと思う。
 
東京でもますます生きにくい世の中であるが、日本は安全だと思う。誇れる所である。
 
旅をしているということは、不安定な状態にさらされているわけで、ある程度は緊張感を保ちながら、時にリラックスをして旅を続けたい。

デリーに戻る

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今日、リシケシュ・ハルドワール方面からデリーに戻って来た。メインバザールに来れば、食事が豊富なので、ほっと一息。と言っても日本食は食べられないが・・・タイ料理、西洋、中華、選択肢が増えるだけでも有難い。
 
インドに来ると自然とべジタリアンになる。滞在する街が肉類を扱っていないからしょうがない。ハルドワールの様な聖地になると、卵料理も嫌う。どこのレストランもピュアベジタリアン中心のメニューとなる。
 
そういう街に何日間もいれば、肉を食べるということを忘れる。デリーに戻って来ても、肉料理は高いし、体が慣れているので食べようとあまり思わなくなる。
 
インド料理に飽きて来たら、よく食べるメニューがスパゲティー類やポテト類。バナナはどこでも売っているし、安いので、よく食べる。よく考えたら、ボクサー並みの食事である。意図的にそうしているというよりも、旅に出るとそうなってしまう。
 
ハルドワールはインドの中でも面白い街。昔ながらのいい所も残っているし、混沌や宗教や人間や、インドの多様性が凝縮されている。その分、食事の選択肢は少ないし、ホテル代は高いし、いろいろと面倒なこともあるが、引いても見る価値はある。
 
日本でのバイトが影響しているのか、連続でインドを旅しているのか、今回は特に体調が優れない。思い切り咳き込むと、右肺が痛くなる。旅をしていてこんなことは初めて。日常生活に支障は無いし、良くなった方だし、せっかくインドに来たのだからこのまま帰れない。もちろんよほどひどくなったら、早めに帰るが、しばらくは旅を続けたい。まだ大丈夫だと判断している。
 
少しして、アムリトサルへ向かいたい。  
 

明日リシケシュヘ

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今もデリーにいる。朝晩は涼しく、昼間は暑いぐらい。12月に向かって、だんだんと寒くなると思われる。今の時期、北インドは雨もほとんど降らないし、旅には最適。
 
カメラや写真がなかったら、もう旅には出ていないだろう。いい写真を求めるあまり、旅自体が楽しめなかったら、何だか寂しい。自分の匙加減だが、難しい所。幾らかは初心に戻って、旅をするという行為をまずは楽しみたいものだ。
 
スナップの名手、アンリカルティエブレッソン。写真はまぐれじゃない。長く滞在するということ。いい瞬間に巡り会えるかどうか、視点を養うことでも大切である。経歴を見たら、アジアに3,4ヶ月も一度に滞在している。
 
1,2週間の旅じゃ、焦って写真を撮ってしまう。じっくり腰を据えて撮りたいもの。
 
撮れる日もあれば、全く撮れない日もある。
 
写真は面白いし、難しい。
 
明日は鉄道でリシケシュ方面へ向かいたいと思う。
 

メインバザール滞在中

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現在、デリーのメインバザールにいる。常宿としているアヌープホテルに泊まっている。
 

空港からの移動もスムーズにいった。インドに来て見れば、インド時間が流れている。
 
のどは少し痛いが、ひどくはない。あまり無理をせず、徐々に旅の生活に合わせていきたい。
 
いつもの様にある程度体も鍛えられてくるし、慣れて来るだろう。
 
もう少しして、ハルドワール、リシケシュ方面へ行きたい。
 
デリーは普通の人と商売絡みの騙して来ようとする悪人を上手く判断すれば、
こんなに便利な街はない。
 
メインバザールは駅に近いし、宿も食などにも困らない。
 
比較的ましなネット屋も見つけたし、ここで書いている。
 
残り2ヶ月もあるので、このまま旅を続けたい。

いよいよ出発。

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もう明日の朝、自宅を離れ出発である。いい写真を撮るというプレッシャーは一つの職業病だろう。
 
正直な所、気管支がいまいち調子が悪い。どうしてもテンションが高くなるが、息を大きく吸い込むとたまに喘息みたいに咳が出る。たぶん雑誌の仕分けのアルバイトが原因だろう。ボクシングのトレーニングは関係ないと思うが、気管支までは鍛えられない。
 
埃の多いインド、しかもいきなり悪名高い首都デリーとなると、少々不安である。
 
ただ1998年から毎年の様にアジア旅を行って来ているし、その都度旅は完結しているし、旅に出るといろいろな面で鍛えられる。気合いで乗り切れる所は乗り切りたい。
 
今回もまずは自分自身の生命力と言うか、底力を信じたいものです。
 
いい写真を撮れる様に頑張ります。
 
今回も出発の運びとなりましたし、支えて頂いた方、どうも有難うございます。
 
とりあえず気をつけて行って来ます。
 
今回はデリーを拠点とするので、ネット屋はたくさんあるし、更新できたら更新したい。

今回の旅の日程

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写真のことから頭を離れて、純粋に旅をするだけなら、たとえインドでもプレッシャーは軽減される。写真が肩の上に圧し掛かって来る。写真はその場所に行かなければ撮れない。文章や絵画やCGなら、頭をフルに使ったり、技術力や閃きでカバー出来る。写真は人間や街も含めていい瞬間に出会わなければ、いい作品を残すことが難しくなる。経験や読みは一応あるが、「今回はいい瞬間に会えるだろうか?」いい写真を撮ろうとすることが自分を追い詰める。
 
今回の旅の日程。
 
一昨年は西インドから北インドを周って、東インドまで。昨年は東インドから南インドを周って、西インドへ。昨年までで、インドを大まかに一周した感じになり、インドの一通りの街を歩いて写真を撮って来たつもり。
 
今回は、デリー出発帰国の航空券を買っており、もっと細かい所を見たいと考えている。本来は90日間のオープンチケットだが、金銭もギリギリで、約60日間で帰国するつもり。毎度のことながら、詳細な日程はない。インドの鉄道を制する者が、インド旅を制す。インド鉄道時刻表は自宅にもあるが保存版にしており、着いたら急いで新しいものを買いたいと思っている。意外な路線が混み合っていたり、予約するのも移動するのもインドはエネルギーがいる。予約時にキャンセル待ちでも、PNRさえもらえば、出発当日にガタッと減る。ある路線ではW/T100ぐらいでも、当日に紙が張り出されて、コーチとベッドが確保できていた。いざとなれば、TATKAL リザベーション(緊急発券)がある。始発と終着駅で、数日前から予約可能、料金増しになるが、必ず乗らなければならないという時は、けっこう役に立つ。
 
見たい、写真を撮りたい場所は幾つかある。インド鉄道の状況を見ながら、優先順位が決まりそうだ。どこもデリーからそんなに離れていない。
 
一通り見た感じでは、西や北インドに写真的な魅力が詰まっている。パキスタンとインドの国境の街、アムリトサルは一度見てみたい。ハルドワール、リシケシュはもう一度行きたいし、もっと北の街も見てみたい。アジメールやプシュカルもゆっくりと滞在したい。祭りにも合わせたい。アラハバード、バナラシも何度も行きたいが今回は無理かも・・・。バナラシはインドの中でも独特の街。次行くなら、最低でも2,3週間はいる。
 
とにかくデリーを拠点に、変則的に旅をし、写真を撮りたいと思う。
 
今回(2007年)は154本。今までに比べたら、遥かに少ない。
 
本格的に撮影旅を行って来てから、2003年は380本、2004年は300本、2005年も300本、2006年は226本、そして今回の154本である。
 
フィルム380本の重さを経験していると、今回の荷物を背負ってみると、まだ軽い。隙間もある。
 
フィルムが多いと写真をものにする確率は高いが、自分の首を絞める。貯金がたくさんあったり、若い時はいいが、考え時かもしれない。写真という表現方法の限界も正直な所、感じ来ている。まだ絶望というよりも、希望は残っている。
 
今回の本数は自然とそうなってしまった。でも、150本以上はある。せわしなく動くというよりも、一瞬のチャンスをものにするという感じで、旅にもゆとりを持ちたい。どこかでゆっくりと滞在しながら、状況をよく判断して、写真も撮りたいと思っている。
 
銀塩写真の魅力は原板にもある。何故そんなに重くてかさばるフィルムを持ち歩いているのかと言えば、原版という形に残るからでもある。ポジフィルムの原版を残すと、安心する。クライアントのある仕事や速報性重視ならデジタルかもしれないが、趣味の延長の期限のない仕事ならやはりフィルムを選択する。
 
デジタルはデータという印象がある。原版にも起こせるかもしれないが、二度手間だし、質も悪くなる。怖いのは、データはすぐ消えるということ。旅のフィルムをスキャンしてパソコンに取り込むこともあるが、誤って上書きしてしまうと、せっかくスキャンしたものが一瞬の内に消えてしまう。フィルムならまたファイルから出して、スキャンすればいいが、これが最初からデジタルだと原版らしきものが一瞬でこの世からなくなることになる。
 
写真家としては、原版が命であり、怖いことだ。
 
もしデジタルカメラで苦労して撮った旅の写真が、日本に戻ってから、何らかの過ちで消去してしまう。旅の思い出が一瞬でパーだ。泣くに泣けない。
 
様々なものにバックアップする手間を考えると、重いフィルムを持ち歩いた労力とそんなに変わらない気がする。
 
フィルムの原版は、自宅が火事や地震でなくならない限り、半永久的に残る。
 
長くなってしまったが、まだデジタルは信用できなく、しつこくフィルムを使い続けている理由の幾つか。
今回も本数は少なくなったが、依然としてフィルムである。
 

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