最後の練習

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今日もジムへ行く。全部で21R練習をする。その後、筋トレ腕立て70×3、腹筋45×3、鉄アレイを2R。外は涼しさを通り越して寒いぐらいだった。ジム内で体を動かすには、ちょうど良い気温だ。体も軽く感じる。
 
トレーナーとマスボクシングを3R行う。途中にコンタクトレンズが取れたりはしたが、なかなか良かったと思う。攻撃と防御のバランスや、相手との間合いや、いいパンチも入ったし、その分もらいもしたが、ある程度は感覚がつかめる様になってきた。形になっていると思う。
 
とりあえず今日で最後の練習だ。10月~12月はインド撮影旅を控え、旅に出ている間は、休部している。退部ではない、休部。普通の月謝は13000円だが、休部届けを出せば、毎月2000円で済む。戻って来て練習を再開できるのならば、毎月2000円は惜しくない。
 
出席名簿の判子を見れば、今月は13日間トレーニングをしたことになる。もう3年目。最初の頃はなるべく早く基本姿勢を覚えようと、貯金を削って月に16~18日間は通っていたと思う。今は貯金もなけなしの状態で、次回の撮影旅を考えれば常にギリギリの生活。そんな中でも、バイトをしながら今年は月に8~14日間は通っていたと思う。プロとしては少ないが、フリーターや写真家としては十分だろう。一日一日の練習を自分なりに真面目に取り組んで来たつもり。他人の評価は分からないが、アマチュアの試合なら出れるのではないかと考えている。
 
一通りは型を覚えたと思う。ただ細かな所を上げたらきりがない。プロになれないのなら、中途半端という思いは消えない。
 
今の自分がプロになる為には。コンタクトを使わず視力を良くする。手術ということになる。プロ試験の年齢は33歳未満(満32歳)に引き上げられたが、今の年齢は31歳。後1年しかないことになる。毎月の練習を週5ペースで増やし、20日前後にする。もっと体力・足腰を鍛える為に、毎日ロードワークをする。スパーリングを行い実践感覚を身につける。減量を気にする。最低でも、これぐらいは準備する必要がある。
 
どう見ても現実的ではなく、夢の話だ。後5年は若ければ考えたかもしれない。どう頑張っても31歳だと記念受験になる。プロ試験を受けるには遅すぎる。32~35歳のボクサーとしての衰えは未知数であり、仮に試験が通ったとしても、試合は1試合できるかできないかだ。
 
ボクシングの選手寿命は短い。プロとしてのピークは20代だと思う。
 
プロにはなれないが。ボクシングは体力、精神力作りになる。今の体力を認識できる。腕力や反射神経を養える。練習は疲れるが、成長できると楽しい。普通のジムの鼠の運動の様なトレーニングマシンよりも自由を感じる。少しでも強くなれば自信になる。自分と闘うということは、社会と闘っているということでもある。
 
本来の写真家であるべきはずの要素が入っている。写真家のトレーニングになる。
 
写真はプロの気持ちだ。中途半端なボクシングの思いを写真にぶつける。自分なりのドキュメンタリー写真は、それだけでは食べていけず、時に惨めで中途半端な人生だと思うが、こちらの方は選手寿命は長い。完全な体力・若さの勝負ではなく、技術や経験、生き方や考えが作品に表れると思うし、とにかく自分を信じるしかない。
 
来月からインドへ。戻って来たら、速攻でバイトもしないといけないが。頃合いを見計らって、ボクシングジムでの練習を再開しよう。2,3ヶ月間のブランクは大きい。
どっちを取るかと言ったら、迷わず旅と写真だ。
 
でも、旅先でも、孤独になったら、宿の中でシャドーや腕立てをしようと考えている。
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体を鍛える

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今日はバイトは休み。夕方からジムへ行く。
 
縄跳び2Rから始めて、ミット打ち2R、サンドバック6Rを含め全部で21R練習をする。今日は昨日と打って変わって涼しかったし。バイトはないので、体が軽い。少しのどが痛いが、体調も戻りそうだ。自分なりにバランスのいい食事を少なくとも夕食には取る様に心がけている。
 
ミット打ちのトレーナーの動きの要求が激しかった。ミット打ちは、自分のペースでできるサンドバックと違って、トレーナーの指示通りに瞬時に反応してコンビネーションを繰り出さなければならない。10連打も体が付いていったし、今日は良かったと思う。31歳になると、どうしても気持ちとは裏腹に足腰・体が付いていかない時がある。最後は気合いというか、さらなる強い気持ちだ。どんな現場でも当てはまるのではないかと思っている。
 
その後、腕立て70・腹筋50を3R、鉄アレイ5キロと8キロを1Rずつ行い、筋肉強化に努める。
 
撮影旅に出れば、もっと不安定になる。毎日どこにいるのかも分からない様な生活。ただ世間体は気にしなくてもいいし、何もかもが自己責任になるが、開放感というか、自由も感じる。時にとてつもない寂しさに襲われることもあるが。孤独と自由は紙一重な気がする。リラックスしながら、時にストイックに写真を求める。
 
少しでも体を鍛えておけば、いざと言う時に役に立つことにもなるし、自信にもなる。世の中には、いい人ばかりではない、悪い人もいるのである。旅の中ではなおさら。中でもインドと言う国は個性的だ。それが危険であり、面白くもある。旅をする者も個性的だし、旅の間はよく見極めなければならない。客引きや商売人にしても、どこまでその人を信用していいのか、どこまで踏み込んでいいのかが大切なのだと思う。最終的には生死にかかわる。
 
基本的には元からの悪い人はいないと思うし、許容し、受け入れると言う姿勢だ。
 
写真を撮る時も、判断の連続だ。ミャンマーの日本人カメラマン射殺事件について思う。写真を撮る者の一人としては、他人事ではない。ミャンマーは国境近くまでは入ったことはあるが、タイの延長という感じで、住んでいる人は温厚だし、インドやパキスタンから見れば比較的安全な印象を受けた。
 
何よりも軍事政権というのは、日本人には分からないことが多い。アジア情勢も時間によって変わっていく。安全と思えば、急に牙を剥いた様に危険になる。安全そうなタイでも、デモは起こるし、テロもある。
 
将来的に紛争地帯へ撮影に行かないとは限らない。場合によっては行くかもしれない。平穏な街が突如として紛争の様な現場になることもありえる。逃げる勇気も必要なのだと思う。咄嗟の判断や本能、理性は大切だ。
 
旅をすることも、写真を撮ることも、自分の肉体から来る。
 
写真家として続けていくからには、体を少しでも鍛えたいと思う。
 

余裕のなさ

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今日は9時から17時までバイト。その後、ジムへ行く。ミット打ち3Rを含め、全部で20R練習をする。暑さが復活したみたいで、ジム内は蒸していた。サンドバックを叩きながら、少々バテ気味になる。一応、乗り切る。
 
今のバイトとボクシングは上手く両立しない。バイトの後ジムへ行くと、ヘトヘトになる。ベルトコンベアーで流れている台に、ひたすら束になった本の紐を切って支持された冊数を仕分けていく。本の束というのは、意外に重い。旅の空白期間はあるが、もう2年目。だいぶ慣れてきたので、忙しい所に回されるし・・・。様々な種類の雑誌がある。そんな現場でも女性誌、ファッション誌は売れているということが分かる。忙しい所=売れている雑誌なのである。
 
1ラインで25人ぐらい働いている。全部で8ラインで単純に計算しても、一度に200人は働いている。ほとんど日雇いのような生活をしている。体力がもたなかったら、もう辞めるしかないという使い捨てのような生活だ。本を分けたりすると、塵が大量に出る。マスクを二重にして働いているが、たまにのどが痛くなる。作業自体はボクシングに比べたら楽だが、環境というか、呼吸器系統がつらい。今も少しのどが痛いし、体質が敏感なのかもしれない。
 
2年も続けていると、何かしらの障害が出てくるのだろう。バイトとボクシングと強引によく両立させた気がする。つらい時もあったが、つらいということは鍛えられている。どう見ても使い捨てのバイトだが、時間の融通が利くというメリットは、写真家という職業に合っている。
 
ただ完全に体を壊しては話にならない。とりあえず来週で最後だ。次回のインドの旅から戻って、どうするか考えたい。同じ所で働こうと思えば働けるし、生活には汲々しているので、難しい所。
 
体力だけは使っているのに、お金は稼げていない。当分は余裕のなさは続きそうだ。いや、死ぬまで続くかも・・・。
 
何もかもに脱却したいが、様々なものが関係する。しょうがないのだ。写真家としての宿命として納得する。

リセットのすすめ

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今日は、8時から17時までバイト。その後、鉄砲組百人隊を撮ったフィルム7本をシグマラボに出しに行く。日本ではあまり撮っていないが、最後になりそうだ。今回のをチェックして、カメラもフィルムも大丈夫か見る。
 
E-6現像の先行きはますます不安だ。なくなることはここ数年はないと思うが、東京で数箇所しか稼動しないということは十分ありえる。僕が働いていた2002年~2003年はバンバン流れていた。仕事をしながら、プロの方の撮り方などを見て、独学で勉強をしたものだった。カットをするから、どうしても見て、頭に入ってしまう。ただどのコマを最終的に使うかは分からない。「僕だったら、これを選ぶかなあ・・」と忙しい時は考える余裕もないが、漠然と思った。
 
旅行会社でも、カメラ、フィルムを扱う会社でも、会社というものは思いっきり時代に流される。誰もがリストラをされる可能性がある。ある程度は会社に頼り、ある程度は自分自身に頼った方がいい。会社に頼りすぎたら、返り血を浴びる。タイタニックのような大きな舟はいつか沈む。でも、小回りの利く個人という小さな舟は沈まない。
 
図書館で久しぶりにユーミンのバラード集CDを借りた。CDを買う金もないので、よく借りる。最新のものはないが、懐かしいものがある。「卒業写真」は名曲だ。僕の中でのメロディーTOP10に入る。1999年にインド・ネパールを旅した。インドのバナラシからネパールのポカラ、カトマンドゥへ陸路で行く王道のコースだ。カトマンドゥの街をブラブラしていたら、ある古本屋からユーミンの「守ってあげたい」が流れてきた。異国で聞く名曲はより心に響く。カトマンドゥは昔の風情のある街や路上。視覚でも、耳からでも、懐かしさが溢れる。旅の思い出や昔や今の自分の記憶が走馬灯のように流れ。思わず立ち止り、泣きそうになったのを覚えている。
 
強い気持ちを持ちたいと思ったら、長渕剛もいい。「とんぼ」もいいし、「ガンジス」もインドへ行ったことのある人なら、心に響く。とにかくただの歌い手よりもシンガーソングライターの方がいい。作詞作曲を手掛けた本人が歌うものは説得力が違う、心に響く。中島みゆき、小田和正、槙原敬之、平井賢、アンジェラアキ、aikoと数えたらキリがない。グループよりもピンの方が、応援したくなる。自分を重ねる。
 
とことん孤独の中にいたり、今の仕事に行き詰まりや飽き飽きしていたら、旅に出ることをすすめる。今のレールをいったん断ち切り、リセットをする。リセットのすすめ。旅に出るなら、日本国内よりも外国の方がいい。今の日本と逆の方がいい。まだ昔ながらの良さが残っている国である。物価も安いし、行くのに時間がかからないし、時差もあまりない。アジアに落ち着くのである。
 
懐かしさを感じ、家族や知り合いの有難さを感じ、自分のふがいなさや弱さを知る。インドへ行くと、何でも否定していいし、何でも肯定していいと知る。様々な世界がある。誰でも最初に訪れれば、何らかの「ガツン」と来るものがある。
 
いったんリセットしてしまったら、未来のことが不安になるが、意外と何とかなる。旅先で自分の本当にやりたいことや、方向性が見えてくる。リセットは、貴重な充電期間だ。人生は選択の連続。いい選択のできる充電期間と考えれば、元はとれるし、旅はいい自己投資。
 
旅人なら今までのでいいが。写真家としては、もっと成長していく必要がありそうだ。今回はインドだが。
 
将来的には、アジアだけでなく、もっと先も目指した方が良さそう。インドは思った以上に広い世界があり、続けていくかもしれないが。まだまだバングラデシュ、パキスタンも再び訪れないといけないだろうし、インドより西のイランやトルコにも行かないと。アフガニスタンは当分無理そうだが、シルクロードの国々、中東も見てみたい。
 
特にイエメンという国に興味がある。ちらっと街や人の写真を見たことがあるが、自分の撮りたいというものに合いそうだ。
 
本当に自分一人では限界がある。何十年もかかりそうだが、一つずつ歩いていく。まずはインド。ここ3年連続で訪れることになるが、まだまだ納得できない。やっと形に出来るかもしれないし。自分なりの視点で写真で表現していくことだ。
 
 

潔さ

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今日もジムへ行く。いつも通り縄跳び2Rから始め、全部で20R練習をする。その後、筋トレ腕立て70腹筋45を1セットで3R、鉄アレイ3キロと5キロを1Rずつ。
 
だいぶ腕力も腹筋もついてきた。ただプロの方には到底及びない。プロボクサーの肉体は芸術だ。特に試合前のボクサーは腹筋が6つに割れているし、余分な肉が削ぎ落とされている。毎日のトレーニングと、減量が関係しているのだろう。
 
減量はしていないが、酒も煙草も絶っているので、腹筋は2つぐらいには割れていると思うし、腕や肩や胸回りの筋肉も適度についてきているので、ボクシングは過酷なスポーツだということが分かる。
 
旅に出るということは、リングに上がることに近い。ある程度の闘う体にしておけば、自信になる。
 
とりあえず自分を信じて、トレーニングもするし、旅も写真も続けたいと思っている。今は接点がなくても、新しい出会いがあるかもしれないし。写真で言えば、僕の写真を必要としてくれたり、時代やタイミングが変われば、再認識されるかもしれないし。方向性の近い、新しい会社や編集者が出てくるかもしれないし。
 
そういうことは、誰にも分からない。
 
まずは自分の肉体と心を信じるだけだ。そういう生き方は、潔いと思う。別にコロコロと職種を変え転職したり、給与に惑わされ流行のビジネスに取り組むわけでもない。
 
ニートになりたくても、なれないし。
明日から、バイト。最近は旅の追い込みに入っている。と言いながら、スロースターターだ。撮影旅の準備は完全にはしていない。フィルムは買ったし、旅に出るバックも決まっているので、すぐに用意は出来る。毎年の経験があるから、何をするべきかは頭に入っている。
 
いつも持って行くカメラバックは前回の旅から戻ってほぼそのままにしている。いつでも旅にいける様にしていたのだが、一人では限界があり、毎度のことながら1年もかかってしまう。
 
時間はいつでも作れるが、恥ずかしい話で、お金は簡単には作れない。
 
貧乏をしていても、やりたいことだし、できれば潔く生きていたい。

かっこ良さ

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 今日は、鉄砲組百人隊という催し物を撮影しに行く。写真になるか分からないが、行けばタイムスリップ感を味わえるのではないかと思ったから。火縄銃を持ったり、馬に乗った武将が街を練り歩き、なかなか面白かった。こじんまりとした神社だし、見物客もそんなに多くないので、有難い。
 
狭い神社の境内に向かって、火縄銃を放つ。実弾はもちろん入っていないが、音だけでも迫力がある。パキスタンとアフガニスタンの国境で本物の銃声は聞いたことがあるが、音だけなら火縄銃の方が上だ。本物の銃はタイプにもよると思うが、聞いたのはピストル形式のもので、もっと乾いた音がした。
 
写真というものは、ないものねだり。今の時代だったら、江戸や明治時代の被写体に憧れる。もしタイムマシンを手に入れたら、合戦の様子や、昔の街のスナップや、武士のポートレートを撮りたい。インドや、バングラデシュや、第三文明の国へ旅するのも、ないものねだりを少しでも叶えたいという気持ちもある。記録の意味でも、記憶の意味でも、納得のいく写真を撮る為でも、残す為でも。
 
今日の鉄砲組百人隊に参加していた方でも、鎧兜を身に付け、かなり様になっていた方もいた。単純にかっこいいと思えるおじさんが何人もいた。普段は普通のおじさんでも、鎧兜を身に付けると、威圧感がある。絵になる。人の視点や思考というものは不思議なものだ。ガンダムだって、筋肉マンのロビンマスクだって、コマーシャルであったが顔がライオンで体が人間と言うものも、考えれば不思議なものだが、かっこよく見える。
 
ただでさえ威圧感があるのに、昔の武士と言うのはものすごい威圧感だったはずだ。常に死と隣り合わせ。野性的で、他を寄せ付けない肉体的精神的緊張感がかなりあったと思う。寒くても、暑くても、冷暖房もない。寒くても、薄手の着物なんて、気合がなきゃ、とてもやってられない。今の時代じゃ考えられない。
 
昔の写真で残っているのは、上野彦馬さんが撮った坂本竜馬を始めとしたポートレートだ。それ以前の江戸後期以前の写真は残っていないことになる。今の時代に生きる誰もが、写真の様な現実、リアリティーをはっきり言って知らないのである。
 
ドラマだって、映画だって、合戦絵巻だって、どれだけ正しいのか誰も分からない。教授だって、専門家だって、過去の産物を研究しているだけであって、偉そうなことは言えないのである。

私利私欲

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今日は9時から17時までバイト。その後ジムへ行く。18時30分頃から20時頃まで。全部で20R練習をする。 
 
ボクシングをする時は、旅に出る前とも違う独特の緊張感がある。ボクシングジムの中に一種の緊張感があり、移るのだろう。普通のスポーツジムのことは分からないが、ゆるすぎず続けて良かったと思う。かと言って、厳しすぎると言うわけでもない。適度に緊張状態を保ち、プロの方やスタッフも時に談笑したりしているし、いい雰囲気なのである。
 
会社という職場では、最初の頃は緊張をするかもしれないが、慣れてくれば要領を覚える。怠けるのである。自分を見つめたり、出しすぎることはできない。会社が倒産してしまう。上司や同僚や取り引き先や人間関係に配慮し、時に神経を使いすぎることもある。
 
会社員ではないが。ボクシングジムという空間は助かるのである。常に自分を見つめられる。ミット打ちやサンドバックの時に、歯を食いしばってもいいし、汗をだらだら流してもいい。無様でかっこ悪くてもいい。周りにはもっともっと本気モードのプロやプロを目指す方がたくさんいる。練習生もできるだけプロの方に近付きたいと思うし、必死であるし、とにかく少しでも強くかっこ良くなりたいし、プロのオーラみたいなものが移るのである。撮影旅に出る1年の2,3ヶ月間は空白になるが、通い続けて3年目になる。未だにある種の緊張状態の中にある。自信になるし、時につらいが、時に心地いい。自分の肉体や心を見つめるということは、自分を探すということは、時に苦しいが、緊張状態はあって当然だろう。そうしなければ、何もかもに成長できない。
 
首相や政治家がコロコロ変わったって、関係ない。名もない写真家や末端の仕事をするフリーターにとっては、何の結果も降りてこない。期待するだけ無駄である。「国民の皆様の為に」とか、「国の為に」とか、そこから始まっている時点で、政治家は信用できない。じゃあ、あなた自身はどうなのかと問われれば、自信を持って言えるか。私利私欲の為に、政治家は成り立っていると疑われても仕方のないことなのである。
 
自分自身を見つめているボクサーの方がはるかに潔い。別次元の私利私欲なのである。潔い私利私欲と潔くない私利私欲がある。

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