華の金曜日

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今日は9時から16時半までバイト。昨日と同じ様にその後ジムへ行く。ローピング(縄跳び)2Rから始めて全部で19R練習をする。今日は昨日より暑かった。トレーナーへのミット打ち2Rはけっこうしんどい。トレーナーのタイプにもよるが。最初のうちはいいが、動きの要求が激しくなると、だんだんと思う様に動けない。足に来るし、強いパンチが打てなくなる。
 
ミット打ちは鍛えられる。疲れてくるが、そこを何とか踏ん張り、気力を振り絞り、ジャブ、ストレート、コンビネーションを繰り出す。その後、サンドバックへ移動して、イメージをしてひたすら打ち込む。言葉では簡単だが、実際の所はやはりボクシングはハードなスポーツ。でも、何か自由を感じる。受動的ではなく。楽をするのも自分、つらいのも自分。決められるのではなく、意志がかかっている。
 
練習後の2枚のシャツは汗でびっしょり。1回の練習で数キロは体重が落ちているはずだ。
 
始めと終わりで、2Rずつ、全部で4Rはローピング(縄跳び)の練習に当てている。縄跳びというのは馬鹿にできない。疲れるからとやらない人もいるが、全体の筋肉を使っていて、けっこう役に立つ。ストレッチにもなるし、バイトは立ちっぱなしなので、使っていない筋肉を使う回復運動にもなる。ボクシングの基本練習を考案した人は尊敬する。
 
普通の会社員ならば、週末の金曜日と言えば、飲みに行くのかもしれない。旅行会社にいた時は、だいぶ前だけれど、飲みにいったっけ。
 
しばらくは無縁の生活が続いている。華の金曜日なんて関係ない。少しでも強くなりたい。

秋の気配

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 今日は9時から17時までバイト。その後、ジムへ行く。いつもの様にストレッチから始めて、縄跳び2R飛んで、全部で19R練習する。1時間半ほど汗を流す。
 
残暑のピークは過ぎた様だ。ジム内は人いきれで蒸しているが、それでもしのぎやすかった。真夏よりも汗をかかないし、のどもあまり渇かない。所々ハードだが、スムーズに練習が行えたと思う。
 
さすがに立ち仕事の後のボクシングは足にくるが、だいぶ鍛えられてくる。
 
家への帰り道、鈴虫の声が聞こえる。もう秋なのだと実感する。日本には四季がある。他の国にも誇れることだし、素晴らしいこと。タイやカンボジアなどの東南アジアでは、常に亜熱帯。それも開放的になり楽しいが、微妙な四季の移り変わりや、寂しさや孤独や感情の変化は、日本にいないと経験できないに違いない。
 
夏から秋への何だか切ない雰囲気がたまらなく好きだ。寂しさは人一倍感じるが、逆にそんな感情を味わえるということが、有難いのかもしれない。
 
明日もバイト。早番で少し早いから、もう寝よう。このままだと旅の出発の直前までバイトをしなければいけないかも・・。インドの撮影旅はハードだから、出発直前は体力を温存したいところだが、しょうがない。
 
どれもこれも試練だ。

旅人泣かせ

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インド南部の街、ハイダラーバードで爆弾テロがあったらしい。昨年、訪れたことがある。 チャール・ミナール、メッカ・マスジットを中心としたイスラム色の濃い街だ。チャール・ミナールからの眺めは最高。夕方から旧市街のバザールは人でいっぱいになる。日本人観光客は少なく、意外に知られていないが、なかなか面白い街だった。
 
たいていの人は親切だ。中には腹の立つ若者もいる。モスク、メッカマスジットの敷地内に入った時だった。モスクとはイスラム教の礼拝施設。一介の旅人とは言え、こういう場所に入る時は気を使う。僕なりに、イスラム帽子とはいかないまでも、髪をバンダナで覆う。観光客でも入れるのか。どこまでが土足で入ることができ、どこから裸足で入るのか。撮影は可能か禁止か。周りの様子を見ながら、判断していく。
 
ここのモスクは巨大だが、鳩に餌をやる家族連れがいたり、パキスタンのいかにも他者を寄せ付けない雰囲気ではなく、もっとゆるい感じ。ちらほら西洋の観光客もいる。と思ったら、インテリ風の若者が近付いてきて、「お前はイスラム教を信じているのか?」「ここへ入ってもいいのか?」とやたら絡み付く感じで話してくる。普通に話しかけて来るのなら問題ないが、下目線で威張っている感じが気に食わない。英語が全く分からないふりをして無視をしたが、とにかく嫌な思い出だった。
 
このメッカマスジットでも爆弾テロがあったらしい。テロというのは、本当に旅人泣かせなのである。旅人とは、インド人から見れば、異国の人である。テロによって、住民の警戒度も上がるだろうし、言葉の通じない者をまずは不安視するだろうし。
 
2001年から、流れは変わった気がする。タイやカンボジアやベトナムなどの東南アジアならまだ安心できるが。ニューデリー、ムンバイー、そしてハイダラーバードの爆弾テロ。インドはテロが多い。学生気分のようではなく、今の時代にインドを旅するとなると、もっとアンテナを張り、ある程度の緊張状態は保った方が良さそうだ。
 
僕には写真を撮るという夢がある。写真を撮るということは、人込みに飛び込んだり、バザールを歩いたりする。テロの怖い所は、不特定多数を不安に陥れることである。どこかでテロに遭ってしまったら、運命と思うしかないのだろうか。実際に旅に出てしまえば、写真を撮っていれば、そんなことを考えている余裕もないが。旅に出る前は、想像が働いてしまう。
 
今日はジムへ行く。全部で19R。筋トレ腕立て60×3、腹筋40×3、2時間ほど汗を流す。とにかく暑かった。トレーナーへの3Rのミット打ちは、吐きそうになる。夏バテ気味になりそうだったが、乗り切る。
 
明日からバイト。
 
 

ASAKUSAサンバ、写真の練習

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浅草サンバカーニバルの写真を撮りに行く。昨年に続けて、二度目。
 
インドへの旅が近付いているので、時期もいいし、感を取り戻したり練習の場となる。
 
普段の日本では原色に溢れていない。サンバとなれば、溢れるとはいかないまでも、色が目に付く。インドは色彩に溢れている。インド女性のサリーや、砂漠地域、シーク教徒の男性のターバンや、サドゥーの衣を見ても、インド人は原色を使うことが上手い。風土的なことや、人間の色に対する認識の違いと思われる。
 
カラー写真となれば、どういう風に色を取り入れ、色を削るのかが大切になってくる。浅草のサンバは練習になるのである。ただあまりにも制約がありすぎる。ダンサー達の溢れる車道と、客の溢れる歩道とを、ロープで区切り、シャットアウト。少しでも前に出て、気付かれれば、係員、警備員、警察官などから注意の声が飛ぶ。普通の祭りならもっとゆるいが、このサンバは写真家泣かせなのである。
 
普通にロープの外で待っていても、脚立を使ってアングルを高くしても、撮れるものは限られている。広角で撮れないというのは痛い。
 
作品として撮る為に、ロープのある所から離れ、歩いたり、待ったり。感を働かす。一応、11本を撮る。
 
本場のブラジルのサンバはどんな感じなんだろう?規模もけた違いだと思うし。浅草のように参加者、報道を含んだ関係者と、客とを完全に隔てないはずだ。金があったら、「いつか撮りに行ってみたい」と新たな欲が生まれる。
 
とにかく今日は次回のインド旅や、さらなる未来の旅への練習となる。

スタイル

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 実家と祖母の所へ写真を送り、レンズを一本メンテナンスに出しに行く。一度長期の撮影旅に出て帰ってくると、梅雨から夏にかけて、必ずと言っていいほどレンズに黴が生えてくる。今使っているのは、ニコンF100、2台とそれに付けている28ミリから200ミリの同じレンズ2本だけ。一応ニコンFM2とそれに付けている28ミリレンズもあるが、かなりの間、使っていない。FM2はモノクロ専用で使っていたのだが、最近はカラーで撮っているので、露出の関係から出番はない。三脚も、その他の望遠レンズもあったのだが、最近の旅スタイルに合っていないので、かなり前に売ってしまった。
 
旅のお供は、同じカメラ、レンズの2台である。旅に出れば、まずは機動性を重視する。重い望遠レンズも、三脚も、ストロボも必要ない。カメラやレンズが変わってくると、撮り方も変わってくる。同じものが2台あれば、いちいち撮り方に気を使わなくて済む。まず壊れることもないので、1台でもいいのだが、万一に備えてもう1台も用意している。長年使っているので、F100もレンズ特性も頭の中に入っている。「こういう場面にこういう写真が撮れる」と常にイメージできる。もしデジタルを使ったり、中判を旅のお供にするなら、長旅に行く前に、また一から日本で練習しなければならない。そんな時間ももったいないし、買うお金もない。銀塩カメラ、レンズ、フィルムがある限り、デジタルに移行する気はない。
 
一定レベルの画質が保障できれば、機材にはこだわっていない。何台もレンズを持っていたり、カメラコレクターがいるが、あまり納得はできない。それだったら、フィルム特性を判断してフィルムを変えた方がいい。あくまでもカメラは表現する道具である。道具に振り回されるのではなくて、一番いいと思った道具に慣れるのである。まずは自分の頭と心と肉体ありきで、カメラは手助けとなるもの。次に被写体ありきである。自分自身では弱いから、カメラは武器となってくれる。異国の地や、知らない路上を歩いてみたり、さらに奥まで入っていくのに、カメラを持っていると妙に安心する。
 
長年使っているものだと、被写体に集中できる。実際に旅に出て、写真を撮る時は、一台は宿(バック)の中で待機、常に一台しか持ち歩かない。混沌としているインドでは、2台で器用に撮影などはとうていできない。いい瞬間を逃してしまう。機動性が鈍る。
 
今日もジムへ行く。縄跳びから始めて、全部で18R、筋トレ腕立て60×3、腹筋40×3、鉄アレイ。
 
明日からバイト。旅の追い込みに入ったし、めげずに働くか。

KARADA

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ジムへ行く。縄跳びから始めて、全部で19R。筋トレ腕立て60×3、腹筋40×3、鉄アレイ。2時間ほど汗を流す。トレーナーがいなかったので、サンドバック中心。
 
暑い。シャツを1枚変えても、とめどなく汗が出てくる。インターバルの間、時折吹き抜ける風が気持ち良かったりもする。夏なのだと季節感を感じる。9月、10月、秋になれば少し肌寒くなり、旅立ちも近付き、妙に感傷的になる。ここ1,2年の通過儀礼。
 
2ヶ月は切った。逆算して金銭的なことを考えれば、今年もましてギリギリだが。普通の人ならたぶん行かない。写真に賭けているから行ける。
 
もう31歳。下り坂になっていくのは間違いないと思うが、体力的に食い止めるものがないと、とてもやっていけない。長旅に耐えたり、機材を運んだりする体作りはますます欠かせなくなってくる。体力的に落ち込めば、精神的にも落ち込んでしまう。体力的に自信がつけば、精神的にも自信になる。フリーの道は、茨の道である。
 
数ある格闘技、スポーツの中でも、ボクシングと出会えて本当に良かった。水泳、野球、サッカーと一通りは経験したが、ボクシングは思いっきり個人競技である。野球は守備の時にボールが飛んでこなければ、働いていない。バッティングも9回で3~5打席ぐらいしか回ってこない。何よりも野球もサッカーも一人ではできないのである。
 
三十路になってくると、一人の時間が多くなってくる。野球もサッカーも毎週のようにはできなくなってくる。ボクシングは一人でもできてしまうので、有難い。怠ければ成長できないし、頑張ればその分成長できる。自分の体と否応なく対峙せざるをえない。自分自身を見つめられる。
 
旅は一人旅が基本だったし、まして写真となると、自分との闘いになってくる。いい写真を撮るんだというプレッシャーや貧しさや一般的な幸せへの渇望に耐え切れなかったら、逃げるしかない。
 
絵画と違って、写真は被写体ありきである。上手くコミュニケーションして、流れを読んで、魅力的な人・風景・瞬間に出会わなければ成立しない。まずは自分がいいと思い、感動しなければ、相手にも伝わらない。独りよがりの危険性もあるが、撮影者の意図が出てこないと、薄っぺらくなり、説得力がなくなってしまう。
 
自分と他者は紙一重だと思うし、自分の喜びや痛みを知り、相手の喜びや痛みを知る。会社員を辞めてから、人一倍悩んでいるし、孤独を感じているし、自分自身を見つめられていると思う。
 
学生の頃よくやった就職活動でも、自己分析というものが大きく問われる。自分が何者かを理解するということは非常に難しく、大切なことだろう。表現する方に回るには、人一倍努力しなければいけないし、ピラミッド型になっていてまだ花を咲かせていない数多くいる表現者達にとても太刀打ちできない。
 
 

臆病者

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ジムの夏季休業が終わった。9時から16時までバイトをして、 その後ジムへ行く。縄跳びから始めて、全部で18R。トレーナーへのミット打ちの2Rは心臓が飛び出そうになる。暑さと湿気と人いきれ。体力は消耗していくが、つらいということは、鍛えられている証でもある。ジャブ、ジャブ、ワンツー、フック、ストレート、ダッキングして左ボディーや、ワンツー、フック、ストレート、左ガード、ストレート、フック、ストレート、右ガード、右アッパー、フック、ストレートなど、コンビネーションもスムーズにいくようになっている。自然と動けるようになるのは、トレーニングした分だけ上達するというボクシングの喜びである。
 
ボクシングを習い続け、少しでも上達したいと思い、少しでも強くなりたいと願うのは、臆病者だからである。強いと思い、傲慢な人間であれば、トレーニングをしようと思ったりしないだろう。死ぬのが怖いから、少しでも鍛えれば自信になると思い、他人から見れば気休め程度にしか見えないかもしれないが、人生をもがいているのである。
 
旅を続け、写真を続けていると、恐れを感じてくるようになる。学生の時のバックパッカーの頃は、変な自信があったし、かなり前向きで明るかったが、31歳になり、フリーの生活をしていると、根拠のない自信は違うのである。明るいだけではいられない、無知だけではいられない、慎重になる。
 
写真というものが、背中にまとわりついているのが大きい。ここ4年は、長期の撮影旅を行っているが、2年目辺りから最悪の場合も想定するようになった。いったん日本を離れれば、世界的な常識が通じないところだってある。宗教的な対立、テロの恐怖が一番のネック。今という時代は何が起こっても可笑しくない。アメリカは9・11のワールドトレードセンター跡地に、国の権威をかけてより大きな建物を建設中とのことだが、間違っている。こんなことが続く限り、戦争やテロは一生なくならない。「目には目を、歯には歯を」の思想では、対立が続くだけだ。
 
海外をフィールドにする旅人や写真家にとっては、ますます危険と隣り合わせになる。僕が臆病者だからかもしれないが。敏感に繊細に反応してしまう。最悪の場合を想定するとは、飛行機が落ちる、街や空港でテロに巻き込まれる、被写体に迫るあまり事故にあう、意志伝達不足の為に相手と刺し違える、移動中に事故にあう、強盗に襲われる、病気になる、犬に噛まれる、様々に妄想を膨らませる。何も考えなければいいのだが、勝手に妄想が膨らんでくる。
 
次回の旅に出るまでは、リスクを負う前は、臆病者になり続け、妙に落ち込んだり、うだうだとする。旅の当日になり、家を出てから、開き直る。旅をし、なおさら写真を撮るという行為には多大な神経を使うが、かつ大胆になる。
 
人の感情は容易ではない、毎年、こんな調子だ。それまでにできるだけトレーニングをしよう。
 
明日もバイト。
 

CRY

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ジムは休み。夕方1時間ほど、外を走ったり、筋トレをしたり、シャドーをしたりする。
 
テレビからアンジェラアキの「HOME」、男性歌手の「千の風になって」が流れてくる。
 
自然と泣いている。泣いている理由は複雑。次回の旅に出ると決めてから、一人でもそのことを告げてから、感傷的になる。長旅を、二人やグループよりも一人で経験した人しか分からない。自分のふがいなさに泣けてくるし、100年後には、自分も、両親も、兄弟も、親戚も、好きな人も、知り合った誰もがいなくなるという真実を想う時、とてつもなく悲しくなる。人の無力感を感じ、小さなことから、大きなテーマで共感し、涙が頬をつたう。
 
 「人は必ず死ぬ」ということが分かっているから、安定した公務員の道は進む気はないし、旅に出て、写真を撮りたいと願う。若手写真家の端っくれであるし、写真は数ある中での表現の一つ。「写真で表現をする」ということは、死ぬまでの、生きていく上での希望の一つである。少なくともそう願うしかない。喜怒哀楽、孤独や寂しさや永遠の無力感をも閉じ込めるのである。「このままでは食いっぱぐれるし、自分でいっぱいいっぱいだし、恋人はおろか、幸せな家族も家庭も築けそうにない、もう一つの夢は手の届かない遠い遠い場所にある、両親にかわいい孫の顔の一つでも見せてやれない」、もっと器用で要領が良かったら、二つの夢をとっくに叶えているかもしれないし、力量のなさに泣けてくるのである。
 
最悪の場合には、写真で人生を賭けたとしても、男らしい生き方。会社員に勤めて、幸せな家庭を築いたとしても、息子か娘が子供を作らない。200年は持つことさえできない。アジアの写真を撮り、ポートレートやいい瞬間を撮り、魅力的な子供を写真として残す。モノクロも撮っているが、風化してもポジでも何とか200年は持つと思う。撮った写真を、分身や息子と思えば、消えていなくなったとしても、実際の息子や娘とどっこいどっこいなのである。とても空しいことだが、旅を続け、写真を撮り続けるということは、覚悟や、そのぐらいの思想の移動をしなければ、とても立場がないし、奈落の底へ落ちそうになってしまう。
 
正義と自我のバランスを保つのは容易ではない。ストイックとやさしさの関係も微妙な所だ。
 
終戦の日になれば、有名なアーティストが、平和を歌う。人間の一人一人の価値や思想や平和への祈りは平等だ。有名や無名とかは関係ない。
 
たとえ無名な写真家でも、非力な旅人や人間でも、平和への願いは忘れていない。だから、旅をして、写真を撮る。どうなるかは分からないけれど、行動したいと思っている。時に感傷的になり、CRYする。
 
 

次回の旅の予定

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バイトも休み、ジムも休み。昨日、今日は街に出て、写真を撮る。満足はできていない。写真を撮るということは、スナップ(瞬間)が基本だが、東京では街も路上も開かれていない。 写真にならない車やバイクや放置自転車も多いし、車中心の道路や、電柱や、人口の木々や、余分なビルや手摺りや柱が多すぎる。
 
家の形一つを取って見ても、当たり前だが、扉や窓は閉められている。人の生活は外からは感じられない。冷房はあるし、冷蔵庫はあるし、いったん中に入ってしまえば、生きていくには楽だが、外に出てスナップをとなると、こんなに難しい街はない。アジアの路上、例えばカンボジアやインドの街では家の扉も開いていて、人の生活は丸見えだし、路上で生活している人も、商売している人も、わけの分からない人(一言で言えばそれが自由なのだ)も、自由に歩いている犬も牛もたくさんいる。生活となると、何でも揃っている東京よりは厳しくなるが、写真的には面白くなる。
 
前回の清里で「写真を撮ることは生きることであり、生きることは写真を撮ること」と書いたが、まさしくその通りで、もうそろそろ写真を撮り続けなければ限界であり、消化不良であり、鬱になる。レンズに黴が生えていても、結果が上手くいってもいかなくても、写真を撮るという行為自体が魅力的で呼吸のようなものであり、魅力的な被写体に出会うということが大切であり、写真とは自分が作り出すものではなくて、まずは被写体ありきなのである。だから、旅を続けねばならぬ。モデルを使ったり、自分の世界のモノをセッティングしたり動かしたり、デジタルで加工したりすれば、多少は満足が得られるかもしれないが、やはり最後の手段にしたいもの。僕はまだ31歳で、自由に動ける足があり、どこにでもいけるのだという気力と、その気になれば待っている世界や自由や街や人がある。
 
10月11日~12月15日まで、インドへ撮影に行く予定。これで4度目だ。行く度に違うインドを見せてくれる。インドの街も人も多様性があるということだろう。いつ行っても変わらない所もあるが、特に200Xはビジネスに置いても芸術に置いても何に置いても革変期だと読んでいる。今年行けば、ここ3年連続で行くことになるし、もう行くしかない。もう航空券は抑えてある。もう告知してしまったから、意地でも行く。
 
体力的、精神的、何よりも金銭的には厳しい面もあるが、何でも行動を起こそうとなるとリスクがいる。また毎度のことながら、貯金はゼロ円、ひょっとしたらマイナスになるかもしれないが、常にギリギリの生活に変わりはない。
 
このまま時給の安いバイトを続けていても、夢はなし。いまいちぱっとしない写真でも、このまま撮り続けなければ前へ進めない。上手く結果が続かないからこそ、写真を辞めてしまうのではなくて、リスクを背負ってでも続けることが大切なのである。
 
未来の自分へ向かって。写真の記録的なことでも、記憶の為(足跡を残す為)でも、選んだ道は間違っていないのだと信じている。

普段と変わらない夏休み

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 明日からバイト先も、ジムも休み。3日だけだが。今週はその分働いた気がする。
 
テレビで「はだしのゲン」を見る。下手なバラエティーよりも断然ましだし、あった方がいい。放送されれば、見てしまう。テレビは、つけるだけで特に余分なエネルギーもいらずに自然に見れてしまう。
 
原作物をテレビ化すると、数倍は落ちる。前半は良かったが、後半がぐだぐだ。長い原作のどこを切り取るかで、イメージが変わってしまう。脚本家の腕の見せ所だし、感動の度合いも変わってくる。前半が良かったのは、中井貴一の演技力につきる。大して内容だけでは感動しないようなことでも、中井貴一の演技を見るだけで、ホロリと来る。自然と泣いている。映画の「壬生義士伝」を見て始めて、この役者の演技に引き込まれた。原作はもっと感動したが、実写版もそんなにおちていない。
 
俳優は、苦労していると思う。すぐに売れるということはないだろうし、長い下積み生活を続けて、今という演技があるのだ。苦労していればしているだけ、説得力がある。
 
1945年の原爆。まだ60年ほどしか経っていないのに、本当にむごくて悲しいことだ。地球上で始めて人のいる地に原爆を落とされたという現実だけを見れば、アメリカは非人道的なことをした。日本だって加害者の面もあるし、戦争とは、お互いの利害関係や欲から生まれてくるものだ。分かってはいるが、普通の人が住んでいる場所へ落とさなくても・・・と思ってしまう。
 
 

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