人との繋がり

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今日は、バイトの後、ジムへ行く。トレーナーにパンチを受けてもらったり、18R練習する。今月は、10日練習したことになる。社会人としては、多いかもしれないし、プロとしては、少ないだろう。
 
自分で限界を作ってしまっている。肉体労働系バイトの後、練習をしたら、次の日に支障が来ると思っている。次の日もその分、動けばいいだけの話だ。バイトの後も、もっと積極的に練習に参加していきたいと思う。とりあえずやってみて、体を壊したら、またその時考える。今は、バイトの作業も覚えたし、もっとボクシングをマスターしたい。
 
やはり、時に惨めになる。写真の仕事はほとんどないし、なければバイトの稼ぎ分だけ。30歳で手取り十数万円。惨めと言いながら、つくづく阿呆だ。フリーターだけでも、バイトの掛け持ちをして、必死に働けば、手取り20~30万円はいく。
 
なのにそれをしないで、バイトの後にボクシング。バイトの掛け持ちと、バイトの後ボクシングは、体力的消耗で言ったら同じぐらいだろう。もちろん自分なりに理由はある。バイトの掛け持ちをしても、あるのは、一時のお金だけだ。それだけでは、強くならない。夢も希望もない。
 
今は、少しでも強くなりたいのだ。ボクシングで反射神経と、攻撃防御術を習う。もしこの先、人が行かないような異国の地を旅する時に、多少の自信にはなる。写真に繋がるのである。戦場のような所へ写真を撮る依頼が来た時に、行くか行かないかはその時の判断だが、ボクシングという打撃系を一つでも覚えれば、また違ってくる。
 
そして、繋がると言えば、人との繋がりだ。写真家は孤独だ。写真が広まらないのは、運命を導くような人との出会いがないからでもある。期待してはいけないし、まずは自分の頑張り次第。
 
旅から写真に入ったので、旅人という気持ちはあるし、マスコミに左右されるのは、前だったら、気が進まない所もあったけれど。フリーで3年目となると、気持ちも変わってくる。何だかんだ言ったって、もう30歳、おっさんだよ。
 
写真を仕事にしていくとなれば、自分一人では限界がある、人との繋がりは大切なのだ。
 
ゴッホのような芸術家は、世間を頑なに拒否してきた気難しそうな印象があるが、写真家なんて、技術的なことなんてないに等しい。
 
気難しさなんていらないのだろう。まあ、あまり考えず、今の自分のやりたいことをやっていく。後悔はしたくないし、努力すれば、結果は後でついてくる。
 
 
 
 
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SUICIDE

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ZARDのボーカルの坂井さんが亡くなられた。最初、ニュースで聞いたときは、驚いた。CDラックを見たら、いまだに「HOLD ME」があった。1976年生まれの者にとっては、馴染みの歌声だっただろう。
 
学生の頃、お金に困って数多くCDも売ったが、「HOLD ME」は、手放さなかった。それだけ、たぶん高校生の頃買ったと思うが、愛着があったのだろう。亡くなられて、CDチャートが上昇したと言う。売れないよりかはましだけれど、これだけでは、作家は浮かばれない。生きていて結果が残る方が、いいに決まっている。
 
自殺と事故の中間ではないかと見ている。遺書を書くだけが自殺ではない。朝や夜や、ふと魔が差したときに、死にたくなるのも自殺なのだ。生きるという意欲を忘れ、ぽっかりと穴が開く。そこから吸い寄せられるように墜落へとつながって行く。電車への飛び込み自殺というのも、今回の件と同じ様で、衝動に近いものではないだろうか。
 
少し離れるが、なぜ、自殺をするのか?普通の状態ならば、理性で抑える。最大の原因は、酒と、薬と、もう一つは虚弱(体)である。旅に出れば、いろんな人に出会う。金がなくて、生きる意欲をなくし、酒と薬に溺れるのが、一番いけないパターンだ。
 
僕だって、フリーになってから、金にはいつだって困っているから、死にたいと思う時もあった。写真も広まらないし、続けていても無駄だと、希望を失いかけそうになる。でも結果的には自殺はしていない。常に普通の状態だから。理性で抑える。これが、酒や薬をやってしまったら、何をしでかすか分からない。
 
金はなくても、体はちゃんと動くというのも強みだ。これが病気をしたり、虚弱体質になったら、その時は、考える。旅ができなくなったり、写真を撮れないような体になったら、かなりへこむだろう。
 
でも、どんなになっても、全盲になっても、ホームレスになっても、自殺はしたくない。人は、どんな状態でも、その時の価値観で生きていくものだ。自殺をするぐらいなら、物乞いにでもなろう。
 
人は、いずれ死ぬ。痛くして、死ぬのはごめんだ。
 
人は、死んだら、無だ。何もない。ヒンドゥーでは、輪廻転生というものがあるが、実際に向こう側から来た人を見たことも聞いたこともないし、良く分からない。それだったら、ブッダの思想の方が、理にかなっている。
 
「よりよく生きる」という思想なのである。

現実的PHOTO’S LIFE

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清里で、審査員や他の写真家さんの話を聞いて、励みになったものの、また一人に戻る・・・。当然だけれど。
どう見ても、フリーの世界は厳しいよなあ。フリーの形態にして、一応3年持ちこたえているものの、前途多難に変わりない。
 
一つ大きめの賞を取ったり、個展を開けば、何とかなると思っていた。旅から写真に入ったので、元々は楽観主義。旅とは、後のことは考えず、とりあえず飛び込んでいくことだ。
 
定年が近いずっと会社に勤めている父親が前に言っていたことを思い出す。「写真でどうやって食べていくのか?」「続けている写真家にそういうことを良く聞いた方がいい」
全く、その通りだ。会社員から見れば、僕だって、短い期間だったけれど会社員として働いていたことがあるし、どう見ても写真(自分の作品)だけでは食べていけない。何とかなると思うしかないが、実際に続ければ、飛び込む前よりも、何倍も厳しいことを知る。
 
自分の写真だけで食べていけるのは、ほとんどいないに違いない。巨匠や先生と言われる人達も、実際の生活は分かったものじゃない。普通の会社員よりも、厳しいことだけは確かだ。
 
自分の写真だけでは食べていけないとなれば、他で生活や写真費用を稼がなければならない。様々なタイプがいるに違いないが。
 
話を聞いたり、ざっと考えるだけでも、職業カメラマンとして物撮りや、結婚式や学校の写真を撮るか、写真家と職業カメラマンの狭間として、週刊誌のグラビアや雑誌の企画の写真を撮るか、巨匠ぐらいになれば、写真学校の講師になったり、展示会や賞の審査員になったり。写真集が売れたり、他の執筆活動が順調に言ったって、小説家や漫画家の印税生活とは決していかないだろうし。知らないだけで、ひょっとしたらいるのかもしれないが。少なくとも若手にはいない。
 
他に、ギャラリーを開いて運営したり、アシスタントになったり、編集者や会社員になったり、ネットや路上で自分の作品を売ったり、親のすねをかじったり、奥さんのひも状態になったり、フリーターとして写真と関係ないバイトをしたり。
 
それぐらいしか思い浮かばないよなあ・・。でも、どれをも肯定したい。何故なら、写真はお金がかかるからだ。まだ写真費用を捻出できるだけでもいい。僕みたいにフリーターと写真家を行ったり来たりという人はけっこう多いと思っている。専属の職業カメラマンやアシスタントになれば、自分の時間がなくて、作品撮りができないに違いない。
 
地道にバイトして、旅をしたり、写真を撮って、コンテストに応募したり、持ち込みをしたり、個展を開いたり、そうやって少しずつ活動していくしかないよなあ・・。それにしても、時に惨めになる。写真家とは、貧しさとの闘いだ。
 
スタバでコーヒーなんか買う余裕もないし、高いランチなんか食べられるわけもなく、夕食だって自炊して1パックの肉を2,3回に分けて、肉の少ない肉野菜炒めなんてしょっちゅうだ。削られる所は削って、次回の旅の費用にする。
 
今のままだと、旅の前の日本で撮るフィルムが買えないし、現像も、新しくまとめたいプリント代もない。惨めさに拍車をかける。写真家なのに、時間は何とかできるが、撮る金がない。
 
一見、写真家は仙人生活に見えるが、何てことはない、かなり地味だ。
 
多くの写真家は、時に華々しく時にひっそりと発表するが、その過程が謎に包まれている。過程は、人には見せられないほどつらくて悩み孤独で地味なのである。できれば隠したいが、同じ写真家でも、その地味生活こそ知りたいのである。
 
男性の会社員ならば、出かける時は、整髪料で髪をびしっと整え、スーツという服で着飾る。女性ならば、化粧をする。でも、寝ていたり、寝起きの、普通の生活も知りたいのである。素の表情が知りたいのである。

体が小さい者と、大きい者

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今日は、午後から、ジムへ行く。
 
最低でも、週に二日は、トレーニングをしないと、自分に納得できない。もしバイトをやらなくて、一定の収入があるのなら、もっと通いたいところ。30歳になると、体を動かすバイトだけでも、けっこう体力を消耗する。ジム通いは、とても毎日のようにはできない。バイトで迷惑をかけてしまう。
 
たまに顔を見かける練習生と、今日は珍しく、外からの練習生が来ていた。総合格闘のことは詳しく知らないけれど、そこの団体の一つの、たぶんプロか、プロを目指している人達だ。出稽古というものだろう。重量級の方が多い。筋肉隆々といった感じ。リングを使って、スパーリングをしていた。
 
かなり迫力がある。ジム内の空気も重量級特有の、熱気で溢れていた。
 
そんな方々を見ていると、とても同じ人間には思えない。ボクシングを選んで良かったと思う。ボクシングには、体が小さい者でも細かく階級がある。公平なスポーツだ。
 
かと言って、年だし、目も悪いし、プロにはなれない。体が大きい者にも太刀打ちできない、体が小さい強い者にも太刀打ちできない。
 
そうなると、体を使っての勝負は目に見えている。でも、僕にはカメラや写真がある。そうやって、自分の道を進んでいくのだ。
 
明日から、またあまりやりたくないバイト、でも、しょうがない。

清里レセプション

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昨日は、清里ヤングポートフォリオのレセプションに参加する。発表の媒体が少ない中で、作品を購入して頂いて、写真美術館にも永久に残る。永久というものは常に曖昧なものだが、それを差し引いても、35歳までの若手写真家にとっては、大変有難い存在だ。
 
何よりも、不安や孤独という精神的なものや、お金という物質的なものに悩みながら、(時には冷静に)情熱的に写真を撮る。情熱的に写真を撮るという行為が、多少の結果がなくては、無駄にも思えてくる。一時でも、認めてくれるということは、自分の道を信じればいいのだと決意させてくれるし、もっと続けられるように頑張ろうという気持ちにもなる。落ち込みへこみ、自信を持つという一連の繰り返しだ。人は、他者の存在によって、自分の存在を知る。
 
受賞者一人一人に、細江英公館長から、証書を受け取る。やはり細江英公さんはすごいよなあ・・・。清里に参加して4年目になるが、オーラがあって、未だに深く話をしたことはないが。話をしなくても、雰囲気や今までの経験や実績で大体分かる。
 
強くて、心に残り、何かを感じさせる一枚写真は、細江英公さんの撮った三島由紀夫が薔薇をくわえた薔薇刑、藤原新也さんが撮った「人間は犬に食われるほど自由だ」の犬にくわえられた写真、この二枚が、度肝を抜いている。
 
細江さんの場合は、三島由紀夫という作家の存在もあるが、それを撮っていたということは、写真家の力や運だ。流れを引き寄せているのである。
 
どんなに憧れても、いいと思っても、他の写真家にはなれない。自分は自分だ。やるからには、努力をしたいものだ。
 
清里に参加した、若手写真家の方々と、いろいろと話をする。写真家で続けている時点で、悩みや不安というものは、だいたい似ている。時間と金、心の問題だ。特に海外に出て、写真を撮っている方の悩みは、かなり似ている。自分の弱さも知る。とてもいい勉強になったし、刺激になったし、励みにもなった。頑張ろう。
 
それにしても、写真家という存在は難しい所だ。作家全般に言えることだと思うが。チームプレーではないし、かと言って、作家一人では生きていけない。他の写真家の存在は、間違いなく叱咤激励になる。勇気付けられもするし、逆に焦りも与えてくれる。でも最後は、自分との闘い、孤独に向き合わなければならない。自分と他者に常にリスペクトし、批評することだ。
 
昔の武士や、剣士、スナイパーに似ている気がする。剣を、カメラに替えただけ。カメラが銃で、フィルムは弾、でも人は殺さない、平和をも写し取るのだ。
 
今だったら、個人競技のスポーツ選手に似ている。最後は自分を信じるしかない。スポーツは、いろいろとやったが、今やっているボクシング。プロボクサーではないけれど、ボクサーと写真家というのは、けっこう似ている。形的にも、精神的にも。プロの方が多くいる時間帯に練習に行って、プロ同士が「減量はどう?」とか、「試合決まった?」とか話をして、脇でそんな話し声が聞こえてくる。
 
清里で会い、写真家同士の話し、「最近はどう?」とか、「次の旅撮影の予定は?」などの話が、実にかぶるのである。もちろん写真家は、女性の方も多いけれど、柔らかい物腰ながら、ニュアンス的には、個人のスポーツ選手やボクサーとあまり変わらない気がする。
 
写真家を続けていくには、精神的にもタフであるか、時には、楽観的に考えないと、とても続きそうにない。
 
今日は、ジムへ練習に行く。トレーナーへのミット打ち3R含めて、全部で18R。その後、筋トレ等で約2時間。終わった後は、ぼろ雑巾のようになる。でも、不思議だ。一時は疲れているはずなのに、集中的にハードに動くと、終わった後は、爽快だし、五感も冴える。行く前は、かなり憂鬱だし、緊張もするし、変に肩に力が入る。練習したくないなあと思ってしまうが、行くしかない。
 
はっきり言って、最近は写真を撮っていない。休みの日になれば体を鍛えている。ベクトルが違うだけで、結局は生きてくる。カメラは自分の肉体、五感で操作する。写真家は写真の学校を出て、写真ばかり撮っているからといって、決まるわけではない。遠回りしても、フリーターでも、写真と全く関係ない仕事でも、一時はカメラを離しても、ここぞという時、最後に戻って来れば大丈夫なのである。カメラを持っていなくて、長期の旅に出たとしても、その経験は生きてくる。旅というものは、どんなことでも、大きな存在だ。

写真の行商人

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今日は、ある会社へ持ち込みに行く。飛込みとは行かないので、ちゃんと電話でアポイントを取って、日取りを決めてもらう。今の生活だと、頻繁には難しいので、バイトをしながら、長いスパンでやるしかない。
 
大学生の時の就職活動を思い出す。会社の説明会とか、面接、筆記とかで、いろいろと出かけたなあ・・・。マスコミ中心に受けたけれど、結果は全部だめで、旅行会社に決めたっけ。あの頃の強みは旅しかなかった。そんな若造にマスコミが通るわけがない。今なら、写真がある。もう30歳だけれど、今の自分なら、あの時だめだったマスコミにも通る自信がある。現実的には厳しいが、仮の話で、何よりも気持ちの持ち方が違う。
 
写真の詰まったファイルをかばんに詰める。どれが目に引くか分からないので、とりあえず持てるだけ持っていく。忙しそうだったら、一部分を見せればいいだけの話で、もって行かないと、後悔しそうだし、気分が静まらない。中型のかばん、二つ分。写真は、一枚なら、めちゃくちゃ軽い。しかし、かさばれば、相当な重さだ。手で持てば手はしびれ、肩にかければずれ落ちそうになる。見せる前の心境は、初めての所だと特に、緊張や、不安や、分からんなあという想いや、多少の自信と、逆の思いっきり自信のなさ(それらは常に裏返しだ)、複雑な心境だ。旅に出かける前や、野球やサッカーの試合とは違う、独特の感情だ。
 
小さな旅行会社にいた時、社長から、「パンフレットを持って飛び込み営業へ行って来い」と言われたことも思い出す。そう、結局は、パンフレットを写真に変えただけ、営業と一緒だ。ただ違うのは、自分の足跡、作品で勝負できること。
 
アジアの行商人とも重なる。アジアには、野菜売り、フルーツ売り、笛売り、アクセサリー売りなどオーソドックスなものから、差し歯売りや、蛇使い、熊使い、意味不明な薬売りや、耳掻き、マッサージ、髪を編んだり、マイナーなものまで、様々。僕の場合は、写真なだけで、あらゆる行商人と何ら変わらない。
 
重いかばんを持ちながら、電車に揺られて、そんなことを思ったりする。
 
名刺を交換して、雑談も交え、写真をざっと見てもらって、とりあえず一部分の写真と書類は預かってもらったが(一人の編集者じゃ決めかねるし、即答は難しい所)。それらの写真群が、日の目を出るかは分からない。どういう出方になるのかも分からない。たぶん、様々な企画に交え、編集者会議にかけられ、審査にかけられるのだろう。運良く通るかもしれないし、そのまま郵送かなんかで返却されることも十分考えられる。
 
ここまで来たら、タイミングや運なのだ。まとめ方には、納得できていない所もある。ただ今の自分には、写真を組み直し、大きいサイズで写真を焼き直す、金がない。
 
何も間違っていないし、写真の力や視点や見方、何よりも自分の足跡を信じるしかないのだ。
 
会う前は、いろいろと緊張するが、会えば、少し肩の荷がおりる。普通の会社員なら、様々な編集者と会うことはけっこう難しい。だが、旅や写真を続けていれば、写真家として生きていれば、様々な編集者と会える。これも、写真家のいい所だ。編集者というのは、普通の考えと、いい意味でどこかずれている。編集者の思想が知りたいのである。
 
写真家は、営業もしなければならない。実るかは別として、少しでもいいから動くしかない。作家と営業は矛盾する話だ。だから、営業を嫌って、自分の作品が手元にだけある人は大勢いる。実際、僕もその一人だったし、今もそれが果たして良いのかは分からない。身も心も擦り減る、自分がいる。
 
まずはやってみるだけだ。やってからある程度の答えは出る。自分の写真は子供であり、分身であり、大切な売り物でもある。そのまま埋もれてしまうのは、やはり忍びない。写真が埋もれるということは、自分が埋もれることと一緒だ。ここは一つ、日本にいる限り、生きている限り、少しでもいいから、動きたいと思っている。
 
明日は、生活の為に、バイト。
 
 

バイトならどこでも構わない

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一昨日は9時から19時30まで、昨日は22時まで、今日は定時の17時までバイトをする。
 
下旬になると、バイト先も忙しく、別に定時であがることもできるのだが、一時のお金が欲しい為に進んで残業をする。
 
22時まで同じ様な流れ作業をすると、頭が可笑しくなりそうになる。そこは我慢するしかない。次の旅や写真の為に。何よりも自分の未来の為に。
 
本音で言えば、写真の仕事ではないバイトなら、どこでも構わなかったし、構わない。今の所も、ネットで検索して、登録も簡単だったし、時間の融通が利きそうだったから。(時給は安くて人使いは荒い)大手ではなくても、今風の人材派遣会社だが、時間の選択を引けば、逆に夢を求める者にとっては、長所もある。次回旅に出て、2ヶ月間日本を留守にしても、登録はしたままでできる。正社員ではこういうことはできない。悲しいけれど、最低限の生活はかかっているし、今という時代の働く仕組みを利用するのだ。利用されるのではない、利用すると思えば、今の社会システムもそんなに悪くない。矛盾していて、腹の立つことも多いけれど。
 
バイトの選択肢なんかたくさんあると言っても、誰でもできる掃除や警備や配達や仕分けがメイン。単純労働で、体力を使うものがほとんどだ。体を鍛えられて、お金を貰っていると、割り切った方がいい。そうじゃなきゃ、明るい未来はないし、自分の立場が情けなくなる。
 
多少の体力を使って、こき使われるのは、我慢しよう。今の所も、続ければ、体は楽じゃないけれど、ちゃんとやればお金は貰える。「ここは楽じゃないから次へ」とかバイトで繰り返していたら、時間がもったいない。バイトでも、変えたら、また履歴書を書いて持って行って軽い面接があって、交通費を払って、何だか時間がもったいない。
 
家の近くで、時間の融通が利いて、ちゃんとした働き場所があるなら、それにこしたことはないのだが・・・。気付かないし、知らないだけである。ネットというものは、その点便利である。
 
あくまでも、旅と写真に全力をそそぐ。バイトは通過点に過ぎない。

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