今日は、9時から17時までバイトをする。終わってから、18時30分から約1時間ほどジムで汗を流す。この時間帯は、練習生が多い。スパーリングも行われている。続けていると、やはり欲が出てくる。プロテスト準備生やプロが、たぶんスパーリングを行っている。普通の練習生は、トレーナーのミットに打ち込むか、あてないマスボクシングで終わりだ。
 
実際の生のパンチのスピードや恐怖や衝撃ってどんなだろうという好奇心もある。人生勉強にもなる。写真に生かせるという思いもある。立ち仕事の肉体労働を続けていて、ボクシングの時も、以前よりもだいぶ体がスムーズに動くようになったし。プロ試験は、33歳未満に引き上げになったとも言う。でもやっぱかなりの確率で厳しいかなあ。もう30歳で、次は31歳。裸眼の視力は0.1未満、いつもは眼鏡で、練習の時はコンタクトをしている。
 
一度は生の体と体でぶつかり、リングに立ちたいというのは、憧れだ。もし、本気でテストを受けようと思ったら、真面目にロードワークもしなきゃいけないし、食事制限もしないといけない。テスト費用もかかる。中途半端な気持ちで、ただの憧れだけでは、テストなんか受けられない。もう後5歳若かったら、視力の手術をしてでも、一度は挑戦していたかもしれない。25歳からは、写真と出会ったし、真面目に取り組んで来たつもりだから、僕の人生に後悔はない。ボクシングは僕の未来の旅や写真の為だ。なんでボクシングというのは、やり続けていると自信が生まれるのかと考えたら、自由に体を動かし、守りではない、常に攻撃をしているからなのだろう。メンタルの問題だ。筋肉をつけようと思ったら、普通のジムへ行った方がいいし、実際の強さで言ったら、総合格闘技やレスリングや柔道やキックボクシングの方がたぶん強い。それらを引いても、ボクシングには惹かれるものがある。後は、魅力的な写真家の一人であった一ノ瀬泰造がボクシングをやっていたということもある。写真的には、決して上手くはないが、写真家としての生き方や写真に対する姿勢や熱意には今の写真家は見習うべきことがある。死んじゃったら、どうしようもないけれど…。年を取れば人間は丸くなってしまう。彼は角張ったままで、抵抗して、生き続けていたんだ。彼が亡くなったのは、26歳だ。もう30歳で、その年を遥かに越してしまった。
 
大学卒業後は、大手の旅行会社に勤めていた。その後、転職して、小さなタイ専門の旅行会社にも勤めていた。仕事の経験は浅いし、仕事もできなかったし、だいぶ迷惑をかけてしまった。あの頃は若かったし、仕事に対する姿勢も甘かった。辞めた理由は様々だけれど、ただこんな記憶は残っている。
 
卒業後で、社会に対する右左も何にも分からない状態で、大手の旅行会社で、いきなり本社に配属された。渋谷にある高層ビル。ガラス張りの高層オフィスからは、空が見え、人が小さく見え、何もかもが上で、常に何かを見下ろしている状態だ。ブラインドタッチで事務処理能力を上げ、電話応対を学び、一つの会社でしか使えないシステムや知識を習得する。背広にネクタイだって、広い世界で見れば、ただの決まりごとにすぎない。何年も続ければ、部下やさらなる上司もできるし、その分しがらみも増えるし、とても10年も20年もそんな場所で働けるとは思えなかった。本当にやりたいことではないのに、何で続けられるのか?自分の気持ちに素直になったら、明らかにNOだ。
 
本気でやりたいものに、死ぬ気でやればいい。もしあの時、旅行会社を辞めなかったら、もう一つの人生は違う方向へ行っていた。普通のレールに乗っていた。
 
工場でのバイト、ボクシング、地を這うような旅と、足跡を、記憶と記録を求める、自分と世界を向き合う写真。どれも泥臭く、生きているという実感が湧く。今日の工場でのバイトと、その後のボクシングでその時は良かったが、今となって、どっと疲れが出てくる。ただ間違いなく会社員の道であったら、こんな種類の疲れは味わうことはなかった。
 
お金は稼ごうと思ったら、稼げるんだ。まだまだ僕は下だ。旅行会社にいた時の上にいた時の違和感。地を這いたいと思ったんだ。
 
夢は20代で終わりだなんて、絶対に嘘だ。そんなものは、自分の気持ちだ。30代で夢を追っているなんて、そんな生き方も悪くない。今の人生は続いている。