腹八分

コメントをどうぞ

今日はGWなので、ジムは18時から20時までで、その時間帯で、練習をする。試合前の選手もいるということなので開けているそうだが、この時間帯は、プロの方もいるので、いい刺激になる。
 
明日は、バイトなので、家に戻って、急いで簡単な料理を作る。スーパーで買ってきたコロッケ2個と、豆腐ともやしと生姜を茹でて味噌で和えたものと、トマト1個、納豆一つ、ヨーグルト一つ、バナナ1本。ご飯は一杯。
 
ここ数年は特に、いいものや高いものを食べたいという食の欲求はあまりない。これが実家だったら、違うと思うのだが、食を節約する為に自然とそうなってしまった。休みの日は、一日2食。一応自分なりに食のバランスを考えて、豆腐や納豆という安くて栄養のあるものは、ほぼ毎日食べているのだが。成人男性の食のバランス的には、足りないのかもしれない。
 
自然とそうなってしまうのだが、自炊する時は、腹八分ぐらいがちょうどいい。風邪を引いてしまったら意味がないが、少し飢えた状態だと、何事にも頑張れる。
 
2,3ヶ月もアジアを旅すると、かなり妥協して食を得ることが多い。インドではチキン、マトン、ベジタリアン、カレー中心だし、パキスタンではケバブかビーフ、チキン、カレーとナンだし、バングラデシュではフィッシュ、チキン、ビーフとぱさぱさのご飯だから。最近はインド圏を旅することが多い。もっと右の東南アジアだったら、中華も豊富にあるし、タイ料理は日本人の舌にも合うし、食にはあまり困らない。インド圏だと食の冒険なんて気持ちは起こらない。宿の近くで、雰囲気を見ながら、一度入ってみて、腹を壊さないレストランだったら、その街に滞在中はいきつけとなる。同じものを何度も食べることはざらだし、限られたメニューの中で変えてみるということもある。
 
食に対する欲求が学生の頃と比べて減ったのは、年齢的なこともあると思うが、旅を続けていく上で、自然と身につけたサガなのである。
 
日本に戻れば、醤油味の食事も、インド圏では食べられない日本では一番安いポークも、大変有難いのである。
 
明日は、本格的なGW前ということもあり、バイトの残業が22時頃までと言っていた。休みに入る前に、小金を稼ぐことにしよう。
 
会社に縛られるのは嫌だけれど、二日も我慢すれば、自由に動ける。
広告

久しぶりに

コメントをどうぞ

今日は、ジムはGWで休み。昼頃から、御徒町、上野へ写真を撮りに行く。前回の旅から戻って、久しぶりにカメラバックからカメラを取り出した。ニコンF100、2台あるうちの1台は、レンズのズームの回転がおかしいし、黴も生えている。メンテナンスに出さないといけないのだが、お金がなくて、出せていない。
 
もう一台は、インド帰りだが、旅の後半になって使い始めたので、まだまだ大丈夫。基本的にレンズなんて交換しない。一台のカメラに一つのレンズで十分。インドのように埃っぽい所で、人が予測不可能に動いていると、おちおちレンズなんて交換できやしない。交換すれば、埃は入ってくるし、人が覗き込んでくるだろうし、行き交う人や動物にもぶつかる。何よりも交換している間に、魅力的な人や景色や瞬間を逃してしまう。
 
三脚や、高くて重い望遠レンズを持っている方をよく見かけるが、機動性はないし、大変だなあと思ってしまう。大きなカメラバックだって、撮っている間は、持ち歩かない。異国という旅の中で、街から街へ、宿と宿を渡り歩く為の、クッションバックだ。いったん宿で荷を降ろしたら、小型のバックにカメラ一台とフィルムと予備の電池をしのばせて、出かける。今の小型バックだって、カメラバックではない。昔、マウンテンバイクをやっていた頃の、ハンドル前に使っていたサイクルフロントバックだ。もうだいぶ使ってきたので、汚れも目立ってきたし、もうそろそろ買い替えだろうけれど。
 
用は、道具から入ったり(最低限の質は必要だ)、高いカメラやレンズを何台も持っていたり、いかにもカメラマン風なベストを着ていたり、そんな感じでは、いい写真を撮るのは難しい。もちろん、ニコンF100は優秀なカメラで、もう一つ下のニコンF80や昔のF60とは、大違いだ。フィルムにも特性はある。最低限の質とは、そんな所だろう。デジタル一眼は一度も使ったことがないので、分からない。
 
お台場や表参道に行ったって、街の様子はたかが知れているし、求めている写真なんて撮れやしない。まだアメ横や上野公園なら望みはあるからと街に繰り出したのはいいものの、なかなか写真にならない。求めているのは、街や路上や人や景色や瞬間の多様性なのである。多様性のあるインドを見てしまうと、均一的だ。
12時から5時間ほど、途中で休みつつ、ひたすら歩いたり、立って待っていたり。今日は日差しも強かったが、夏のように日は高くないから、そんなに苦にならない。撮ろうと撮ろうと思ってしまうと、なかなか撮れないから、散歩気分も忘れない。カメラをぶら下げて歩いたのは久しぶりだったし。本当のベストは、朝か夕だ。
 
5時間で、フィルム2本は撮ったが、少し強引だ。撮りたいものが100なら、50ぐらいでもシャッターを押している。インドの面白い街なら、3時間で5、6本は撮れることもあるし、かと言って撮れない日もあるから、一概には言えないか。
 
撮るということは、釣り(経験はあんまりないけれど)や狩り(想像で)に似ている。人は殺さないし、もっとやさしいものだ。だが場所によっては、特に殺伐と混沌としていたり、価値観の違う所では、時にカメラを向けるということが日本の感覚ではすまないことがある。そこのバランスが難しい所だ。
 
撮ろうとしても、その時はいいが、宿や部屋に戻ると、反省ばかりしている。やっぱり無理して日本で撮ることもないか。あくまでも感を鈍らせない為。かなりカメラが、ミュージシャンのギターや、小説家のペンのようなもので、肉体の一部になりつつある。指が繊細に動くし、撮る時の感覚が、仕上がりに近くなっている。写真の悲しいことは、一発で決まらないことで、何回もシャッターを切ることだ。
 
年を取るとともに、撮る写真も変わってくるだろうし、自分(内)に向かうか、世界(外)に向かうかでも、年や時間によって違う。
 
自分(内)に向かうかなら、写真と一見関係ない体を鍛えたり、ボクシングをしたり、バイトをしたり、本を読んだり、貧しさと向き合ったり、ただ旅をすることでも、プラスになる。30歳の今は、内に向いている。
 
無理して、意地を張って、写真を撮るということに悩んでいる。小説家のように、文章を書くという技術や、構成をする論理的な頭があれば、やってみないこともありえない。そうなったら、人の何倍も本を読まないといけないかなあと思っている。
 
映画は金銭的にも技術的にも無理だし、絵画は本能でなら書けるかもしれないが(小さい頃は絵は得意だった)技術的には無理だ。写真を除けば、後は文章しか残っていないのである。
 
奥は深いが、写真について少しは分かってきたし、そう簡単にあきらめる必要はないか。
 
今日の上野公園には、大道芸人が何人もいた。もっと若い時には、写真がもっと下手にも関わらず、旅の写真を井の頭公園やフリーマーケットで売っていたこともある。今となっては、恥も少し感じるし、かと言って否定はできないし、いいか悪いか良くは分からないが、一つの思い出だ。
 
一つ言えることは、写真家なんて、大道芸人と同じくピエロのようなものだ。立場なんてありゃしない。

二つの人生

コメントをどうぞ

今日は、9時から17時までバイトをする。終わってから、18時30分から約1時間ほどジムで汗を流す。この時間帯は、練習生が多い。スパーリングも行われている。続けていると、やはり欲が出てくる。プロテスト準備生やプロが、たぶんスパーリングを行っている。普通の練習生は、トレーナーのミットに打ち込むか、あてないマスボクシングで終わりだ。
 
実際の生のパンチのスピードや恐怖や衝撃ってどんなだろうという好奇心もある。人生勉強にもなる。写真に生かせるという思いもある。立ち仕事の肉体労働を続けていて、ボクシングの時も、以前よりもだいぶ体がスムーズに動くようになったし。プロ試験は、33歳未満に引き上げになったとも言う。でもやっぱかなりの確率で厳しいかなあ。もう30歳で、次は31歳。裸眼の視力は0.1未満、いつもは眼鏡で、練習の時はコンタクトをしている。
 
一度は生の体と体でぶつかり、リングに立ちたいというのは、憧れだ。もし、本気でテストを受けようと思ったら、真面目にロードワークもしなきゃいけないし、食事制限もしないといけない。テスト費用もかかる。中途半端な気持ちで、ただの憧れだけでは、テストなんか受けられない。もう後5歳若かったら、視力の手術をしてでも、一度は挑戦していたかもしれない。25歳からは、写真と出会ったし、真面目に取り組んで来たつもりだから、僕の人生に後悔はない。ボクシングは僕の未来の旅や写真の為だ。なんでボクシングというのは、やり続けていると自信が生まれるのかと考えたら、自由に体を動かし、守りではない、常に攻撃をしているからなのだろう。メンタルの問題だ。筋肉をつけようと思ったら、普通のジムへ行った方がいいし、実際の強さで言ったら、総合格闘技やレスリングや柔道やキックボクシングの方がたぶん強い。それらを引いても、ボクシングには惹かれるものがある。後は、魅力的な写真家の一人であった一ノ瀬泰造がボクシングをやっていたということもある。写真的には、決して上手くはないが、写真家としての生き方や写真に対する姿勢や熱意には今の写真家は見習うべきことがある。死んじゃったら、どうしようもないけれど…。年を取れば人間は丸くなってしまう。彼は角張ったままで、抵抗して、生き続けていたんだ。彼が亡くなったのは、26歳だ。もう30歳で、その年を遥かに越してしまった。
 
大学卒業後は、大手の旅行会社に勤めていた。その後、転職して、小さなタイ専門の旅行会社にも勤めていた。仕事の経験は浅いし、仕事もできなかったし、だいぶ迷惑をかけてしまった。あの頃は若かったし、仕事に対する姿勢も甘かった。辞めた理由は様々だけれど、ただこんな記憶は残っている。
 
卒業後で、社会に対する右左も何にも分からない状態で、大手の旅行会社で、いきなり本社に配属された。渋谷にある高層ビル。ガラス張りの高層オフィスからは、空が見え、人が小さく見え、何もかもが上で、常に何かを見下ろしている状態だ。ブラインドタッチで事務処理能力を上げ、電話応対を学び、一つの会社でしか使えないシステムや知識を習得する。背広にネクタイだって、広い世界で見れば、ただの決まりごとにすぎない。何年も続ければ、部下やさらなる上司もできるし、その分しがらみも増えるし、とても10年も20年もそんな場所で働けるとは思えなかった。本当にやりたいことではないのに、何で続けられるのか?自分の気持ちに素直になったら、明らかにNOだ。
 
本気でやりたいものに、死ぬ気でやればいい。もしあの時、旅行会社を辞めなかったら、もう一つの人生は違う方向へ行っていた。普通のレールに乗っていた。
 
工場でのバイト、ボクシング、地を這うような旅と、足跡を、記憶と記録を求める、自分と世界を向き合う写真。どれも泥臭く、生きているという実感が湧く。今日の工場でのバイトと、その後のボクシングでその時は良かったが、今となって、どっと疲れが出てくる。ただ間違いなく会社員の道であったら、こんな種類の疲れは味わうことはなかった。
 
お金は稼ごうと思ったら、稼げるんだ。まだまだ僕は下だ。旅行会社にいた時の上にいた時の違和感。地を這いたいと思ったんだ。
 
夢は20代で終わりだなんて、絶対に嘘だ。そんなものは、自分の気持ちだ。30代で夢を追っているなんて、そんな生き方も悪くない。今の人生は続いている。

抜け殻状態

コメントをどうぞ

今日は、9時から18時30分までバイトをする。昨日は、9時から22時までだった。ベルトコンベアーで流れてくる台に雑誌をひたすら分ける。休憩は小刻みにあるけれど、22時までやると本当に尋常じゃない。今もそうだし、朝から魂が抜けとられたみたいで、抜け殻状態だ。
 
別に残業をしないで、定時の17時にあがれることもできるのだが(派遣という身分だし)、もうそろそろ世間はGWに入る。月給制の会社員と違って、日払い、週給制のフリーターも同然。GW前だから、雑誌の仕分けも量が多く、かきいれどきで、稼ぐならいまのうちなのである。最低限の生活がかかっているから、しょうがないし、GWに入れば、質素に暮らすことになる。
 
その分、体は使い、心もずたずたというか、抜け殻状態になる。
 
でも、またその分休めば、回復するし。まだいつか分からないけれど、次回に旅をして、写真を撮る時に、今のような惨めな想いや悲しみや怒りのようなものをぶつけることができる。誰にあたるということでもなく、写真に全てをぶつけ、閉じ込めればいいのである。
 
旅に出れば、納得がいかないこともあるし、嫌な思いをすることもあるけれど、その時はがまんし耐えて、写真で見返せばいいのだ。それに、嫌なことの反面、とてもいい出会いや瞬間がある。
 
それらを胸に黙々と働く。
土曜日までバイト、残業は続きそうだ。

愚直なまでに

コメントをどうぞ

今日はジムへ行く。縄跳び始まり2R、終わり2R、シャドー5R、ミット打ち3R、サンドバック4R、パンチンググローブ2Rの計18R、筋トレ腕立て50×3、腹筋30×3を行う。
 
いつもは、15Rぐらいで終わるが、今日は少し多め。写真の仕事もしていないし、世間はGWに入るし、言葉で言うのは難しいが、自分への情けなさや怒りや鬱憤やストレスや不安を抱えながら、動いていたので、自然と運動量も増えてしまった。もっと自由に旅をして、写真も発表したいが、何もかもにタイミングはあるし、理想には程遠い現実、ジムで動き紛らわすのである。不安をはねのけ、自信をつけたいということもある。
 
ボクシングを始めたのも、強くなりたいと思うと同時に、自分の居場所を探している。故郷の名古屋が居場所でもないし(次男にとってはいろいろと考えてしまうのである)、旅先のアジアの街もそうではないし(本当にそうだと思うなら日本を捨ててでも移住している)、まして10年ほど住んでいる東京が本当の居場所とも思えない(夢を追うだけならいいが、生活するとなると困難を極める)。
 
まだまだ漂流している感じで、一つの場所に落ち着けていない。本当の居場所を見つけたいのである。何だかんだ言って、もう30歳になるし、大学の時の友人や旅行会社にいた時の知り合いは、もう家庭も持っている方もいるだろうし、かなりの責任のある役職に就いている方もいるだろう。
 
こんな生活をしていたら、子供ができるどころか、結婚もできやしない、もう一つの幸せというのはやはり憧れるのであるし、それを思う時、とても惨めで情けなくなる時がある。「二つの幸せというのは、叶えられないのか?」 一つの幸せの夢でさえ、いっぱいいっぱいである今の自分。
 
まだまだ30歳であるし、これでいいのであるという逃げ場所や大義名分を作る。まだまだこれからなのだ。愚直なまでに旅(写真)という一つの夢を追いかけ、たとえ認められなくても、幸せを得られなくても、続けたという過程は、報われる。誰かが見ているのである。
 
社会の裏を知ってしまったり、年をとると守りに入るし、子供の時よりもかなりの打算や計算や要領の良さを覚えてしまう。本当は、給料や名誉や地位と関係なく、たとえ社会に認められなくても、自分の道を信じて愚直なまでに生き続けていくのが、人としての理想なのである。高校の時は野球をやっていたが、別に給料もないし、多くの人から誉められることもないが、自分やチームの為に頑張るという高校球児はやはり素晴らしい。あの時、普通の弱い市立高校にいたが、もっと真剣に野球をやっていればという後悔もいまだにある。プロ野球なんて、高校野球に比べたら、面白くない。
 
多くの人との出会いと別れもあったし、水泳や受験勉強や野球やサッカーや途中であきらめたことがほとんどだが、ボクシングは一つの力として、旅や写真は僕にっての生命線であるし、たとえ一時は離れても、遠回りをしてでも、愚直なまでに続けたい。旅や写真に対する覚悟も決意も違う。一生、孤独でもいいのだ。
 
明日からまたバイトだが、これらを胸に地味に働く。

俺の道

コメントをどうぞ

僕と言ったら弱く、俺と言ったら強く。
 
人と話す時には、たいてい僕口調だ。俺口調で話す男性もいるが、とても真似できない。上から物を言っているようだし、何だか横柄な感じもする。話す本人の感覚の問題だ、話していて、何も感じなく自然体であれば、俺口調の男性を逆に羨ましいと思う。話下手ゆえに、どうしても相手がどのように感じるかを気を使ってしまう。
 
プロボクサーの道を歩いていたら、こういう性格は長所と同時に、致命傷にもなる。写真をやっているから、致命傷的性格は半減されるが、時には図々しくなければならないプロという道、競争社会という現実、悩みが完全に解決されることはない。
 
でも心の中では、俺口調で話すような、強い印象を持つ俺という信念も持っているつもりだ。誰にも女性的な部分もあるし、男性的な部分もある。東京での生活や、アジアでの旅を続け、写真という芸術(社会?)にいようとすると、俺という立場まで持ってこないと、自分が揺らいで消えてしまいそうな不安に陥ってしまう。
 
夜中にふと目覚めまた寝る段階も含め、眠る前の時間(眠ったら夢を見るだけで何も考えなくていい)が、魔の時間だ。自分を傷つけてしまいそうな危うささえある。いかに自分をコントロールするかだ。写真家は芸術家とは思わないけれど、その端くれとしての存在はあるという気もするし。今までに、潰れてしまった(自殺、他者を傷付ける、精神的肉体的に異常を来たす)作家は少なくない。芸術家と犯罪者は、紙一重なのである。いや、今のような世の中で暮らす誰もが加害者になり、被害者になりうるのである。自分という名前に誇りを持ち、親を尊敬すれば、道を大きくはずれることはない。
 
眠れないからと言って、薬には、決して手を伸ばさないことだ。インドの旅でも、薬が原因でだめになった人を何人も知っている。異国の地、特にインドの雰囲気は場所によって独特で、人には言えないような孤独を味わうことがある。そういう時は、薬に頼らず、孤独を噛み締めることだ。孤独は人に与えた試練、孤独を一つ一つ乗り越えれば、人は大きくなれる。逆に孤独を感じない人は、成長していないことになる。インドのサドゥー(修行者)でも、薬によって、悟りを開いたような錯覚をする者もいるが。薬によって悟りの境地に達しても、そんなの嘘だ。本物のサドゥーとは、しらふの状態で、肉体的精神的にも高める者のことだ。悟りという境地さえ、実に不可思議で、あいまいなものはない。定義はできるが、真の事実ではない。
 
どんな薬も、薬は信用できない。唯一認められるのは、正露丸ぐらいだ。日本で医者に処方されるわけの分からない薬も、栄養補給か分からないが多数ある流行のサプリメントも、疑ってかかる必要がある。栄養を補給したければ、その分、肉や野菜や果物を食べればいいじゃないか。インドなどを長期で旅をすると、どうしても、「死ぬかもしれない」と思うような病にかかる時がある。肝炎やコレラなどではなく、ただの風邪や腹下しなどであるが、旅の疲れ、環境の違い、神経的なもので、日本でない土地、周りは日本人がいないという状況から、日本の倍以上の症状を感じることがある。薬とは、異国の地で本当に弱った時の最後の手段なのである。煙草や酒だって、飲まないにこしたことはない。
 
ここ一週間はバイトに追われていた。今日は、ジムへ行く。自由に動くことで、流れ作業の仕事の垢(精神的肉体的にも)を取り除いた気がする。ボクシングをやって本当に助かっている。あまり無理をすると、体を壊すことも分かっている。ただ一通りの型を覚えたことで、プラスに働いていることだけは確かだ。夜、異国の地で不安に陥っても、宿の狭いスペースでシャドーボクシングをすれば、乗り越えられる。
 
旅や写真を続けていると、兄弟や友人(親は別だ)やいろんなものが遠のいていくような錯覚を持ってしまう。今の日本の風潮かもしれないし、被害妄想かもしれないし、事実かもしれないが、自分の道を信じれば、自分なりに努力をすれば、絶対にいろんなものは戻ってくる。時が経ち舞い戻り、また時が経ち離れていく、そんなものの繰り返しだ。
 
人は孤独であり、孤独との闘いである。
 
どれだけあきらめず、自分の生き様を、足跡を示すかだ。俺の道を行く。僕は俺のように強くなりたいのである。
 
 

主婦的生活

コメントをどうぞ

しばらくは、土曜日までバイトをして、変わりに月曜日を休みの日にして、日、月の週休二日。今日は、休みの日で、午後ジムへ行く。
 
月曜を休みにすると、けっこう得した気分になる。普通のサイクルから外れるし、下北の商店街も閑散としている。写真を撮るならいいけれど、ただ見たり、通り過ぎるだけなら、人込みは苦手なのである。インドなどへ行ったら、その何倍も人に会うし、それはそれで待ち望んでいる所もあるけれど、日本にいる時ぐらいは、静かでいたい。静かすぎて、刺激が欲しい時もあるが。
 
ジムへ行く前は、ホント憂鬱になる。練習している間は、スイッチも入るし、頑張れるし、終わった後はかなりすっきりする。プロ選手は、すごいと思う。あれだけ激しい運動をして、毎日続け、減量もするというのは、考えられない。プロではないから、食べようと思ったら、幾らでも食べられるし。ただ写真や生活のことを考えて、貧しさの為に、食事制限をしているけれど。それでも、暴食はしなくても、普通に食べている。
 
練習の間は、コンタクトをしていて、その消毒液が切れ買う為に、帰宅途中、薬局をはしごする。たった100円の差の為に、よく言ったら節約、悪く言ったらケチの、みみっちい買い物をする。子供がいる主婦や、貧乏学生には、当たり前の行動だと思っている。僕の場合は、30歳で、肩書きは写真家、でもフリーター同然だから、同年代の人達を思う時、時に惨めだと感じるのである。外食もロクにできず、コーヒー一杯さえも飲もうと思わないから、大義名分で、人はそれぞれ自由だし、こんな生き方も生きがいがあっていいと自分で自分をなだめるのである。
 
下積み生活や、苦労時代を経験していない、庶民の物価も分かっていない、政治家や芸能人やぼんぼんや二世スポーツ選手、タレント、作家を僕は信用したくない。街頭演説でもっともなことを言う政治家だって、論理をこねくり回しているだけで、その人自身に茨の道を経験していなかったら、その言葉に説得力はない。
 
そう考えると、僕の母親も含めた主婦は、いろいろと気を使うし、買い物上手だし、立派で尊敬に値する。写真家というものを続けて、貧しさを経験し、親の感謝を知るのである。もし大学卒業後、ずっと旅行会社に勤め、自分を見失い、忙しさに追われていたり、定期の収入で満足していたら、親は安心するかもしれないが、逆に子供の自分は、きっと感謝など知るはずもなかった。
 
それだけでも、今の経験は、苦しいが、いい経験なのである。明日からまた日給のような、地味なバイトが始まる。
 
写真とは直接関係ないし、心の底はやりたくないけれど、生活の為にしょうがないし、それが今の自分の立場だし、どんな仕事も、欠勤・遅刻・早退などしないで、まじめに働くつもりだし、写真と出会ってから、ずっとそうしている。
 
 

Older Entries