長い道

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あいかわらず下北のネット屋から更新。
 
ボクシングジムへ行き始めて3年目。続けていると、体力の衰えを感じたり、何らかの壁にぶつかる。逆に、もっとやれると欲も出てくる。もっと若かったら、プロライセンスや一度は本試合のリングへ上がりたかったけれど・・
 
もう30歳。プロライセンスを取るには30歳らしいし、裸眼の視力は0.1ぐらい。練習の時はコンタクトを使っている。ボクシングに賭けるには、とてもできない。
 
迷ったりもするけれど、やはり最後は写真に行き着く。ボクシングも結局は写真をよりよくする為。
 
「自分には写真がある」と思えば、それが強みになり(弱みにもなるけれど)、バイトやボクシングや孤独や多少のきついことは乗り越えていける。めげないようにそう思うようにしている。
 
写真で賭けるには、30歳はまだまだこれからだ。
 
写真家には様々なパターンがいるが。例えばどこかの会社に長く落ち着いて、そのまま埋もれないことを肝に銘じたい。自分にプレッシャーを与え、言い聞かせている。
 
写真家は、写真がなければ何も始まらない。そのまま埋もれることと、創作期間に費やしていることでは、全く違う。
 
創作期間は、金銭面や、作品に悩んだり、年単位のかなりの時間が必要である。
 
時間を無駄にしていたのではない、「創作期間に費やしていたのだ」と胸をはれるように頑張りたい。
 
 
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久しぶりの更新。あいかわらず自宅パソコンはないので、ジムの帰り、下北のネット屋でこれを書いている。
 
少し前へ進む。こつこつとバイトで貯め、やっとインドの残り半分の現像済みフィルム(112本)を受け取ることができた。
 
これで前回の106本と合わせて、218本の全てを保管することができた。金欠だが、肩の荷が下りた。まだまだ長い道のりだが、またバイトをして、プリント代、編集代を捻出したいと思う。
 
最近はこう思っている。世の中に自分の写真が広まるには、運やタイミングもある。どんなに頑張ってもどうにもならないこともある。どんな時でも信じることが大切だ。誇りを持つこと。趣味や収集の一つとして、最悪の場合は自分の手元だけでひっそり収まってもいいではないかと。
 
旅をして、記録や記憶として、作品として、写真を残す、貯める。自分の専用のファイルに旅先のフィルムを入れる、集めていく。自分の一生を賭ける。生きていくことで、繰り返していくことで、足跡が残っていく。たとえ発表できなくても、一人の人間としての生き様は、確実に存在している。存在していた。発表できたり、一人でも誰かが共感してくれたら、それだけで大変有難い。贅沢なお願いである。写真冥利につきる。
 
後悔はしたくない、誇りを持っていると同時に、今までの全てが無駄なことだという気持ちもある。僕のやっていることは、ほんの小さな出来事なのである。
 
そういう謙虚な気持ちは、忘れないでいたいと思っている。
 
何かを続けていくことは、ふと恥ずかしくなったり、自信が持てなくなったり、悩んだり、あらゆる葛藤との闘いである。