下北沢より

コメントをどうぞ

9年近く使っていたパソコンが壊れた。以前からちょくちょくおかしかったが、とうとう完全にだめ。見切りをつけ、捨てようと思っている。
 
配線をすべて片付け、箱状態で、部屋の片隅に置いてある。売ることも、ただで引き取る業者も無く、捨てるしかないようだ。
 
今は、ジムの帰り、下北のネット屋で書き込みをしている。すぐに新しいパソコンを買う余裕もなく、しばらくは、何週間に一度更新ができるかどうかになるだろう。
 
出費がかかる時は、重なってしまう。
 
しかし、前向きにとらえるようにしたい。9年分のパソコン情報がなくなり(痛い所もあるが)、変な重みが無くなり、体が軽くなった気がする。
 

東京でも、旅をしている感じがする。
 
前回のインド旅の現像フィルムは、約半分の106本は引き取ることができた。
 
もう半分は、またバイトで貯めて、なるべく早く引き取れるようにしたい。
 
プリントや、発表となると、まだまだ先だが、辛抱の時。
 
アジアの旅をすると、ネット屋をよく使う。日本では、今まで、使ったことがなかった。今が初めて。部屋内は暖房が効きすぎていて、かなり暑いが、個室だし、インドと比べると、ネット環境がよすぎる。コストがかかるのは、ネックだが、たまにならいい。
  
東京で生活をしながらの写真は年をとるとともにきつくなってくるし(やはり家賃がネック)、体力勝負となりそうである。
 
でも、焦らず、マイペースでいきたい。
 
 
 
 
広告

黙々と

コメントをどうぞ

外食はほとんどしない。自炊をして、節約した分をなるべく写真に回したいからである。
 
発表できない大部分はフリーターだし、毎月の収入はたかが知れているので、節約したと言っても、なかなか貯まらない。数ヶ月以上の覚悟が必要だ。お金を貯めることの苦労や大切さは身に染みて分かっている。
 
2年前に、安い惣菜のコロッケばかりを食べていて体を壊したことがあるので、最近は栄養にも気を使っている。男の手料理にも限界はあるが、一応栄養に気を付ければ、多少のきついバイトでも大丈夫だと思っている。
 
時間の融通の利くバイトを選べば、肉体的単純労働になり、仕事量に見合うだけの給料も安いことは当然。承知の上だが、ずっと続けていけるかは分からない。ギリギリの生活を強いられるし、常に緊張状態にある。普通にぬくぬくと生きていくよりも、作品に生かされるというメリットもある。楽しんでいる所もある。
 
30代はこれからだと思うし、逆に若くはないとも思う。
 
今の日本の会社の大部分は、時間とストレスとプレッシャーとの闘い。根本的な社会システムそのものを変えなければ、ゆとりなど生まれない。誰が首相になっても一緒。誰ともほぼ話さないで、1日を過ごすというのは、僕以外にもかなりいると見ている。「黙々と働かなければならない」といった言葉があてはまる。
 
まだ現像に出しているフィルムを取りに行けていない。バイトの残業もするようにしている。
 
写真をやっていくには、長い目が必要だ。一人でやるには、限界がある。

何を持って、何を捨てるか。

コメントをどうぞ

使っている携帯がツーカーだった。携帯は、通話と目覚まししか使っていなかった。パソコンがあるからメールはいらないし、写りが悪そうなのでカメラなんて必要ないし、外出中は考え事をするか本を読むかボーとするのが好きなので音楽もいらない。特に携帯の親指で文字を入れるのが、どうしても違和感がある。
 
2008年には使えなくなるので、しょうがなく、今日auに変更する。機種はこだわっていないし、話せればいいので、無料で変更できて、一番軽いのにする。今まで通り、ネット接続もメールも使わない。カメラが付いてきたのは、少し戸惑っている。銀塩を使っていると、携帯カメラはあまりにもお粗末で、使うことはたぶんない気がする。
 
気になったことがある。電車の中で、携帯を落とす光景をよく見る。特に若い女性に多い気がする。座っていて立ち上がる時や、駅に降りる時に、コトッと落としてしまうのである。
 
インドでは、携帯を持っている人が増えているが、落とす光景を見ることはまずない。地に足が付いているのと同じ様に、手に物が付いている。
 
日本の場合、特に若い人だと、情報や物が増えていくあまり、流行りについていこうとするあまり、頭や体がついていかないのではと思う。あれもしよう、これもしようとする結果、焦ってしまうのだ。
 
僕自身にも言い聞かせているが、もう世間の流行には無理してついていかなくていいと思う。バイトや仕事だったら、しょうがないけれど、趣味にまで無理はしたくない。
 
自分には自分のペースがある。
 
何を持って、何を捨てるかが大切なのだ。
 
今は、写真をやっているけれど、写真から少し離れるのも悪くない。いざとなれば、遠い未来には、写真を捨てることもないとは限らない。今、やりたいことを素直に打ち込む。
 
全てを捨てて、インドのヨガをしたり、、タイに移住したり、日本の農作業に打ち込むのも、そういう生き方も悪くない気がする。
 
そう考えると、写真で何とかするという肩の力が抜け、いい方向へ向かう気がする。
 
気持ちが乗るまで写真から少し離れ、生活もあるし、明日からバイトを続ける。
 
無理に持ちこみや営業をして、たとえ広告の仕事が増えたとしても、今の年齢では自分が傷付くのが分かっているし、自分のペースで写真を続けていく。
 
視点や、考えや、作品をためていくことを、大事にしたい。それで別に収入が減っても、世間一般的に下流社会に属していても構わない。自分には、自分の生き方がある。

今、やりたいこと。

コメントをどうぞ

今日は、3ヵ月ぶりに、ジムへ行く。インドの宿では(その時の部屋が広くないと無理だが)、シャドーボクシングをしたりしていたが、久しぶりに体を動かす。爽快感がある。ジム内で同じ様な練習生がいれば、もっと頑張れる。
ボクシングは奥が深い。そして難しい。始めて3年目だが、プロとは動きが違う。年齢もあると思うが、足の運び、フットワークが違う。プロ、特にランカーだと、その動きは神業。スゥーと前に出たり、戻ったり、横にいったり、見たことはないけれど、忍者を思わせる。
まだまだ満足できていないから、もっと続けたい。ボクシングは、インドのヨガ、中国の太極拳の速いバージョンの気もする。まだまだ30歳。ボクシングは年相応の習い事だ。ヨガも太極拳もいつかやってみたいけれど、40や50ぐらいでもできる。
 
ジムへ行けば、話しはしていないけれど、日曜日に必ず顔を合わせる兄ちゃんがいる。インドのある市場へ行けば、朝、必ず顔を合わせるおばさんがいる。あるヒンドゥー寺院へ行けば、必ず顔を合わせるサドゥーをやっているおじさんがいる。それぞれに時は流れている。一つの会社に固執していたら、様々なものを見ることはできない。もし旅を続けていなかったら、日本とインドの両方の光景を見ることはなかった。フリーの特権だと思っている。
 
今年は団塊世代の大量退職時だと言われている。死生感は、人それぞれだ。好きなおかずを先に食べるか、後に残すか。人生には、時・金・体(リスク)がいる。好きなおかずを後に残した所で大地震は起こらないとは限らない。体が動くとは限らない。そんなことは、その日その日にならなければ分からない。全てを信用することも、保証するされることも不安な世の中なのである。
 
35年間一つの会社で働いて(それはそれで素晴らしいことだが)、65歳になっていざ自分の時間が来た金もあるという時期になって体が動けないというのでは、人生がもったいないすぎる。年をとればとるだけ何かに縛られる(インドのサドゥーのように、全てを捨てるなら話は別だが)。今、やりたいことは、今しかない。
 
アジアへの自由旅は(今は写真で少し縛られた状態だが)、65歳からではかなり難しい。今の僕では、65歳から80歳のことは考えていない。65歳で満足して死ねればそれはそれでいい。人は必ずいつか死ぬし。世界全体で見れば、少し早いか遅いかの違いだ。もちろん長生きはしたいけれど、65歳以上生きられたらもうけものだ。またその時に考える。
 
30歳から45歳までが重要なのである。とりあえず30歳から35歳までを一つの区切りと考えている。
 
何とかしたい気持ちと、どうにもならない気持ちで揺れている。
 
「自分に素直な気持ち」というのは、大切にしていきたいものである。

今年の始まり。

コメントをどうぞ

先程、実家の名古屋から戻ってくる。かなりゆっくりできた。実家なら、湯船にもつかれるし、手料理も食べられるし。少し太った気もする。インドで少し痩せたから、これでどっこいどっこいだ。
 
父のパソコンが壊れていて更新はできなかった。もう元旦もとっくに過ぎたし、三十路になったからか、生活や世の中が不安定だからか、2006年も7年も8年も、あまり関係ない気がする。
 
2004年に写真の現像所を完全に辞めて(その前は旅行会社に勤めていた)、一応フリーという形態を取っている。定期的な労働と収入のあった現像所の後は、警備員や派遣という時間の融通が利くバイトで食いつないでいる。食いつなぎながら、本職のつもりの写真の仕事(かなり単発だが)をやってきた。
 
今年はフリーになって3年目だが、あいかわらず生活は厳しい。貯蓄・旅(撮影)・編集・発表という一連の流れが上手く回っていない。「写真はお金がかかる」のは承知の上だったが、悪い意味で「塵も積もれば山となる」。だんだんと自分の首を締めている。毎年1回、フリーという形態で、撮影に行くことがこんなに大変だとは・・。10年もすれば(頑張り次第だと思うが)、楽になるのだろうか?
 
確かに苦しいが、それを楽しさ(やりがい)に変えることもできるし、流れなど学ぶこともある。発表するには、雑誌や編集者や美術館や、当然のことだが、組織(会社)があってのもの。そして、組織(会社)には、個人の顔がそれぞれ違うように、様々な色や決まりがある。年明けは、会社が動いていないし、持ち込む時期にしても、もっと経ってからだと思うし。季節や時間帯もあると思うし。
 
何でも待つということは重要だ。「今年は飛躍の年にしたい」とは、もうあまり言いたくない。昨年の記事を振り返ることはないが、かなり焦っていたし、時に自虐的でもあった。ひどく自虐的になる必要はない。これからは、焦りや自虐が全くないといったら嘘になるが、できればマイペースで頑張りたい。
 
「作家はタフでなければならない」。今までの人を見てきた感想だ。どう見ても、作家を続けていくには、肉体的にも精神的にも(弱さを見つめた上での)強さが必要なのだ。
 
とりあえず3ヵ月ほど撮影の為に休んでいたボクシングジムへ通い出したいと思う。週2回以上行ければ上等だ。明日から、生活の為に、長い暫らくのバイトを再開する。食いつないで、懐具合やタイミングを見計らって(言葉では簡単だが)、本職である写真をまとめたり送ったり持ち込んだりしたいもの。
 
写真、ボクシング、バイト(生活の為にしょうがない)を3本柱にしたい。
 
何とかなると思えば何とかなるし、未来は幸せになると信じれば幸せになる。
 
すぐ先ではなく、長い目で見たいし、見てもらいたい。
 
今年もよろしくお願いします。