明日、クイロンへ

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インドは日本に比べたら、排水の設備が悪い。昨日はすごい雨だったけれど。今日は、ちょっとざっと降っただけで、大きな水溜りを作る。
 
日本を出て、約40日。残りはもう1ヶ月ほどだ。フィルムも半分くらいは撮った。旅の終わりまでに、全てを撮れるかは分からない。あまりむやみにシャッターも切りたくないし。未現像のフィルムを大量に抱えるというのは、どこか不安で落ち着いた気がしない。日本に戻って、現像をして、使っているファイルに入れて、初めて、安心するし、旅の終わりという気がする。
 
今回はコルカタから入って、半分ほどで、最南端のカニャークマリに着く。少し遅いぐらいで、けっこう順調なペースだった。マドウライへ寄れたのも良かった。寺院やゴープラムは一番豪華だ。
 
これから、ケララ州の上の方へ向かいたい。上へ行ったら、晴れるかどうか。7年前にコーチン、ゴアへは行った。今回もコーチンでゆっくりしたい。ゴアへは行かない。雰囲気はあまり変わっていない気がするし、撮れる写真も決まってくる。
 
コーチンの後は、いったん内陸へ向かいたい。ハイダラーバードは、インドの中でもイスラム色の強い街の印象だ。インドの中の、イスラムの街は、バザールも豊かで、人も多様性に富んでいる。アジメールは面白かったし。この街へ行くことをとても楽しみにしている。
 
これからネットを更新できる街も限られてくるだろう。コーチン、バンガロールでできるかどうか。最後の街、ムンバイーはそんなに滞在しないつもりだ。飛行機の為にしょうがない。
 
またできれば更新したい。
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超スコール

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現地の新聞は時々買っている。今、ちょうどケララ州は分厚い雲で覆われているらしい。アラビア海は今の時期、乾季と思っていた。とんでもない。予想では、12月に入って、完全な晴れが期待できそう。モンスーンが通り過ぎている最中なのだろう。
 
コルカタよりも激しいスコールに遭遇。今は午後4時で激しい雨が降っている。トリバンドラム駅周辺の道路は沈没。川の中を歩いているようだ。バス停周辺の道路も所々池のような水溜まりを作っている。全体で見たら、沈没している道路はかなりの数に上るはずだ。
 
と言っても、現地の人の多くは傘を持っているし、そんなには問題ないのだろう。当然のように、ズボンの裾を折り曲げ、川のような道路を横断している。バスもオートリクシャーも、水を飛ばしながら、普通に機能している。バスが通る度に、波を作る。
 
スコールになると、旅的には厳しくなる。しかし、写真的には美味しくなる。これはかなりストイックな考えだが、あくまでもプラス思考で旅を続けたいものだ。
 
2時間ほど、雨の中を写真を撮る。ズボンも、靴下も、靴も、びしょびしょだ。2時間ぐらいが限度だ。それ以上だと臭いなどで気持ち悪くなる。
 
たとえ、激しいスコールの中でも、現地の人は普通に生活している。
 
日本的に見れば、かなり厳しい環境だが、インドを旅し、現地の生の生活を見る度に、逞しいと思ってしまう。

裸足で歩く

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先程、ミールスを食べる。店によって、微妙に味が異なる。妙に辛いサンバであったり、甘ったるいダールであったり、タピオカのようなゼリー状のお菓子が付いていたり、汁のようなもしくは固形のダヒーであったり。
違いを知ることも面白い。
 
中級レストランに入る。お洒落なサリーを着た貴婦人やびしっとしたYシャツとスラックスを履いた紳士がミールスを頼む。足元を見たら、二人ともサンダルだ。ライスとカレーが運ばれるなり、手でこね、がつがつと食らう。日本との間違い探しをしているようで、良い異文化経験だ。
 
ミールスは食べると腹いっぱいになる。現地の人の出入りの激しい店がたいてい上手い。基本的にお代わり自由。知らない間にドサッとライスやカレーを盛り付けられる。首を横に振れば、「ok」や「yes」のサインになる。手のひらを見せれば、「stop」や「ok」のサインになる。盛付けられる前に断らなければ大変なことになる。出されるものは残さず食べることを基本としているので。
 
足の裏に新しい豆ができ、つぶれる。裏という意外な痛みを味わう度に、惨めになる。ヒンドウー寺院の中へは、裸足で入らなければならない。中の中の神殿へは、ヒンドウー教徒以外は入れない。仏教という寺、キリストという教会、イスラムというモスク、他の宗教は、基本的に中へも入れると思う。その点、ヒンドウーはストイックというか、外国人旅行者には厳しいというか。
 
モスクなら、大理石で出来ているし、きれいだし、「裸足で入れ」と言うのは理解できる。ヒンドウー寺院は、石で出来ているし下はゴツゴツとしているし、雨が降ればぬかるむ。少し歩くだけで、足の裏は真っ黒になるし、痛い。お世辞にもきれいとは言えない。「裸足で入れ」というのは、やはり少し理解できない。
 
インド人の足の裏は丈夫だ。固い皮膚で覆われている気がする。所々で裸足で歩かなければならないし、サンダルや靴を履いていても、道路の凸凹が激しい。生活すると、足の裏まで鍛えられるのだろう。
 
インドの旅を続けていると、足の裏まで鍛えられそうだ。

トリバンドラム滞在中

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またまた久しぶりの更新。南インドではなかなかネット屋が見つからない。北インドに比べて、外国人旅行者は少ない。ホテルやレストランの多く集まる通りは、現地人と外国人でごっちゃまぜになっている。外国人専門と言うか、多く集まる安宿も、ほとんどない気がする。南インドは人もがつがつしていないし、ゆっくり滞在できる。
 
 
マドウライの後、インド最南端カニャークマリを経て、ここトリバンドラムに着いた。
 
ベンガル湾という東海岸からアラビア海という西海岸へ来たわけだ。東海岸、最南端はこの時期雨季だが、西では乾季で晴れが期待できそう。
 
カニャークマリは、ベンガル湾、インド洋、アラビア海の3つの海が交わる。ヒンドウー教徒にとっての聖地。日本の最南の駅枕崎や、最北稚内とは規模が違う。天気は良くないのに、朝から、海沿いのガートで沐浴する(海なので海水浴に近い)巡礼者や観光客が多い。メインのクマリアンマン寺院も参拝の為に列を作っていた。
 
対面の島には、大きな像や記念堂。さすがインドだと実感する。
 
日本人(無宗教)の僕と、ヒンドウー教徒では、ここに立つ意味合いが違うようにも感じる。
 
宗教というのを差し引いても、カニャークマリは景色的に見ても、良い所だった。聖地にも関わらず、人も街も穏やかで落ち着いている印象を受けた。過ごすには快適な場所だ。
 
まだトリバンドラムでは、全然歩いていない。
 
しばらく滞在したいと思っている。

明日、マドゥライへ

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今もまだマハーバリプラムにいる。宿も街も快適なのと、予約した出発の日がまだだったこともあった。
 
明日、チェンナイ夜発の鉄道でマドゥライへ行く。19時30分に出て、翌日の4時頃に到着予定。
 
ぎりぎりまでここに滞在して、明日の昼頃に、バスでいったんチェンナイに戻りたいと思う。マハーバリプラムとチェンナイ間はバスで約2時間。本数も頻繁にある。手頃なこじんまりとしたリゾート地という感じであった。かなりリラックスできた。
 
結局6日滞在したことになる。いったん一つの街に落ち着くと、移動するのが億劫になってくる。学生の頃は、若さや体力でカバーできたが。そして、また違う街で一から写真を撮るとなると、神経を使うし、場所も探さないといけないし、いろいろとエネルギーがいる。それらも含めて、写真という道を選んだのだから、誰にも文句も言えない。自業自得だ。
 
 
今の問題は、チェンナイ発の鉄道までにどのように時間を過ごすか。マドゥライに着いて、どのように時間を過ごすかである。後は、南インドだと、団体の巡礼者と重なると、部屋がいっぱいだったりする。カーンチープラムでは、4つの宿で部屋がなく断られ、5つ目でやっと決まった。西や北インドや、東南アジアでは、たいてい一つ目の宿で決まるし、けっこう稀なケースだ。ひょっとしたら、この先も、カニャークマリとかで宿でつまづきそうだ。それだけ南の人は巡礼に熱心だし、宿も外国人旅行者も巡礼者もごっちゃまぜになっている。特に比較的手頃な値段の宿で、外国人がほとんどということはあまりない。
 
夜発の鉄道までは、駅のリタイアリングルームを使おうか、マドゥライは、運良く鉄道が遅れたり、駅の椅子で数時間過ごそうかと考えている。
 
移動は、エネルギーがいる。明日は、気持ちを入れ替えたい。

まだまだ旅の中

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朝、バスで30分ほどのティルカリクンドラムへ行く。何とも舌を噛みそうな名前だ。
 
かなりの高台にある寺院へ上る。急な階段、息が切れる。苦労した甲斐があってか、寺院からの眺めが最高だ。田園と湖とヤシの木と整ったゴーラクプル。渋い緑色に統一されている。
 
マハーバリプラムのビーチ側は、タイにあるようなビーチの街に見えたが。奥の方に入っていくと、田園が広がっている。バスの中からの光景が、カンボジアにいるような錯覚に陥る。カンボジアのシェムリアップからプノンペン郊外に似ている。田舎と言ってしまえば、それまでだが。温暖な気候、田園とヤシの木と湖と瓦葺の家屋、クメール人よりも彫りの深いタミール人、クメール語とタミール語も似ている気がする。
 
旅は続けると、いろいろと比較したり、想像できるのが、醍醐味である。
 
南インドの人は穏やかだが、蚊がしつこい。昨年の西、北インドでは気にならなかったが。 タイやカンボジアという東南アジアよりも蚊がクレバーな気がする。蚊が来たら叩こうと、電気をつけながら、眠っていても、蚊は寄らない。暗くすると、見計らったように一斉に刺しに来る。長袖、長ズボンを履いていても、足や首という肌の露出している所を狙ってくる。
 
今の宿は網戸もあるし、隙間もないし、日本でも見る蚊除外器が置いてある。プリーの部屋でもあったが、これはとても助かる。
ただこれは幸運な場合だ。たいていの場合は、部屋はどこかしらに隙間があり、蚊は容易に入って来られる。
 
チェンナイ、カーンチープラムで蚊に悩まされ、蚊取り線香を購入した。蚊取り線香は、1ロール2RS、マッチの小さい箱50パイサ。ここでもさすがインド製品。一度、蚊取り線香に火が点けば、かなり利く。点くまでと、その後が容易ではない。マッチが短すぎる。線香に火が点くまでに、指が燃えてしまいそうだ。すぐに折れるし、ワックスも弱いし。何度もトライして、火を点ける。インド人は、このマッチでよくタバコに火を点けているけれど、すごい器用だ。
蚊取り線香も、すぐにたるみ、弱すぎる。寝ている間に、火が消えてしまうということはよくある。蚊で眠れず、線香を使えば、火が点いているかの点検で眠れず、さすが、インドである。
 
そうなると、何でも、日本製品は優秀だと思ってしまう。部屋も隙間なんかないし、蚊取り線香は丈夫だし。インド物は雑というか、大胆というか。日本物が、凝っているというか、神経しすぎるというか。日本人だから、日本の基準で見るのは当然だ。
 
全てを含めて、良いことも、嫌なことも、思うようにいかないことも、旅の面白さである。
 

南インドの食、宿

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昨日の天気はどこかへ。今日は晴れている。
砂浜を歩いていると、犬と牛の死骸が。ここはやはりインドだと実感する。
 
カーンチープラムは、現地の巡礼者、家族の参拝客が多い。外国人旅行者はあまり見かけない。ここマハーバリプラムは、旅行者も混じっている。インド人家族の参拝客は、着飾っている。女性は髪に花を飾り、子供は華やかなドレス風のサリーを着ている。日本だと七五三のような感じか。着物やサリーや、子供にはお洒落をさせて、純粋にいいなあと思ってしまう。
 
カーンチープラムでは、ロッジと呼ばれる宿に泊まる。一泊175RS、建物は古いが、そこそこ清潔な部屋だった。ロッジには食堂が併設されている。日本語だと、安宿、安食堂といった感じか。この食堂が実に美味い。朝、夕はスナック、昼、夜はミールスを出している。朝はマサラドーサーRS16、昼、夜はミールスRS22が食べられる。同じようなものを日本で食べれば、1000円はするのではないか。マサラドーサーは日本人の舌に合っている。
ここのミールスは、器が大きな葉。そこへライスと数種類のカレー(サンバ、ダール、バナナ、トマト、ジャガイモ、ほうれん草のようなもの、昼と夜で少し異なっていた)、カラカラに揚げられたチャパティーのようなもの、ダヒーと呼ばれるヨーグルト、漬物が盛り付けられる。日本語だとこのようになってしまうが、味はインド独特。カレーはスープに近い。
 
インド人は、これらを葉の上で、手でぐしゃぐしゃとコネコネとやり、食べる。好みはあるようだが、数種類を混ぜれば混ぜるほどいいようだ。僕はその域には達していない。スプーンをもらい、ライスに2,3種類のカレーをかけて、あまり混ぜず、食べる。それでも、様々な味が楽しめる。ただダヒーをライスにかけることはどうしてもできない。ごはんに牛乳をかけているような感じだから。遠慮して、最後にダヒーを頂き、最後はチャイを頼んで、締めくくる。
 
全体的には、朝は普通にトーストと卵やドーサーなどのスナック、バナナやビスケットで済ますことや、何も食べない時もある。昼、夜は、ミールス、ターリーや、フライドヌードル、ライスといった中華や、魚、肉(鶏肉がほとんど、マトンは少々高い、インドは牛は食べない、豚は見かけない)、サンドイッチ、スパゲティーなどをその日の胃の調子や、気分で交互に食べる。中華といっても、味付けはインド風だ。
 
プリーのような日本人宿はもうたぶんないと思うから、日本食は期待できそうにない。
 
これからも、カレーと中華、たまに西洋という食が続きそうだ。
 
 
 

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