明日、フバネーシュワル、チェンナイへ

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まだプリーにいる。
のどが痛くなった後、体調が悪化。同じ宿内で部屋を変更。250RS→450RS。値段以上に全然快適さが違う。その判断は良かったと思っている。
 
今はもうほとんど直った。でも、それ以前二日間、薬を飲み、宿の中で安静する。日本食は本当に有難かった。インド食は体調が普通であれば、美味い。体調を少しでも壊すと、下手をすると、悪化の原因にもなる。お茶づけだけでも、胃にすっと入っていく。
 
寝込んだ分は、写真を撮れていなかった。ほとんど外出もできなかった。
 
昨日、今日で、遅れた分を挽回する。
 
思いもよらず、長居してしまった。長居と言っても、1日、2日ぐらいの違いだけれど。
 
明日から、まずは、バスに乗って、フバネーシュワルへ行こうと思う。ここから約1時間。そこで何泊かして、様子も見ながら、チェンナイへ鉄道で向かいたいと思っている。チェンナイまでに区切るような街はないと思う。地図で見ても、無印で、少し上にハイダラーバードがあるぐらい。フバネーシュワルからチェンナイまで順調に行っても、鉄道で約20時間。ここが今回の旅の移動の正念場だと思っている。
 
 

プリー滞在中

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無事、プリーに着いている。深夜の鉄道は、少し遅れ、約10時間で到着。30歳になると、鉄道の移動でも、8,9時間が限度。それ以上になってくると、2等寝台だと体に応える。バスの移動だともっと過酷。2年前のパキスタンでは、カラチからクエッタまで、かなり遅れて、バスで約17時間。旅や写真という大義名分があったし、乗り越えることはできるのだが、一年一年と、体力の消耗を感じている。
 
プリーには、2,3軒、日本人の多く泊まる宿があり、その内の一つにお世話になっている。日本の本も置いてあるし、日本食も少し食べられる。部屋代は250RS。部屋内では、水シャワーしか使えないが、共同のホットシャワーが使えるのは有難い。蚊は多いが、蚊帳があって、その点もいい。併設しているこのネットも使えそうだ。
 
足の裏はだいぶ良くなった、腹の調子も直った。と思ったら、今度は、のどが痛くなった。早速、薬屋で処方してもらい、シロップと青と白のカプセル、白の米粒のような薬4錠ずつを購入、約70RS。日本では、医者にもほぼ行かないし、薬を飲むのもごくまれ。どんなに慣れても、アジアにいると、特にインドだと、不安なものは不安。アジアでは信じきって、飲むようにしている。2,3週間もすれば、旅の通過儀礼を乗り越え、良くなっていくと思っている。ただここ1,2年は、旅に出て、ちょっとでも無理をすると、体にくるようになった、やはり年齢なのかも。
 
昨日はディワリーという祭りもあった。プリーという地方にいても、とにかくうるさかった。24時ごろまで、爆竹の音が響く。パキスタンのラマダンでも、タイのソンクラーンでも、西インドのガネーシャ祭りでも、長期で旅をすると、偶然、祭りに出会うこともある。それらは、時に伝統を感じ、納得がいく。見ていても楽しい。
 
デイワリーは、納得がいかない。祭りといっても、ただ爆竹をすごい勢いで鳴らすだけ。爆竹によって、悪霊を遠ざけるというような意味合いもあるかもしれない。日本の打ち上げ花火のように、高音でも、美しさがない。宿の中にいても、迷惑を感じる。かなり、独りよがりな祭りな気もする。
 
と言いながら、旅人は、「郷に入っては、郷に従え」。怒りの矛先を向けることも無いまま、そのまま時を過ごすしかない。
 
 

プリーへ

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今日はコルカタ最終日。
夜、鉄道でプリーへ向かう。徐々に南へ移動することになる。明日の朝にはプリーに着く予定。2等寝台車で、約250RS。インドの旅はいかに上手く鉄道を使うかにある。時刻表と格闘。コルカタで旅行者用の時刻表がなく、分厚いものを買う。英語表記だが、細かすぎて、余分なものまで載っていて、非常に分かりにくい。しょうがないので、今回はこれでやっていこうと思っている。
 
7年前に一度プリーには訪れたことがある。そんなに長くは滞在できなかったけれど、あまり変わっていないはず。海に面していて、のんびりした雰囲気だった気がする。コルカタで体力的にも精神的にも少し疲れた。大きい都市だと何もかもにエネルギーがいる。特にインドだと。プリーで海でも眺めながら、少しリラックスしたい。かと言って、怠け過ぎれば、全て自分に降りかかって来る。これがフリーで写真を撮る者の痛い所でもあり、自由でもある。すぐには発表の場もなく、すぐには社会と結びつかないけれど、結びつくという100%の保証はないけれど、最近は自分なりに仕事としても写真を撮る部分もある。長いスパンで考えて、決して旅は無駄ではなく、いつか夢が叶うと信じるしかない。現在の夢は、写真を撮りためて、写真集を作ることである。その前に、一枚一枚の写真を残すことが、繋がっていくと信じている。
 
ディワリーという祭が行われる。昨年はバナラシにいて、とにかく花火の音が騒がしくて嫌だった。今のコルカタを見ても、少なくともサダルでは、お祭りのような雰囲気はない。たぶんデリーやバナラシなどの北で盛んなのだろう。プリーでも、静かなのを願っている。祭りのような雰囲気になると、それに便乗して、悪いことを企もうとする輩もいる。鉄道の移動などで、どうしても防げない所はあるが、用心したいと思っている。ガヤーへの北路線に比べて、南は、拍子抜けするぐらいのんびりしているけれど、旅の基本は「自分の身は自分で守る」だから、ある程度気を引き締めることはしょうがないと思っている。頼る所と頼らない所のバランスだと思っている。
 
コルカタで、短パンと下着と靴下とショールとビニールのカバンと小銭入れなどを購入。
 
プリーでは、日本語の使えるネット屋があるかは分からない。
 
機会があったら、また更新したい。
 
 

スコール

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13時ごろ、スコールがあった。
滞在中で一番激しい。1,2時間ほどで晴れる。宿の前の道が水没。それでも、歩きやリキシャ、車の往来は途切れない。今は17時だが、もう水は引いている。
 
天気をいかに利用するかも、良い写真が撮れるポイントになってくる。これは運と読みが必要だと思う。一枚、自分なりに天気を利用した良い写真が撮れたと思う。本当はどしゃ降りの中、カメラ片手に、歩き回るのが一番良いのだが。今日は遠慮しておく。悪条件の中、写真を撮るのは、倍以上のエネルギーがいる。
 
フィルムの関係もあるが、長く滞在すればそれだけ良い写真を撮れる比率は高いと思う。今回は約70日間。条件はもっと悪くなるかもしれないが、例えば10日間を7回に分けても、けっこう撮れるのではないだろうか。1,2年のうちの7回。滞在期間は短くても、より季節感が出る写真が撮れると思う。僕の場合は、一度に行っているので、季節感というよりも、人や場所や瞬間の面白さに巡り合える確率が多い。
 
足の裏はだいぶ良くなった。下から丈夫な皮ができつつある。さすが、インド。鍛え方が違う。
 
足は良くなったのだが、今度は腹の調子が少し悪い。食の冒険はしていないので、道路が水没したり、匂いや微妙な衛生状態が、多少影響していると思う。インドの通過儀礼だと思うし、普通に食べていれば回復してくると思う。
 

宿の中

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サダルストリートには、旅行者向けのレストランが幾つかある。
ちなみに、今日の朝食は、ベジタブルバーガー22RS、トマトオムレツ15RS、ミルクティー8RS。バーガーと言っても、インド風にアレンジされたカレー味のコロッケがはさんである。ミルクティーは、旅行者向けだとそのまま英語表記だが、インドのチャイとほほ同じ。昨日の昼は、ベジタブルヌードル約20RS。夜は、ターリーで約50RS。高くはないし、こういう所で、胃もならしておく。地方へ行けば、外国人旅行者向けのレストランが探しにくい所もあるし、どっぷりインド味にひたることになる。
 
コルカタのような大きな都市だと、写真を撮るには、1週間ぐらいはいる。人も街も散らばり、撮れそうなポイントを探すのに苦労する。都会だと人もカメラを警戒する。旅行者が多い所よりも、少し外れた方が撮りやすい。
 
写真にも限界を感じるというのはこんな時だ。当然のことだが、写真には、カメラとフィルムと現像とプリントの過程がいる。撮る場所にいるという現実がいる。写真を撮るのは、ほんの数時間。後は、宿にいることが多い。撮影済みのフィルムを抱えながら、どうしても何もできない時間の方が多く、消化不良に陥る。日本にいても、日々の生活に追われ、金銭面の為に上手く写真がまとめられないし、今後の課題だ。
 
気持ちを表現するのも、写真の一つなら、写真だけではおさまりきれない。絵や文章を書くことで、写真以外の気持ちを補うことが可能かもしれないが、それ以上の経験も技術も道具もいる。旅日記に日々のことを書くことで、当分は発散するしかない。条件が揃ったら、絵を描いてみたいという欲求はある。いつになるか分からないが。祖父が絵をやっていた影響かもしれない。
 
今の宿には、ベッドが二つ。トイレシャワーは共同。天井に大きなファンが回っている。窓はあるが、鉄格子が取付けてある。アジアでは馴染みのような部屋で、実に簡素だ。テレビも冷蔵庫も収納スペースもない。これで一泊200RS。コルカタは住環境がいまいちだが、地方によっては、同じ値段でもテレビ付きの部屋に泊まれたりもする。
 
テレビも何もない簡素な部屋にいると、あれやこれと想像する。タイだと僧坊みたいだし、日本だと刑務所(あくまでも想像)はこんな感じかなあと思ってみたり。想像は自分の首を締め付けることにもなるし、逃げ場所にもなる。僕には生きている間の自由があるということ、これが僧坊でも犯罪者にもない旅人なりの特権である。
 
簡素な同じ部屋に居続けると、夜、時に孤独感を感じることもある。一人旅ならではの、長所であり、短所である。孤独をいかに乗り切れるかも、旅と写真に含まれている。孤独を感じることが、写真にも生かされて来る。
 
どんな場所でも、「住めば都」と思うようにしている。最近は深く考えないようにしている。
 
 
 
 

コルカタ滞在中

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宿の近くに目に付くだけで、2,3軒のネット屋がある。
何故だかよく分からないが、他は見るだけで、記事が更新できなかったのに、ここは更新ができた。
使える間は、できれば更新したい。
たぶん、コルカタから離れたら、ネットの環境は悪くなっていくと思う。
旅も気まぐれなら、それ以上を望む環境も気まぐれ。
 
昨年は12月にコルカタに入ったのだが、今回は10月。
ここ数日、1時間ほどサーッとスコールがある。9月までかと思っていたら、予想外。
スコールになると雨が部屋に少し入ってくるので、窓の外の雨戸もこまめに閉める。
 
いつものことながら、水シャワーだけの宿に泊まると、日本の有難さが身に染みる。
30歳になると、学生の頃耐えられた環境は、少々こたえる。
写真を撮る為に外出をして、戻った勢いでシャワーを浴びる。
 
コルカタの人達はより逞しい。東南アジアに比べて、インド全般がそう思うのだが、コルカタのような大きな都市だと競争率も激しいから。そんな中で路上の水浴びは頻繁に見る光景だし、荷物の運び屋や声を張り上げる商売人や手当たり次第声をかける客引きや物乞いや、僕がこの街に生まれたとしたら、とても生き抜いていけない気がする。仕草を見なくても、顔の表情で、逞しさがよく分かる。
 
路上を歩いていて、対面にふと気になる建物を見つけ、車道に少しはみ出す感じで立ち止まる。物凄いスピードでバスがすぐ横を通り過ぎていく。もう身をかすめる感じだ。インド以外の東南アジアでもよくある場面だが、インドだとより何もかもが不規則だから、より起こりやすい。ちょっとの差で事故が起こったりもする。普通に旅をするだけでエネルギーがいるから。写真を撮るには、けっこう神経を使ったり、気をつけたりしているけれど。特に治安が悪い所へ行って写真を撮らなくても、普通に撮っているだけで、常に死と紙一重という気はする。
 
無事に戻るのも「神のみぞ知る」と思う時もある。
 

コルカタより

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上手く更新できるか分からないが、コルカタにいる。
サダルストリートに宿を取っている。一泊、200ルピーで約600円。
 
コルカタは、悪質な客引きは少ないが、とにかく空気が汚れている。
一年ぶりのアジアで、ここから始めると、刺激的。
いきなり空気の薄い高い山に登っている感じ。バンコクという低い山を乗り越えて。
 
足の裏の豆が潰れたが、近くの薬局で処方してもらい、消毒液とバンドエイドみたいなものを購入。約200円。旅を続けていくうちに、足の裏も抗体ができるし、大丈夫だと思う。
 
街はごちゃごちゃしていて、カラーだと撮りにくい。モノクロもモノクロだと使っているFM2も今回は持って来ていない。
 
時間と場所を上手く利用して、カラーなりの写真を撮りたい。
 
続けていくうちに、感も戻ると思う。
 
もうしばらくしたら、プリーに向かおうと思っている。

インドへ出発

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今日、出発する。
 
旅の直前というのは、期待と不安が入り混じり、いつでも独特の緊張感がある。
 
旅の醍醐味かもしれない。
 
焦りがないと言ったら嘘になるが、昨年のような切羽詰まった状態にはない。
 
今使っているパソコンは遅いし、だいぶ過去の記事を見るのは、少し抵抗がある。
 
昨年から続けてインドを旅するのと、南インドへ向かう予定であることと、様々なものに対する諦観が少しあることで、落ち着かせている理由だと思っている。
 
旅をしている間でも、頻繁にはできないと思うが、旅の様子ぐらいは、更新できたら更新したい。
 
旅をするのは、旅の間でも、旅の後でも、どこかで自分や世の中の可能性を信じているから。
 
絶望だけでなく、希望もあるからだと思う。
 
とりあえず、気をつけて行って来ます。
 
まずは無事に戻って来るのと、良い写真も撮れるように頑張りたい。
 
1枚でも納得したものがあれば、今回の旅も何らかの意味があると思っている。
 
 

今回の旅の準備とルート

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明日からの旅の準備は済ませた。
旅をするだけなら、そんなに難しくないと思っているが、良い写真も撮りたいので、少しプレッシャーになっている。
 
今回持って行くものは、いつものように50lほどのずっと使い続けているバックパック一つ。中身は226本のポジフィルム、サンダル、ジャージ、歯ブラシ、歯磨き粉、石鹸、カミソリ、トイレットペーパー1ロール。インドは埃が多い為、天気に関わらず、東京からザックカバーをかけて行く。
写真をやるようになって持ち始めたGODWIN21というカメラバック。中身はニコンF100が2台、電池約40本、ブロアー、レンズをクリーニングするシートと液体、撮影機材と呼ばれるもの。後は様々なポケットに、小さな懐中電灯、鍵2種類、ペン数本、旅ノート、ガイドブック、正露丸を入れてある。三脚もストロボも持たない、機動力が失われるし、使うような状況では撮らなくていいと思っている。基本は光のある状態と、手持ちだと思っている。正露丸は軽めの場合で、ひどくなったら、現地の薬が一番。
腹に巻くスタイルのポケット。中身はパスポートと現金と保険付きのクレジットカード。現金は、滞在日数×2500円ほど。裕福ではないから、今回はこれがギリギリのライン。残したら、それだけ戻ってきてからの現像代とプリント代、生活費になるので、できれば節約して旅を進める。学生の頃はもっと切り詰めていたし、安宿、現地の食事、陸路での移動、バックパッカー的な生活が写真にも生かされてくる。ただもう30歳と、学生の頃のように若くはないので、写真にも集中したいし、疲れたら少し贅沢をし、休むことは鉄則だと思っている。
半分をドルのキャッシュで持って行く。インドだと日本円を両替する場が限られているし、トラベラーズチェックだとさらに制限が多い。全て現金なわけだが、今まで盗まれた経験はないし、これが一番旅がしやすい。腹に巻くスタイルは、落とす心配もなく、盗られたとしたら、自分の身にも危険が及ぶ時。経験上、長期の旅人がこのスタイルを取っている。外出する時は、手ぶらでもよく、動きやすい。
 
今回はいつもより期間が短い為、歯ブラシ、石鹸などの消耗品、サンダル、ジャージも持って行くことにした。フィルムと撮影機材だけという時もあったが、今回は買う手間を省く。当日は、長袖の薄いシャツとアーミーパンツと運動靴というスタイルで、着るものはそれだけだが、必要なものは現地で買い揃えていく。使って、捨てて、最後には撮影済みのフィルムと撮影機材が残っているという関係が望ましい。学生の頃はサンダルが多かったのだが、写真をやるようになって、動きやすいのと、足場をしっかりとしたい為、運動靴は欠かせない。出発前の儀式としては、丸坊主にしている。よりリセットした感じがするし、シャワーに浴びれない日だってある、気持ち的にも、機能的にも、いい。
 
ルートは、まずは、東インドのカルカッタに入る。そこから南インドを回って、12月の下旬に西インドのムンバイーから出る。よほど満足しなかったら延ばすことも考えているが、変更の手間もあるし、旅のピーク時に入るし、下旬を予定している。
昨年のムンバイ‐からカルカッタまでの延長と考えており、今回の旅でインドを一周したことになる。ピンポイントで行きたい場所もあるのだけれど、まずは、インドを全体的に眺めたい。そこからまた次の旅や、次の次の旅で、細部まで入っていきたい。
 
7年前も南インドは回ったことがあるのだが、残念ながら完全な写真という形では残っていない。北インドに比べて、人間も穏やかで、旅はしやすい。北インドは、パキスタン、ネパール、中国と、隣国に挟まれ、過去に侵略の歴史もあったのだろう、デリーという首都の影響もある、冬は寒い気候も重なって、人の顔はしゅんとしていて険しい印象がある。
 
南インドは、常に暖かい気候で、南国という感じがする。海に囲まれているし、そこからの食の豊富さもあるのだろう、温暖な気候と重なって、人の顔はどこか丸みを帯びていて、穏やかで、柔らかい印象がある。
 
生活はしやすい、だからと言って、写真になるかは微妙な所だが、土地の良さ人間の良さを生かした、それなりの写真は撮れると思っている。
 
南インドだけで2ヶ月はある。そんなに気負いもせず、ゆっくりとしたペースで、旅をしながら、写真も撮っていきたい。
 
海と寺院と街と人と、様々なものを見ながら、考えたい。海を見ながらの砂浜ブラブラ歩きは、気持ち良さそうだ。最悪の場合は写真を撮れなくてもいいと考えているし、今回の旅が感性を磨くことになり、どこかで、例えば文章を書く時に生かされると思っている。写真にストイックになりすぎることが、自分の首を締めているということも分かっている。ただそれが自分の性格上、避けられないことかもしれないし、それはそれでしょうがないと思っている。
 
南インドには、ミールスと呼ばれる、大きな葉に乗せたインド版カレー定食がある。
北インドでは、金属の幾つかの容器に入れられ、ターリーと呼ばれている。
 
ミールスを食べることもひそかな楽しみとなっている。南インドは、素材も新鮮で、特にフィッシュカレーは、格別である。

今回の旅の想い

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写真だけの限界を感じているというのは、表現したいことが、写真だけでは収まりきれなくなりつつある。
30歳までの生き方や旅が、世の中の流れの影響もあり、写真の過程や浸透度やフォーマット、現実的な金銭面を考えてみても、どうしても妥協したり満足できていない自分がいる。ますます旅をするにつれて、想像を深め行動を重ね、40代に向かっていく中で、より明確に出てくる気がする。
 
岡本太郎の「芸術は爆発だ」という大それたものではないけれど、自分の気持ちの矛先にも葛藤がある。そのままじわじわと写真にぶつけていくのか、絵を描くのか、小説めいたものを書くのか、今はまだ模索中である。
絵には写真よりも技術が求められ、学校に行くようなお金はないから、やるとしたら物書きの走りのようなものだが、どちらにしても独学になり、機会があれば挑戦したい。
 
やはり写真というものを簡単には諦めたくはない。写真学校は出ていないけれど、今までの育ち方や会社や旅や独学で学ぶことができた。ある程度の勉強と、意志と、熱意と、何を撮りたいのかと、カメラがあれば比較的誰にでも開かれており、映画や絵よりも門が低い分、写真としての可能性はある。政治界や芸能界のような派閥はあまりない気もするし、写真としての技術と感性と読みが大切なのだと思う。後は、写真を見る方や、どんな編集者や、写真界に携わる方や、様々な巡り合わせがあるかを時に動いたり、待つわけで、これは運命でしかない。
 
頼り頼らず、撮り続けるのが大切なのだと思う。どこでどんな可能性があるのかは分からない。世界観や視点や技術、腕を磨きたいものである。会社でも、経済界でも、音楽界でも、お笑い界でも、出版界でも、芸術界でも、今の多趣味多様時代、競争社会、時代的不安、不況とあいまって、この世の中を下克上のような戦国時代、あるいは安定していたと思われる江戸時代が崩壊した後の明治時代と重ねる人が多いのではないだろうか。
 
規模は小さいかもしれないが、写真界でも同じだと言うならば、親や著名人の七光りであったり、写真学校を出たり、そのままエリートコースに広告業界に入って贅沢な食や住居や欲を貪り尽くす人達や、先生と言われ大御所と言われ胡座をかいている人達に、生き様というものを示さなければならない。写真にぶつけることが大切なのだと思う。
 
家族にも、親族にも、写真などの一芸でやっていった人はいないから、みんな会社員なのだけれど、それもまたこんな御時世では大変なのだろうけれど、夢を叶える為には、一農民がやっと槍という武器を手に入れ、相撲で言うなら、幕下でも何でもいいから土俵に上がれた気がするし、ボクサーならプロ資格を取ってリングに上がれた気がする。下がるのも自分次第だけれど、とりあえず頑張りたい。
 
写真家と言うのも、何だか権力的な気もする。結局は写真で表現したい者で、写真という欲の塊人で、写真馬鹿であるけれど、写真界でも何でもプロフィールや肩書きは必要なのであるから、しょうがないのである。
 
より多くの人に見てもらう為には、ホームページを作るのが良いのだろうが、30代は写真を撮ったり残したりする方が大切な気がする。いざWEB上でぱっと見せるには、違う労力も必要で、今すぐには手が回らない。あまり過度になりすぎると、写真を使ったビジネスマンにもなりかねない。写真を撮る者も営業能力が試される世の中であるし、ここ1、2年はこのブログのままだけで様子を見たい。検討の余地はある。絶対に必要だと感じたら、行動力はある方だから、勉強でもして、集中して取組みたい。

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