向こうへ

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先程、ジムへ行ってきた。
最近は、ジムへも、このブログの更新も、週一日ぐらいしかできていない。
 
それ以外は写真のことを考えたり、まとめたりすることはできても、よりエネルギーのいる撮ることまでは手が回らない。
 
海外へ行ってアジアの写真を撮ることをライフワークとしているけれど、そう何度も行けるわけじゃないし、本当は定期的に日本でも撮らなければいけない。いきなり行って撮れるわけでもないし、感を戻したり保ったりすることは大切なのだと思う。
 
今の生活の大部分はバイトをしている。気持ちは写真家のままだけれど、見方を変えれば(外見は)フリーターと一緒だ。
 
売れっ子の写真家ではないので、毎日写真の仕事ができるというわけでもない。フリーという形をとって2年目になるが、写真を仕事にできる時間は限られている。1年という期間で見たら、10回もない。それでも、ずっと続ければそれらが山となるに違いない。自分の力量もあるし、人間関係や、取り巻く時のタイミングや運にも左右されるのだろう。
 
自分の作家性を出して写真で食べて行けるのはほんの一握りだと思うし、世の中は資本主義経済で成り立っているから作家性を多少押し殺してでもマスメデイアと関わっていくのが普通なのだろうし。
 
作家性を出したら、食べていけない。でも自分の信じた写真を残すことはできる(可能性はある)。
作家性を押し殺したら、多少は写真だけで食べていける。でも流されるだけで自分の写真を残すことは難しいと思う。
 
とても難しい所だ。その人の性格や価値観によっても違うと思うし、結婚していたり子供がいてもそれだけで大きな問題だと思うし、何かの大切な出会いや別れによっても180度方向性が変わると思う。
 
とりあえず今の僕は、双方を行ったり来たりするしかない。気持ちの葛藤もあるし、そんなに器用でもないから、短い間隔で行ったり来たりするのは簡単ではない。悩みながらになると思う。
 
どんな状況でも常に写真のことは頭と心にある。
 
今はまだバイト生活をおくる。
 
時期が来たら、写真に集中する。
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闇とオレンジ

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14時頃、ジムへ行く。
 
一通りトレーニングをした後、リングサイドの横のスペースに横たわる。
 
一面ガラス張りの屋内からは、小田急の線路や路地を歩く男と女が見える。
 
横たわれば、強烈な日差しが目の奥に入ってくる。
 
疲れた体と、朦朧とする意識の中で瞼を閉じる。
 
正確には瞼の裏側と言った方がいいのか、白、赤、オレンジのような、この世に存在する色では表現できないようなもう一つの世界が広がる。
 
手をかざせば暗闇になる。
 
手をどければ、太陽があるという証、疲れた身も心も心地良い。
 
悲しみも喜びへと変わる。
 
写真とバイト生活の両立は難しい。
 
写真の為の費用を捻出しなければならない、どれもこれも分かりきってはいるけれど、そんな今の状況が歯痒い。
 
しばらくは、ここ最近と同じ様にバイト生活が続きそうだ。
 
手をどければ、希望へと変わる。
 
雑誌の仕分けの作業も、電化製品の仕分けの別の仕事も、筋トレをしながらお金をもらっていると考えを変えて、前向きに働くしかない。
 
人生は旅である、何とかなる。

大往生

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祖父の通夜・葬儀を終え、東京に戻る。記憶に確かに刻む。
 
96歳まで生きた。そこまで生きられる人はなかなかいない。親族ながら、立派だと思う。
 
悲しみに包まれるというよりも、
 
敬意やある種のあきらめの方が大きかった気がする。
 
この世は無常だ。こればかりはしょうがない。
 
無常だけれど、無常と知った上で、子や孫が自分なりに精一杯・平和に生きていくことが大切なのだろう。
 
僕には絵をやっていた亡き祖父の血が流れている。
 
絵も写真も似ている部分がある。
 
また気持ちを入れ替えて、自分の写真という道を進みたい。
 
僕はまだまだだ。
 
もがきながらでも、写真で少しでも成功することが、少しでも恩返しや供養になると信じている。

祖父の死

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人生はきれいごとじゃなく、幸もあれば、不幸もある。
 
誰が見るかも分からないブログに掲載するのは、不謹慎かもしれない。でもブログが個人的な日記の延長であり、作者の近況や内面を知らせるものでもあり、できれば悲しみも素直に書きたいと思うならば、やはり書かざるをえない。
 
昨日、母から電話をもらう。亡くなったのは、父方の父、祖父である。ここ数年は高齢の為に寝たきりの生活を余儀なくされた。天寿をまっとうしたのだが、死と同時に、とても遠い世界へ行った気がする。
 
血がつながっていて、身近な人、生前に何度も会った人が亡くなるというのは、悲しみに包まれる気持ちと冷静でいるいようとする気持ちと上手く像を結ばない気持ちと結局は生きている自分と重ねる怒りのような気持ちと複雑な感情が支配する。
 
身は滅びても、魂は生き残るのだろうか?魂はどこから来てどこへ行くのだろうか?
 
身近な人が死に、また身近な人が死に、結局は自分も死ぬ。父と母は健在だけれど、もし亡くなったら、言葉では言い表せない悲しみに包まれると思う。現在では、考えても理解できない。父と母が亡くなり、僕も高齢を向かえ、それでやっと死を受け入れられるのだろうか。
 
旅先でも、何度も死を意識したことはある。でも死んではいない。
 
祖父は僕の名付け親でもある。弘司という名をとても気に入っている。
 
旧満州で先生をしていて、引き揚げてから、新潟の柏崎で先生として長年を暮らした。校長先生をしていたと父からは聞いていた。子供の頃の記憶も同時に甦る。夏によく海水浴に行ったものだった。実家の名古屋から柏崎へ、父の運転する車で母と兄と妹の五人で。
 
書道をやっていて字が達筆なのも覚えているし、祖父祖母の家にはアトリエがある。絵描きだったのだ。油絵の絵画を何枚か覚えている。はっきりと覚えている一枚は、農村の家とその前にいる牛。先生をしながら、そして退職してからも、絵を描き続けたのだろう。柏崎は山もあり、海もある。故郷に見せられ、故郷を愛し、故郷で生き続けたのだろう。
 
3年前の夏に、写真をやるようになって、祖父祖母の写真を撮ろうと行ったことがある。祖母は元気であるが、残念ながら晩年の祖父とは上手く意志疎通が図れない。本当は絵画をやっていた祖父に写真を見せて、貴重なアドバイスを受けたかったし、絵画でプロになろうとしたこともあったのか、行きたかった場所は、などいろいろと聞きたかった。もう遅かった、そして恩返しもできない自分に対する後悔と反省である。
 
過去は色褪せても、過去は確かな過去である。思い出や記憶はふと強烈に甦ってくる。過去は現在にも、そして未来にもなるのである。
 
あさって、柏崎へ行って葬式に参列する。
 
人は瞬間瞬間を経験しないと、確かな感情は芽生えない。頭ではなく、身で考えるのだ。
 
様々な記憶が甦ってくると思う。絶望もあれば、希望もある。
 
希望は忘れない。
 
 
 

リング

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17時頃、ジムへ行く。
 
斜光が窓ガラスから入ってくる。リングを照らす。人やサンドバックの影を作る。光を受けるものは全て黄金色。受けるものと受けないもののコントラストが美しい。
 
リング上でシャドーボクシングをする。同じ時間帯にヘビー級のプロ選手がリングに上がり、同じ様にシャドーをする。体もパワーも雰囲気も、何もかもがケタ外れ。プロボクサーを目指しているわけではないけれど、ボクサーには階級というものがあるけれど。もし闘うとしたら、こんな人と同じ様に闘ったら、とても太刀打ちできない。視点や頭や心を使って、違う方法で勝負するしかない。
 
練習の合間の風が心地良い。
 
暫らくして、赤と青のヘッドギアをそれぞれ被った選手がスパーリングをする。選手もしくは選手を目指している者がするので、僕はしたことがない。見ていると、向かっている選手に感情移入してしまう。身と心が真正面からぶつかる。ゲームも遊びもない、あるのは自分自身だけ。ストイックな世界だ。
 
3Rで終わり、青が圧倒的に有利で、赤は今にも倒れそうに疲れ果てている。
 
僕は筋トレしながら見ていたのだけれど、時には血が騒ぐこともあり、時には心から突き上げるようなどこか悲しい泣きそうな感覚になる。「何で闘わなければならないのだろう?」というような根本的な問いと複雑な感情からだった。
 
19時頃、日もとっくに暮れて下北沢の商店街を歩く。落ち着いたネオンが路地を照らす。
渋谷や新宿とは違い、こじんまりとしている分、少し温かみのある街の印象を受ける。
 
東京で生活していながら、ふとアジアを旅しているような錯覚を味わう。アジアチックな下北という空間と物の輪郭を薄れさせる夜という時間がそうさせているのかもしれない。
バンコクのカオサン通りを歩いている記憶が甦る。
 
下北を歩いている人と、旅人がオーバーラップした。
 
旅に出たい、写真を撮りたいという気持ちが大きくなりそうだ。
 
 

夢つれづれ

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墓地を歩く。
 
ホームレスや猫や美しい花や枯れている花や、救急車のサイレンや爆音で飛ぶヘリコプターや、墓や墓のようなビルや。
 
僕は吐き気をもよおしうずくまる。
 
暑さからなのか、暑さからの体力の消耗なのか、不安や空腹なのか。
 
全部のように思えたし、全部ではないようにも思えた。
 
僕はベンチに腰掛ける。
 
夢ではなく、ついこの間の現実。
 
今日は小銭稼ぎの為にアルバイトをしようと思ったけれど、GWでないとのこと。
 
午前中は写真をまとめたり、午後も同じことをしていたら、眠くなる。
 
不安からなのか、不安からの睡魔なのか。
 
何でもどうにでもよくなり、布団を敷いて眠る。
 
2時間ほどして眠りから覚め、少し活力が出てくる。
 
旅先でも東京でも、夜や眠る前の一瞬というのは、あれもこれも考え頭が混乱し孤独に陥り不安に埋没する。早く明日になれと願い、とにかく眠ろうとする。眠れば次の時間は何とかなる。こうやって幾つも孤独な夜を乗り越えてきた。
 
評価するのも評価されるのも、世間の目を気にするのも気にされるのも、そんなことはどうだっていい。
 
頑張るのも、頑張ろうとするのも、頑張らなくても、そんなこともどうだっていい。
 
自然体で歩けばいい。
 
僕は僕のままでいい。