インドとネパール

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昨日の夕食に日本食を食べた。味のシルクロードという名店は潰れていて、おふくろという店になっていた。6年前と同じ場所だと思う。クリームコロッケ定食。160ネパールルピー。驚いた。米は前出のように日本米に劣るとは言え、コロッケは本物だった。おかずによって、当たりはずれがあると言った方がいいかもしれない。インドからネパールに入ると、誰もが落ち着けると言う。一般的な日本人の感覚だと思う。今もこうしてゆっくり更新できる。バナーラシ(インド)にいた時は、メール一つにとっても何だか落ち着けなかった。ちょうどディワリー(北インドの祭り)があって、外は花火やばくちで相当騒がしかった。部屋の中にいても然り。インドとネパールは同じように見えて何で違うのか?今考えられる範囲で自分なりに考察してみたい。今はネパール側にいるからこちら側から。
 
○インドよりも東にあるから(より日本に近くなる。パキスタンからバングラデシュに入った時も落ちつけた。)
○モンゴル系だかチベット系だか、日本人に似ている顔立ちの人が多い
○ネパール人はインド人に比べて内向的な人が多い(一般的な日本人の性格に近い。インドの人達はとにかく前に出る、そうじゃないと生きていけないのだろう)
○街はインドに比べて騒がしくないし、きれいである。
○米が主食である(北インドはナンやチャパティ、麦が主食。ネパールは米)
○衣、食、住が豊富(人間はやはり最低限度の生活は欲しいと願う)
○宗教が仏教である(僕は無宗教だが。何よりだと問い詰められれば、仏教なのだろう。イスラムやヒンズーの施設に行って写真を撮ったりもするが、とにかく神経を使う。仏教の寺院は自分が同化するようで撮り易い)
 
全てにおいてインドよりもネパールの方が日本人の価値観や感覚に近いものがあると思う。ネパールからタイに入ったら、タイの方が落ち着けるし。人それぞれではあるが、ネパールに沈没する旅人が多いのだろう。旅をすることと、写真を撮ること(自分のテーマ)では自分の中では微妙に違ってくる。自分が安心して撮ることができる写真もあれば、自分が苦労しないと撮ることができない写真があると思っている。ネパールの後、インドに再び入るのだが、インドは行って良かったと思う。そして行きたいと思う。今の自分の年齢では。年を重ねていったら、体力も落ちるし、考えも変わるかもしれない。建築家だったら、建築の見方をするし、登山家だったら、登山の見方をするし、雑貨屋を営む者だったら、雑貨の見方をするし、写真家を志すなら、写真の見方をしたい。そしてより多くのものを吸収したい。人間はそれぞれ自分の目指したいものがあって、それらの道を歩めばきっといいことがあると信じたい。人それぞれのスピードでレベルを上げていって、世の中が少しずつ良くなればと思う。少しずつ良くなることが平和につながると言うのはちょっと言いすぎか。
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カトマンドゥより

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ポカラにはレイクサイドとダムサイドがある。どちらも一長一短はあるが。僕はダムサイドに泊まっていた。こちらの方が落ち着けるし、ヒマラヤも引いて見えるから。6年前と比べて、レイクサイドは少し派手になっていた。ネパールには、ポカラにもここカトマンドゥにも。日本食を出すレストランが幾つかある。味は完全な日本食とは言えないまでも。比較的似ていると思う。米がネパール米だから、タイ米のようにパサパサしていて、多少の違和感があるのだろう。昔から食べ慣れている日本米。日本の米は一級品だと思う。自分は根っからの日本人だと遠い場所に来て再度実感してしまう。なんだかんだ言って、海外の日本食は旅行者にとっては有難い。インドを2ヶ月ほど旅して、カレー中心の食事をして(たまに中華)、久しぶりの日本食。最初の一口は感動すら覚えてしまうというのが本音だろう。今の気候は。日中暖かく、朝晩多少冷え込むと言った所か。半袖の人もいるし、長袖シャツの人も、上にセーターやジャケットを着ている人も。真冬のガチガチの防寒具という人はめったにいない。今の時期は、トータル的には快適な気候だと思う。ポカラからカトマンドゥまでのバスは6年前よりも良くなっていた。もっと身構えていたのだが、7時間ほどでいつの間にか着いた(バナラシから国境のスノウリまでの方がきつかった)。ただ軍や警察やらのチェックポイントが明らかに増えていた。マオイストと呼ばれる反政府軍の影響だろう。ツーリストバスはもちろん、公共のバスも乗ったが(スノウリ→タンセン、タンセン→ポカラ)、ほぼツーリストはノーチェックだ。バスの外に出て、身分証明書を掲示したり、荷物を見せたりはしなかった。一般のネパール人(ほぼ男性)は、掲示したりする。その間、バスは待機。反政府軍かどうかを調べてるのだろうが。分からないのは、若い一般ネパール男性でも、チェックを受ける人と受けない人がいること。あれは何故だろう?穏やかに旅をするなら、インドよりもネパールだろう。ネパール人はインド人に比べて押しが強くないし、街も騒がしくない。インドの田舎と言った印象を受ける。どちらかが政府軍になれば、一方は反政府軍になる。政府関係のゴタゴタがなければ、この国は平和なのだろう。写真を撮るようになって、人間をよく見るようになった。カメラがなければ、何気なく通り過ぎる場所でも、注意深く見てしまう。6年前は見えなかったもので、今、見えるものがある。これらは日々変わっていくのだろう。今言える事は、今ここに来て良かったと思うこと。日本に帰りたい気持ちと自分の決めた些細なことをやり遂げたい気持ちと。様々な気持ちを内包しながら、旅を続けたい。

ポカラより

2件のコメント

国境の街スノウリから。タンセン、ポカラへとバスでやって来た。道と建物と整備は進んでいるが。6年前とあまり変わらない。インドに比べると。人間も街も穏やかで過ごし易い。宿からはヒマラヤが一望できる。多くの旅人を魅了している所以だろう。もうしばらく滞在して、カトマンドゥへと向かいたい。

明日、ネパールへ

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この地(バナーラス)には、旅人や
写真家や画家や作家や音楽家や建築家などの多くが立ったはずだ。自分のテーマを追求する為に、中には一発逆転を狙う為に。一度は足跡を残したい、魅了する
ものがあるのだろう。ガンガーの存在感や時間の流れや雰囲気といったところか。誰でもそうであるように。僕もまた、ここでの記憶は無駄にしたくない。いつ
か絶対に芽を出し、花を咲かせたい。その結果は、自分自身と他者と運命との相互関係にあると思っている。明日、ここからバスに乗り国境へ。陸路でタンセ
ン、ポカラ、カトマンドゥへ。旅をして写真を撮りたいと思う。

フィルムの2/3

1件のコメント

バナーラスに長居している。ここにはどうしても来たかったし、長く滞在もしたかった。以前と同じコースを辿っているのだ
が。6年前と自分はどう変わっているのか。あの時は何かを探していた。でも今は違う。写真という本当にやりたいものがある。詳細は今ここでは上手く書けな
い。ネット費もかかるし、ゆっくりと考える余裕がないから。日本に戻ってまた深く考えて文章に表してみたい。簡単に言えば、写真家としてこの地の写真は残
して置きたいという欲求。自分を含めた方向性は間違っていないかという確認。日本を旅立って、約2ヶ月が過ぎ去ろうとしている。トータルのフィルムの
2/3を撮った。手応えもある(もちろん失敗もある)。どうまとめようかという漠然としたテーマもある。でもやはり結果を見るまでは安心できない。無事に
日本に戻るまでは安堵できない。今回の旅と写真の目標の8割は達成したと思っている。ここバラーナスの地に立って。でもまだまだ。残りの2割と新たな目標
に向かわなければ。後、数日したら、ネパールに向かう。10年先を見据えたら、ネパールは撮らないといけないと思うから。残りの1ヶ月の滞在とフィルムの
1/3を撮る為にも。悩みながらも、道を進む為にも。写真家はつるまない方がいい。一人だけれど、それでいい。何年か先に今を余裕を持って振り返ればい
い。社会の外にいると、社会に少しでも関わりたいと思う。僕はやはり日本人の血が流れている。写真を撮ることで悩みを閉じ込める。

バナーラスの日々

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バナーラスでやっていることと言え
ば。朝と夕方に写真を撮り、昼と夜は本を読んでいるか、考え事をしているか、眠っているか。写真を撮る時は集中しているので2,3時間が限度である。イン
ドに来て酒は飲んでいない。タバコは元からやらない。もちろん薬なんかはやったことがない。僕の中で薬なんかの力を借りなくても精神を自分でコントロール
できるぐらいの人間になりたいという希望がある。でも一般的に怠惰と言えば、そうだと思う。6年前とバナーラシの光景はあまり変わっていない。人間も動物
も。路地はあいかわらず入り組んでいるし、ガートはここだけを見ればのんびりとしている。牛が寝そべり、犬がフラフラと歩き、人間が沐浴をして。平和だと
感じる時もある。6年前と自分の見方が変わっている点は。色に対して敏感になったことだ。僕の中で勝負の時はポジフィルムと決めているからだと思う。怠惰
も忙しさも含めて日々の積み重ねで未来へつながっていると信じている。今はこれしか言えない。自分の道をどこまでも。

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