バランス

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自分をないがしろにしたボランティア精神はないと考えている。まずは自分ありきである。ただひとりよがりでもいけない。謙虚さは失いたくないものだ。自分と自分以外をあえて他者と言うならば、自分と他者とのバランスが大切ではないか。社会には規範と法があり、それを犯してまでもとなると犯罪行為になってしまう。自分の欲と欲を抑制するバランス感覚も必要だ。右に傾きすぎたら左に傾き、左に傾きすぎたら右に傾き、どこまでもどこまでも中心を行く。あさって、ここからカルカッタへ向かう。バンコクを経由するが、インドでは最後の街となる。
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なみだ

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停電との戦いだ。誰かが隣にいると集中できない。本当は自宅のパソコンでゆっくりと考えながら書き込みたいのだが、そういうわけにもいかない。誤字脱字等は許して下さい。体調を壊した時、知り合いに感謝をするとともに、自分のふがいなさや弱さで自然と涙が出てきた。あの涙は打算ではなくて、本能からの純粋なおとこなみだであろう。ブッダガヤでは仏教を信仰する者が途切れることはない。今もなお多くの者を魅了し続けるブッダの影響力は大きい。だが、「ブッダとは何者だったのか?」「さとるということは何か?」「生と死とは何か?」は「自分は何か」をシンクロしてとても悩む。今はこう考えている。さとるということは、考えの最も逸脱したもの、思想の最上級ではないかと。決して偶然の産物ではなくて、悩んで悩んだ末の結果である。努力の積み重ねであり、何でも産みの苦しみはあるということだ。そして、さとるとは自分の信じているそれぞれの道にあるのではないか。さとるということの真の意味は、「生と死とは何か」とともに、はっきりとは分からない。旅をし、生活をし、考え、写真を撮り、まとめ、文を書き、それらによって少しでも分かりたいものだ。今の自分では未熟すぎるが、年齢と経験の積み重ねにより、精進したいものだ。ただそれらを追求するにはあまりにも非生産すぎ、今の時代には特に東京ではなかなか難しい。ただ今の時代には特に必要だろう。

ブッダガヤーより

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カトマンドウの後、ビールガンジー、パトナー、そしてここと来た。ビールガンジーで体調を壊した。詳細はまた後でゆっくり書けたら書くが。様々な要因によって、下痢と吐き気。あの街は工業街で空気が汚かったことや長距離の移動や食が原因だろう。すぐにそこの薬を飲んだので、回復したが。「いかに早く旅ができる状態にするか」「いかに早く写真が撮れる状態にするか」が自分の中で大切だと思っているから。ただその時はそんな余裕はなくて。異国で体が弱るとけっこうまいる。一瞬でも死ぬと思ったし、両親や親戚や友人や知り合いの大切さを再認識したものだった。今はもう元気ですので、心配しないで下さい。今ではだいぶ落ち着いています。ブッダガヤーはブッダが悟りを開いたとされる場所。あの時のあの苦痛は自分への試練だったのだと考えている。

1件のコメント

旅はタイムスリップであり、記憶の
確認の場である。日本から離れ、遠いアジアにいるとそう思ってしまう。小学校の時のそんなに仲良くなかった子のフルネームまでもふと思い出したりする。時
に深いことを考えたり、時に何でもないことを考えたりする。旅の日記がある。フィルムの詳細(場所や日)やその日思ったことや詩めいたことを書いている。
フィルムと同じく大切なものだ。ここで詩の一つ一つを書いていったら、面白いのかもしれないが、そういうわけにもいかない。ここは自宅ではなくてネット屋
だから。たまに起こる停電との闘いでもある(せっかく書いたのに消える)。詩は記憶していなくて、いちいちノートを見なければならない。日本に戻ってから
考えたい。「自分はどうしてここにいるのだろう」「自分はこれからどこに行くのだろう」と思うことがある。自分の頭で考え、行動しているのだから、可笑し
いのかもしれないが。何か運命のような見えない糸を感じたりもするのだ。明日、まずはビールガンジー(インド、ネパール国境)へバスで行く。いったん落ち
着くと次の街へ行くのが億劫になるのだが、そこを振り切って進みたい。止まって後悔するよりも、前へ進んだ方がいいと考えて。不安もあるが、不安を振り払
うように。充電は完了だ。

人と猿と犬と鳩と

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スワヤンブナートが面白い。6年前も面白く、何
とか写真にしたいと思っていた。宿のあるタメルから歩いて3、40分ほど。高台にある仏教のストゥーパである。街を見下ろす形で建っている。猿が多く、モ
ンキーテンプルとも呼ばれている。幾つもの階段を上るので行くだけでしんどいが。霧の日にはこの寺だけがぽっかりと宙に浮くように存在し、昔から見守って
きたのだなと思う。信仰者の足は途絶えることがない。ある男性がストゥーパの前で餌をまく。猿が来て、犬が来て、鳩が来て、どれもが威嚇することなく餌を
食べている。子猿の横で子犬が食べている。とても微笑ましい光景だ。犬猿の仲はないのだろうか。ここだけを見ると平和だ。いつまでも平和が続いて欲しい。
僕は無宗教だ。ただ仏教の寛容さには惹かれるものがある。パキスタンのイスラム、インドのヒンズーと見てきたのだが。イスラム、ヒンズーは信仰者以外は入
れない所がある。仏教はその気になれば誰でも受け入れる懐の深い所がある。何でもそうだがどれもが一長一短はあると思う。外国に来ると宗教とは何かを考え
てしまう。日本では口にすることさえタブーの雰囲気があるが。この世は多様性で溢れていると認めることが大切ではないかと思う。

NEPAL DOG

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バンコクでもカンボジアでもベトナムでもラオス
でも、アジアの犬は放されていることがほとんどである。インドでもネパールでも然り。放し飼いか野良犬かの区別は難しい。中には首輪の付けられている犬も
いるが。日本のように紐を付けられて散歩をしている光景を見かけると逆にはっとする。たぶんインドからネパールに入った旅行者は感じていると思うのだが。
ネパールの犬はインドの犬よりもCUTEである。小型犬やら中型犬やら胴長短足のものまでいる。北インドの犬は大型犬がほとんどでけっこうくたびれている
か、意気盛んか。僕の推測では小さい犬はインドでは生きていけないのだろう。旅人もエネルギーがいるなら、生活している犬も同じだと思う。子供と犬を見れ
ば、その国が意外に分かる。今の時代を象徴していると言えるだろう。大人は見て見ぬふりをするというか演じる部分がある。子供は感受性が強いのでストレー
トに表情に出る。犬も同じだと思う。路上に犬が寝そべっている。インド人は犬にぶつかって進む。ネパール人は避けて進む。日本人は怖がってなかなか前へ進
めない。今までの自分を含めた見た感じの印象である。野良犬はやはり怖い。インドでは特に。犬にも吠える基準があるようだ。他の犬を吠えることが多く、外
国人を吠えたり、大きい荷物を背負っている者を吠えたり、自転車の二人乗りを吠えたり、松葉杖の者を吠えたり。他の者と少し違っている者を犬なりに判断し
て吠えているようだ。バンコクではいわゆるオカマに吠えている所を見たことがある。普通に素早く移動すればあまり吠えられない。小さな子供やお年寄りには
吠えかかる所を見たことがないので、犬は犬で賢いのかもしれない。旅人にとって問題はバックパックを背負って移動している時である。狭い路地をキョロキョ
ロ、ウロウロ、宿を探していたり。夜だとその確率も高くなる。バックパックは犬にとって何か巨大なものに見えるのかもしれない。かと言って。早朝でも夜で
も嫌でも移動しなければならない時がある。今まで何度も吠えられたことはあるが、咬まれたことは一度もない。不幸中の幸いである。もう少しでインドに行く
けれど、インドの犬は完全には慣れない。前に進まなければ始まらないので。今までの教訓を胸に旅を続けていこう。

カトマンドゥストリート

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宿を変更した。立地は最高なのだが、建物の老朽化が激しかった。通りを歩くと、新しいホテルがけっこうある。立地も良くて、設備も良い所を見つけた。値段は300ネパールルピー(約600円)。前の所は200ネパールルピー(約400円)。快適さを比べると、200円の差は気にならない。探せば、もっとお手頃な宿が見つかりそうだ。学生の頃は、ドミトリーでも文字通りの安宿でもあまり気にならなかった。29歳という年齢がそうさせているのだろう。写真を撮ることに集中したいという気持ちもある。カメラ機材を持っていることもある。ドミトリーは盗難が怖いし、完全な個室が欲しい。水シャワーばかりでも体にこたえてしまう。安宿でも設備的にしっかりした所を求めているようだ。安宿の中級以上といった感じか。もちろん、田舎では宿の選択肢は少ないが。バンコクでもニューデリーでもここカトマンドゥでも過ごすという意味ではとても助かる。もうしばらく滞在して、カトマンドゥ→ビールガンジ(ネパール、インド国境)→パトナーへとバスで抜けて、ブッダガヤー、カルカッタへと向かいたい。残る滞在予定都市もわずか。頑張らなければ。カトマンドゥは路上がおもしろい。竹篭を持った野菜売りやレンガ調の建物や、中世の面影がある。自分は昭和生まれだが、とてもノスタルジックな印象さえ受ける。自分の中に古来のDNAが流れているのだろうか。仏教ストゥーパに行けば、魅力があり、ヒンズー寺院に行けば、また違った魅力がある。新しいホテルが建っているのは一部エリアだけで、歴史的建造物は上手く保存されている。もっと開発が進んでいるのかと思ったら、6年前とあまり変わらない。ここに長く滞在したら、もっと多くの発見がありそうだ。変わったと言えば、ネパールの若い人の着ている服が変わった。アジア人は似ているのだが、たいてい服で見分けがついた。今の日本人の着ている物よりも少し古いといったら失礼かもしれないが。バンコクでも変わってきているし、ここも同じようだ。インドにいたら、「お前はネパール人だろ」と言われることが多かったが、今回来て分かった。日本人にそっくりなネパール人がいる。若い人の流行は早く、どこの国でもそうだが、10年後とかどうなっているのだろう。ネパールの古く良い所はなくなって欲しくないなあと思うのは旅人の勝手な考えか。東京でも浅草の街の雰囲気が好きでこちらもなくなって欲しくないなあと思う。写真的に見て面白い街(今回の旅)は、カトマンドゥ、バナーラシ、ハルドワール。いずれもストリートが魅力的。バナーラシのストリートは怖いぐらいの迷宮だけれど。

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