一部終了 東京より

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今まで見て下さった方、どうも有り難うございます。
明日はもう出発前で、たぶんこれが東京からの最後の文章になると思います。
一部は終了です。自分の素直な気持ちを書こうと思いました・・・がなかなか難しいものです。同じようなことを書いてしまっていたり、自分の気持ちの半分も伝えきれていないのではないかと思ってしまいます。
人の気持ちは時間が経てばいろいろと変わっていきますが。今まで書いてきたことはその時その時の素直な気持ちです。これから変わっていくこともあれば、変わらないこともあるでしょう。ただそれら全ての気持ちは大切にしていきたいものです。二部はインドを旅して更新できたら書き込みたいと思います。難しかったら、また東京に戻ってきてからになるでしょう。帰国予定は12月中旬頃になります。ボンベイから入り、時計周りでゆっくりと旅して写真を撮りたいと思っています。カルカッタから出て、バンコクに少し立ち寄り、帰国です。つらいこともあるでしょう。悲しいこともあるでしょう。でも少しの希望はあるから、歩いていきたいです。カメラ機材とフィルム300本の入ったバックパックが全てです。背負った自分の姿は修行者かもしくは欲の化身。たとえ醜くても、29歳の自分が今やらなければいけない事のような気がします。良い写真が撮れるように、そして撮り続けられるように頑張りたいものです。40歳ぐらいで笑えればそれでいい。それまでにたとえ散ったとしても後悔はしたくない。一日一日を大切に生きたいものです。今は孤独でも一人ぼっちでも大丈夫。きっといい事があると思うから、未来の道へ歩いていこう。どこまでも自分を信じて、どこまでも夢を追いかけて。生きていることは素晴らしい。それでは、お元気で。
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お知らせ③富士フォトサロン新人賞奨励賞受賞

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2005年度富士フォトサロン新人賞の奨励賞を頂きました。
タイトルは「LIFE バングラデシュ~弱者のたわ言~」です。2004年に撮ったバングラデシュの写真を文章とまとめました。バングラデシュの生活と自分の気持ちと今の世の中を比較して考えました。
展示期間 2005年10月21日(金)~10月27日(木)10時~20時、最終日14時。
場所   東京都中央区銀座5-1銀座ファイブ2階、 富士フォトサロン
 
今回は奨励賞でしたので、悩みましたが、インドへ行くことにしました。
展示期間中は日本にいなくて申し訳ありません。次は新人賞を取れるように頑張りたいと思います。
展示期間は短いですが、もし良かったら、足を運んで下さい。
感想ノートを置きますので、ご記入頂けたらうれしく思います。
よろしくお願いします。

インド行き、今の想い

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今日、ボクシングジムで最後のトレーニングをしてきた。戻ってきたらまた始めようと思っている。肉体的にも精神的にも幾つかの自信をもらったから。いろんな点で写真にも生かせていると思っている。29歳になると、20代前半よりも明らかに筋肉疲労の回復が遅い。肉体の調子が少し悪いと精神も少し悪くなってくる。肉体と精神はある程度つながっている。高校で野球をやって、大学で少しサッカーをやって、体力には少し自信があったのだが、今では揺らいでいる。年齢には勝てない。警備員のアルバイトをして両足の裏を痛めた時は正直落ち込んだ。1週間ほど前に整形外科で足の裏に注射をしてもらった。注射と言うと大袈裟だが、筋肉の炎症・痛みを抑えるには一般的な方法らしい。今ではだいぶ良くなっているが、足の裏に変な型がついてしまっていることも否めない。ただアルバイトは辞めたし、時間が解決してくれることを願う。長旅をするにあたって少し不安ではあるが、インドのような凸凹道を歩けば逆に自然に完治してくれると思う。今までアジアを旅して足を痛めたことはない。駅のプラットフォームを警備して、固いアスファルトを歩いて足を痛めたことは皮肉な話しだ。心は前に向かっても、体がついていかないことはある。でも写真を撮っていると疲れさえ忘れてしまうことがある。本当に写真が好きだからだと思う。理性よりも本能で撮っているからだと思う。今はじっとしているよりも動かなければならない時だと思っている。多少無理をしてでも。ある光景が浮かぶ。最近、東京に比較的大きな地震が2度来た。喫茶店で休んでいる時、じっとしている時は恐怖を感じる。ボクシングをしている時、動いている時は自分も動いているから地震を感じない。待っているよりも自分から動きたいものである。3ヶ月以上の撮影旅は、短距離選手のような瞬発力と長距離選手のような耐久力が求められる。海外に出ると、頭は冴え渡り、神経は張り詰め、気持ちは高ぶる。小さな思想家の顔になり、小さな分析家の顔になり、小さな狩人の顔になり、小さな勝負師の顔になる。写真を撮れない夜になるとその落差は激しく深い闇に陥る。どんなに神聖であったとしても、写真は欲の塊であるという事実は消えない。東京で生活しなければならないという現実がある。働くということ、仕事と割り切ればいいのだがそういうわけにもいかない。アジアを旅して、アジアを撮るようになった。旅から写真へ入った。アジアの人も街も魅力的である。本当ならばお金を払って写真を撮らなければいけないのだろう。アジアの人と街を被写体にして、あるお金を稼いでいる、稼ごうとしている真実は消えない。アジアに恩返しをしたいという気持ちと自分でいっぱいいっぱいの気持ちがあり、これからも悩み続けるだろう。僕は日本人という恵まれた環境に生まれ、両親も健在で、何不自由なく成長し、今という自分がいる。旅をするということ、写真を撮るということを、感謝して続けるべきだろう。関係のある人達に感謝をしながら、最後に頼れるのは紛れもない自分自身である。インドへ行き、最後の判断、最後の行動をするのは誰も助けてはくれない。自分の身と魂を守り成長させるのは自分自身である。自分の知力・体力・精神力・技術力・運である。たとえつまづいても、ぶつかっても、前に向かって進んで行く。今までもなんだかんだ言って解決してきた。いざという時は自分の底力を見せたい。情熱と冷静の視点は忘れたくない。今の僕は有言実行でいく。結果も残していく。生身の僕は弱い人間だけれど、写真があるから僕は少し強くなれる。本当にやりたい写真に出会えて良かった。そして続けていく。夢を追っていく。
 
詩30「KILL LONELY」アジアの暗くて狭い安宿の中で、幾つも眠れない夜を向かえ、何度も孤独をかみ殺してきた。早く明日になれと願う。明日になって良かったと想う。そんなささいで当たり前のことがどうしようもなく愛しく想えてくる。生きていて良かった。ありがとう。
 
詩31「TIME」時間は待ってくれない。時間は間違いなく過ぎ去り、自分は間違いなく年を重ねていく。今という時を刻むのは今なのだ。時間は待ってくれない。後に残るのは後悔という二文字。多少無理をしても、動かなければならない時がある、じっとしていられない時がある。結果は後でついてくる。常識なんて、世間の目なんて気にしないでさ。大切なのは自分の今の気持ちだよ。どう動きたいかということだよ。どう生きたいかということだよ。
 
詩32「NEXT ジャーニー」使い古されたバックパック一つ。「今度の旅は長くなるさ」とつぶやいた。今度はどんな人に巡り会えるのだろう。今度はどんな街で過ごせるのだろう。今度はどんな自分を見つけられるのだろう。悲しみは多いけれど、希望はあるから。僕は旅に出よう。困難を乗り越えていこう。夢を心に歩いていこう。「今度の旅は長くなるさ」とつぶやいた。

インド行き、今の気持ち

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今週の金曜日には日本を出発する。日本での生活とインドでの旅の今みたいな宙ぶらりんな状態が複雑である。言葉では上手く言い表わせない感情が渦巻く。希望と絶望の秤が右に傾いたり、左に傾くといった感じである。こんな複雑な気持ちなら、いっそすぐにでもインドの地を踏みたいと思う。行ったら行ったで何とかなる。人間は思っているよりも逞しい。警備員のアルバイトは退職した。自分の気持ちは写真家であるが、たいていの人は、世間一般には無職であるだろう。今言えることはそれならそれでいい。職もゼロになり、貯金もゼロに近くなり、できれば自分の中の全てをいったんゼロに戻したい。心をリセットして、新たな心を産み出したい。僕は僕であるが、一人の体ではない、素直にそう想う。両親や兄弟や親戚や友人や同僚や知り合いや好きな人や好かれる人や尊敬する人や憧れる人や他の写真家や今を生きている人も今は生きていない人も様々な人達の想いを乗せている。僕だけじゃなくて全ての今を生きている人達は幾人もの血と魂を受け継ぎ、蓄積し、結ばれている。生きていること自体が奇跡だと想うし、生きている限りは自分なりに頑張りたいと願う。自分なりに頑張るという事が夢を果たせず散っていった者達の自分の中にいる幾人もの血と魂の供養にもなると思う。今の日本には年間約3万人もの自殺者がいる。つらい思いもしたでしょう。悲しい思いもしたでしょう。豊かな国と言われるこの国は病んでいる。日本で生活しているとどこか暗い気分になり絶望に近いものを感じる時があるから自殺者の気持ちも分かる。ただ自分はと考えた時に逃げ場所を作りたい。未来の一本の道がなくなっても、未来の別の道がある。アジアには物乞いにまで追い込まれても自殺などしないで今日を生きている人達がたくさんいるのだ。自殺は神への冒涜だと思う。自然に死んでいった人達が報われない。社会に負けたくない。自分に負けたくない。あなたは生き延びて欲しい。僕は生身の人間だから恐怖を感じる時がある。感受性が豊かで今という世の中を敏感に感じるのかもしれない。戦争にテロに天災に・・・・。今回のインド行きに対しても。あまり関係ないのに想像が自分を締め付ける。ひょとしたら天災に巻き込まれるかもしれない。飛行機が落ちるかもしれない。車に轢かれるかもしれない。病気にかかるかもしれない。犬に噛まれるかもしれない。人に殺されるかもしれない。どんな死に方でも死ぬのは絶対に嫌だしとても怖い。想像ができない。ただこの世には目に見えない運命と言うものがあり、その運命には逆らえないと思うし、その運命が来たらそのまま受け入れるしかない。自殺ではなくて、運命の死がやって来るならば、受け入れよう。今という世の中が僕を必要とするならば僕を生かすだろうし、今という世の中が僕を不必要とするならば僕を殺すだろう。生身の人間だから、弱い人間だから、死ぬ直前は泣き叫ぶだろう、大きくふるえるだろう、失神するだろう、発狂するだろう、小便をもらすだろう、わめき散らすだろう、わるあがきするだろう、武士のようには死ねない。ただどんなに格好悪く死んでも、運命で死ぬのなら本望である。
詩27「友よ」今まで出会った全ての人達へ。今は何をしているのだろうか?元気でやっているのだろうか?孤独でなかったあの頃が懐かしい。また会いたいと思うけれど、もう会えないと分かっているから。友よ、サヨウナラ。
 
詩28「父よ祖父よ」サラリーマンでありながら、建築家でいけたかもしれない父よ。学校の先生でありながら、画家でいけたかもしれない祖父よ。僕は父を祖父を乗り越えられるか?今はまだまだだけれど、きっといつかは。父の行きたいシルクロードへ、祖父の行きたかったパリへ。血族のリベンジを。身と魂の上昇気流よ。昇り竜であれ。
 
詩29「BIG MOTHER」母さんがいてくれたから、僕は生きていて良かった。そして生きていたいと願う。孤独でどうしようもない闇に陥った時、母さんの存在が救ってくれた。不安でどうしようもない方向に行った時、母さんの存在が助けてくれた。本当に本当にありがとう。今まで恩返しはできたのでしょうか?これから恩返しはできるのでしょうか?不安定な人生を歩み、どれだけ迷惑をかけているでしょう。心配をさせているでしょう。母さんがいなくなったら、僕は死にたいほどの悲しみに暮れる。母さんがいてくれたから、僕は生きていて良かった。僕は自分の夢を乗せ、母の夢を乗せ、頑張りたい。たとえ、お互いにこの世からいなくなっても。天国で会いましょう。必ず会いましょう。

写真家としての意識

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2003年、2004年、今回の2005年と本気で自分は写真家だと意識して3度目の海外長期撮影になる。写真でも、音楽でも、小説でも、今の時代プロとアマの境界はないと思う。自分がプロの気持ちを持って、プロと言えば、プロなのだと思う。確かに収入の面、自分だけじゃない相手からの認められ方、社会への貢献度もあるだろう。でも一番重要なのは気持ちだと思う。どれだけそれに対する強い意識を持っているかだと思う。人生の大半を思っているか、人生の大半を賭けられるか、例え死んでも後悔はないか。人生とは時・金・リスクだと思う。収入も、認知度も、貢献度も、後からついてくるもの。後からついてくるものに心配して守りに入ったのでは話しにならない。もちろん生身の人間だから、恐怖もあるし、不安もあるし、迷いもあるし、様々な感情が行ったり来たりする。プロの意識とはマイナスの感情をもプラスに変えて自分を信じて突き進むことだと思う。そして、結果を確実に残していくことだと思う。インド行きを控えて自分の今の気持ちは複雑だ。学生の頃の本当にやりたいことが見つからないで旅をしていた自分とは明らかに違う。今の年齢は29歳で年齢の影響もあるだろう。あの頃の自分は旅を楽しんでいた。何かを得ようと他力本願でフラフラしていた。日本でつらいアルバイトをして海外に半ば逃げる感じで自由を得ていた。何も背負っていない気楽さがあり、若さの勢いや無知からの怖いもの知らずだった。絶対に自分はどんな辺境に行っても無事に帰って来れるのだという変な確信めいた自信を持っていた。今考えるとゾッとする話しである。29歳になり、ある程度社会にもまれ、気持ちは変化する。長期間の旅をするだけはそんなに大変なことじゃないと思う。プレッシャーはあまりない。自分のことだけを考えればそれでいいわけで社会の責任もあまり関係ない。昔のヒッピーと言うか今の時代を考えない旅の気楽さがある。ただ長期間の旅をしてさらなる何かを得ようと思ったら、容易ではなくて困難が待ち構えている。旅以上の何かは人によって様々に異なると思うが、僕にとっての何かは写真である。ただ旅をするだけでは満足できない。29歳と言えば普通に働いていたらそこそこの仕事を任せられるわけで、ただ旅をするだけでは寂しい。写真が社会への扉を開いている気がする。旅をすることはいったん社会から離れることであるが、旅から戻り結果の写真をまとめ発表することで社会と再び結びつくことができる。今の僕は背中に写真を背負っている。29歳という自分という写真という社会という重いものは体を締め付ける。自分なりの結果を残したいというプレッシャーさえ感じる。自分にも負けたくないという気持ちとアジアの人達をほっとけない知らせたいという気持ちと写真で勝負するのだという気持ちと社会に認められたいという気持ちなどが入り混じっている。お笑い芸人が舞台に立つ前に吐き気を催すように。マラソン選手が試合の前に緊張するように。日本でも生活はつらいし、海外でも昔のような学生旅の自由は感じない。旅を楽しむと言うよりは、つらい旅をするという感じである。インドへ写真の修行をしに行く感じである。それは僕の中で旅よりも写真の比重が高いからだと思う。撮影旅なのである。プロの写真家でありたい為のあり続けたい為のプレッシャーと緊張の連続なのである。いろんなことから逃げたけれど、写真だけは逃げたくないから。
詩26「パートナー」僕はこれからもずっと一人なのか。ため息を通り越して、死にたいとさえ思う時がある。どうして、どうして。他の人は恋人が見つかるのだろう、良きパートナーに出会えるのだろう。僕は人生落第者なのか、人間失格者なのか。一人では生きられない、分かっているけれど、一人で生きていこうとする。これまで多く旅してきたけれど、まだまだ一人ぼっちのままだから。愛が欲しい、愛を下さい。僕の中の糸が切れたら、足を踏み外しそうだ。僕は弱い人間だから、臆病な人間だから。助けてくれる、背中を押してくれる、いつまでも、いつまでも信じ合えるパートナーを下さい。ねえ、神様。夢と愛は同時に叶えられないものでしょうか。僕は欲張りでしょうか。夢と愛が欲しい。どっちもないのだとしたら、散るしかないのでしょうか。一瞬の花びらのように。

写真の喜び

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旅に出ている間、結果のフィルムは見ることができない。使っているカメラはデジタルカメラではなくて、銀塩カメラだから。日本に戻って現像をお願いする。確かにデジタルカメラのように軽くもなければ、何回も撮り直しできるわけではない。フィルムを大量に持てば肩が食い込むほど重くなるし、使っているのはポジフィルムだからアンダーすぎる、オーバーすぎる写真も出てくる。でもそこが銀塩カメラの魅力であると思っている。成功した写真も、失敗した写真もどちらも込みの旅の写真だと思う。旅は人生と同じようなもので楽しいこともあれば、とてもつらいことがある。旅も人生もやり直しはきかない。やり直しのきくデジタルカメラばかり使っているとつらい時の自分が見失いそうで少し寂しい。質的にもポジフィルムの方が色の深みがある。デジタルの方は今は近付いているとは言え味気ない、もしくは鮮やかすぎる。アジアを旅すれば、路上の茶色や人達の表情や街の匂いや自分の気持ちはフィルムに勝るものはない。生身の人間が旅をして、生身の人間と出会い、生身の人生を歩んでいく。アジアを旅して元気をもらうことがある。人達に感謝することがある。街や人達を本格的に撮りたい。カメラは確かに機械で矛盾するようではあるが、より人間的な職人的な銀塩カメラを選択してしまう。デジタルだともっとロボット的な感じがする。日本では何もかもがデジタル化されつつあり、バーチャル化されつつある。人の顔が見えなくなるのが怖い。アジアを旅するということは全く逆の世界を見ることで、旅から写真へ入ったので世の中に流されることに少し抵抗があるかもしれない。旅をしてある魅力的な人に出会う。僕の魅力的な人とはその人自身から出るオーラというか生き様が表情にも滲み出ている。寡黙な表情、穏やかな表情、怒りの表情、悲しみの表情、喜びの表情、表情にも様々あるがその人自身の持っている心から出る表情。一般的な感覚でのお金のある豊かな人というよりはお金のない貧しい人が多いかもしれない。財力もなければ、権力もない普通に暮らす人である。今を生きようとする人はつらい表情も楽しい表情も感情が豊かだ。アイドルでもない僕の中での魅力的な人達を撮るからには本気で撮りたい。写真を撮る、撮らせてもらう。その人の心を写し撮るつもりで、その人の生き様をフィルムに焼きつけるつもりでなかば祈る気持ちでシャッターを押す。その時、「よし写った」と結果は見るまで分からないのに確信めいた手応えを感じることがある。どんなに歩き疲れても疲れは吹き飛ぶ。さらに日本で結果を見て実際その通りに写っていた時は言葉で言い表せないほどの喜びを得ることができる。他に自分が思っていなかった瞬間や空気や表情や感情が写っていた時も同じ様な喜びを得ることができる。どんな食欲にも、物欲にも、性欲にも満たされない快感だと思う。どんな豪邸の家に住んで日々を暮らしても、どんな高級料理を食べる時間を向かえても、どんな安定した職業に就いても、決して得られないものだと思う。それが写真の喜びであり、やりがいであり、夢であると思う。もちろん自分の認めた結果がより多くの人に見られたり、認めてもらえたりしたら、「自分は間違っていなかったんだ」「社会にそっぽをむかれていないんだ」と時に泣きたいほどの喜びを持つことができる。今はドキュメンタリー写真を撮っていて、決して年収1億円、2億円を欲しいとは思わない。それならば、IT業界や流行りの職業や隙間の産業を目指せばいい。写真の結果は僕だけの力じゃない。そんなんじゃアジアの人達に悪い気がする。ただこれからも日本で生活したいし、写真を撮り続けたいし、写真を本業としたいし、写真で社会に貢献したいし、事実写真というものはお金がかかる。ある程度きっちりと生活できて、ある程度きっちりと写真を撮ることができれば、決してお金持ちになりたいとは思わない。ただ今の僕はあまりに不安定すぎて、今よりも生活は安定させたいと思うけれど。詩25「RED TEARS」顔が好きで、心が好きで、第一印象からあなたのことをどうしようもなく好きになった。心が痛み、ため息でいっぱいになる。心がときめき、希望で溢れてくる。会えるのはほんの一瞬、ドキドキする。会えないと早く会いたいと願う。会うと自分じゃなくなり舞い上がる。早く離れないと嫌われるとさえ思ってしまう。生活や趣味や価値観や考えが違う。同じ様にしようと思った、でもできなかった。僕も知っている、あなたも知っているだろう。少しの違いで一緒にはいられない。とても寂しい、とても悲しい、これっぽっちのことで別れてしまう。あなたは離れていく。もう会えることはないのだろうか。残るのは赤い涙。

写真のテーマ

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有名な写真家に比べたら、僕はまだまだひよっこみたいな存在で、やらなければいけないことは多い。あきらめず続けていくことで写真という形が残る。アジアを旅して約7年になり、日本を含めたアジアの写真がたまってきている。ダンボール箱に入っている、今までの足跡を残した原版のファイル、頭を悩ませて作ったポートフォリオ、発表できていない写真群を見ていると、時にもどかしい気持ちになる。今、明確なテーマが1つあり、比較的明確なテーマが4つあり、漠然としたテーマが他に5つぐらいある。もう少しで出発するインドもテーマをできるだけ完成に近づけたいという気持ちがある。自分の課題は、発表しているものの多くはポジフィルムであり、モノクロフィルムをいかにプリントするかである。恥ずかしい話しだが、僕は自分でモノクロプリントを焼けない。ただポジフィルムと同じくらいモノクロフィルムで大量の写真を撮っている。撮ったという手応えやチラッとネガだけを見た感触は非常にいい。撮っている時の、カラーの視点とモノクロの視点があり、モノクロがそのままということは自らの気持ちを絶っている気がする。モノクロが自分のイメージでプリントできれば、カラーとモノクロでテーマももっと広がる。何より自分の想いがもっと写真で表現できる。しかし悲しいかなお金という問題がある。撮ることはポジでもモノクロでも撮るが、まとめることはポジフィルムでいっぱいいっぱいなのである。撮影費、フィルム代とフィルムの現像代とプリント代とポジはけっこうな値段がするし、時間的にも今の状況じゃモノクロまで手が回らない。体が二つあればと思ってしまうが嘆いていても始まらない。インドから戻ってからでも頃合いを見計らってレンタル暗室に通うことになるだろう、いやそうしなければならない。写真を撮る者にとって、ポートフォリオを作ることはとても重要だ。ポートフォリオとは六切り、四切といった大きなサイズをまとめた1冊のファイルのことである。タイトルを含めた文章、写真の並べ方、写真のキャプション、といったものを自分の気持ちはもちろん見る人を意識してまとめる。市販されていない1冊の写真集に近いものがある。このポートフォリオを作ることが体力的にも精神的にも時間的にも金銭的にも重労働なのである。僕の場合はポジフィルムをビューアーで見てまず良いと思うものをL版でプリントしてもらう。そのけっこうあるL版の中から床に並べあれだこれだと悩む。あれだけ悩んでいたのに、ある日直感でひらめくということもある。悩んだ末の絞ったL版写真を色見本として六切りにしてもらう。ファイルにそれらの写真を入れてさらに仕上げるといった具合である。写真を発表するということは、世の中に出せるということは撮る以上にまとめることが難しく、地道で孤独な作業なのである。一人で作業を行う小説家に近いものがあるかもしれない。特に駆け出しの新米写真家にとっては。ただそこがやりがいがあり、醍醐味だと思う。時にアルバイトをして旅と撮影の資金を貯めて、自分の足で写真を撮り、自分の頭でまとめる。映画や音楽は複数人数で1つを作っていく。もちろんそれも素晴らしい。複数の力を合わせれば、1つの規模が違う。たた僕は写真という道を選んだ。そして進み続けようとしている。頭にある幾つかのテーマが全て完成するのは気が遠くなるような時間がかかるかもしれない。自分という頭・体・心・技は1つしかないから。1つのテーマだけで時間は過ぎて行くけれど、まずは1つのテーマを完成し発表したい。それが臭い言い方かもしれないが、自分の夢であり、自分の生き様だと思う。
詩24「シャッター」シャッターを切る。足跡を残す為に。死んだら何も残らない。身は滅び、魂は立ち去る。シャッターを切る。漠然とした感覚で、本能という直感で。結果は正確には分からない、写ってくれと祈る。時には悲しく、寂しく、時には楽しく、喜び。過去や現在や未来、遠い世界と近い世界。時には怒り、涙を流し、時には平和を願う。幸せになりたい、どこまでも続く自由を、永遠の命を、本当の愛を。己のテンションと社会のテンションがまじわる。結び、離れ、結び。離れた不安と孤独は己を痛みつける。血が出るほどに、肉が見えるほどに。浮かび上がるフィルム。光と影と色と質感のもう1つの鏡。結果のフィルムが僕のすべてだ。歩いてきた、見てきた、感じてきた、空間と時間、己の命とともに。命の次に大事な結果のフィルム、次に大事なカメラ。シャッターを切り続ける。生き様を示す為に。

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